● 彼女は、ノックもせずに、ドアに体当たりするようにして、唐突にはいってきた。 「ねえ。あたし、思うのだけれど」 前置きもなく、しゃべりだす。 「メアリ。今、忙しいから後にしてもらう訳にはいかない?」 今調合している薬品は、作業工程が複雑で、ちょっとの手順間違いも命取りという代物なのだが。 「カスパール。あたしの話を聞く以上に大事な用事が、あなたにあるとは思えないわ」 断定だ。 そして、突き詰めればそれが真実だと肯定せざるを得ない。 「そうだね。それで、君はなにを思ってるの?」 「あたしは今ラッパ吹きに掛かりっきりだし、あなたもこれから新年の用意で忙しくなるでしょう? パレードの子供も減っているから、太鼓叩きも忙しい。ちょっと、いろいろなことがお留守になっていると思うの」 それは、彼も感じていた。 細々としたことが確かにおろそかになっている。 「あたし達には、薬草干すの手伝ってくれたり、お鍋をかき回してくれるハッグが必要じゃない? この間誤作動して、ちょっと減ったけれど、いい頃合のがいるでしょう?」 「ああ。それは……いい考えだ」 そう言うと、彼女はにっこり微笑んだ。 「そうでしょう? そう言ってくれると思っていたわ」 彼女は、棚から、革張りの帳面を一冊取り出すと、大事そうに胸に抱えた。 「そうと決まれば、適当なグルマルキンを起こさなくては。邪魔が入りそうだから、こっちで少しテコ入れしておくわね。うふふ、楽しくなってきたわ」 彼女は、くるりときびすを返して、重たいドアに難儀しつつ、最終的には力任せにドアを閉めた。 激しい振動に、フラスコの中で漣が立つ。 ちゃぷんと波打った液体は、青から赤に変色した。 やれやれ。 彼は微苦笑しながら、中の液体を始末した。 最初から、調合し直しだ。 「薬草に鍋をかき回すハッグ……か。あたし達じゃなくて、僕に、だね。メアリ――」 ● 「また、例の連中の気配がする」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、ある案件の資料を提示した。 「案件名『魔女の大鍋』。ジャックの便乗犯。なんだけど、この連中が蜂起するきっかけになったアーティファクト『魂魄売買契約証文』と同一のものが休眠から覚めようとしている」 モニターに一枚の女性の写真。 化粧気のない、30歳前後に見える女性。 「彼女の名前、中村ミサ。一歳の女の子と夫の三人暮らし。薬剤師の資格を保持していて、近所の薬局に勤務していた。現在、育児休暇中」 モニターに住宅地図。 「『魂魄売買契約証文』は、黒猫のぬいぐるみ。ミサと接触を持つことで、儀式が開始される。具体的にいうと、ミサは家族全員を殺害し、シチューにして食べる」 現在会社にいる夫はともかく、一歳の娘は最初に鍋に放り込まれることになる。 「最良は、「『魂魄売買契約証文』の黒猫ぬいぐるみ――識別名「グルマルキン」を、ミサと接触する前に倒してしまえばいい。といっても、猶予はない。グルマルキンは、ミサの実家の物置のダンボールを破って、現在ミサの家に向かっている」 で、実家、ここ。と、住宅地図の一点を指し示した。 距離にして1キロない。 「近っ!?」 「よくあること。で、今から行くと、ここで迎撃できる。住宅地の真ん中にため池。その周りがちょっとした遊歩道。ここに追い込んで。木が茂ってて人目につかない。ちょっと幅は狭いけど、戦闘出来ない訳じゃない」 ただし。といって、モニターに表示された、『魔女の大鍋』事件のグルマルキンの上にバツをつける。 「こんなもんじゃない。魔女と契約前はかなり強力。マグメイガスの能力は確認されてるし、殴り合いになっても強い」 ついでに、おっきくなる。 これっくらいと、イヴの手は一メートルくらいを示した。 「更に、自分そっくりの式神みたいなものを作る。能力は明らかに劣るけど、足止めには十分。翻弄されないようにね」 それから。 「グルマルキンは、隙あらば、ミサの所に行こうとする。数ターンかからずミサの元にたどり着くだろうね」 逃がしたら、最後だと思って。と、イヴは言う。 「一目でも生きているグルマルキンを見たら、終わり。ミサはエリューションと化す」 そうしたら、ミサも討伐対象。 「グルマルキンに逃げられた場合の保険としてチームを分割する手もあるけど、下手すれば戦力不足で本末転倒。また、一時的にしろ、待機チームだけで、グルマルキンと魔女と化したミサを相手し、その娘を守らなければならない。全部こなすのは、無理。その辺はチームの判断に任せる」 イヴは、モニターに映し出された幸せそうな親子三人の写真をしばしみつめた。 表情は代わらない。 「グルマルキンをとめて。だめなら、魔女を倒して。最悪でも、娘は護って」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月29日(木)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● (一体何年前から仕込みしてるの? 呆れたけど、それだけ長い間潰されずに活動続けてる組織なら相当なものよね) 『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は、資料を見る。 資料から軽く見積もっても、10年以上。 今回の保護もしくは討伐対象は、そんなものがあったこと自体を忘れている。 「でもここで私と関わったのが運の尽き」 手の中のカードの道化がにやりと笑う。 (ルカちゃんと一緒なら何だってやれる。そんな気がするの) 『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)は、もぐもぐと口を動かしている。 目の前には、こちらの間合いを計っている黒猫のぬいぐるみが四匹。 へにょへにょとして、頭がやけに大きい。 二本足で直立するタイプの、ファンシーなぬいぐるみ。 今すぐにでも「持ち主」の元に行きたいのに、邪魔者に阻まれてままならない。 (契約、約束、遠いあの日の忘れられた思い出。忘れられるのはさみしい?) 口の中で噛み締められる問いに、『契約書』は答えない。 黒猫のぬいぐるみ型の契約書、大きさは山猫。 「やれやれ、魂魄売買の契約書なんてものが可愛らしい黒猫のぬいぐるみだなんて、これを作った人はなかなかに良いセンスをしている様だね?」 ランドセルを背負った異郷の少年。 『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)は不惑をとうに越している。 この間見たときは、家猫くらいで、もっと生物らしかったと『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)は、観察する。 (魔女の大鍋、か。やはりあれで終わりではなかったか。前回の事といい、今回といい好き勝手をしてくれる) バロックナイツ・ジャックの便乗犯。 三人の女性が駅前で大量虐殺を行ったことはこの秋のことだ。 その後かすかな気配は途切れることはなかったが、そのものが「万華鏡」に感知されることもなく、今日ようやく尻尾を見せたのだ。 (……舐められたものじゃ。今は後手に回らざるをえんが、必ず引き摺り出して引導をくれてやるぞ。妾を敵に回したことを後悔させてくれる) ここで黒猫に対するのは七人。 一人は、なにも知らない、黒猫から守らなければならない魔女候補の元へ。 先ほど別れた『メイド・ザ・ヘッジホッグ』三島・五月(BNE002662)のいつものメイド服とは違うワンピース姿を思い出し、『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)はわずかに顔を曇らせる。 彼が働かせる訳には行かない。 神秘に触れぬ一般人を説得している時間はない。 保護するためにはかなり強引な手をとらなくてはならない。 仕方ないと言っても、そんな目にあわせたくはなかった。 あくまで五月は「保険」だ。 そのためには、黒猫を逃がすわけには行かない。 決して隙を見せられない挟撃作戦で、常には後衛に控えるアンナも前に出ることを余儀なくされていた。 果敢に攻め続け、壁となっている「補則」を弱体化させ、「契約書」をここで屠らなくては。 (……この期に及んで歯の根が合わないとか情けないにも程がある。前衛初めてじゃないでしょうに。……しっかりしろ、私) 自らを叱咤し、魔道書を開き、小盾を掲げる。 その横に『捻くれ巫女』土森 美峰(BNE002404)が立つ。 符から生まれた小鬼が、美峰の守護についた。 術士二人で前衛だ。 斬った張ったが身上のルカルカとウーニャが、斬り込み隊となる。 「うにゃ、いくよ」 ルカルカが地面を蹴った。 遊歩道脇の土手がバンク。 バランス感覚に優れた二人には、傾いた地面など何の障害にもならない。 一気に、「契約書本体」へ。 それしか狙っていなかった。 ● 「契約は不履行なのよ?」 ルカルカは、できる限り大きく鉄槌をふりまわした。 (うにゃが隠れれるようにして攻撃をかさねるわ。その隙をうにゃが縫えば隙をつけるかもなのよ) ルカルカの神速の鉄槌が本契約書に迫る。 そこに補則が飛び込んできた。 ぐにゅん。 生柔らかい感触。 頭に鉄槌がめり込み、ボタンの目がせり出してくる。 (かばわれても構わない、ならばその分そのかばったやつごと鉄槌で打ち砕くだけ。簡単ね) アンナの十字砲が、補則を襲う。 一匹がぷきーっと頭から湯気を噴き出し、アンナに向かう。 『契約の阻害者は屠るべし』 炎を乗せた拳が、ぺほっという感触とは裏腹の重さでアンナの腹をえぐる。 アンナはふんと笑った。 猫パンチは、バックラーでとまり、爪を出すに至っていない。 黒い炎の飛礫が、正面に陣取ったリベリスタに降り注ぐ。 『契約の阻害者は呪われてあれ』 前衛を飛び越えて、ゼルマの足元で炸裂する。 次の瞬間、五人を飲み込む逆巻く呪いの炎。 強固なゼルマの魔力防壁を以ってしても、その威力を殺ぎ切ることは出来ない。 リィンも、身の半ばを焦がす。 (厄介な……ことに……外見で……誤魔化そうと……している。でも……ちゃんと……倒さないと……大変) エリス・トワイニング(BNE002382)は、天使の名を冠するグリモワールをひもとく。 凶事払いの光がほとばしり、無力感と倦怠感を洗い流す。 火傷もいとわず、ゼルマが舌に福音召喚詠唱を載せ、リィンは星光を矢継ぎ早に放つ。 補則の一匹が本契約に覆いかぶさった。 「にゃあ、にゃ、にゃああ~」 猫が鳴く。間の抜けた鳴き声。 矢を浴びほつれてはみでた綿が、布地の奥に引っ込んでいく。 契約書達が全ての行動を追えた時、ウーニャの道化のカードから黒い光が放たれる。 「二人に手出しなんて、させない!」 しかし、黒光の三叉戟の下。 額を貫かれた黒猫の縫いぐるみが、歯をむき出し、ありえない笑みを浮かべた。 ● 補則三匹ともども、怒りの渦に叩き落す。 執拗な美峰の鴉が、補則の意識を釘付けにしていた。 その分、苛烈な猫の拳が美峰に向かって振るわれた。 「ちっくしょ、まじかよ……」 完全に死角からの攻撃だった。 鬼人の助けあらばこそ、ぎりぎりで踏みとどまる。 だが、身につけられた炎を振り払う術は今はない。 更に降り注ぐ、黒い炎の雨。 美峰は、辛くも立っていた。 ゼルマとエリスからの回復を信じ、一番傷ついている補則に更に鴉をけしかける。 鴉がぬいぐるみの目をえぐり、中の綿を引きずり出した。 リィンの矢が、流星雨になってぬいぐるみどもを地面に縫いつける。 続けざま放たれるアンナの十字光が、ぬいぐるみを貫いた。 転がってきて、なお、びたんびたんとのたうつ補則をルカが踏みつけた。 「ここは彼岸。此処から先は生者の領域。あなた達に生きるも死ぬもないのかもだけれどもね」 リベリスタは、生者の領域を守るために下された犠牲の子羊。 血を流し、その分、少しだけこの次元の命脈が保たれる。 ルカルカは、鉄槌を振るった。 衝撃より、振るった音が後からついてくる。 丸くへこんだ所が、更に音速の刃でたち割れる。 むかぴーっと湯気を吹く補則二体と、本契約書。 カトゥーンめいた動きにも、どこか見え隠れする禍々しさ。 「初めて使うけど、強襲の夜の赤い月を思い出しそう」 ウーニャが体中から精気を放出し始める。 昼日中だ。 明るい陽光が指し、湖面は光を反射している。 『伝説』が墜ちた夜を覚えているか。 あの夜、どこでこの月を見た。 奇しくもこの場所はあの公園に似てはいないか。 「でもこの月は今は私の味方」 ウーニャから溢れだした精気が、『赤い月』を形成する。 今この場だけは、あの夜だ。 そして、今、この場で呪われるのは。 「バイバイ、不運な子猫ちゃん達」 血しぶきのように、綿が飛び散る。 ウーニャの呪いが、魔物の契約書を苛む。 形を保つことの出来なくなった縫いぐるみ達が、くたくたとその手を動かす。 まだだ。まだ動ける。 『契約の阻害者は呪われてあれ』 ウーニャとルカルカが黒い炎に包まれた。 契約は、履行されなくてはならない。 それが「グルマルキン」との約束だから。 ● 五月は、アパート下で、仲間からの連絡を待っていた。 通り過ぎる人が、この辺りでは見慣れない五月を見て小首を傾げながら、通り過ぎていく。 何度も何度もAFに目を落とす。 一瞬でも無駄にしていい時間はなかった。 『もしも』の時は。 アパートの周りには、すでに結界が張り巡らせてある。 だから、人はあまり通らない。 (余り意味はないでしょうが……) それでも、できる限りのことをしたかった。 (不信に見られても気にしない。いざとなったら過激な手段取りますし) ポケットに突っ込んだスタンガンに指が触れる。 (説得は無理、暇もないと割り切ってドア破壊してでも突入。ミサ様が驚いてる内にスタンガンで気絶狙い) 先ほどから何度も頭の中でシミュレーションしている動きを、確認する。 脳裏に浮かぶ、恐怖に引きつったミサの顔。 腕の中に娘。 電撃浴びせたら大変だから、奪い取らなくてはならない。 (土足で上がった上に痛い目に合わせてすみません……) 思わず謝ってしまう。まだ実行していないが。 しゃれにならない、過激な手段だ。 (後は押入れかクローゼット、無理なら部屋の隅にマリカ様ごと運ぶ) とにかく、目が合う前に契約書をしとめなければならない。 針鼠と呼ばれる反撃体勢。 五月に攻撃すれば、攻撃した方が傷つく。 (私を殴ればそれだけで痛みを負うんです。今の私は少し、厄介ですよ) 守るために、危害を加えなくてはいけない。 その分、体を張る覚悟はできていた。 絶対に倒れる訳には行かない。 五月が倒れると言うことは、一人の女性が道を踏み外し、一人の幼児が死ぬと言うことだった。 連絡は、まだ来ない。 ● 黒猫の行く手は阻まれねばならない。 中村ミサの家に向かうためにどうしてもとおらなければならない動線の延長上に立つ。 黒猫の黒い炎が及ばぬ距離から、リィンの魔弾が放たれる。 「ふふ、じっくりねっとりと苛めてあげる……と言いたいところだけど、今日は急がなきゃいけないみたいだから、残念だね」 体躯に似合わない強大な弓をひく。 刺さる矢に身もだえしながら、トリッキーな動きで本契約書がリベリスタの囲みを脱しようとする。 「させるかっ!」 一挙手一投足、すぐに飛びこめる位置取りを心がけていたアンナが立ちふさがる。 その前に躍り出る補則。 (補則を一匹ひきつけられれば仕事はしたことになるから、それでいい) 仲間が、本契約書を止めてくれる。 そこに、信頼があった。 ● マナーモードにしていたAFが震えた。 連絡が入った。 五月は、急いで通話に応じた。 ● 美峰はおろか、後衛にいたゼルマまでも炎の猫パンチを受けて煤だらけだった。 「やれやれ。最近これが多くはないか?」 ぼやくゼルマに、リベリスタ達は笑顔で労う。 リベリスタの足元には、四体のひしゃげた縫いぐるみが落ちていた。 美峰の影をかたどった式神が、それを見下ろしている。 所々黒く焼け焦げ、半時の猶予を待たずに崩れ落ちそうだ。 本契約書を封じ込めるため、呪いを受けたルカルカやウーニャの代わりに足止めを担っていたのだ。 目の前の敵の気をそらすべく、炎の猫パンチを執拗に前衛にふるう契約書にリベリスタは苦心した。 それでも、一度傾いた天秤は、そう簡単に戻らなかった。 一度とりついた不運は、契約書達を離そうとしなかった。 リィンの矢に貫かれ、ルカルカの鉄槌に潰され、アンナの十字の光に焼かれ。 ウーニャの「赤い月」が、契約書を押しつぶした。 ほころび、ほつれた縫いぐるみの体がほつれて黒となり、綿があふれて白になり。 それは、交じり合いながら、徐々に別の形へと変化する。 白い綿は紙となり。 黒い糸は、文字となり。 大きさを歪めながら、やがて一枚の契約書となった。 「もしものときはアンダーテイカーとタランテラを優先的に追撃させねばと思うておったぞ」 ゼルマが安堵の息をつく。 「ルカも、うにゃと走る気でいた」 ルカルカは当然といった顔で頷いた。 「ちゃっちゃな命、たすけるんだものね」 「五月に連絡したわよ。黒幕いないか確認してから、引き上げるって」 アンナはAFを閉じた。 「まるで……詐欺商法……まがいの……敵。しかも……忘れた頃に……やってくるから……なお……性質が……悪い」 片時も休まず、凶事払いの光を放ち続け、場合によっては更なる高次存在への干渉依頼を詠唱しっぱなしだったエリスは、ようやく喉を休められた。 「……しかし、この大釜。主犯の尻尾でも掴めないかしらね。……そろそろ、色々溜まってきたわ」 アンナは、契約書の全文を頭から目で追っていく。 ごく平易な通信販売についての簡単なアンケートと、縫いぐるみの説明文に紛れ込ませてある。 呪詛。 歳月をかければかけるほど効力を増すえげつない術式。 遠慮会釈のない、効率第一の構築。 一切の反動は考慮にいれていない、捨て鉢ともいえる魔法の産物。 魔術の心得があるリベリスタは、一様に眉をひそめた。 「何度でも食らいついてくれる。妾は執念深いぞ」 契約書を掴み、それに残る記憶の残存を探る。 次の尻尾を掴むために。 このばかげた遊びを続ける隠れた手を掴むために。 ● フラッシュバック。 少女。 おそらく、契約時の中村ミサ。 ミサの部屋のイメージ。 成長するミサ。 時々は抱き上げ、頬ずりし。 かわいがられる、絆が深まる、黒ねこの縫いぐるみ。 ゴミ袋に入れられ、物置にしまわれる縫いぐるみ。 『神社でお炊き上げしてもらいなさい? やだもー、引越しで忙しいのにめんどくさいこと言わないでよー」 侵食してくるかび。鉄錆。 暗闇。 『目覚めよ、契約書。グルマルキン960905。カスパールが整えた契約書の施行をメアリが宣言するわ。速やかにハッグをここに連れていらっしゃい。カスパールには手伝いが必要なのよ――』 起動。 分裂。 爪で引裂く段ボール箱。 爪で引裂くトタンの物置。 おぼろげな、道のイメージ。 視点は猫の視点だ。 最後に見たミサの顔。 沼。 立ちふさがるリベリスタ。 違う。 ほしい情報は……。 洋館。 どこにあるのか分からない。 鐘の音。 捩れた鉄塔。 坂が、ずっと坂が。 ねじくれた足。 うち捨てられた。 転がる木馬。白い木馬黒い木馬。 腕。 二本。 黒いベルベット。上等のレース。 部屋の隅に積み重ねられた。 赤い風船、白い風船。 赤い月、赤い月、赤い月。 『どうしたの、カスパール。あたしの部屋に来てくれるなんて嬉しいわ』 『うん。ねえ、メアリ。それ、破った方がいいね。アークにかぎつけられたみたいだよ』 浮遊感。 『せっかくの君のプレゼントだったのに。だから、これはクリスマスにプレゼントをもらえなくなった僕からの仕返しだよ』 迫り来る羽根ペン。 のぞきこんでくる青い瞳。 ゆがんだ赤い唇。つりあがる三日月。 捩れる視点。 ひき裂かれた、契約書控え。 強制切断。 ホワイトノイズ。 ● 中村ミサはふと何かが気になり、よちよち家の中を歩き回る娘のマリカを抱き上げると、吐き出し窓から外をうかがった。 穏やかな午後だ。 猫の子一匹歩いていない。 腕の中の娘が大きくあくびをした。 「おねむですかぁ」 腕の中で揺らしてやると、程なく眠りについた。 すぐ下の道を女の子が歩いている。 道の真ん中で辺りを見回し、ふとこちらを見上げる。 手にスマートフォンみたいなのを持っている。 ナビでも見ながら、友達に家に行く途中かもしれない。 ここからよく見えなかったけれど。 微笑みかけられたような気がした。 女の子は、角を曲がって見えなくなった。 カーテンをしめて、娘をベッドに寝かせた。 なにも起こらない、退屈な午後だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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