下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






さらば、短き夢の日々よ

●ある誘拐犯の回想と終焉
 俺はどうしようもない男だった。
 会社をクビになり、酒とギャンブルに逃げ、あっという間に借金が増えた。
 食う物にも事欠く有様で、腹が空けばコンビニで万引きを繰り返す日々。
 そんなドン底から抜け出したい一心で、俺はタツミを誘拐した。

 純粋に身代金目当てだった。
 公園で一人で遊んでいたタツミを見た時、俺はこれしかないと思った。
 女の子をさらうのは気の毒だし、大人しそうな男の子なら都合が良い。
 誘拐はあっさり成功した。が、身代金は得られなかった。
 タツミの親は、あっさりとタツミを見捨てた。
 ちょうど良かった、殺すなら好きにしろ、とまで言いやがった。 

 俺は自分のことを棚に上げて、腹が立った。
 四畳半のアパートの隅で、泣くでもなく黙って膝を抱えるタツミを見て、あんな親のところにタツミを返すわけにはいかない、と思った。
 その日から、俺はタツミと一緒に暮らすことにした。
 心を入れ替えて、真面目に働いてこの子を育てよう――そう、決意した。
 
 タツミは優しい良い子だった。
 まだ小さいのに、家の手伝いもよくしてくれたし、貧乏暮らしにも文句ひとつ言わなかった。俺が日雇いの仕事から帰ると、玄関まで出迎えて「おかえり」と言ってくれた。
 タツミは鳥が好きで、いつも窓から鳥を見ていた。不思議なもので、鳥たちもタツミが好きらしく、タツミの頭や肩の上にはよく小鳥がとまっていた。

 相変わらず金はなかったが、俺は幸せだった。生まれて初めて、そう思えた。
 たとえそれが――短い夢であったとしても。


「――タツミ」
 男は、ただ呆然と、眼前の少年の名を呼ぶことしかできなかった。
 虚ろな瞳でこちらを見る少年の背には、カラスのような黒い翼。小さな両手は、猛禽類を思わせる鋭い鉤爪に変じてしまっている。
 少年の周囲には数羽の小鳥が舞い、無機質な赤い目で男を見つめていた。
 何が起こっているのか、男にはまるで理解できない。
 ただ、これだけはわかる。あれは、愛すべき少年の顔をした別のモノで――これから自分を殺そうをしているのだ。

「タツミ……お前、どうしちゃったんだよ」
 男の呼びかけは少年の耳に届かない。そして、男は腰が抜けてしまって動けない。
 少年は男に狙いを定め、ゆっくりと歩を進める。狭い部屋の中で、窮屈そうに黒い翼を揺らしながら。
 そして――男は唐突に悟る。

 ああ。これが、報いなのか。
 ささやかな幸せすら盗むことでしか得られなかった、俺への。
 
 迫り来る死を前に、男はそっと目を閉じる。
 一粒の涙が男の頬を伝い――そして彼は、全ての裁きを委ねた。

●救出任務
「急ぎの任務です。皆様にはブリーフィング後、すぐに現場に向かっていただきます」
 アーク本部のブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向け、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は挨拶もそこそこに本題に入った。
「任務は、ノーフェイスとエリューション・ビースト、合わせて五体の殲滅。――そして、現場にいる男性の救出です」
 今すぐ本部を出たとしても、現場に辿り着くのは男性がノーフェイス達に襲われる直前になってしまう。男性を保護するためには、急ぐのはもちろん、きちんとした作戦を立てていく必要があるだろう。
「ノーフェイスの元になったのは『タツミ』という名の少年です。年齢は4歳、エリューション化の影響で、既に人としての理性、感情は全て失われています」
 となると、現場にいる男性とは少年の父親なのか。そう訊ねたリベリスタに対し、和泉は首を横に振る。
「現在は、この男性が少年の保護者ではあるようですが……父親ではありません。というのも、少年はこの男性に誘拐されているのです」
 どうやら、誘拐したものの、情が移ってそのまま子供を育てているということらしい。愛情があるならどうして親元に帰さないのか、という疑問もあるが、もともと少年は実の親には可愛がられておらず、育児放棄に近い状態であったようだ。
 それなら自分の手で育てた方が、と、男は考えたのだろう。その行動の是非はともかく。 
「ノーフェイス達と男性がいるのは二階建ての木造アパートの一室です。狭いので、戦闘の際には位置取りに気をつけてください」
 アパートまでの地図を表示した後、戦うべきエリューション達のデータの表示へと切り替える。
「四体のエリューション・ビーストはいずれも小鳥が元になっており、ノーフェイスも鳥を思わせるような変異を起こしています。戦闘力は決して低くありませんので、くれぐれも油断は禁物です」
 ファイルを閉じて、和泉はリベリスタ達の顔を見た。
「以上です。皆様には至急の対処を要請します」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月11日(水)22:53
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。

●成功条件
 ・ノーフェイスとE・ビースト4体の撃破
 ・男の生存

 上記を双方満たして成功となります。

●敵
 フェーズ2のノーフェイス。
 元になったのは『タツミ』という名の4歳の少年です。
 心優しい少年で、現在の育ての親である男にもよく懐いていました。
 現在はエリューション化の影響で人としての感情は全て失われており、目の前の生きるもの全てを殲滅するためだけに動きます。
 なお、小鳥のエリューション・ビースト(フェーズ1)を4体従えています。

 それぞれの敵について判明しているデータは以下の通りです。

【タツミ】(ノーフェイス・フェーズ2)
 『鉤爪』→物近単・弱点
 『怪鳥の雄叫び』→神遠全・麻痺(ダメージなし)

 ※『飛行』のスキルと同等の能力を所持

【E・ビースト(小鳥)】×4(フェーズ1)
 『嘴』→物近単・隙
 『さえずり』→神味全・味方のHPを回復(回復量は微量)/BS回復

 ※『飛行』のスキルと同等の能力を所持

●男
 タツミを誘拐して育てていた男性です。年齢は30代前半。
 現場に辿り着くのは、男がノーフェイス達に殺される寸前になります。
 彼が死亡した場合は失敗となりますのでご注意を。 

●戦場
 二階建てアパートの二階にある一室。角部屋で、二面に窓があります。
 四畳半の広さしかないため、立ち回りを工夫する必要があるでしょう。
 この時間帯はアパートの他の住人は不在のため、一般人の対策は考えなくて構いません。

 情報は以上です。
 皆様のご参加をお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クロスイージス
鈴懸 躑躅子(BNE000133)
覇界闘士
衛守 凪沙(BNE001545)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
インヤンマスター
土森 美峰(BNE002404)
覇界闘士
後鳥羽 咲逢子(BNE002453)
マグメイガス
羽柴・美鳥(BNE003191)
スターサジタリー
黒須 櫂(BNE003252)
デュランダル
水上 流(BNE003277)

●引き裂きし者
 壁にもたれ掛かった男は、瞼を閉じて迫り来る死を待っていた。
 ――あの子があんな姿になったのは、俺の所為だ。俺が、あの子を攫ったからだ。
 ならば、あの子の手にかかって死ぬ。それが、俺の償いなんだろう。
 悔やんでも悔やみきれぬ罪。悔恨が、涙となって頬を伝う。
 誰かが廊下を走る足音が、背中越しに響いた。

「おっじゃましまーす!!」
 場にそぐわぬ元気な声で、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が勢いよく部屋に飛びこむ。全身の反応速度を高めた彼は、常人の目に留まらぬスピードで男を抱え上げると、そのまま有無を言わさず部屋の外に連れ出そうと動いた。数瞬遅れて『十字架の弾丸』黒須 櫂(BNE003252)が部屋に入り、終と男を背に庇う形で前に出る。脱出を援護すべく、彼女は構えた拳銃から敵に向けて弾丸を放った。
 小鳥を招き入れたためか、部屋にある二つの窓は開いていた。『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)は、背に生えた翼を駆使して窓から部屋に入り、最も近くにいた小鳥に拳を繰り出す。
「……なんでだよ。なんで、これからだって時にこんなことになるんだよ」
 視界に映る少年を見て、凪沙は呟かずにいられなかった。鴉の黒い翼、猛禽類の鉤爪を得る代わりに、人の心を失ったノーフェイス。タツミと呼ばれた少年を救う手立ては、もはや無いに等しい。
 狭い戦場において少しでも戦いやすくなるようにと、仲間達に翼の加護を与えた羽柴・美鳥(BNE003191)は、男を抱えた終と入れ替わるようにして部屋に足を踏み入れた。
(あせって失敗を避ける為に、冷静さだけは失わないように――)
 そう自分に言い聞かせ、仲間全員が回復の射程に収まるよう、自らの位置を調整する。廊下では、終から男を託された『捻くれ巫女』土森 美峰(BNE002404)が、式神“影人”を召喚しながら、男に向けて口を開いた。
「大体の事情は知ってる。――頼むから、そこで大人しくしててくれよ」
 迫り来る死の手から唐突に逃れ、男はまだ状況を把握できていないようだった。“影人”に男の護衛を命じつつ、美峰は彼の様子を注意深く窺う。敵から守るのはもちろん、万が一の時は男自身の動きを押さえ込まなくてはならない。

●零れゆく運命
 部屋の中には、翼を得たリベリスタ達が次々と雪崩れこんでいた。『錆びない心《ステンレス》』鈴懸 躑躅子(BNE000133)は、凪沙と反対側の窓から突入すると、窓際に立つタツミへと飛んだ。彼女の役目は、仲間達が小鳥を全滅させるまでタツミを抑え、その注意を惹き付けること。
(目の前の生き物を殺すことが行動原理であるなら――彼の目の前に陣取れば、攻撃を私のみに集中させることができるはず)
 躑躅子の予測はひとまず的中し、タツミは彼女に向けて鉤爪を振るう。鋭い一撃はしかし、光り輝くオーラの鎧によって大半の威力を削られた。
 男の安全が確保されたことを確かめた『水龍』水上 流(BNE003277)が、己の身を闘気で包む。続けて『NOBODY』後鳥羽 咲逢子(BNE002453)が壁をすり抜けて部屋に入り、先に凪沙が攻撃した小鳥に向けて蹴撃による真空刃を放った。リベリスタ達が敵と救出対象の位置を正確に把握できたのは、彼女の千里眼があってこそだ。
 小鳥達が一斉にさえずり、傷ついた同胞を癒す。男の保護を済ませて戻った終が、二羽の小鳥を同時に相手取り、ナイフを素早く振るった。高速で生み出された残像が、二羽のそれぞれに傷を与えていく。入口を背にこれを塞ぎつつ、櫂が光の弾丸を次々に小鳥たちへと放った。立て続けに攻撃に喰らった一羽が、耐え切れずに畳の上に落ちる。
 窓から小鳥が外に出ないよう気を配りながら、凪沙はさらに攻撃を加えていった。小鳥がお返しとばかりに尖った嘴で襲い掛かる。すかさず美鳥が清らかなる存在に呼びかけ、凪沙を始めとする仲間達の傷を塞いだ。
 廊下側から様子を窺いつつ、小鬼を従えた美峰が守護結界を展開する。入口の前には櫂が立っており、室内の全てを見通すことはできない。仲間達の何人かは正確な所在が掴めず、結界の加護を与えることが叶わなかった。本来ならばさらに“影人”を召喚して後衛を守る盾としたかったが、狭い室内にこれ以上頭数を増やすのは厳しいだろう。
 まずは敵の数を減らし、仲間が動きやすくすることが先決――そう判断し、流は愛用の宝刀を抜き放った。水の如き刀身から生じた真空刃が、既に傷を負っていた小鳥に届き、さらに切り裂いていく。両手に大型の盾を構えた咲逢子が、鋭い蹴撃で後に続いた。
 小鳥達の一羽が倒され、他の三羽も次々に傷を負っていく。虚ろな瞳でそれを見たタツミは、突如、怪鳥のような高い雄叫びを放った。鼓膜を突き刺すその声に、美鳥と流、咲逢子が動きを封じられる。正面に居ながらも麻痺を逃れた躑躅子が、神々しい光を放って全員の縛めを解いた。少年の虚ろな瞳は、なお深い闇を湛えている。
「……エリューション化という現象にますます好感が持てなくなります」
 はぁ、と溜め息まじりに、躑躅子はそんな呟きを漏らした。

●『選ばれなかった』ということ
「――タツミ!」
 今まで茫然自失の状態にあった男が、少年の雄叫びを聞いて突如立ち上がる。人の発するそれとは明らかに違う雄叫びであっても、男が少年の声を聞き違えるはずがなかった。
「やめろ! 行くなっ!」
 美峰と、彼女の召喚した“影人”が男を阻むが、彼は少年の名を呼びながら、必死に部屋に戻ろうとする。入口に立つ櫂のみならず、部屋の中にいるリベリスタ達にも、それははっきりと聞こえた。
「あの子の為にも、貴方には生きて貰わないと困る。――あの子を思うなら、尚更ここにいて」
 己の身で入口を塞ぎ続ける櫂が、背中越しに男に呼びかける。ここで男を死なせるわけにはいかない。ナイフを閃かせて眼前の小鳥に止めを刺した終も、残る敵に視線を向けたまま男に声をかける。
「タツミ君がどんな子だったか、オレ等よりおじさんの方が知ってるでしょ。おじさんが傷ついたらタツミ君が悲しむよ」
 虚ろな瞳でリベリスタ達を眺める少年の顔に、表情らしい表情はまるで見当たらない。先日までは、この少年も幸せそうに笑っていただろうか。
(運命の悪戯が無ければ二人は幸せに暮らせたのかな……?)
 それは、今考えても仕方のないことだけれど。
 凪沙の蹴りで、もう一羽の小鳥が落ちる。自分に言い聞かせるような口調で、彼女は男に言った。
「ごめんね。タツミはもう殺されてるんだよ」
 彼を選ばなかった、存在を許さなかった運命の手によって。
 それはリベリスタの理屈でしかなかったが、崩界を防ぐリベリスタにとっては決して譲れぬことでもあった。
「馬鹿言うな、タツミはまだそこに……」
 なおも引き下がろうとしない男に、流がきっぱりと言い放つ。
「彼は正気を失うております。此処はお退きを」
「タツミがこうなったのは俺の所為だ。タツミは何も悪くない、タツミは……っ」
 喉を嗄らして叫ぶ男の声を、凛とした一喝が遮った。
「一欠片であろうとも、救いたき想いがあるのでしょう。其れを罪と申されるのなら、過ごした時を無駄になされまするな!」
 ――罪。かつて自分の犯した罪を、この連中は知っている。そういえば、隣にいる巫女装束の女も、そんなことを言っていなかったか。
 返す言葉に詰まった男に、咲逢子の容赦ない声が叩きつけられる。
「タツミはお前を殺す。私達はおかしくなったタツミを殺す」
 お前に何か出来るものならしてみろと、挑発するような声だった。気圧されたか、部屋に入ろうともがいていた男の動きがぴたりと止まる。
(荒事にはしたくないですが……)
 最悪の場合、力ずくでも部屋から叩き出すしかない。肩越しに男の様子を窺った後、美鳥は指先から一条の雷を放って最後の小鳥を貫いた。
「タツミくんの変化は不治の病のようなもので、あなたに対する応報などではない」
 空中から振り下ろされるタツミの鉤爪を盾を翳して防ぎながら、躑躅子が言う。それを聞いた男の表情が、くしゃりと歪んだ。
 ――久々にクソみてえな仕事だぜ。
 立ち尽くし、拳を握り締めて肩を震わせる男を見て、美峰が内心で毒づく。『悪者』がいれば、どんなに気が楽だったか。
「ったく、運命って奴はいつも残酷で気にくわねえ」
 傍らの男に聞こえぬよう、小声で呟く。
 小鳥の消えた戦場に突入させるべく、彼女はさらに“影人”を召喚した。

●夢の終わり
 残る敵はタツミ一人。手の中でナイフを素早く構え直し、終は少年へと駆ける。
「タツミ君、今止めてあげるから……!!」
 さっき、男は言った。タツミがこうなってしまったのは自分の所為だと。 
「……タツミ君がこんな姿になったのは、おじさんのせいじゃないよ」
 けど、オレ等には彼を眠らせてあげる事しかできないんだ――ごめんね。
 心の中で男に詫びて、終は幻影を纏う一撃でタツミを翻弄する。顔色一つ変えず、魔力を付与した弾丸を淡々と撃ち込みつつ、櫂は男と少年の絆を想った。
(どうしようもない男にも良心はあったことが、唯一の救いなのかもしれない)
 出会いは何であれ、少年は幸せだったと思う。ニセモノでも、家族の愛を知ることができたのだから。
「もう意識は残ってないよね。その姿で暴れないで済むようにするよ」
 流水の構えで自らの心をも鎮めるようにして、凪沙が破壊の気を込めた掌打を放つ。少年の体が衝撃に揺れ、動きが止まった。
「介錯は我等が務めます故――」
 全身のエネルギーを一点に込め、流が愛刀を一閃させる。袈裟懸けに斬られ、血を流しながらもタツミはまだ倒れない。麻痺を自ら振りほどき、狂ったように鉤爪を振り回す。“影人”が仲間のフォローに向かう中、美峰が呪力で氷の雨を降らせ、美鳥の響かせる福音が、タツミの攻撃を一手に引き受けてきた躑躅子の傷を癒した。
「腰が抜けて諦めたか?」
 部屋の外にいる男に、咲逢子が苛立たしげに言う。
「タツミに声が届くとしたらお前だけだ。腹の底から声を出せ。声が届かなかったら叫べ」
 可能か不可能かで言えば、それは到底不可能なことだろう。人としての理性をここまで失ってしまったノーフェイスが、フェイトを得られる可能性は極めて低い。それでも、咲逢子は男に最後まで諦めることを許さなかった。
「出来なかったら、私達は本当にタツミを殺してしまうぞ」
 その一言に背中を押されたように、男が再び声を張り上げる。
「――タツミ! 俺だ! もうやめろ、やめてくれ!」
 たとえ短い間でも、俺はお前と居られて本当に幸せだった。
 だから。もう、終わりにしよう。こんな、悪い夢は。

 男の言葉は、果たして届いたのかどうか。
 タツミの正面にいた躑躅子にだけは、少年がわずかに視線を動かすのが見えた。
 それは、単純に声を放つ対象を、獲物として認識しただけのことだったかもしれないが――。
「はじまりが犯罪だとしても、幸福であった時間そのものは虚構ではありません」
 ここまで防御に徹してきた躑躅子が、初めて攻撃の構えを取った。両手にそれぞれ持つ大きな盾に、彼女の神聖な力が篭る。
「その時間がこのような形で終止符を打たれるのは、つらいものですね――」
 惜しむような声とともに、二つの盾が同時に振り下ろされる。
 少年の命とともに、鴉の黒い羽根が、はらりと舞うように散った。

●悔恨と悲しみの果てに
「なあ、これで……終ったんだろう? 頼む……タツミに会わせてくれ」
 物音や声が途絶えたことで、戦いの終わりを悟ったのだろう。懇願する男を、美鳥は黙って部屋に招き入れた。ノーフェイスとエリューション・ビーストは倒れ、既に危険はない。男がそれを望むのなら、遺体に対面するくらいは構わないだろう。

 部屋に入った男は、ふらふらとタツミの遺体へと歩み寄り、両腕でそっと抱き上げる。押し殺した嗚咽が、彼の喉から漏れた。
「タツミがああなったのは、お前のせいじゃねえよ。お前が気に病むとすれば、お前の過去の行動を償ってない事だけだぜ」
 美峰が、男の背にそっと語りかける。その横から、咲逢子の銀色の瞳が、男を真っ直ぐに射抜いた。
 どんな理由があろうと、子供を誘拐することは卑劣としか言いようがない。これでタツミの親が『普通』であったなら、どれほど悲しんだだろうか。
「罪には罪を、と言いたいところだが、死で責任を果たすみたいなバカな事は言うなよ?」
 せめて親代わりとしての責任を果たせと、咲逢子は男に訴えかける。流はゆっくりと前に進み出ると、タツミを抱く男の傍らに膝を突き、今回の件に関する事情の説明を始めた。崩界を呼ぶエリューションの存在と、それを食い止めるリベリスタの役目――そして、タツミがエリューションとして革醒し、人ならぬものに変じたことを。
「殺生の咎は我等が負うもの。生き残った貴方が何をすべきか……一生をかけて考えなさい」
 男が、彼女の話をどこまで理解できたかはわからない。だが、最後に付け加えた一言に、彼は涙で言葉を詰まらせたまま、小さく頷いた。
「自分がやりたいことではなく、今後やるべきことを考えていただきたいと思います。つまり、どう生きるかということです」
 躑躅子の穏やかな声が、男を諭すように言葉を紡ぐ。
「タツミくんとの日々は幸せだったのでしょう? それを憶えている限り、あなたはもう悪いことはできないはずですよ」
 男はさらにうん、うんと何度も頷いた。たとえ短い間であっても、彼らは確かに幸せではあったのだろう。
「今は辛いだろうけど、残された側ができる事って、彼等の分まで生きる事だけだと思うんだ……」
 終も、言葉を慎重に選びながら男に語りかける。
「おじさんが生きて、いつか幸せになってくれたら……それが一番の手向けなんじゃないかな……?」
 それを聞いて、男はとうとう声を上げて泣いた。タツミの遺体を腕に抱き、魂を振り絞るようにして、大声で泣いた。
 終は願う。せめて――タツミが男の子供として埋葬してもらえるようにと。

 男と、タツミの遺体に背を向けていた凪沙にも、男の泣く声ははっきりと届いていた。なんで、という思いが、再び頭をもたげる。
(エリューションになるなら、タツミの生みの親にしてよ。そしたら思いっきり殴れたのに……)
 でも、世界に拒まれたのは、何の罪もないタツミだった。運命は、どこまでも残酷で儚い。
「……忘れないであげて」
 泣き続ける男の背に、櫂が一言だけ声をかける。ずっと忘れずにいること、それが、この男に出来る唯一の懺悔であり、タツミがここに居た証にもなると、そう信じている。
 そして――櫂は思う。タツミが本当に愛されたかったのは、やはり両親ではなかったか、と。どんなに酷い親であっても、子供には……。自身の過去に重ねて、彼女はそう考える。
 自分も、母に捨てられたとは思っていない。
(いつか、また会えるって……思いたいから)
 心の中で囁き、彼女はそっと瞼を閉じた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 まずはお疲れ様でした。
 心情的には、随分と理不尽な内容だったと思います。プレに記載して頂いた心情は、可能な限り採用し、リプレイに書かせていただきました。
 タツミと少年にとって救いがあったかどうかは、皆様のお心に委ねます。
 当シナリオにご参加頂きました皆様、ありがとうございました。