●それは蜜の味にも似て 大きな窓から美しい夜景を望む、ホテル最上階のスィートルーム。 ソファにゆったりと身を沈める女は、たいそう上機嫌だった。妖しく濡れた紫の瞳は、彼女の正面にあるガラス張りのコレクションボードへと向けられている。その中には大粒の宝石がいくつも並べられ、絢爛とした輝きを放っていた。 うちの一つ、赤い瑪瑙に似た宝石を眺めて、女がうっとりと目を細める。 「いつだったかしら――あれは傑作だったわね」 女の傍らに控えていた二人の男のうち、やや小太りな方が答えた。 「あの、ひき逃げ事件ですかい?」 「そうよ、それ」 女の紅い唇が、笑みの形を作る。 「あの男……もうすぐ子供が生まれるところだったそうね。ずっと子供ができなくて、ようやく授かった子供だったとか」 「ガキの顔を見る前に、車にひかれておっ死んだってわけですかい」 「我が子を腕に抱くこともなく、あえなく事故死……最高じゃないの」 喜びの絶頂から奈落の底へ。それこそが、彼女が愛してやまない悲劇。くつくつと、女が愉しげな笑い声を上げる。今度は、小太りな男の反対側に控えていた痩身の男が口を開いた。 「確か、ひいた男も妻子がいたんじゃなかったですか」 「そうよ。あの男も真面目な男だったでしょうに――“魔が差した”ばかりに、人をひき殺してしまった。おかげで夫は犯罪者、残された妻と子は人殺しの家族として針のムシロ」 赤瑪瑙を見つめる女の脳裏に、その事件の様子がありありと浮かぶ。 会社帰りらしき男が、深夜の道路を歩いている。背後から車が来ることに気付いて男は道の端に身を寄せ、ドライバーもまたスピードを緩め――直後、アクセルを踏み、男に向けてハンドルを切った。 ドライバーの男にそうさせたのは、もちろん彼の意思などではない。アーティファクト『イーヴィル・テンプテーション』が打ち込んだ不可視の鎖が、強制的に“魔が差す”ように仕向けたのだ。最悪のタイミングで、もっとも凄惨な悲劇が起こるようにと。 「まったく、素晴らしいアーティファクトだわ。私の好きなものを、同時に与えてくれるだなんて」 女が望むは、残酷な悲劇と、極上の宝石。 それを生み出すアーティファクトは、今も彼女の手の中にあった。 ●悲劇を生む鎖 「人々に害をなすアーティファクトと、それを悪用するフィクサードが発見されました。今回の任務は、このアーティファクトの破壊と、フィクサード三名の撃破です」 アーク本部のブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向けて、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はそう言って説明を始めた。 「アーティファクトは『イーヴィル・テンプテーション』――両手に収まるほどの大きさをした壷です」 正面のスクリーンに、細い鎖を幾重にも巻きつけた美しい壷の映像が浮かぶ。 「このアーティファクトは、革醒していない人間に対して見えない鎖を打ち込むことで、対象を“魔が差した”状態に導きます」 リベリスタの一人が僅かに首を傾げるのを見て、和泉はさらに言葉を続けた。 「要は、最悪の場面で、咄嗟に最悪の行動に出てしまうということです。――たとえば、日中の混雑した横断歩道で、信号待ちのトラックが無意識にアクセルを踏んでしまう、といったような」 その結果、何が起こるかは想像に難くない。アーティファクトの所有者は、こういった悲劇を人為的に生み出せるということか。しかも、自らの手は汚さずに。 「現在、この『イーヴィル・テンプテーション』を所持しているフィクサードは『トラジディ・コレクター』というコードネームで呼ばれる女性です。配下のフィクサードは二名、ともに男性」 スクリーンの表示が切り替わり、一人の美女と、二人の男のデータが表示される。 「『トラジディ・コレクター』はその名の通り、他人の悲劇を好みます。しかも『イーヴィル・テンプテーション』は、自らが引き起こした悲劇の記録を宝石として残すのです」 生み出される宝石もまたアーティファクトではあるが、危険な機能は持たない。純粋な記録媒体であり、それを眺めるものに“悲劇の場面”を見せるだけだ、と和泉は言う。 「自ら悲劇を引き起こし、その悲劇を記録した宝石をコレクションする――それが『トラジディ・コレクター』というフィクサードです」 放っておけば、彼女の手で引き起こされる悲劇は増える一方だろう。 「フィクサード達は今、高級ホテルのスィートルームに逗留しています。――どうか、皆様には至急の対処を要請します」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月09日(月)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●悲劇を愉しむ者 絨毯が敷き詰められた廊下に、人の姿はなかった。『A-coupler』讀鳴・凛麗(BNE002155)が階下から透視した通り、フィクサード達は皆室内にいるようだ。八人のリベリスタは壁に身を寄せながら、突入の機会を窺う。 「悲劇を集める。集める為に悲劇を起こす。起こして嗤う。――何て悲しい方なのでしょうか。何と寂しい方なのでしょうか」 『フロントオペレイター』マリス・S・キュアローブ(BNE003129)の美声が、詠うように言葉を紡ぐ。『アリスを護る白兎騎士』ミルフィ・リア・ラヴィット(BNE000132)が、整った眉を顰めた。 「只他人様の悲劇を集め、それを眺めて楽しむ為だけに人を悲劇に陥れるとは……如何にもフィクサード、呆れますわ……」 「悲劇を意図的に引き起こして、しかもそれを観賞して楽しむ? 信じられない。どれだけ外道なの!?」 憤懣やる方なしといった様子で、『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)も肩を震わせる。『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の凛とした細面から、辛辣な言葉が漏れた。 「悪趣味ですね」 まあそんな事はどうでも良いのです――と、周囲に結界を張り、これから突入する部屋の間取りを頭に思い浮かべながら、彼女は続ける。 「その行いは正義に反するものである。断罪するには、それだけで事足ります」 決然たる口調に迷いはない。その時、隣にいた『リピートキラー』ステイシィ・M・ステイシス(BNE001651)が、誰にともなく口を開いた。 「――なるほど。なるほど、なるほどう。いやあ、なるほどねい」 人を惑わすアーティファクトと、自らの欲望にそれを利用するフィクサード。彼女が引き起こしたと思われる悲劇のいくつかは、アークから伝えられている。そのうちの一つは、ステイシィ自身が少し前に関わった事件でもあった。血の色をした瞳の奥に、ふつふつと感情が湧き上がる。 「ギャーギャギャ」 『蒐集家』リ ザー ドマン(BNE002584)の爬虫類を思わせる声が、同行するリベリスタ達の耳に意味を持つ言葉として伝わる。どうやら、己の理解者かつ、協力者であるリベリスタの使いで来た、ということらしい。使いとはいえ、それはリザードマン自身が望むことでもあった。悲劇を映す宝石を持ち帰り、自分の“コレクション”も蒐集する。最高ではないか。 各自がタイミングを計って自らの力を高め、突入の準備を整える。皆が壁側に身を寄せる中、『積木崩し』館霧 罪姫(BNE003007)が、ホテルのメイドを装って部屋の扉を叩いた。 「お客様、ルームサービスをお持ち致しました」 数瞬の後、部屋の内側から男の声が響く。 「ルームサービス? 他と間違ってるんじゃ……って、誰だお前」 ドアスコープ越しに、男の視線が罪姫を捉えた。心と声は装えても、幼い外見は如何ともし難い。敵の警戒を煽ったことを悟り、罪姫はチェーンソー剣を眼前の扉に叩きつけ、これを吹き飛ばした。 開けた視界の先、長い髪の女の姿を認めて、罪姫は笑う。 「私罪姫さん。今宵、貴女を殺しに来たの」 ●強襲、奇襲 姿を現したリベリスタ達を前に、女――『トラジディ・コレクター』は、紫の瞳を僅かに細めた。 「無粋な客もあったものね」 破壊の闘気を纏ったノエルが、白銀の騎士槍を携えて前に進み出る。 「貴方が『コレクター』ですか? 悲劇を集めるのがご趣味のようで」 アーティファクト『イーヴィル・テンプテーション』の位置を素早く確かめた後、ノエルは騎士槍を女に真っ直ぐ突きつけた。 「そのアーティファクトと貴方自身の悲劇をもって、その幕を下ろして差し上げましょう」 霧香が室内へ滑り込み、吹き飛ばされた扉を避けて飛び退いていた痩身の男に迫る。彼女はそのままの勢いで連続攻撃を仕掛け、痩身の男をその場に釘付けにした。後に続いたミルフィが、対エリューション用に鍛えられた打刀【牙兎】を抜き放ち、真空刃で痩身の男の肌を切り裂く。 「良い気分が台無しだわ」 『トラジディ・コレクター』の指先から、一条の青白い電光が放たれる。それは瞬く間に部屋全体を荒れ狂い、リベリスタ全員を貫いた。一歩遅れて、マリスが守護結界を展開する。敵の要は『トラジディ・コレクター』、凛麗はまず、彼女を封じるべくオーラの糸を放った。『トラジディ・コレクター』の艶やかな髪が切り裂かれ、数本が宙を舞う。それを見た彼女の眉が、瞬く間につり上がった。 「ボス!」 辛うじて麻痺を免れた痩身の男が跳躍し、横の壁を蹴る。ミルフィの死角を襲った一撃は、彼女の判断力を一時的に奪った。それを見たノエルは、己の身を削ることも厭わず、電撃を纏う一撃を痩身の男に叩きつける。 相棒の援護に向かおうとする小太りの男の前に立ち、その拳を身に受けながら、ステイシィは血色の瞳でフィクサード達を見つめた。 「――貴女がたは大きなミスを犯しました」 彼女の強い意志が十字の光と化し、小太りの男を撃ち抜く。配下二人が仲間によって足止めされたのを確認し、罪姫がするりと『トラジディ・コレクター』との距離を詰めた。 「貴女も、罪姫さんのコレクションになると良いのよ」 細い腕に似合わぬ力で『トラジディ・コレクター』を押さえ込み、怒りで我を忘れた女の首に牙を立てる。白い首筋を、紅い血が一筋伝った。 リベリスタが派手に突入を行ったのは理由がある。それは――。 「ギャギャーギャ」 気配を断ち、壁や天井を利用して動くリザードマンの動きを、敵に悟られないためだった。まんまと敵の死角をついたリザードマンは『トラジディ・コレクター』の背後に回り、天井から彼女に襲い掛かる。怒りに支配される女を、さらに混乱が染め上げた。 ボスを封じられて焦る痩身の男に、霧香が愛用の刀を振るう。 「今まで戦った剣士の誰よりも未熟、だね」 痛烈な言葉とともに浴びせられた斬撃は、痩身の男の二手も三手も先を行き、男の動きは完全に封じられてしまった。一方、混乱の最中にあるミルフィはノエルに斬りかかるも、ノエルはこれを辛くも回避、同士討ちを免れる。 「よくも、私の髪を……っ」 怒り狂う『トラジディ・コレクター』は、首筋に罪姫の牙を突き立てられながらも四属性の魔力を放ったが、しかし混乱ゆえに狙いを誤った。四色の光は彼女の髪を切った凛麗ではなく、そのさらに向こうにいた霧香へと絡みつく。直後、当の凛麗が神聖なる光で邪気を祓い、ミルフィの混乱と霧香の縛めを解いた。 「ギャギャ」 『トラジディ・コレクター』を抑える傍ら、リザードマンが動けぬ痩身の男に空中から攻撃を浴びせる。すかさず、雷撃を纏ったノエルが騎士槍による突撃を敢行し、自ら傷を負いながらも痩身の男を床に沈めた。 「畜生、やりやがったな!」 相棒を倒されて激昂した小太りの男の拳が、防御を掻い潜ってステイシィの鳩尾へと突き刺さる。しかし、光り輝くオーラに包まれた彼女の体は揺るがない。引き下がるつもりなど、毛頭無かった。 「くっ……」 『トラジディ・コレクター』が頭を横に振り、失われていた判断力を取り戻す。体勢を整える暇を与えず、霧香が女に向けて駆けた。 「――あんたは絶対、許さない!」 ●紅い幕 『トラジディ・コレクター』が我に返ったのを見て、マリスが式神の鴉を飛ばす。集中から放たれたそれは、見事に女を射抜き、その怒りを再び呼び起こした。 「この……小娘の分際で……っ」 怒りに燃える紫の瞳がマリスを睨む。彼女が実は80年以上の時を生きていることなど知る由もない。魔力で作られた黒き大鎌がマリスを頭上から襲い、細い体を血に染めた。 凛麗がオーラの糸で小太りの男を縛り、その隙に仲間達が集中攻撃を加えていく。傷つき、血を流す男にミルフィが迫り、打刀の一閃をもってこれを沈めた。 「これ以上、酷い悲劇を生み出させたりしない……!」 その名の通り禍(わざわい)を斬る“斬禍之剣”が神速の切れ味で『トラジディ・コレクター』を追い詰める。動きを完全に封じることは叶わずとも、今は攻撃あるのみ。 そして――肉体の枷を外し、自らの生命力すらも攻撃に注ぎながら、罪姫は『トラジディ・コレクター』の首筋から血を啜り続ける。 目の前の女はコレクター、悲劇を愛する蒐集家。対象は違えど、その気持ちはちょっとだけ分かる。 「罪姫さんもね、同じ様な人ばかり解体してると飽きてくるの」 ――だから、楽しみ。フライエンジェさんをバラバラに出来るチャンスって少ないもの。 罪姫の呟きは、逆上する女には聞こえていない。女が身をもってその言葉を知ることになるのは、もう少し後。 仲間達が敵を抑える間に、マリスが癒しの符で自らの傷を塞ぐ。凛麗の輝く光が後に続き、彼女の出血を止めた。 凛麗の大きな瞳が、『トラジディ・コレクター』をじっと見つめる。 (思い出は宝物になる――身近な人の不幸な思いでも、人をそれを取り込み強くなる。そういう意味では、宝物にもなるでしょうが) しかし、と思う。それを視て、愉しむ者があってはならない。ましてや、自ら不幸を生み出す者などいてはならない。決して。 「ギャギャッギャ」 リザードマンが、弾んだ口調で左手に構えたチェーンソー剣を繰り出す。逃がす気など毛頭ない。ブロックは苛烈で、一分の隙もなかった。 いっそ食べちゃいたいですねぇ、頭から――そんな意味をもった声も、『トラジディ・コレクター』の意識には届かない。それは、彼女にとって幸か不幸か。 壁際のサイドボードに置かれた『イーヴィル・テンプテーション』を背に立ち、ノエルが白銀の騎士槍を構え突進する。脇腹を抉る痛みで自分の置かれている状況を思い出したか、直後、『トラジディ・コレクター』の瞳に理性の光が戻った。 危険を悟ったリベリスタ達が行動を起こすよりも早く、女の指先が軽やかに動く。配下を倒されて現状は明らかにこちらが不利だ。窓から逃げようにも、今は四方を囲まれて叶わない。 ならば、全員を薙ぎ払うまで――。 一条の雷が踊るように室内を荒れ狂い、次々にリベリスタ達を撃ち貫く。確かな手応えに笑みを浮かべた女は、しかし次の瞬間、目を見張った。 「不条理や理不尽を『装い』、他者に悪意を撒き散らすその所業……」 雷の直撃を受け、一度は倒れたはずのステイシィが、火傷に覆われたツギハギだらけの肌から薄い煙を昇らせて立ち上がる。 自らの意志で運命を引き寄せた彼女の瞳は、真っ直ぐ『トラジディ・コレクター』へと向けられていた。 「それはね。理不尽と、理不尽だからこそ、心を鬼にして戦うリベリスタ全てに。そして、何も分からずに犠牲を甘受せざるを得ない全ての人々に! ……唾を吐きかけているに等しいのです」 求めて焦がれて、死してなおも届かなかった腕。それを、自分達の手で断ち切らねばならなかった理不尽。忘れてはいない。忘れるものか。 「――お分かりですか。だからこそ、私は貴女がたを許さない」 神をも恐れぬ所業を繰り返してきた『トラジディ・コレクター』の面に、初めて狼狽のような表情が浮かぶ。仲間に向けて癒しの符を飛ばしながら、マリスはそんな『トラジディ・コレクター』を黙って見つめていた。 降る風花は美しい。月に叢雲もまた美しい。美しい景を眺めることは、ただ愉しい。 そして、自らが好む美しいものが手に入れば愉しいだろう。美しいものが増えると、もっと美しいものが欲しくなるのだろう――そう、理解はできるけれど。 「しかし、嘲笑う情念は醜さ極まりない」 突破口を探るように視線を動かす『トラジディ・コレクター』を見て、霧香が『イーヴィル・テンプテーション』目掛けて刀を振るう。放たれた真空の刃は、壷のすぐそばを掠めて壁に突き刺さった。 「これが大事じゃないのかな? あたし達が壊しちゃうよ?」 舌打ちして『イーヴィル・テンプテーション』を睨む女の視線を遮るようにして、ノエルが立ち塞がる。 「どこへ行こうというのですか。もっと楽しみましょう? この戦いを」 凛麗が再度、神々しい光を放って仲間達の感電を払う。彼女の支援を背に、ミルフィが『トラジディ・コレクター』へと迫った。 「それ程『悲劇』がお好きなら、御自分の悲劇をコレクションなさいませ」 僅かでも逃れようと翼を広げた女の背に、ミルフィは容赦なく居合い斬りを叩き込む。 「――冥土に、堕ちやがれですわ……!」 翼を大きく切り裂かれ、女の喉から絶叫が漏れる。その耳元で、罪姫が愉しげに囁いた。 「綺麗な貴女が罪姫さんみたいな殺人鬼にバラバラにされる。理不尽ね、不条理ね、悲劇ね」 両腕で愛おしげに女の肢体を抱きながら、罪姫はさらに残酷な言葉を紡ぐ。 「でも貴女、悲劇は大好きでしょう?」 ――人にだけ悲劇を振り撒いておいて、自分は蚊帳の外なんて勿体無いわ。 焼け付くような痛みとともに、女の首筋から命の源が失われていく。 何か言いたげに唇を動かした『トラジディ・コレクター』に、ステイシィが冷ややかに言い放った。 「肉の一片に至るまで、殺し尽くして差し上げます。外道の命乞い等、聞こえませんから」 そんな、という形に、紅い唇がゆっくりと動く。 女の瞳が最期に映したもの。それは、チェーンソー剣を向けて己に迫る、緑色の肌持つリザードマンの姿。 「ギャ、ギャギャーギャ」 幕切れは残酷に訪れ、退場する女優をどこまでも紅く彩った。 ●蒐集家たち 「哀れみとか憐れみだけが、この『コレクター』に対して想う情念です。残念です」 血の海に沈んだ女を眺めて、マリスがぽつりと呟く。生きていれば心を読んでアーティファクトと金の出所を探りたかったが、即死ではどうしようもない。宝石はコレクションボードに隙間無く並べられており、横流ししたような形跡も室内には見当たらなかった。あらかた調べ終えた凛麗が、僅かな溜息とともに呟きを漏らす。 「どんなに美しい石の光も、幸福の輝きには劣ります。もしかすると、彼女は他人の幸福の眩さに目を背けてしまったのかもしれませんね」 ――より、仄暗い方を向く事で。 一方、ノエルと霧香はサイドボードに置かれた『イーヴィル・テンプテーション』に歩み寄る。 「悲劇は更なる悲劇しか呼びません。である以上、これは存在する意義の無いものです」 さっさと破壊致しましょう、というノエルに、霧香が頷く。彼女らの手で、悲劇を生むアーティファクトは呆気なく砕かれた。 そして――『イーヴィル・テンプテーション』が生んだ、悲劇の残滓も。 「このような、くだらぬ物は……あってはならないのですわ……!」 目を背けても脳裏に浮かぶ悲劇。ミルフィは怒りに満ちた表情で刀を何度も突き立て、宝石を片っ端から砕いていく。 ステイシィが手の中の赤瑪瑙を覗けば、そこには確かに、見覚えのある男の姿があった。理不尽な悲劇を経て、黄泉の狭間から愛する者のもとへ歩もうとした彼の最期を、彼女は想う。 (――これで供養になるとは、思いませんけど。せめて……) 握り締めた拳の中で、赤瑪瑙が儚く砕け散った。 密かに宝石を持ち帰ろうと思っていたリザードマンだったが、懐に収めるより先に全て壊されてしまった。これはこれで仕方がない。 「ギャッギャ、ギャーギャギャ」 まだ、最大の楽しみが残っている。 仲間達が引き上げた後、その場に残ったのはリザードマンと、罪姫の二人だけだった。 「ここからは罪姫さんのお時間。さあ、バラバラにしてあげる」 悲劇を愛した女、『トラジディ・コレクター』。 今度は、彼女自身が蒐集される番。 窓の内側で行われる惨劇を覆い隠すように、夜空に輝く月を薄い雲が包んだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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