●救いは気まぐれに 彼、沖田浩介が力に革醒したのは、彼が正しく力を求めたその瞬間だった。 決して敬虔ではないものの、両親共に神の信徒と言う家に生まれた彼は、幼い頃から十字架と共に生きてきた。 神様なんか居る筈ない。思春期をむかえ世を斜に構えて見る事を覚えると、その思いは自然と強まっていったが と言って積極的に信仰を捨てる理由も特に無く、何となく食事の前と後には毎日祈りを捧げていた。 父親が会社をリストラされ、ある日歳若い浮気相手と共に突然蒸発しても。 母親が心の病を患い、子供達を殺しかけ病院に拘束されても。 その子供達を引き取った叔父が、品性下劣にして自己中心的な最低の男であったとしても。 浩介は変わらず毎食前後に祈りを捧げていた。いや、むしろその祈りは彼にとって生活の一部となっていた。 全ては、彼にとって最愛の姉がいつも祈りを捧げていたからだ。 彼の姉、沖田鈴花は浩介の3歳上。優秀で美しい姉を幼い頃から浩介はいつも誇りに思っていた。 鈴花は浩介より余程敬虔な信徒だった。あるいはそう、両親よりも。 彼女が祈るから彼も祈る。彼の祈りはいつだって彼女の為に捧げられていた。 自分はどうなっても良い。どうかこの誇るべき家族に。最愛の姉に相応しい幸福を。 両親が共に彼らとは別の道を歩んでからも、彼と彼女はいつだって共に居た。 親族をたらい回しにされた時も、叔父の暴虐に晒された時も、周囲の言われない嘲弄に苛まれた時も。 弟は姉を守る騎士であり、姉は弟が守るに足る女神であった。 だから叔父がその美しい姉を手篭めにしようとした時、彼は怒りに我を忘れた。 叔父は大柄な男だった。一方浩介はと言えばむしろ小柄。 アルバイトに精を出す余りスポーツの経験も殆ど無い。鈴花はと言えばこちらも言うまでもない。 何度ぶつかって行っても叔父の腕の一振りで浩介は壁に打ち付けられた。 繰り返し壁に頭を叩きつけられ周囲に鉄の香りが漂っていた。姉の悲鳴がどこか遠い。 いつか2人で叔父の家を出る為にお金を貯めると言う計画を、希望を抱いた事をこれほど後悔した事は無かった。 神様なんか居る筈ない。居るんだったらどうして自分達だけがこんな目に合うのか。 何もしていない。ただ普通に生きたかっただけだ。人間らしく、生きたかっただけなのに―― その救いは、気まぐれに。 けれどそれは決して、神の祝福などではなかった。 ●運命は残酷に ブリーフィングルームへ訪れたリベリスタ達へ事情を説明する、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声音は、 必要以上に固く、事務的で、どこか酷く冷たく響いた。 「以上が、今回見えた限りのエリューションの経歴よ。皆にはこれを処理して欲しい」 処理、と言う単語が淡々と紡がれる。その意図する所はわざわざ語るまでもない、明白だ。 静寂に満たされた室内に少女の声だけが陰々と響く。 「ノーフェイス。しかも件の叔父を殺害後、殆ど間髪入れずにフェーズ2へ進化してる。 進化速度、神、及び世界全てへの憎悪。共にとても危険な兆候よ。放ってはおけない」 辛うじて理性らしき物の断片を残しているらしく“かつて沖田浩介であったもの”は姉である鈴花と共に家へ篭っている状態らしい。 「つい30分程前、被害者の叔父宅を訪ねた郵便配達員が殺害されてる。 見境もなくなってきてるみたいね、いつまでじっとしていてくれるか分からない」 事態は急を要する。時間的な猶予は殆ど無さそうだ。 イヴもまた小さく息を吐くと、決意を滲ませる眼差しでこう続ける。 「人質は出来れば救出して欲しい。エリューションの傍に居れば彼女もエリューションになりかねない。 ……でも、最終的な判断は皆に任せるわ。依頼自体はあくまで、エリューションの討伐だから」 討伐と、暈さずはっきりと口にするとイヴは後ろのモニターへ目線を向ける。 沈黙するリベリスタ達に、数秒の間を空けて呟く様な言葉が聞こえた。 「……彼の祈りは届かない。せめて彼が人間である内に、終わらせてあげて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月05日(木)22:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●祈りの檻 彼女はいつだって祈っていた。世界がもう少しだけ優しくなります様にと。 彼女の弟もまた、いつだって祈っていた。明日はもう少しだけ幸せに笑えます様にと。 叔父は厳しかったが、行く宛も無い彼女とその弟を置いて貰えるだけでも感謝しなくてはならない。 そう想ってどんな事でも喜んでやった。炊事、洗濯、掃除、片付け、買い物、アルバイト、叔父のご機嫌取り。 学校へ行きながらも頑張っている弟に出来るだけ負担を掛けない様に、彼女はすすんでどんな事でもやった。 彼女はいつだって祈っていた。世界がもう少しだけ優しくなります様にと。 いつも優しい自慢の弟が、ほんの少しでも報われます様にと。 けれどその祈りは、届かない。 ●神無き家 “2階……キッチンみたいですね” 讀鳴・凛麗(ID:BNE002155)が透視した限りでは人質、沖田鈴花は文字通り囚われているらしい。 キッチンの扉は冷蔵庫と洗濯機で塞がれており、半端な力では押して出る事も適わない。 “あと、浩介様なんですが……” こちらはより単純だ。居るのは玄関。それも扉を開いた真正面である。 「……なるほど、それで奇襲か」 配達員を装いチャイムを鳴らそうとした『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(ID:BNE001406)が 納得した様に首肯した。配達員が殺されるのもさにあらん、玄関から入れば視界は一時的とは言え扉に塞がれる。 別にこそこそと隠れる必要は無い、正面こそがまさしく玄関の死角なのだと。 「ちゃっちゃか終らせないとね」 「ああ、こっちは何時でもいけるぜ」 『通りすがりの女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(ID:BNE001523)が盾を取り出すのと、 ラキ・レヴィナス(ID:BNE000216)が鉄槌を手に取るのはほぼ同時、そしてアウラールがチャイムを鳴らしたのも、また。 ぴんぽーん。と言う間の抜けた響きには、誰も居ないと言う様に一切の無反応。 けれど凛麗の透視は、ハイテレパスは、彼らにそれ以上の情報を告げていた。 “ぐるぐ様が入りました” 別行動の『Trompe-l'?il』歪 ぐるぐ(ID:BNE000001)がチャイムの音に乗じて二階へと侵入した。 その情報を受けて偽装配達員達もまた動き出す。アウラールが玄関ノブを回し、押し扉を押し開ける。 視界が扉の影と玄関の二色に染まった瞬間――それは来た。 熱探知で見れば発熱した残像が眼に残る左右五対の刃。それが爪だと分かったとして、人間を連想する者はまず居ないだろう。 しかして彼は人に非ず。例え誰が否定しようと、エリューションと化したそれは世界の異物。かつて浩介であった物に過ぎない。 「こっの――っ!」 しかしESPによる危機感知以前に、事前情報からこの奇襲を予期出来ていたアウラールにとって、 この一撃こそが最大のチャンス。固めた守りを頼りに逃げそうになる足を一歩踏み込み、浩介の腕を絡め取る。 これに驚いたのはむしろ浩介の方だ。爪の幾つかがアウラールの脇腹に突き刺さり肉を抉る。しかしアウラールは離さない。 「祈るだけで救われるのなら、不幸な人は居なくなる。そう思わない?」 「私は臆病だが、力に意志を明け渡す程卑怯ではない。君はどうかな」 『毒絶彼女』源兵島 こじり(ID:BNE000630)のリボルバーが、そして後方より『コンダクター』七星 卯月(ID:BNE002313)の 気糸による一閃が、動きの止まった浩介を狙って放たれる。アウラールと言う重石を付けた浩介にこれを避ける術はない。 銃弾の一撃が腹部、ピンポイントが片足を掠め予想以上に派手な血飛沫を散らす。 これには浩介もくぐもった悲鳴を上げるが、しかし悲鳴を上げたのは浩介だけではなかった。 「ちょ、アウラール血!血出てるって!ばっか、俺の仕事増やすんじゃねェよ!?」 血の苦手な吸血鬼、『Gimmick Knife』霧島 俊介(ID:BNE000082)にとって互いに血塗れの戦闘等と言うのは最悪だ。 余程嫌なのか極力視線を合わせない様にしながらアウラールの傷へ治癒の光を降らせるも、流石に一度では塞がり切らない。 「駄目だよアウラール君。無理はしない」 レナーテのブレイクフィアーによって出血が食い止められ、ラキの無限機関、機械化された右腕が唸りを上げる。 ここで足を奪えば実質浩介はその機動力の大半を失う。それは実質のチェックメイトと言って良い。 振り上げた鉄槌は猛威を振るいピンポイントでその太腿骨を叩き潰す――その筈だった。 ●ある天使の詩 「潜入成功ですっ」 一方こっそりガッツポーズをしたのは別行動の救出班、班員は歪ぐるぐ若干1名。 寝袋で身を隠す、と言う外から見たら逆に目立ちそうな事をしながらも、ちゃっかり潜入には成功しているのは 怪盗としての経験の成せる業か。物音を立てない様抜き足差し足で辿り付くキッチン。しかして立ち塞がるのは難物、冷蔵庫である。 試しに軽く引っ張ってみればそれは非常識に重かった。別段何か細工がしてある訳ではない。問題は中身である。 恐る恐ると開いてみれば、中には大凡予想通りの物が在った。つまりはかつて彼らの叔父であった物が。 嫌な感覚が胸を満たすもそれでもぐるぐは挫けない。見なかった事にして扉を閉め、結局無理矢理冷蔵庫を引っ張る。 いずれにせよ音が立つのはこの際止むを得ない。例え中身を引っ張り出しても冷蔵庫は冷蔵庫である。 ぎぎーっと床を軋ませ天の岩戸の扉が開く。頭に天使の輪を模した玩具を被り、白い翼をはためかせ、彼女は意気揚々と扉を潜る。 扉の向こうには、ただ一心に祈りを捧げる女性が居た。誰かが入って来てもそちらへ視線すら向ける事無く、 熱心に、一心に、無心に捧げる祈り。けれどそれは誰の為の祈りか。けれどそれは、何へ向けての祈りか。 「祈りはいつも届いていたよ。こんなに遅くなってしまってごめんね」 それは残酷な嘘。それは手酷い裏切り。けれどその瞬間に込めた言葉に偽りは無く、天使を装った少女は囚われの信徒へそう詠う。 ごめんね、だけどもう、大丈夫だから。彼は救いの主ではないけれど、こんな悲劇はもう、終わりにするからと。 ●咆哮は遠く ――冷蔵庫を動かす低い音。それは階下のリベリスタ達にも聞こえていた。 しかし予測通りと言うべきか、それに最も劇的な反応を示したのは浩介だ。振り下ろされる鉄槌を、自由な片手で受け止める。 ぐしゃり、と手の甲が潰れ血が滴るも、それによって狙いが逸れたと見るや、更にはアウラールが抑えている腕を躊躇無く噛み切った。 ぼとりと鋭い爪を持つ片腕が地面に転がり、その光景を目の当たりにした俊介が心底嫌そうな顔をする。 「「不味い、逃がすな!」」 束縛を抜けられたアウラールと攻撃を外したラキ、2人の声に真っ先に応じたのは全員の中で最も身軽な凛麗だった。 すぐさま放たれた気糸は狙い違わず浩介の足を射抜く……が、足りない。後僅かに一手足りない。 執念と言うべきか、或いは妄念と言うべきか、浩介は大きく身を翻す。壁を足場に、天井を這う様に、 両手両足を使ったその動きは階段の存在すら無視して彼を二階へと導く。 そしてリビングに辿り付いた彼が目にしたのは、彼の愛する姉と、そこに寄り添う天使の姿だった。 「弟さんのお祈りはいつだって君の為だった。だから、行かせない。殺させない」 戸惑う姉に、桃色の髪の天使がそう告げる。それは暗に彼が彼女を殺すと言う前提に立つ物で、 それを姉は戸惑いながらも受け入れようとしていた。白い翼が滑稽なほど優雅に羽ばたいている。 浩介にとって、信仰とは姉の為に捧げる物だった。真実辿ってみれば、心から神に祈ったことなど殆ど無い。 けれどそんなものが居ないと思ってすら、祈り続けたのは全て惰性だったのかと問われれば嘘になる。 神と言う存在が居ないにせよ、善行には善果があり、悪行には悪果があると、それを漠然と彼は信じていた。 彼の中に一滴残った人間の部分が明滅し、その裏切りを理解する。救いなど、無いのだと。 父を奪い、母を奪い、団欒を奪い、居場所を奪った神とやらは自分から、更には姉までも奪ってしまうらしい。 だったらそんな世界、全部壊れてしまえばいい。 「弱いのね、力を得ても。ココロが、脆弱」 リボルバーからの銃声一つ。ピアッシングシュートがそんな思考の間隙を引き裂く。 避ける事も適わず浩介が跳ね飛ばされる。元より自ら腕を引き千切り、半ば死に体と言った状態だ。 それでも彼の姉が戦えと言ってくれたなら、彼は命を燃やし尽くしてでも外敵を排除しただろう。 けれど天使がそれを阻んだ。その事実が彼の心までを打ち砕く。銃声に気が付いた姉の目線が浩介へ向けられる。 「浩……ちゃん?」 震える声。恐怖に見開かれた瞳。いつも愛しんでくれた。いつでも慈しんでくれた、最後の家族。 その眼差しを見返して。口腔から流れた血を噛み締めながら浩介は己の過ちを恥じた。 自分の姿を見下ろす。血塗れで、ボロボロで、片腕も無く、残った手は潰れて原型も留めない。 「――っ! 見ちゃ駄目っ!」 慌てた様に天使が姉の目線を隠す。その配慮に感謝した。神は未だに大嫌いでこれからも好きになれそうもない。 この世界は最悪で、自分の人生は最悪で、信仰に生きた事もやはり、最悪の選択だった。けれど、天使に罪は無いのかもしれない。 「恨みっこなしだからね」 シールドを構えたレナーテ、剣を構えたアウラールがこじりと浩介の間に立ち塞がる。 後方には卯月と凛麗が控え、例え抗った所で俊介があの不思議な力で癒しきってしまうだろう。 絶体絶命、けれど浩介はどこか悟った様な心持ちで感覚もない五本の爪を握り締める。これでは、恐がられて当たり前だ。 姉を守りたかった。姉を救いたかった。理不尽なこの運命から。不条理なこの現実から。自分の力で。 「なんか、言い残すことはあるか?」 最後にやって来たラキの言葉に、紡げる言葉は無く、声帯すらも何処かへ捨てて来てしまった。 その代わりに得た力で、浩介は答える。何の為にもならない戦いを、誰の為でもなく自分の為だけに。 “AAAAAAAAAAAAAA――――――――!!” 咆哮。そして一閃。決死の一撃をレナーテの盾が弾き返し、俊介の神気閃光が降り注ぐ。 「これが救いの光……ってか」 やるせない独白に光条に焼かれた浩介が足を止める。よたよたと数歩、最前に立つアウラールの元へ辿り付く。 「……すまない」 振り抜かれたブロードソード。僅かな間を空けどさりと、首の無くなった体が身を倒す。 半ば以上獣と化していた浩介が何を考えていたのかは、その心を読み取ろうとしたラキにすら完全には分からなかった。 最後の突撃の意味も、彼が抱いた葛藤も、苦悶も、決断も。 けれど意識の消え去るその一瞬。最後の最後に考えていた事なら一語の間違いも無く伝えられるだろう。 「馬鹿野郎が」 振り下ろされなかった鉄槌を下ろす。それで終わり。 かつて浩介だった物は失われ、そこには姉想いの男だった一人の遺体が横たわっていた。 ●されど人はかく祈る 「神に祈り、貴女は救われた?」 茫然自失の体で弟の遺体を前に膝を折る鈴花へ、こじりは冷たくそう糾弾する。 敬虔な信徒である鈴花は、一瞬であれ天使に扮したぐるぐの言葉を信じようとした。救いは齎されるのだと。 けれどそんな物は逃げに過ぎない。彼は行動し、彼女はしなかった。それは厳然たる事実。彼は死に、彼女は生き残る。 「貴女がそんなだから、彼は堕ちたのよ」 堕ちて、落ちる。信仰を失い、命までも喪った。それは彼の罪、けれどそれ以上に彼女の罪と。 どうでも良い物であれば切り捨てるだろうこじりにしては、目一杯の忠告だった。 「それでも――」 噤んだこじりの言葉を凛麗が継ぐ。如何にも幼い容貌に小柄な体躯。血に染まったリビングに似合わない少女の風貌に、 鈴花の虚ろな目線が向けられる。こんな子までもが彼女の弟を殺そうとしたのだと考えれば、考えるほど分からなくなる。 「それでも、この世界に感謝し、愛してあげて下さい」 それは、本当であれば浩介に伝えたかった言葉。けれど鈴花にも伝えなければならない言葉。 「浩介様が、貴女の為に祈り続けたように」 これから彼女は背負わなくてはならない。弟を亡くした喪失感と、何も出来なかった自分と言う果ての無い咎を。 それでも愛し続けて欲しいと、凛麗は願う。例えそれが綺麗事でも、浩介の愛した彼女であれば、 例えどんな辛い時でも祈りを忘れなかった筈だから。世界を愛していた筈だから。 ぽろりと、鈴花の瞳から水滴が零れ落ちる。ぱたり、ぱたりと。凍った心が溶けだす様に。 本当は分かっていた。きっと誰も悪くは無かったのだと。弟は彼女を守る為に何か取り返しの付かない事をした。 彼らはその弟を止める為にやって来た。殺す以外、どうしようもなかったのだと。分かっていた。 けれど、そう割り切る事など出来なかった。弟の仇が目の前に居るのだ。それが八つ当たりだと分かっていて、 それでも尚恨む事を止められない。いっそここで死ねば、自分もまた浩介と一緒に。毀れる涙と胸の痛みにそんな想いが心を満たす。 「アイツがな」 浩介の遺体、伸びたままの爪に鈴花の目線が引き付けられる前に、ラキがぽつりと呟いた。 何処かぶっきらぼうな口調が弟を連想させたのもあっただろう。鈴花の目線がそちらへ向かう。 「アイツが最期に言ってたぜ。自分が死にそうだってのにな」 続く言葉の真実は知れない。最期の咆哮を鈴花も聞いているのだ。あの時の弟に言葉が喋れたとは到底思えない。 けれど、その呟きを彼女は信じた。弟は、最期の最期まで弟だったのだと。 であれば自分もまた、どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、胸の奥が空っぽになった様に感じていても、 神様の救いなんかこの世に無かったとしても、最期まで、彼の姉らしく居なくてはならないのだと。 歯を食いしばる。膝は震え、声も上手く出せない。微笑む事すら出来ないけれど。 「自分自身の力で立ち、歩みなさい。それが出来ないのなら折れてしまえば良い」 一人立っては見下す様に、偽悪めいた言葉を降らせるこじりの背を見上げると、彼女はたどたどしく応じる。 「……折れません……それでも」 それでも、私は救われましたから。大切な弟をもう一度抱きしめ、そうして鈴花は声を上げて泣いた。童女の様に泣きじゃくった。 その祈りは届かなかった、けれど彼女は祈るのだろう。弟がそう望んだとおりに。 “どうか姉さんに、相応しい幸福を” 彼女の弟もまた、最期までそう祈り抜いたのだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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