● 塔の魔女は、「味方だから」、役目を終えた「それ」を次元の彼方に送還したのだ。 だから、「それ」がここにいるのは、「それ」の意志。 定命の者よ、我を恐れよ。 ここが我が領域。 昼は黒。夜は銀。 我が名は「影なし」 由緒正しい魔犬(バーゲスト)である。 ● 「本年度の因縁は、本年度の内に」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、正月明けから掃除をしろと言う。 「三ツ池公園が、あれ以来不安定な地域になったことはみんなも知ってると思う。あれがまたこっちに来た」 百聞は一見にしかずと、モニターに映し出されたモノを見たリベリスタの何人かがうめき声を上げる。 モニターに映し出されたのは、犬だった。 規格外。生後一年くらいの子牛ほどの大きさ。手足の所在もわからないほど長い毛並み。 まるで巨大なモップだ。かわいいとさえいえるかもしれない。 毛の隙間から、らんらんと輝く赤い魔眼と、白い牙が見えさえしなければ。 赤い月の下、影はない。 「由緒正しい魔犬(バーゲスト)。凶運をもたらす影なし犬。ヘアリージャック。攻撃力、防御力とも隙がない。強敵」 モニターには三ツ池公園の地図。 犬のアイコンが売店前から、森、更に碑の方へ数を減らしながら移動。 「あの夜、四体の出現を確認。撃退チームは一体撃破。三体にかなりの手傷を負わせた所で戦線崩壊。手負いのアシュレイシャドウ戦に乱入。結局全頭は倒しきれなかった。残ったのは、『味方のアシュレイちゃん』が送還した。けど、自分で戻ってきた」 イヴの無表情が、きりりと引き締まる。 『徹底殲滅』と、明朝体でモニターに大きく表示された。 「E・ビースト。不安定な環境のため、著しく革醒現象が進んでいる。例えば――」 小さい。わらわらといこいの広場に黒い子犬が大量発生している。 「――とか」 更に売店から百樹の森に至る道には、先に現れた者よりは小さいが十分大型の犬が片手で足りない数徘徊している。 「――で」 森の中。 巨大な、成牛まで巨大化した犬がいる。 そして、首が三つに増えている。 「増殖し、進行している。放置したら、公園が犬だらけになる」 モニターに再び公園の地図。 「今回三チームを編成。いこいの広場から売店前、百樹の森まで突破しながら、魔犬を殲滅。アークは凶運の徒に屈したりしない」 ● 「――このチームが担当するのは、この百樹の森に居ついた個体。これを殲滅してもらう」 巨大な、成牛まで巨大化した犬がいる。 そして、首が三つに増えている。 「個体認識名「ケルベロス」。フェーズも進んでいる。体は一つだから直接攻撃は1回だけど、頭は三つあるから、魔法の類は最大三回使ってくる」 更に、先日の大きさの個体「シニア」が二体。 「守りに入っちゃだめ。徹底的に攻勢に」 イヴは、攻撃重視と犬の上に書き込む。 「みんなは、いこいの広場チーム、売店前チームが突入してから時間差で突入する。他のチームが露払いしてくれるだろうけど、それぞれの区域を突破の際、戦闘前にダメージと不運系のBSをある程度こうむることになる」 とん。と、イヴはテーブルを指で叩いた。 「更に、一定時間がたつと、いこいの広場の『パピィ』達、売店前『ヤング』達が背後から襲ってくる」 モニターに、イブが書き込んだ矢印手書きキャプション。 「挟み撃ち」と書き込み、ぐるっと丸で囲んだ。 「どのくらいの規模になるかは、他チームの奮闘にかかってるけど、その可能性も頭に入れて作戦を立てて」 イヴの表情が引き締まる。 「非常に強力。今の内に倒したい。これ以上の進行性革醒現象を具現する前に」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月16日(月)23:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 最初は一匹の傷ついた影なし犬だった。 影がないのは、その存在自体が影だから。 千切れて、数を増やし。 膨れて、力を蓄え。 運命の狭間に揺れ動く者共よ、我を恐れよ。 我が名は、『影なし』 由緒正しき魔犬(バーゲスト)である。 ● まっすぐに突入した『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は鼻白んだ。 二頭のへアリージャック・シニアは、三つの首を持つ首魁へアリージャック・ケルベロスの元に向かおうとする四人のリベリスタを前に寝そべったまま、身じろぎもしない。 一頭などは、大きくあくびまでしている。 余裕か。 かつて、この奥にいるケルベロスがシニアだった一月前。 リベリスタ達は、四頭を手負いの三頭にしたところで力尽きた。 (ここで最低限、根源たりうるケルベロスは討っておきたいところだ。無論、あくまでも目標は全個体撃破とさせてもらうが……絶対負けん、と吠えるほど若くも熱くもないものでな) 「狼はな、とても執念深いんだ。くくく。今日はお遊び一切無し、初めから本気で行かせてもらう」 『外道龍』遠野 御龍(BNE000865) にとっては、邪魔する者がいないのは悪いことではない。 すでに彼女の頭はケルベロスとの『雪辱戦』に向かっているから。 強大な刃は、三つ首の犬に叩き込むためにあるものだ。 斬って斬ってキリマクル。 冷たく冴えた頭の中には、それしかない。 「さぁリベンジマッチだぁ。我と踊ろうぞ、駄犬!!」 (ちっ、あの時のがまだ居やがったか……。今度こそ仕留める。二度と同じ負けは喫すものかよ) あの夜、『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)を地面に叩きつけ、敗北の苦汁をなめさせたヘアリージャック。 あの夜は銀色だった犬の肩越しに見た赤い月。 月が一度欠けて再び満ちる間に、犬は更なる異形へと堕ちていた。 (中々厄介で恐ろしい敵が出てきた。だが生憎と死の淵の絶望を乗り越えてきたんだ。その程度の不幸じゃ俺の心は折れないよ) 『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)の闘気は、すでに膨れ上がっていた。 彼は魔犬に生死を問うためにここに立っている。 四人が通った後、二頭のシニアは大儀そうに立ち上がり、後詰のリベリスタに向かって赤い魔眼をくれる。 その様子は、門前の狛犬のごとく。 問題は、狛犬の前が地獄か、背後が地獄かということだった。 「新年早々これだけの不運に遭遇すれば、反動でこれからの1年はきっと幸運が待ってますよね」 『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船 ルカ(BNE002998)は、穏やかな笑みを浮かべた。 森の中に立ち込める瘴気は重苦しい。 「生まれて今まで幸せだなんて思った事無いもの。今更不幸如きで手が鈍ったりするもんですか」 『殲滅砲台』クリスティーナ・カルヴァリン(BNE002878)は、エリューションから回収した、年よりも小さく細身のからだとは明らかに不釣合いの巨大なアームキャノンを犬に向けた。 「私が生して私が殺す。不吉も不運も私が決める。殲滅砲台は、壊れない」 「今回は割りと真面目な戦いですがお相手は割とワンコです」 『第12話:餡子喰う麺』宮部・香夏子(BNE003035) は、自分を人文でぺしゃんこにするような巨大な犬をあえて「ワンコ」と言い放った。 「飼いならされたワンコと狼の違いを見せ付けましょう」 日ごろは眠そうな目をしている香夏子はきりりと引き締まった表情を浮かべている。 (飼い主を認識しているのか、ただの自らの意思か。これ以上、穴を不安定にさせる要素をのさばらせておきたくはない) 二冊の魔道書を手に『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)は、クリスティーナの傍に立つ。 第一義は、彼女を庇うだ。 「ケルベロスは、冥界の門番だったか。残念だがここに門番は必要ない。大人しく帰らなかったのが、運の付きだったな。それがお前達の意思ならば、バーゲストであろうと、ここで眠ってもらう」 ほんの数十秒前まで、北門に、日常の喧騒の中に身をおいていたのが嘘の様だ。 駆け抜けてきた戦場で、仲間達は自分達を通すため、道を切り開いてくれた。 リベリスタの靴底には、仲間の流した血がついている。 延々と足元を埋め尽くす子犬の死骸。通り過ぎる彼らを満身創痍の仲間が見送ってくれた。 飛び掛ってくる若犬から、少女は身を挺して彼らを守った。 声を交わすことも出来なかったが、そのおかげで今、彼らはここにある。 事前に集中しながら走ってこられるような、悠長な散歩道ではなかった。 すでにいくばくかの傷を負い、不運が纏わりついている。 それでも、「その程度」で済んだのだ。 先に飛び込んでくれた彼らがいなければ、ここに立っていなかったかもしれない。 背中を託した仲間の思いを背負い、足を踏み出すときが来ていた。 ● 「ろくでもないこと覚えやがって……っ」 宗一は、ケルベロスになじんだ賦活の気配を見る。 今、宗一が自らに施している者と同種。 命をくべて、命を刈る力を得る。 どこで見知り、覚えた。 そんな訳があるわけないのに、自分からではないかと錯覚しそうだ。 頭が三つある犬だから、識別名は「ケルベロス」 しかし、その名のもつ殺伐冠は、一見した時点ではない。 愛嬌のある犬が、見下ろすことが出来ないほど大きくなり、正面の首の付け根から左右それぞれにやや小ぶりの頭が突き出ている。 三匹の犬が折り重なって昼寝しているような、そうであってくれという異形。 そのありえないカタチの生き物が、近寄ってきたリベリスタ目掛けて、重力を無視する軽やかさで跳躍した。 長い毛並みに隠された爪と牙が、リベリスタ達を切り裂いていく。 いや、膂力が防具を割り、皮膚を爆ぜさせ、肉を割り裂いていく。 (かわす術も思いつかん) 身のこなしでは群を抜く鉅ですら、まともに浴びた。 回復手のルカは、息をつめるようにして待機している。 癒すのは、全ての攻撃が済んだ後だ。 御龍は楽しげな笑みを浮かべた。 受けた傷が、御龍の中の戦闘狂の鎌首をもたげさせる。 「こやつの首は、我がもらった」 電撃を帯びた巨大な刃が、雷を携えて犬のそっ首に叩きつけられる。 手ごたえが、ずるりと滑った。 分厚い毛並みが、御龍の刃を拒む。 (明らかに強くなってるのはわかる。けど、俺達だって前に戦った時の俺達じゃない) 宗一が振りかぶる。 あの夜と同じだ。 宗一の命を吸って更に赤く輝く無骨な刃が、三頭犬の肩口を断ち割る。 更に続けと、鉅が黒い三叉戟をケルベロスの頭に放つ。 更にその死角から零児がまっすぐ走りこむ。 (癒したり不調を治したり、遠くの敵を攻撃したり。そんな器用なことは一つも出来ないんだ) 戦闘負傷中。 高い負荷を受けて、右目から赤いハレーション。 (やれるのは一体の敵を殴ることだけ。だがそれを突き詰めれば立派な武器になるだろ?) いかに上手く敵に一撃を当てるか。 それだけを考えている零児の一撃は、ケルベロスの左の頭を痛撃し、自己修復機能を停止させた。 いける。 この魔犬に傷がつけられる。 リベリスタ達は、俄然勢いづいた。 犬たちが唸り声を上げる。 汝ら、不吉に触れる事なかれ。 シニアが放つ雷の鎖がリベリスタを襲う。 ルカの前に香夏子が、クリスティーナの前にレンが立ちふさがる。 間髪おかず、ルカ目掛けて飛び込んでくるシニア。 体の中に叩き込まれた犬の気が、ルカの内部をむちゃくちゃに破壊し、その体を痺れさせる。 舌が回らない。福音召喚詠唱が出来ない。 「貴方達の背中は私が護るわ、安心して目一杯やりなさい!」 クリスティーナから、凶事払いの光が放たれた。 ちょっと強い風が吹いたら飛ばされていってしまいそうなほど小さく儚げ。 その反動か、大火力は正義と公言してはばからない少女が、護ると叫んだ。 安心しろと叫んだ。 ひれ伏せ。 命数も持てぬ哀れな犬どもよ。 定命の者を畏れよ。 否。 我らは魔犬。 影を持たず、ゆえに形も持たず、ただ凶運の容のみを現す者。 命を持たず、よって、致命など我等の身に起こるべくもない。 犬の毛並みの中から、毒々しくも赤い光。 肉体を否定することにより、零児の剣がもたらした戒めを解く。 まだ始まったばかりだった。 ● たっぷりと前衛達の攻撃を受けて、未だその動きにかげりは見えない。 犬の影から吸い取る血は、やはり影なのだろうか。 ケルベロスから血を吸い取った鉅は、口に入った毛を吐き捨てながらそんなことを思う。 (少しでも自力で回復すれば攻撃し続けられる時間が長くなるし、出血が通れば削りの足しになる) 三つ首の魔犬は、「わふ」と犬らしい鳴き声を揚げると、ぶるぶると身を震わせた。 ヘアリージャックは報復を忘れない。 それはケルベロスなどという個体識別名を与えられても変わるものではない。 今まで落とされた雷を皆返すとばかりに前衛に踊りかかったケルベロスは、爪でも牙でもなく、四肢を駆使してリベリスタ達を蹂躙した。 とりわけ、あの晩の分も合わせてとばかりに宗一と御龍に執拗に攻撃を加える。 先の回復が間に合わなかった分、前衛の四人は、瓦解寸前にまで追い込まれていた。 「~~~~~っっ!!」 (余計な手出しは極力せず、安定して状態異常解除を供給する事が私の務め) しかし、クリスティーナの腕は強大過ぎる砲塔を持ち上げる。 「今だけよ。今だけは私が引き受ける!」 二連装殲滅砲から、十字の光が噴出した。 まっすぐにケルベロスに突き刺さる。 右の頭がクリスティーナを見据えた。 ヘアリージャックは報復を忘れない。 べろりと出した舌の上に道化のカード。 クリスティーナ目掛けて飛ばされたカードを、レンが受け止めた。 更にもう一枚。 それはクリスティーナ自らに突き刺さった。 二人の背から仮初の翼が消えた。 シニアの一匹が、前衛の背を目掛けて踊りこんでいく。 御龍の体が限界を訴えた。 「我は先程言うたぞ?」 前回の御龍に運命は微笑まなかった。 しかし。 「前回のようにはいかんぞとなぁ!」 鉅は、ぎりぎりで致命傷を免れていた。 もしも事前にクリスティーナから自動治癒の加護を受け取っていなければ、先ほどケルベロスから血を吸い取っていなければ、地に伏していただろう。 ルカが召喚した福音が響き渡る。 まだ戦える。 リベリスタはみんな立っている。 しかし、それは魔犬も同じこと。 遠吠えが影そのものの魔犬を癒す。 ● 売店前チームから加勢の頭数の連絡が入ること担っている御龍のAFにまだ連絡は入っていない。 加勢はあるのかないのか、それとも電話も出来ない状態にあるのか……。 そもそも出る暇などありはしなかった。 ぎりぎりとしのぎを削る。 動かない状況。 ケルベロスのふかふかした毛並みが犬の斬撃を受け止め、有効打にならない。 それでも、シニアの一匹が癒しの遠吠えを続けているのが、リベリスタにとってはありがたい状況になっている。 (どれだけ早く数を減らせるか。それが全てだ。数が減らないうちにヤングやパピィまで現れれば支えきれん) 鉅の脳裏にいやな考えが浮かぶ。 リベリスタはぎりぎりのところで体を保っていた。 ヤングであろうと、パピイであろうと、地獄へのもう一押しとなるのは間違いない。 (加勢が来たら、かばい続けるのは無理だ) レンはちらりと横にいるクリスティーナを見る。 クリスティーナが相談時に「そこらの前衛より頑丈だから、心配するな」といっていたのは覚えているが、クリスティーナは要なのだ。 (集中。集中しながらいろいろやらなくちゃ……) 矛盾した考えが漠々と浮かんでくる。 (加勢が来たら、そっちを倒さなくっちゃ。俺に出来ること。) どちらを優先させるのか、レンの中でまだ答えが出ていなかった。 ルカを庇い続けているのは、香夏子も同じだ。 踊りかかってくる巨大なモップを前に体を張り続けるしかない。 先程は持ちこたえたが、ルカが一度回復詠唱を途切れさせたとたん、傷ついた前衛は瓦解する。 今度は、立ち上がれない者が出る。 ジレンマにさいなまれているのは、クリスティーナも同様だ。 殲滅砲からの砲火でケルベロスの気を引き、前衛に負担を軽くすることはできるが、その分の負担はクリスティーナ本人、何より庇ってくれているレンに負担がかかる。 そして、クリスティーナが凶事払いをしなければ、凶運まで落ちる前衛が出る。 そうなったら。 ケルベロスを倒すまで。 全ての前提はそうなっていたが、ケルベロスに倒れる様子は見えない。 思ったようにダメージを与えることが出来ない。 そもそもそれまでに倒せるなどと思ってはいないが、弱った様子を見せず、異形の愛嬌を振りまき続ける魔犬が不気味だ。 まもなく加勢が来るというのに。加勢が来る。加勢が……。 来ない。 不吉不運凶運は精神に由来する。 いつの間にか重苦しい魔犬の領域で、リベリスタの心は知らず知らずの内に蝕まれていた。 だが、リベリスタ達は、魔犬が飛び込んでこない小道を見て改めて思い出す。 ここにリベリスタ達を立たせるために、死力を振り絞った者たちがいるということを。 自分達の無事を案じている者がいるということを。 ● それでもここは魔犬の領域だ。 魔犬の巨体が、黒い毛並みが、輪郭をなくし拡散していく。 六つの赤い魔眼が絡み合うように巨大化し、黒の中に赤が浮かぶ。 ああ、そうだ。 これこそが、赤い月の夜の悪い夢。 あの夜の残滓だ――。 赤い月の邪気が、ぎりぎりで立っていたリベリスタを蝕んだ。 直撃を受けた鉅と御龍が再び立ち上がってくることはなかった。 ルカの前に立っていた香夏子が、「ですからね――」と唐突に話し出した。 「香夏子は狼ですので、ワンコには負けないのです――」 ぼろぼろだった。大丈夫ではないのが一目瞭然だった。 小さな背中が、ルカを護っていた。 「俺が倒れたら、誰がこいつらを倒すっていうんだ」 零児が不遜とも取れる軽口をはいて、立ち上がった。 吸い込む呼気にが裂ぱくの気合と代わり、叩き込まれた刀身から斬撃が爆裂の口火と化す。 吹き飛ばされた赤い夜空は不規則に穴が開き、穴が防げずに不定形化した影が所在投げに揺らめく。 「倒れてる暇はねえんだ」 宗一は、意地でも膝をつかない。 「お前の特性は把握している。自分がやばくなってくると大技連発してくんだよな。それに、今度はお前の味方をした魔女もいない。ここが、お前達の墓場だ!」 歯を食いしばり、恩寵でともったわずかな命の火を更に燃焼させて、魔犬から変容した赤い月に最大の一撃を放つ。 赤い刀身が、赤い月を切り裂く。 切り口から白い雷光がほとばしり、赤い月夜の終焉を知らせる。 三頭犬、ヘアリージャック・ケルベロスの最後だった。 ● ヘアリージャックは、報復を忘れない。 「親」を倒された二匹のヘアリージャックは、零児に黒い光の三叉戟を叩き込んだ。 即時撤退命令発動まで、あと一人。 クリスティーナが魔力想起詠唱を始めるのに、レンが振り返り、クリスティーナの顔を見た。 「念には念を。臨機応変に行動しなくちゃ殲滅砲台の名が泣くわ」 レンは小さく頷くと、指先に道化のカードを現す。 「さあ、眠る時間だ……!」 放たれたカードは、魔犬の眉間を真っ二つに割る。 香夏子も道化のカードを手に取った。 「お待たせしました。シニアさん達……さぁ、けりをつけましょう。最後の力を振り絞って全力攻撃です」 香夏子のカードは、魔犬の赤い魔眼を穿つ。 ルカが高らかに福音召喚詠唱を唱える。 「長期戦が予想していました。私の役割は唯一つ。最後まで戦場に立ち、回復をし続ける事」 駆け込んできた宗一が、シニアに剣を振るう。 反動で体内で跳ね回る電流に、奥歯をかみ食いしばる。 クリスティーナの雷の鎖が魔犬をなぎ払い、レンと香夏子の道化のカードがより傷ついた魔犬を襲う。 しかし、すでにあらかじめかけていた加護や賦活は切れている。 そして、クリスティーナの凶事払いがない今、リベリスタにはそれぞれの意志の力が問われていた。 ぎりぎりのところですり抜けてきた運命の均衡が、魔犬の側に傾く。 定命の者よ、不運を恐れよ。 何の拍子か、宗一の足がもつれた。 それを見逃すヘアリージャックではなかった。 宗一の上に圧し掛かり腸を抉ろうとする魔犬を追い払い、ケルベロスの傍で倒れた仲間を担ぎ上げ、撤退したリベリスタ達を公園北門で出迎えた者達は、その生存を喜び、心の底からねぎらった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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