● いくせん、いくまんの、いたんだこころ。 さらさらと、すなのようにこぼれおちて。 わたしは、それが、かなしかった。 まっかなせかい。 まっくろな、せかい。 いたいよ、くるしいよと、そうさけぶひとびとのなかで。 わたしも、おなじおもいをいだきながら、なきごえをあげている。 からだは、おもうようにうごかない。 いきをするのさえ、おっくう。 ただひとつ、じゆうにうごいたのは、わたしのこころだけ。 ――大丈夫だよ。 こえが、きこえた。 あどけないこどものような、やさしいおとなのような、こえが。 だいじょうぶだよ、つらくないよ、いたくないよ、かなしくないよ。 そう、くりかえし、くりかえし、わたしをげんきづけるかのように。 ――痛いのが無くなったら、苦しいのが無くなったら、眠ろう? ――みんなが待ってるよ。優しい、夢の中で。 みえない、あたたかいてが、わたしのからだをだきしめる。 ぽろり、こぼれたなみだは、わたしがかえしたこたえのかわり。 まっかなせかいは、あたたかいくろになって。 だれかのかなしいこえは、みんなのわらいごえにかわっていった。 ● 「……エリューションの討伐を、頼みたい」 何時もの一室、ブリーフィングルーム内で、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が語る言葉は、しかし、おぼろげ。 いぶかしみながらも、リベリスタたちは、それを問いはしなかった。 きっと、直ぐに解ることと。そう理解していたから。 「対象は、少女の石像の姿をとったエリューション・フォース。 現在、そのフェーズは2なんだけど、今回のジャック・ザ・リッパーを主とした崩界の影響が及ぼされる可能性が高いため、可能な限り早く現地に赴いて、エリューションを討伐して欲しい」 「場所は?」 問うた、当然の言葉。 しかし、予見の少女はそれに心を突き刺されたような、辛い顔をする。 「……此処」 「何?」 「対象は三高平市内の公園内……正確には其処に繋がるゲートの先、エリューション自身が構成した空間内に位置している。 『彼女』はずっと、其処に居た。其処で、世界と、想いを、守り続けてきた」 「……何を、言ってるんだ?」 自然な問い。当然の、問い。 聞かなければならないから聞いただけの、単純な言葉に――けれど、問うて、少女が悲しむたびに、彼らの心も、どうしてか、同じくらい痛んだ。 「……『彼女』はかつて、この地で起きた大災害の成れの果て。 死に逝く者が、眠り逝く者が、傍らで苦しみ、痛み、悶える者を思うココロの結晶」 「……」 「『彼女』の役割は唯一つ。死した者達の思念に幸福な夢を見せることで、彼らが宿す負の感情を打ち消すというもの。 そうして『彼女』に救われた思念達は、この十二年間、奇跡的に増殖性革醒現象の被害に遭うことなく、守られ続けてきた」 ――けれど、それももう終わり。 世界の時は、既に流れきっている。これ以上、彼らがこの地で守られる理由は、無い。 そして、世界を汚す『彼女』などが、世界を守る理由などは、もう何処にも、無いのだ。 だから、何時か、その胸に抱く彼らが、『彼女』と同じように穢れるより前に、彼らを、『彼女』を、永遠に眠らせてほしいと。 「……それを、『彼女』自身が望んだ。 確証はないけれど、今というこの時、件の公園と、彼女の異空間が繋がった理由は、それしかないと、思う」 「……意志があるのか? その、石像に」 「うん。『彼女』自身にある程度の自意識はある。思念を伝える能力があれば、『彼女』もきっと応えてくれると思う。 けれど、その存在から成る自身の能力は、決して自分の意志では解除できない。 本来は死した者に与えるものであれども、『彼女』に近づきすぎた者は、すべからく幸福な夢を見ることとなる」 ――例えば、別った人が生きていた世界。 ――例えば、望んだモノを得られた世界。 ――例えば、迫害を受けなかった世界。 「心地よい夢。けどそれは、永遠の微睡みも意味している。 夢を見たときは、思い出して。今の貴方のそばにある、大切なものは、何かを」 「……」 沈黙したルーム内。リベリスタ達が何を思うか、定かではないけれど。 対面する少女は――しかし、笑っていた。 「アークが発足されて、既に一年と数ヶ月。私は、沢山の思い出が出来た。きっと、みんなもそうだと信じてる」 ――だから。 「優しい、けれど、ニセモノの夢は、きっとあなた達の暖かい記憶に通じない。 大丈夫。だから、私は待ってる。みんなの成功報告を」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月13日(金)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 見知った、けれど何故か記憶に遠い、自身の家の居間。視界に映るのは大切な妹と、その孫。 愛する人と結ばれ、今に生きている妹と他愛ない会話をして、彼女の孫が戯れるのを眺め、緩やかな時を、唯、繰り返す。 その喜びを噛みしめながらも、だが、心は例えようのない焦燥感に蝕まれていた。 「……そなたの笑顔は久しい気がするのぅ」 果たして、目の前の家族は、自分に対してここまで穏やかな笑顔でいたか。 ――あら、いやだ。可愛い妹をお怒りん坊呼ばわりは、…かな。? けれども、彼女は唯、ころころと笑うだけ。 ――それにほら……あの子だって、あんなに嬉しそうでしょう? 言われて、再び、妹の孫に視線を向ける。 それに気付いた孫は、同じように視線を合わせて、にこりと微笑んだ。 唯『当主様』と言うだけで向けられぬ、親愛のこもった笑顔に、咲夜は安堵をしながらも。 ……何故か、その瞳が哀しげに揺れていたのは、彼の気のせいだったのだろうか。 日だまりの見下ろす道を、母と共に歩く。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、にこにこと笑いながら、母の手を取って買い物をしていた。 今日のご飯はハンバーグ。お母さんの作るハンバーグは、わたしのいちばんだいすきなたべもの。 きょうは、おとうさん早く帰ってこないかな。おとうさん帰ってきたら一緒にたべるの。 そう言う雷音に、母親もうんと頷いて。 「そうね、お母さん腕によりをかけて作らないと」 「手伝うよ、わたしがお肉こねるのお父さん喜んでくれるかな?」 母親との会話。常に交わす、ありふれたそれが、何故か今はどうしようもなく、愛しい。 もちろんよ。そう返す母の手をより強く握り、雷音は道を歩く。 嬉しいとき、楽しいとき、何時も感じるそよ風を、けれど、何故かこのときばかりは感じない。 意味もなく、背中に手をやる。 当然のように、其処には何もなかった。 穏やかな夢だった。 暖かな夢だった。 心からの悦びが満たすそのセカイで、でも、言い知れようの無い閉塞感は、常に少女につきまとっていた。 今、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の身体には、刀の重みがない。 普通の少女には不要なそれが無いことを、何故か疑問に思いつつ。彼女は右手で学生鞄の取っ手を握る。 行ってきますと言えば、父がそれに応えてくれる。解らないけど、嬉しくて、笑顔が零れた。 着いた先の学校で、授業を受けて、同級生達と冗談を飛ばし合いながら、笑う。笑う。 ありふれた世界。平凡な世界。 帰れば家族が待っていて、食卓を囲んで、今日の話をする。 ――ふたつの目で希望と未来を見つめて、ふたつの手で幸せと暖かさを抱きしめる。 何故だろう。幸福なはずのそれは、普遍的なはずのそれは、見ていると、過ごしていると、何故か、無性に哀しくなる。 わかっているはずなのに。そんな理由なんて。 でも、でも。 この世界にもう少しだけ浸りたかった、なんて、小さな我が儘が、今も彼女(わたし)を、縛り付けている――。 思い出すのは誕生日のこと。 『月色の娘』ヘルガ・オルトリープ(BNE002365)の家の近くの森。ある日其処に、彼女の父が秘密基地と言う名の小屋を建ててくれた。 大人しげな少女のヘルガがそうした遊びを覚えることに、彼女の母はひどく心配していたが、ヘルガ自身は、そうしたやんちゃな事をした覚えがなかったために、その喜びも一入だった。 大切な子犬を招いて、時々お気に入りのお茶とお菓子を持ち寄り、木々の香りとお日様の光を眺め、微笑む。 それが幸せだった。それだけで幸せだった。 そうして、今、このときも。 父親と一緒に、秘密基地の中で、彼女の入れたココアを飲みながら、感想を心待ちにしている娘に、にこりと微笑みかけている。 この、今という時が、ずっとずっと流れてくれることを、彼女は心から、望んでいた。 ――そのはず、なのに。 何かに触れる感覚もなく、何かが見える感覚もなく、何かが聞こえる感覚もない。 山田 茅根(BNE002977)の望む世界は、其処で始まり、其処で終わった。 (――まあ、そんな気はしてました) 苦笑いを零す彼の心には、漠然たる空虚しか映っていない。 数十年という世界の中で結ばれた絆。糸のようにか細く、頼りないそれらを愛しく思っていたのは何時のことか。 人物とのつながり、事象とのつながり。 何時しかそれらは糸から鎖へと変わって彼を締め付け続けていた。 愛しさから煩わしさに。ふりほどこうと思っても、それらはがっちりと絡み付いて彼を離しはしなかった。 そうして、思ったことはただ一つ。 全てをリセットしたい。という、単純が故に傲慢な欲求。 何もないこと。孤独。人が恐れるそれらは、けれど望みもしない絆にがんじがらめにされる事より恐るるべきことなのか。 少なくとも、彼にはそうは思えなかった。だからこそ、望んでいた。 面倒臭い、気力が沸かない、寝ていたい、何もしたくない。 (だって、ぬるま湯に浸ってるのって気持ち良いじゃないですか?) 『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)には、過去というものがなかった。 目覚めた場所は血と泥の中。初めてしたことは唯、戦うことだけ。 諦めたつもりはない。家族が居る日常を、死が交わらない日常を、寧ろ彼は望んですら居た。 「仕事行ってくるぜ。残業なんで少し遅くなる」 穏やかに朝食を取り、他愛無い話をして笑い、何もはばかる事も無く好いた相手と共に生きる。 親しんだ家には家族が居た。仕事先では同僚が気さくに声を掛け、プライベートな日には恋人と街を歩く。 誰が羨むでもない退屈な日々、誰が望まぬでもない幸福な日々。誰が送らぬでもない充実した日々を。 けれど、何かがおかしいと言う。お前の居場所は此処じゃないと、繰り返し繰り返し叫び続ける。 「……馬鹿な、そんな事あるもんか」 首を振る。誰もが送る日常が自分にないというのなら、自分には何処に居場所があるのか? 手の震えを押さえ込み、現実に従事しても、声は決して鳴りやまない――。 「未璃亜。よくがんばったな」 「がんばってるわね。未璃亜ちゃん」 誰もが、『力』の無かった日を望んでいた。 神秘に触れず、唯のヒトとして日常を過ごすことを望んでいた。 けれど、『普通の女の子』華蜜恋・T・未璃亜(BNE003274)はそうでない。 今の彼女はリベリスタとして、祖父と祖母に見守られ、戦いの訓練を送る日々の中にいる。 「失敗は誤魔化さずちゃんと反省しなさい」 「反省を活かして次はがんばるのよ?」 厳しくも優しい祖父だった。穏やかながら屹然とした祖母だった。 命を奪う決意も、傷つけられる覚悟も、唯言葉として教えられていた日々。祖父と祖母の褒め言葉の為に努力し続けてきた過去。 このままの世界が続いて欲しいと、それは幼い彼女の望んだ有り得ざるユメ。 それでも―― 過ぎ去った何時かの日。かつて自らの傍にいた弟との記憶。 『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974)は、ぐるぐると世界を巡り続けていた。 自らの正義のために、敵を斬り続ける世界。 あの日、変質した弟と自分の結末が逆転した世界。 唯、弟と、自分が、穏やかな日常に溶けていく世界。 時には、弟と自分が相見えなかった世界も、あった。 一つ一つが、言い様のない幸せに満ちていた。 なのに、そのどれもを見ても、彼女は喜ぶことが出来なかった。 ――本当に、それで幸せ? 想う心がそれと問う。首を振るって、また、別の世界に落ちていく。 夢は続く。それを夢とは知らぬままに、彼女はまた、違う幸福な世界を探し続ける。 ――あたしにとっての、幸せってなんだろう? 自らに問うた声は、けれど、やはり誰も返してはくれなかった。 ● 意味はないと気付いていた。 浸っていた今が嘘で、居ても何の意味も有りはしなくて。 だから舞姫は別れを告げる。団欒の中、愛しい家族に頭を垂れて。 絶望も悲哀も苦痛も、望みはしなくても既に彼女の一部だった。 それを、今になって失うことは出来ない。それは自らの死でもあったから。 焼け付く汚泥のような世界に爪を立て足掻き続けた左腕。今の彼女が信頼に足る数少ない相棒は、微細な躊躇もなく彼女の右目をえぐり出す。 絶叫が場を満たす。世界は既に暖かな夕食の風景ではなく、最早何もない闇に落ちていた。 左手に握る柔らかな球体をぐちゅりと握りつぶして、彼女は残る片眼で、唯泣いた。 ごめんね、おとうさん。 かなしいね。 まだ……、そっちにはいけない。 『それで、貴方は、し あ わ せ な の ?』 ……嗚呼、と、ため息が漏れる。 自らと視線を合わせ、訥々と声を響かせる妹の孫が、咲夜の世界の終わりを告げた。 泡沫の夢に心を横たえても、何れそれがはじければまた悲しみと苦しみに惑う日が来ることを。その寂しさを。彼は知り。 けれども、何故か、悲しみはなかった。 一世紀に近い時を過ごした。それでも未だ、この不幸に終止符は打たれていないのだから。 いつか、いつか。この夢が真実になる時を願って。 今は、目覚めよう。少しばかり冷たい、現実の世界へと。 「お父様」 ヘルガの声に、彼女の父は何だいと問い返す。 その声に、しかし、ヘルガはゆるりと首を振る。 「ううん。本当のお父様は、此処には居ないわ」 次いだ言葉は、寂しげな微笑みと共に。 ――私はもうここには居なくなる、しかし過去には留まらない。お前の行く道に先回りして待っているから、ゆっくりとおいで。 穏やかな言葉だった。 ヘルガを庇い、フィクサードに殺された父の最後。掛けられた言葉は痛みも苦しみも感じさせず、唯娘を思う気持ちばかりが溢れていた。 「お父様が居るのは過去じゃないの。いくら幸せな場所だとしても」 だから、ごめんね。 カップをテーブルに置き、彼女は秘密基地の扉を開ける。 「ココアのおかわりはいらないわ。でも、また一緒に飲みましょうね」 食卓を囲んで、おとうさんと、おかあさんと笑い合って、眠る。 ふかふかのお布団の中。まっくらな世界で、二人と言葉だけを交わし合う。 「おかあさんとおとうさんとずっと一緒だよ」 「お嫁にいけないじゃない」 「それでもいいの」 起こるはずだった悲劇が、起こらなかった未来。 このまま浸ったままで居たいと、そう思う。けれど。 それでも、何時か見たビジョンは、彼女の瞼から離れなかった。 調子者だけど、意志の強い兄。時々困るけど、自分を愛してくれている父の姿。 ――今の『ボク』には、大切な家族がいる。 「……雷音?」 少女は笑って立ち上がり、もう一つの家族に手を振った。 少女の背中には羽がある。 たん、と地を蹴って、自らの誇りを羽ばたかせ、少女は向かう。 優しい微睡みの、終わりへと。 「……おはよう」 時が経ち、声が高まった、その時。 ――夢の終わりは、一つの戦斧が導いてくれた。 汚れ、傷つき、血の跡が残るそれを見て、恐ろしいと怯え、捨てようとしながらも、自らの手はそれを待っていたかのように、吸い付き、離れない。 捨てようと振るう度に、思い出す感触。 自らがリベリスタであった真実。切り伏せた敵の血と肉の光景を。 「ほんっと……厳しいな、相棒よ」 ほろ苦い笑みを浮かべた時、彼は全てを取り戻していた。 ――罪から逃げるな、俺と共に殺した者達を忘れるな。 戦場にしか場所を持てなかった男。せめてもの贖罪にと抱いたのは、誰よりも殺し誰よりも戦おうという、彼らしい不器用な誓い。 『お帰りなさい!』 暖かな家族が迎えてくれる。 「あァ……遅くなってごめんな」 さあ、優しい笑顔に振り下ろそう、墓堀の名を持つ兄弟を。 作られた現在は、彼は望まない。 本当に大切な物は戦いと共に築いたのだから。 心も、身体も、記憶も、願いも、 全て全てを、茅根の望む闇に溶かすのは、しかし、もう少しだけ先の話だ。 ――今まで培って来た物を捨てる気にはなれないんですよね。 望まないものは遙かに多かった。けれど、全てを捨てるには、穏やかな思い出も少しばかり数がありすぎた。 それに、未だ、見たいものも、決して少なくはない。 だから。 「さあ、ぬるま湯から出るために気力を湧かせましょう、起き上がりましょう。 今を生き、明日見られるかも知れない素敵な物のために」 腕を振るう。唯それだけ。 けれど、それで壊された暗闇の世界は、彼が目覚める最後まで、茅根の視界に残り続けていた。 終極には、嘲う自分が居た。 幾多の獲物を得物で切り伏せ。血と泥と肉片に塗れ、それでも尚残る幾千幾万の化け物を前にして、壊れた彼女は笑っている。 きっと、幸せなんだろう。そう思いながらも、守羅は自らとそれを重ねることは出来なかった。 用意された、幾多の幸福。全て全てを型に定めて、最初から最後まで幸福であることを確定させられる未来。 其処まで理解して、漸く。守羅はこの夢と決別できた。 自らの意思で、選ばなければならないと言うこと。それは重責であり、苦痛であり、望みもしないときもあるかも知れないけれど。 けれど、彼女は手を伸ばす。偽りに終わりを告げるために。 (最後まで、「好き」と言えなかったな) 僅か、ため息を吐いた少女は、そして思う。 だから、次に会えたなら、その時は、と。 ――それでも、未璃亜は此処では立ち止まれなかった。 自分を庇い、生かしてくれた二人の意志は、意志の担い手は、このような場所で果てるわけにはいかないのだ。 (……ああ、そっか) そうして、未璃亜は思い出す。優しい夢が教えてくれた、真実の記憶の全てを。 事故で死んだと教えられた二人。本当は眼前で死んだ二人。 嘘をついた両親に有難うと呟いて、未だ、自身の夢に在る祖父母に頭を下げた。 「……じーちゃん、ばーちゃん」 ごめんなさい。さようなら。 今の私は、リベリスタだから。 こんなところで立ち止まってるわけには、いかないっすよね。 唐突な告白に驚く二人は――けれど、穏やかな笑みを浮かべて、未璃亜の頭を撫でた。 「未璃亜はじーちゃん達のように無理をしちゃだめだぞ?」 「未璃亜ちゃんが倒れれば私達やお父さんやお母さんも悲しむわ」 ――気を付けて、行ってらっしゃい。 虚ろな存在の言葉に、涙が流れた。 うん、と応えるよりも、不意に放たれた光の奔流が、少女の世界を塗りつぶす。 少女の夢は、暖かさに溶ける。 ● 目が覚めたのは、どれほどの時間が経った頃だろう。 ゆるりと動く者も居た、跳ね起きる者も居た。 そうした中で、誰よりも速く、鋭く動いたのが――舞姫だった。 「――――――ぁ」 怒りと絶望と悲しみと、それらのどの一つでもなく、それらの全てでもある、泥濘のような感情。 それが彼女に剣を抜かせる。ひうん、と音を鳴らして、違わず狙った石の首を、切り落とそうとする。 「舞姫!」 雷音が叫んだ。 「チ……!」 ランディが、戦斧の柄をはばきに当てた。 硬質な音。 そして、一瞬の後に、勢いが殺される。刀も、使い手の激情も。 やがて、ぺたりと膝を着いた彼女を、誰もが、自分を見るような目で見ていた。 「……」 小さく、ごめんなさいと、舞姫が言う。 それを心配げに見つめながら、雷音は、そっと石像に手を触れる。 「ありがとう、キミは優しすぎたんだ。もう、ゆっくり眠ってよいゆめを」 想いが、伝わるとは、思えない。 けれど、伝わずには居られない。 『禍福は糾える縄のごとし、今ここで壊される彼女の幸福は一体何処にあったんでしょうね?』 『たくさんの者達を癒すそなたの心は、一体誰が癒すのじゃろうな……?』 夢を見る、ほんの少し前。 エリューションを見て呟いた、茅根の、咲夜の言葉。 その微かな助けにでも成りたいと、思うが故に。 ……けれど。 ――有難う。 返された言葉は、少なくとも、雷音が思っていたそれとは、少しばかり、違っていた。 ――きらきら、してたよ。みんなの夢も、あなたの夢も。 ――ううん、あなた達だけじゃない。今まで、沢山、きれいな夢を見てきた。形も、色も違う。宝石箱のような、きれいな夢たち。 ――うれしい、ありがとう。私も、この人達のように、あなた達のように、きらきらな夢を、見ることが出来る。 その言葉を、雷音が全員に代弁した時。 そう、と。皆の手に、小さな、光を放つ石が、握られていた。 ――忘れないで。 ――見えなくても、夢は一緒だよ。辛いとき、苦しいとき、夢は、何時も暖かい世界を見せて、みんなを励ましてくれるよ。 くすくす。くすくす。 共に聞こえた、『彼女』が抱く夢の笑い声達。 「いい夢を見せて貰った……後はゆっくりと眠りな」 それに、笑みを以て返すランディ。 「ユメミ、あなたのことは私や皆が覚えているわ」 ヘルガが、ゆるりと頷いて、グリモアールを開いた。 力が、魔術が、意志が、すべてすべて、一つになって、『彼女』に向けられる。 その全てが、やがて破壊の奔流となって襲う前に、 ――うん。また、会おう? あなた達の、夢の中で。 物言わぬ石像は、『彼女』は、にこりと微笑んだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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