●世界にたったひとつだけ その密やかで閉鎖的なたった一日限りの市場は、街が銀化粧を得る頃になると行われるのだと云う。 売られるものはなあに、と聞けば、その市場に小さく露天を広げる女性は笑って首を横に振るのだ。売るものなんてないわ、と。 ──あのね、ここではお金や価値なんて、そんな野暮な話はご法度なのよ。 商業地区の一角、細く狭いストリートには、その日ばかりは露天が所狭しと並べられる。持ち寄られるのは全てが露天主たちの手作りだ。 宝石粒を燦々に鏤めたアクセサリー、銀細工の装飾品、麗しく綻ぶ花や蝶が刺繍されたハンカチーフ、花弁が埋められた色鮮やかな石鹸、古めかしいアンティークの小瓶に詰められた手製の化粧品──全て手書きの絵本や、味わい深い駒が並ぶボードゲーム、可愛らしいテディベアやぬいぐるみ。その他にも、手作りが可能なものなら大凡何でも見つける事が出来るだろう。 その品物の全てには、値段なんてものは付いていない。じゃあ対価はどうすればいいの、と誰かが問う。 ──対価なんか要らねえよ。ただ、気に入ったモンを持っていってくれりゃあ良いのさ。 人の良さそうな初老の男は呵々と笑って、店番をしながらパイプを燻らせる。 この市場では、遣り取りに金銭は必要ない。これがほしいと店主に言えば、快く彼らは譲り渡してくれるだろう。 但し──この市場の中で、たった一つ破ってはいけないルールが在る。 ──どれを持っていくのか、よく考えて。この市場の中からたった一つ、それが貴方の持ち帰る事が出来る数。 品物を持ち帰る事に対価はいらない代わり、持ち帰る事が出来るのは、この広い市場の中からたった一つ限りなのだ。それがどんなに小さいものであれ、大きいものであれ、たった一つ。それがこの市場の唯一のルール。 一人でふらりと露天を覗いて、心ゆくまで眺めて悩んだって構わない。いつまでも店先で悩み続ける人が居たって、誰も鬱陶しがりはしないのだから。 恋人と、親友と、或いは家族と。そんな大切な存在と共に訪れて、お互いに贈り合うものを選んだって良い。あれが似合うこれがいい、いやあっちにもっと似合うものがあった、そんな風に内緒話をしながら冷やかすのだって、露天主たちはおおらかに許してくれるだろう。 何せ、持って行けるのはたった一つきり。自分のお眼鏡に適うものが現れるまで、悩んで喋って手に取って、大いに悩んでゆくべきだ。きっと誰もがそう言って微笑む。 奇しくも今年の市場は、深々と冷え込む日のようだった。きっと粉砂糖めいた、か細い雪が降るだろう。 銀に烟るその市場──掲げられた一日限りの名前は、フェアラマン・マルシェ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:硝子屋 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月03日(火)22:42 |
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●フェアラマン・マルシェ その日は澄み渡った冬空に、絹が掛かった様な薄曇りだった。ぴんと冷えた空気の中、降り出した雪は街並みを粉砂糖でデコレーションする。 商業地区の一角、このフェアラマン・マルシェも例外ではない。狭いストリートに居並ぶ露店の屋根には、銀色の雪が烟っていた。 人通りは少なくないが、聞こえて来る会話は囁きめいて静かだ。『持ち帰れる品物は一つだけ』、そのルールの中で後悔しないように、皆が皆、真剣に品物達を吟味している。 ●雪色に烟る 雪は好きだけれど寒いのは嫌いだと、厚手のコートにしっかりマフラーを巻いた姿で、『薄明』東雲 未明(BNE000340)は露店から露店へと視線をひらひら舞い飛ぶ様に映らせる。 「色んな手づくり品がある所為で、目移りばかりしてしまうわね」 囁けば白い吐息が空気に散る。あちこちを彷徨っていた未明の紫の視線が、ふと留まったのは鈴蘭のブローチだった。近寄って手に取れば、銀の花が鈴のようにチリチリと鳴る。 お着けしましょうかと露店主の女性が朗らかに笑い、マフラーを巻き直してブローチを飾る。胸元でちりりと鳴る銀の鈴蘭に、未明の唇が綻んだ。 ──これを貰っていきましょう。未明の言葉に、女性が頷く。 これも縁、よね。未明は音なくそう囁いた。 最初は二人で手を繋ぎながら──李 腕鍛(BNE002775)と『武術系白虎的厨師』関 喜琳(BNE000619)のデートは、そんな風にして。 「誘ってくれてありがとな、腕鍛さん♪」 勢いのままに、腕鍛の片腕へと喜琳が抱きつく。上がった密着度に照れながらも、腕鍛は持参していた超ロングマフラーを取り出して見せた。出来れば一緒に巻きたいのだと、そっと告げる。 「……嫌でござるか? 喜琳殿?」 最初こそ一緒にマフラーは恥ずかしい、と焦り気味で慌てていたものの、真摯な腕鍛の双眸に根負けした喜琳がこくりと頷く。 「ど……どうしてもってゆーなら……えぇけどな?」 ロングマフラーに二人で包まりながらのデートは気恥ずかしくて、けれど暖かかった。 だがその二人でのデートも、活気づいた市場の中ほどまで来れば一旦お別れだ。お互いへのプレゼントは、納得いくまで選びたいから──だからそれぞれ、別行動を。 長いマフラーは、腕鍛の手によりそっと喜琳へと巻き寄せられる。二人がもう一度落ち合う頃には、その手にはきっと、素敵な贈り物が握られている事だろう。 黒曜石を削り出した腕輪と、指輪を通したペンダント。少し先の未来に待つプレゼントにはもう一つ、頬へのキスを混ぜ込んで。 「フェアラマン・マルシェ、なかなか粋じゃねーか」 タダより安いものはねーぜと呟きながら、『つぶつぶ』津布理 瞑(BNE003104)の双眸が順繰りに露店を眺めてゆく。目移りしてしまって決まらない。 一緒に来てくれる人がいないという寂しい事実は置いといて、欲しいものはかわいい系のぬいぐるみ、ただ一点だ。 UFOキャッチャーで取れるやつみたいな、と零して別の露店へと顔を向ける。ぱっと目に飛び込んできたぬいぐるみに、瞑の瞳にハートが宿った。 「もー、なにこれー、かーわーいーいーっ!」 可愛いものに癒されたいのだ。一人っきりのクリスマスなんだからさ、とこっそり遠い目をして、瞑はぬいぐるみに埋もれてゆく。 手作りの市場──眺めながら氷河・凛子(BNE003330)が思い出すのは、戦場に近い街でこんな風に、品物を売って生計を立てていた子供たちの事だ。 凛子の静かな眼差しが、心を込めて作られた露店の品物たちを見つめては、露店主たちへと話し掛ける。込められた想いを紐解いて、語り合って。そんな彼女が見付け出したのは、確りした木製の救急箱だ。 ──どんな怪我人でも対応出来る様に、医者が必要なものを見極め易いように、心を砕いてみたのさ。救急箱を露店に並べていた男はそう言って、どうだい、と勧める。 「では、頂きましょう」 頷く凛子に、綺麗に包まれた救急箱が手渡された。 張り出した露店の屋根の下に居並ぶのは、全てが手造りの品だ。浪漫に満ち溢れていると頬を綻ばせると同時、どれを持ち帰ろうかと悩む『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の視線がふと、とある品に留まる。木彫りの駒に豊かな色彩が施された、独自の風変わりなルールを持つボードゲームだ。 「――むむ、このボードゲーム面白そうじゃのぅ」 先程わらわの目に狂いは無いのじゃと豪語したばかりの『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)が、氷璃と同じ品へと目を留め呟く。その傍らで、氷璃はひっそり嘆息した。 「お正月に炬燵でごろごろしながらやり続ける心算だわ」 寝正月は駄目だと毎年言い続けているのに──そんな氷璃の心を知ってか知らずか、瑠琵は既に別の露店へと視線を向けている。変な物は選ばないと約束した事を破らずにいる彼女を見、氷璃は吐息と共に露店主へとボードゲームを包んでくれるように伝えた。璃琵にばれないように、こっそりと。 「む、これは――ドヤ顔トナカイ・サンタバージョン!」 一癖や二癖くらいありそうなぬいぐるみばかりを並べた露店の前で、瑠琵は煌く声を上げる。氷璃が欲しがるとすればぬいぐるみだろうとアタリを付けて覗き込んだ店先での、運命的な出会いである。 良い出来だがツッコミ所の多すぎるそのぬいぐるみを笑って持ち上げ、弾む声色で瑠琵が告げた。 「お主に決めたのじゃ♪」 談笑する中には、無事の帰還を喜ぶ声もひっそりと混じる。日常の合間に死線を挟むリベリスタという身の上だからこそ──お帰りとありがとうが、染み渡る。 今日はどんなものを探すのかと聞かれ、『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が言う。 「私は友達が無事に決着を付けて返ってきたお祝いかな」 赤い瞳を『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)へと向けて、静さんは、と聞き返す。 「オレも今日は、玲に贈り物を探してるんだ」 離れるのが怖くて仕方ないのに戦場へと送り出してくれた、大切な人の名を挙げる。 だから心配かけた分だけ喜ばせてやりたいのだと綻ぶ静の表情に、くそう惚気けられたよ、だなんてウェスティアは軽口で返した。そういう仲の人が居るのはちょっと羨ましいかな、と──零した言葉はそっと秘めて。 市場を巡る静の双眸が、手編みで柔らかそうな白のポンチョを見て、似合うだろうなと囁いた。 「寒い冬でも、暖かく包んでくれるといいな」 露店主の老婆は気さくに笑う。手ずから選んで贈る品だから、きっとそうなるわ。 すぐ傍で、ウェスティアは愛らしい熊の人形を手に取った。贈る相手が以前こういった品を持っていたことを思い出し、きっと好きなのだろうと想いを馳せる。 「とっても優しそうなプレゼントを選んだんだね」 綺麗に包まれた白いポンチョを携えた静に向けて、ウェスティアは目許を咲かせ笑う。込められた祈りと想いは、きっと届く筈だ。 並べられた木の耳かきに据えられた視線は揺るがない。 「……この木の耳かきが凄く気になる」 よさげなグラスでもさがす筈だったのだが、出会ってしまっては仕方がない。『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は、耳かきを手に取りしげしげと眺める。 木製の耳かきは、微妙なカーブを描くやや長めの作りだ。更に七海の本来の姿たる、木菟の右手にも馴染みそうな持ち手と造形。自分でも出来ない事はないのだが、矢張りこの手では右耳は少しばかりし辛いのだ。 「……これならやっと自分でも耳かきを出来る筈だ」 結構高額な耳かき屋さんに行かずとも済むのである。店主から快く譲り渡して貰い、七海は再び市場の活気へと戻ってゆく。 しっかりと手を繋いだ二人の少女が、足並みを揃えて露店を眺め歩く。『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)と『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)のお目当ては、お互いへ贈るプレゼントだ。 大好きな友達と一緒に遊ぶのが嬉しい──雷音の心は弾む。大好きなそあらに一番似合うものを探すという目的があれば、尚の事。宝探しにも似たプレゼント選び。 可愛いブローチや髪飾りも捨て難かったのだけれど、とそあらの足がとある露店の前で止まる。贈り物は、雷音がいつも大事に持っている携帯のストラップだと決めていた。 並べられていた小物の中から、そあらの指先が一つを持ち上げる。愛らしい猫に天使の羽根が生えた、ねこてんしのストラップ。 「らいよんちゃんみたいで可愛いのです」 甘く零すそあらの傍らで、雷音が手に取ったのはビーズで出来たいちごの髪飾りだった。傍らのそあらの金髪を見遣り、きっと良く似合うと唇を綻ばせる。絶対にこれだ。 着けたらいかがと笑う露店主の勧めに従い、子供っぽいかもしれないけれどと雷音が囁き、そあらを飾る。 「どうです? 似合うです?」 嬉しげに微笑むそあらは問うてから、猫天使のストラップを雷音へと差し出した。その愛らしさに射抜かれた雷音は、頬を薄桃に染めて大事にする、と頷く。 「寝るときはいつも一緒にいるのだ!」 一生大事にすると頷く雷音に、そあらは繋ぐ指先へそっと力を込めた。 吐く息はどうしたって真白いのに、此処に居れば何故だか暖かい気分になるのは何故だろう。不思議だと口元を花咲く様に綻ばせた『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)は、視界を染めては目を惹く品物達に惑わされてばかりだ。 「素敵なモノが多すぎて、これ! と言える一品を探すのは難しいですね」 独りごちた矢先、大和の瞳に映り込むのは黒革のブックカバーだ。隅に縫いこまれた菫の花がアクセントを添えたその品は、手持ちの日記帳のサイズともぴったり合いそうで。 「これ、頂けますか?」 大和の交渉に、老店主は快く譲ってくれるだろう。感謝を述べる大和の頬には、ほくほくの笑顔が宿っている。 「やっぱ喜んでもらえるプレゼントにしたいよね」 悩みの色を交えながらの『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)の声に、同じく考えるような表情で何軒目かの露店を覗き込んでいた傍らの『メッシュ・フローネル』霧島 俊介(BNE000082)は、頷きながら応える。 「まあ、なにあげて良いのかわかんねえ」 女の子にプレゼントとかしねーかんなぁ、ともう一つ呟きがその後ろに付け加えられる。お互いの彼女へのプレゼント選びは難航している──何せ二人のお姫様にあげる贈り物、受け取った相手に喜んでほしい。贈るならば、最高のプレゼントを。 可愛い熊や兎が並ぶぬいぐるみの露店を覗き込んでは、けれど以前に熊をあげた際のいやな顔を思い出して、夏栖斗は踏み止まる。悩む、難しい、なんて二人の会話の間で一体何回口走った事だろう。 軽口の最中、夏栖斗におにーたんなんにするん、と問われて俊介が曰く。何でもいいんよ! こういうのは。 「あげるって気持ちが大事だよな!」 言いながらも悩むのはきっと、それだけ相手が大切な所為なのかもしれない。 「あ! あれいいかも」 そう声を上げた夏栖斗が手に取ったのは、雪の結晶をトップにあしらった銀細工のスプーンだ。彼に決まったかと聞かれた俊介は、優柔不断すぎて決まらないからと眼前にあったものを掴む。ツインのブレスレットだった。 ──さて、お姫様は贈り物に喜んでくれるだろうか。 時には、ゆったりとした時間の流れに身を任せたくなるときもある。 「これが、大人になるって言う事なのかもな……」 そう呟く『原初の混沌』結城 竜一(BNE000210)の横顔には、クールでアンニュイな自分に酔っている節も垣間見えた。 銀化粧を得た市場をぶらぶらと歩けば、ふと竜一の目に木製のロッキングチェアが見えた。 頑固そうな職人めいた老店主は、座って試せと頷く。 竜一が座れば、その椅子は心づくしと拘りを持って造られたものだということが直ぐに知れた。滑らかに磨き上げられたそれの木と冬の香りが、ふわりと鼻先を掠める。 ──非リアであった去年とリア充にクラスチェンジした今年の差が、俺に感じさせたのだろう。竜一は静かな眼差しで感じ入る。 ──十年、独りで何でも屋をやってきた。これからもそうだろうと思っていた所に突如として現れた、同行者。『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)のそんな存在である、傍らの『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)から見たエナーシアはと言えば、憧れの人なのだ。 親交を深める為の、二人でのお出掛け。市場を巡って探し出すのは、傍らの人へのプレゼント。 気持ちの整理はまだ付かないが、独りでないというのも悪くはないわね──そうひっそりと心中で囁き、その迷いや戸惑いを愉しみへと変えて、エナーシアはプレゼントを探す。 傍らの桜はと言えば、既にお目当てを見つけていた。お眼鏡に適った銀のロケットペンダントは、精緻な作りで仕上げられている。世界に一つしかない、桜からエナーシアへの贈り物。丁重にラッピングされたそれを受け取れば、朗らかに笑って桜が向き直る。 「これ、エナーシアさんに似合うと思って選びました。どうか桜ちゃんだと思って受けとってくださいっ!」 告白めいた台詞だって、憧れから湧き上がるものだ。差し出されたプレゼントにエナーシアの唇が弧を描き、受け取ると共に自らも差し出す。じっくり選び抜いた、猫の刺繍された黒絹のハンカチーフ。 何でも屋の仕事は身を汚すこともあるけれど、それだけではないのだから。 「メリークリスマス、一緒に愉しんで行きましょう? 桜さん」 漫ろ歩く『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の視線は、居並ぶ数多き露店の中から探す品物を的確に見つけ出す。食器、特に酒器。興味がある分野且つ、本日のお目当てだ。 ふと、快の足が流れに逆らって佇む。視線の先の露店には、小さな器が幾つか無造作に並べられていた。降り来る銀にも負けぬほど煌く、それは探していた錫のぐい呑み。近寄れば、露店主の男は明るく笑ってどうぞ、と掌で品物を指し示す。 少しばかり丸みを帯びたもの、底面に独特の模様が潜むもの、他にも、ほかにも──ひとつ一つ個性の違うものを手に取って確かめる。見て美しい事も重要だけれど、道具である以上は手に馴染むかどうかで選びたい。 先程見たばかりのかぎ編みのマフラーも気になる。けれど、でも──どれにしよう? 少し離れた露店や、今目の前にある露店の品の間を、忙しなく視線が行き来する。悩む表情で首を傾ぐ『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)は、それでも『どれか一つ』を守って選び取る。 ミュゼーヌが決めたのは造花のアレンジメントだ。赤いポインセチアと薔薇、それから緑の葉が丁度クリスマスカラーを織り上げている。 「ふふ、ほら見て。こんなに綺麗なのよ」 ミュゼーヌは傍らの『銃火の猟犬』リーゼロット・グランシール(BNE001266)へと、譲り受けた造花を嬉しげに掲げて見せる。実際に使用できない装飾品を買うのは自分には理解できない事ですが、と前置くものの、リーゼロットは確かに鮮やかだと頷いた。 ──リーゼロットの前に在る露店には、大小様々な湯呑みが並んでいる。彼女の欲するものがそれであると知れば、ミュゼーヌは微笑んで選ぶ手伝いを申し出る。 「参考に……また友人に選んでもらうというのも嬉しいものです」 実用性で選ぶものを測ろうとしていたリーゼロットだけれど、友人の申し出にはそうしてほしいと頷いた。戦闘ばかりで一般の感性と離れているという自覚があるリーゼロットとて、友に助言を貰い選ぶのは──とても、嬉しい。 湯呑みだなんて意外と渋いのね、と笑い呟くミュゼーヌと共に、心ゆくまで逸品を求めて。 漫ろめく足取りで『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)は歩いていた。 イーゼリットの紫の瞳が、銀と硝子細工で飾られた髪留めを見つける。──つけてみても良い? 問われて店主は勿論と頷いた。飾って鏡を覗き込んだイーゼリットは、けれどそれをそっと外して店主へ返す。 「一つだから、もう少し悩みたいの」 店主は微笑みイーゼリットを送り出す。どうか後悔の無い様に、貴方の心に沁みる一品を。 再び歩き出したイーゼリットだったが、次の店へと向かわず淀み立ち止まった。心に引っ掛かるのはきっと後悔。やっぱりさっきのあれがいい。 ──だって私、さっきから、そのことしか考えていないもの。引き返す足取りは軽やかに。 視界を白く烟らせる粉雪に、『アルブ・フロアレ』草臥 木蓮(BNE002229)の瞳は輝いていた。色んなモンがあるんだなと並ぶ露店を眺めながら、傍らの『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)へと問う。 「龍治はどんなものを貰ってくか決めてるか?」 「いいや、まだだ」 肩を竦めて、龍治は濁す様に答えた。探している品は傍らの恋人、木蓮へ贈るものだったが、最初から明かす事もない。木蓮の目当てについても見当は付いていたが、言わぬが花だ。 色とりどり、形も様々の品々を目の当たりにすれば、迷うは必然。迷い悩む事が推奨されているこの市場では尚の事で、品物探しを始めた木蓮の視線は忙しない。 これも良い、あれも良い──彼方此方彷徨っていた木蓮の瞳は、やがて一つの品物を射止める。狼のシルエットが描かれた武器ホルダーに、ピンと来る。 「た、……龍治、あれって知り合いじゃないか!?」 サプライズの完遂の為には、龍治に見られてはいけなかった。咄嗟にそう明後日の方角を指差した木蓮に、龍治は浅く肩を竦めながら流された素振りで視線を背けた。 ──ふと、その龍治の視界にも、探していた品が顔を出す。モルめいた顔立ちの愛らしいぬいぐるみが、斜向かいの露店に鎮座していた。モル好きの木蓮の為のような、もふもふのぬいぐるみ。 迷わずに向かえば譲り受けよう。恋人達の想いが交わされるまで、そう時間は空かない筈。 「あ、このぬいぐるみ可愛い」 触ってみてもいいですか? と『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が聞けば、露店主は勿論と頷く。居並ぶのは他にも、猫の小さな硝子細工や刺繍入りのハンカチ等、素敵なものばかりで悩んでしまう。 ぬいぐるみを置いたすぐ傍にそっと並べられているものを見つけて、レイチェルが瞬く。指先に取れば、湖畔で遊ぶ妖精達が描かれた小さな栞だと知れた。 結局名前も聞けなかった、彼女達を思わせる森の景色。 「……感傷的になっているのかもしれませんね」 でも、偶にはこんなのも悪くない、かな。呟くレイチェルの唇に、笑みが滲んだ。 探しているのは金色のもの。ハンドベルはどうだいと声を掛けた露店主に、悪かあないが音楽隊に入る訳じゃないんだよ、とひらり手を振って、『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)は再び市場の通りを進んでゆく。 ──他に何か、と考えを巡らせる付喪の脳裏にふと浮かぶのは、クリスマスツリーの頂点を飾るような大きな星だ。 「子供の頃は、あの星が何故か欲しかったもんだよ」 呟いて、大きな星を探し出すべく露店たちを覗き込む。置いているのかも定かではなかったが、流石自己満足の職人達が寄り集まる市場だった。 通りの遠くに煌く星影を見つけて、付喪の肩が愉快げに揺れる。 「いやー、探してみるもんだねえ」 「お、こりゃ良いお茶碗なのじゃ……これも手作りなのかのう」 『布団妖怪』御布団 翁(BNE002526)の言葉に、ふくよかな女店主は勿論よと請け負った。手に取って眺める事には、嬉しげに頬を緩めて見せる。 造りを確かめ、頷いた翁はそれを店主に包んで貰う。翁と共に市場を巡っていた傍の『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)へと、それを差し出した。 「焔殿、ささやかじゃけどこれをプレゼントさせておくれ」 そうすれば、何時でもうちに来た時にご飯が食べれるから、と。贈られた茶碗を受け取った優希は、思わず涙ぐんでしまう。 「いつでも帰って来いと、そうおっしゃって下さるのですか……」 まるで、家族が出来たようで。何か恩返しが出来れば良いのだが、と辺りを見回す優希の視界に、これぞと言わんばかりの品が主張する。 家具ばかりを置く露店に置かれていたのは、手造りの炬燵だった。削り出された無骨な木の温もりが、雪の中でも見て取れる。 「ならば俺は、この炬燵をご老公に贈らせて下さい」 嬉しげに相好を崩す優希は、炬燵を示しながら翁へと告げる。 「俺が戻るまで、身体を冷やさずに、みかんでも食べながら待っていてください」 続けられた優希の台詞に、翁は緩慢に頷いた。誰かにクリスマスプレゼントを贈るのは、何年ぶりだっただろう──想いを馳せる翁の手をそっと引くべく、炬燵を背負わせて貰った優希が掌を差し出した。 腰を屈めた『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)と同じ高さにぬいぐるみの愛くるしい顔が並んで、楽しげに紫の瞳が揺れる。 ──可愛らしい娘さん、こういう物がお好きなの? 親しげに話し掛けて来たのは、フィネが眺める露店の主である若い女性だった。朗らかに笑う店主に、気恥ずかしげにフィネが視線を落とす。 でも、それだって運命の悪戯なのかもしれない。落とした視線の先にちょこんと並べられていたものに、瞬く。檸檬色のレースリボン──お日様をいっぱい浴びたような、暖かさの。 「あ、あの、これ、いただいても構いません、か……?」 恐る恐る上目遣いにフィネが問えば、店主は勿論だわ、と微笑んだ。 「どんなのがいいのか、さっぱりわからない」 並んでいる露店を見て回りながら、難しい顔をした『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)が呟いた。プレゼントを渡す相手である同居人の事を思い出しながら、シンプルなポケットミラーはどうだろうかと思い至る。最近想い人が居るみたいだから、身だしなみをチェック出来るように。 考えるレンの視線が、傍らで熱心に品物を探す『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)を見る。意見を聞いてみたかったが、邪魔をしては悪いだろうか。──虎美は何にするんだろう? 「お兄ちゃんの厨二心をくすぐるようなものがあればベストだけど……」 大好きな兄へのプレゼントを探す虎美は、悩む素振りでそう言った。難しいかなぁ、と溜息と共に聞こえると同時、彼女のオッドアイがレンを見る。 「無難に銀細工のアクセとかにしようと思うんだけど、どうかな?」 問いかける虎美の言葉に、きっと虎美が選ぶ物なら喜んでもらえると思う、とレンは応えた。仲のいい兄妹だから──良すぎる感もあるけれど、と笑って。それを示すかのように、意見は聞くだけになると思うと虎美は言う。曰く、お兄ちゃんの事は私が一番良くわかってるから。 プレゼントを選びながらのお喋りの気配は未だ尽きそうにない。プレゼントを選び終えても、尽きないかもしれなかった。冷えた二人の身体を暖める為のお茶のお誘いは、もうすぐ。 ●暮れゆく時 『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)が見付け出したのは小さなオルゴールだ。蓋を開ければ燕の細工がくるくると旋回し、静で優しい音色を奏でて耳を癒す。 ランディが露店主へ聞けば、初老の男は見たまんまのオルゴールさ、と素っ気無く答える。街並みの忙しい音に疲れたら、そいつを開いて他愛ない音に微睡めば良い。 貰おうと告げたランディに向けて、店主は言う。誰かにあげるのかい。 「……そうだな、苦労かけた奴に労いと詫びも込めてだ」 ──『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は、ブリキの玩具に目を留める。ブリキで出来たバイク。それは手造りの温もりが宿り、細部まで丁寧に作り込まれた品物だ。こんなバイクが好きそうな人が、ニニギアの瞼の裏にそっと映る。 「これ、いただけますか?」 声を掛けられた露店主が断る筈もない。綺麗にラッピングされたブリキのバイクは快く譲られた。 露店から離れたニニギアに、偶然といった風合いの声で声を掛けたのはランディだった。ちょうど会いに行こうと思っていた相手からそうされて、ニニギアは驚き笑う。 折角だからとランディが差し出した品にニニギアは瞬き、そうして更に驚いた。 「わぁ……ありがとう!」 受け取ったオルゴールを大切に抱えて、私からも、と今度はニニギアが差し出す。ブリキのバイクにランディの目許が幾許か柔らかみを得て、頷いた。 「……大事にする、ありがとうな」 市場の入口で別れてから、随分経つ。『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)のお眼鏡に適う品はまだ現れない。 いつもカッコイイ服を着ているから、素敵なプレゼントを。心に宿るその意志に、まるで呼ばれる様にして視線が絡め取られる。 とある露店で指先に取ったのは、蜘蛛の巣の形をしたネクタイピン。光に照らすと透き通り、雪の結晶めいたそれをたった一つ、譲り受ける。 やっと見つけたプレゼントを大事に持って落ち合えば、恋人──『ストレンジ』八文字・スケキヨ(BNE001515)は優しく出迎えてくれた。 スケキヨのプレゼントが、そっとルアの前に差し出される。 「見るたびに、今日の天気や、匂いや、音や……そんな事を思い出せるような物が良いと思ってね」 どうかな? と、空色のリボンと銀の包装で覆われたプレゼントを解き、中を窺わせて。向けられた問いにルアが返したのは声ではなく、暖かな雫。 アンティークなオルゴール──木製の表面には花の彫刻。贈られたプレゼントに、涙を溢れさせてルアはスケキヨへと両腕を伸ばす。ぎゅう、と抱き締めて。 「ありがとうっ! 大切にするねっ!」 私からも、とおずおず差し出されたルアのプレゼントに、スケキヨも唇に笑みを咲かせる。大切にするね、と囁いた。 ──……でも、こうして一緒に過ごしてくれるだけでもう、一番素敵な唯一無二のプレゼントでもあるんだよ。 「有難うね、ルアくん。大好きだよ」 差し出された包みに、『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)は双眸を柔和に伏せる。贈られたシープスキンブーツは、『ミス・パーフェクト』立花・英美(BNE002207)からのクリスマス・プレゼントだ。 ──ずっと一緒に歩いていきたい、この先も。ブーツに込められた英美の想いは、違える事なくきっとアウラールに届いただろう。 お返しだと言いたげに、アウラールがそっと渡すのはクリスマスリース。小さいながらも可愛らしく仕上げられたそのリースを受け取り、そこに添えられていたものを目にして、英美の紫の双眸が緩く瞠る。 リースには、白いドレスを纏った小さな人形が添えられていた。アウラールが手ずから作った素朴なそれが模すのは──先の大きな戦いで命を散らした、英美の母だ。為せなかった事に対する後悔や悼む気持ちを、すべてそこへ綴じ込めて。 「ありがとう、エイミー。愛してる」 贈り物への礼をそっと零したアウラールが、その両腕で英美を強く抱き締める。アウラールにそうされて初めて、英美は自らの頬を伝うものの存在に気付く。雪降る外気に曝され冷たい、それは涙だった。自分は泣いていたのだと、漸く思い至る。 ──母が嫌いだった。けれど英美はもう、母とは歩けない。 ずっと一緒に歩いていきたいと想いを捧げたアウラールの胸中で、英美は密やかに泣き続ける。嗚咽を殺し、二度と会えぬ母への想いを張り詰めさせながら。 持ち帰る事が出来る『世界にたった一つだけ』にどれを選ぶかはまだ決まらねど、それを渡す相手は既に心に決めていた。『夢月の翼』翡翠 夜鷹(BNE003316)は臥せた瞼の向こう側に愛しい妹の姿を浮かべながら、想いを馳せる。最後に見た笑顔は今でも覚えている。 久方ぶりに会う俺を覚えているだろうか。そんな一抹の不安に駆られる様にして、ふと視線を上げる。刹那、視界に瞬く「ヒスイ」の色に目を奪われた。それと同時に理解する──探していた、世界にたった一つの「たからもの」を見つけたのだと。 長い睫毛を押し上げて、『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)もまた、その青い瞳に兄の姿を映し取る。 ──もう逢えないと思ってた。双眸が驚く様に開かれ、爪先が夜鷹の方を向く。優しい眼差しが、昔と変わらない。すぐに分かった、失いたくなかった愛しい兄が帰ってきたのだと。 あひると同じ「ヒスイ」の翼、あひるの世界で一つの「たからもの」。 市場で見つけたプレゼントを携えて、あひるは夜鷹の腕の中へと飛び込んでゆく。瞳と同じ色石抱く、鍵のネックレス。いつでも傍に居るように。 「会いたかった、」 ただいまとおかえりを言い合う合間ですら、惜しむ様に互いを呼び合う。呼べなかった分、隙間を埋める為に。 そうして夜鷹がそっと、甘く囁く。腕の中に喜んで囚われながら、あひるも負けじと甘く微笑むのだ。 「これからは、一緒だよ……っ!」 ──それぞれの想いを受けて選び出された品物たちが、世界にたった一つだけの特別なそれが、どうか大切に使って貰えますように。作り手達の想いを受けて、フェアラマン・マルシェの日は暮れてゆく。 どうか選び取った宝物が、貴方に幸せを運びますよう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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