●モブだって目立ちたい 残業の結果、普段より随分遅い帰路を辿る。 男は会社員だった。新卒より3年、不安定な情勢の中、地味な事務仕事をずっと続けて来た。 その仕事ぶりはそれなりに評価され、会社にもそれなりに馴染んでは来た。 上司との関係もそれなりに安定しており、後輩からもそれなりに認められている。 特に不満も無い筈で、特に同期に恥じる所も無いそれなりの日常。 それなりに、それなりに、それなりに。けれどその事実に男は呼気を漏らす。 勤勉である。真面目である。不器用でもなく、卒もない。 けれど特にこれと言って目立った長所が無い事が男にとってのコンプレックスだった。 本当は自分だって目立ちたい。特別になりたい。スポットライトを浴びたい。 例えば物語の主人公の様に。 そんな願いを男が胸に秘めていたとして、それを誰が責められるだろう。 「ん、なんだ。ナイフ?」 いつもの帰り道。いつもの道程。その道端に転がる赤い刃物。 それと遭遇したのは偶然で、けれど男の人生では珍しい“それなり”ではない出来事だった。 「何で、こんな所にこんな物が……」 通常社会生活を営む上で先ず目にかかる事は無い人を傷付ける事を前提とした刃物。 その煌きにけれど恐怖ではなく好奇心を刺激されたのは、 男の内に非日常への憧れが有ったからだと断定しても決して過言ではないだろう。 であればその遭遇は偶然にせよ、結末は必然である。 “使え――我を使え――今宵の我は名に飢えておる――!” 男の渇望は満たされる。最悪の形で、ではあるが。 ●その剣の名は…… 「とても困ったアーティファクトが発見されたの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が口を開いたのは リベリスタ達がブリーフィングルームに入ってしっかり1分が経過してからだった。 その間まんじりともせず沈黙を保っていたのは、それを正確に表現する言葉を捜してでもいた所為か。 続けた声音は彼女にしては珍しく、淡々とした中にも緊迫感と呆れが同居した様な、複雑な感情を滲ませていた。 「皆にはこれを処理して欲しい」 差し出されたのは一冊の雑誌。最近では数も少なくなったB級オカルト雑誌と言う奴だ。 “不幸を呼ぶ辻斬りの怪” 丁寧に折り目が付けられた、写真大目の特集記事らしきページに おどろおどろしく記されたのはそんなタイトル。内容はと言えば以下の通りである。 最近売り出し中の某アイドルがオフの日に遭遇した辻斬りは、ボロボロのスーツに赤いナイフを持った、冴えない男だった。 男はナイフを振り回しながら彼女を執拗に追いかけ回したが、彼女が大通りに出るや突然姿を消した。 この際、アイドルの被害は出会い頭に付けられた軽い切り傷のみ。 ほっと一安心かと思いきや、何故かこの事件以降突然彼女を指名しての仕事が一切来なくなる。 TV、雑誌等メディアへの露出が減ったアイドルの知名度は徐々に低下して行き、今となっては立派な零細芸能人である。 関係者は語る。売り出し方に不備があったとは思えない。 もし有ったにせよ世間の反応が極端すぎる。まるで狐に摘ままれた様な気持ちだ。 「このナイフ型のアーティファクトは、人の名声を吸収して威力に変換する力を持ってるの。 名声を吸えば吸うほど鋭く、硬く、しなやかに、強くなる。 この被害者は名声をナイフに奪われたから没落した……芸能人には致命的ね」 アーティファクトの名は魔剣モブカリバー。誰が呼んだかモブカリバー。 名声無き者の為の刃。目立たない者の剣。無名なる魔剣。 特徴である赤い剣身すら使い古され過ぎて、もう逆に目立たないと言う体たらくだ。 魔剣とか言われてもいっそ痛々しい。 「モブカリバーは所有者に、最低3日に1人の獲物を求めるらしいわ。 既にこのアイドル以外に2人の被害者が出てる。時は一刻を争うの」 そして明日が最後の被害者から3日目。と状況を告げる眼差しは厳しい。 「所有者が強い意思で拒めば手放す事も出来るんだけど……」 現在の所有者と目される男の性質的に、生半可な事ではこの“特別”を 手放す事を了承しないだろう。そこは仮にも魔剣。一定の強制力は持っている。 「究極的な話、所有者の生死は問わないわ。 このアーティファクトを回収するか、破壊して」 特別なんて、そんな良い物でもないのにね。 小さく嘆息しながら呟くイヴの言葉はあどけなく、幼く、けれど重く。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月05日(木)21:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●日常の価値は 人の口に名が上る。悪名にせよ功名にせよ、それは何時の時代も須らく積み重ねの結実である。 当然目立つ人間と言うのは居るし、逆もまた真。目立ち難い人間と言うのはやはり居る。 しかしでは、目立つ事が幸福で、目立たぬ事は不幸なのか。道筋は幾多あれ、到る答えは結局否であろう。 幸福も不幸もその定義は酷く主観的で曖昧だ。であればそれは、隣の芝生が青く見えると言う程度の話に過ぎない。 件の男もまた、あと数年もすればその事実に気付いただろう。自分らしく生きると言う事はそれだけで意味が在るのだと。 ――しかし、それらはあくまでこの未来に辿りつかなかったら、と言う仮定の話である。 澄んだ音と共に赤いナイフの残影が舞う。跳ね飛ばされた男は間合いを取り、眼前の人影に幾度も瞬く。 いつも通りの剣の訴えに、いつも通り応じた男が狙ったのは付近でも少しは知られた大手商社の美人秘書だった。 通勤の際すれ違う程度だったそのOLを獲物に選んだのは何故か、男は語る言葉を持たない。 ただ彼女は狙われ、男の手によって崩落の人生を辿る。既に3度目、コツも掴んでいた。 誰にでも出来る簡単な仕事。剣と出会う前に散々経験したルーティンワーク。その筈だった。その筈だった……のに。 「闇討ちには良い場所だ。辻斬りとしては合格だな」 必中のタイミングでOLを狙った剣閃は、現実感の無い大太刀を持った男、『戦闘狂』宵咲 美散(ID:BNE002324)に阻まれる。 咄嗟に距離をとった男を更に襲うのは空気の刃だ。ギィン、と甲高い音を立て魔剣が持ち主を守るも、 混乱した仕草で周囲を見回せば、ターゲットであるOLとの間に立ち塞がる影は3つ。 「残念ながらここで通行止め。現状のアナタはね」 『サマータイム』雪村・有紗(ID:BNE000537)が身の丈に合わない大剣を構えれば、かまいたちを放った 『天翔る幼き蒼狼』宮藤・玲(ID:BNE001008)が蹴り上げの姿勢から脚を下ろす。 魔剣と出会ってよりこれまで、男は常に狩る側であり狩る側で在り続けた。強化された身体能力は男の自負を必要以上に満たし、 剣の特殊性は男が一般と言う括りから逸脱した事を実感させた。しかし何故考えなかったのか。得てして後悔は先に立たない。 狩る者と狩られる者が居る以上、狩られる者を守ろうとする者もまた、居るだろうと言う当たり前の事を。 「どもども、連勝中すみませんね。乱入者登場ですよー」 腕を掠めた閃光。焼けた様な痛みを覚え振り向けば、先ず目に入るのはチェーンソーを手にした女子高生と見紛う赤毛の少女と、 似た様な年頃の茶髪の少女『Krylʹya angela』エレオノーラ・カムィシンスキー(ID:BNE002203)のダガーを抜く姿。 蛍光灯がちかちかと瞬き視界を明滅させる。ここまでの非現実にあって、けれどまだそれが全てではないと言うのか。 2人より離れて後方、顔はスコープに隠れて見えない物の、特徴的なピンク色の髪と白い翼 『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐの構えるライフルの無骨なシルエットが男の視界に像を残す。 偶然、どう考えてもあり得ない。警察、それこそ冗談だ。男は人目に付かない様に行動してきたつもりだった。 けれど所詮は素人の悪足掻き。歪みを見通す万華鏡からは逃げられない。 「とんだ災難ですわね。道中お気をつけて」 正面3人の後ろで紡がれるエリザ・レヴィナス(ID:BNE002305)の声に、今日の獲物であった筈のOLの背を見送りながら、 しかして男には退路すらない。一体何処で失敗したのか、あるいは最初から間違っていたのか。前後の誰も答えてはくれない。 「あなた目立ちたいんだって?お笑い種だよね、人から掠め取ったものでなんてさ!」 “応戦せよ、我が主――” 真っ先に切り込んだ『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(ID:BNE000072)のチェーンソーが大気を切り裂き、赤い魔剣と交差する。 重く鈍い剣戟、手が痺れる程の感触に男はこの時ようやく気付く。 これこそが紛れもなく男が望んだ、非日常そのものだったことに。 ●無名魔剣は音無く踊る 男は何処までも一般人だった。幾ら人を傷付ける抵抗が薄れようと自分が傷付くとなれば話は変わってくる。 前方を塞ぐ人間の方が数が多いと見るやすぐさま踵を返し、最初に狙われたのは切り込んだ斬乃。 「痛っ……このっ! 悪事を働いたって、せいぜいワイドショーネタにしかならないんだよっ!」 大振りなチェーンソーは路地裏では取り回しに難があり、ナイフ型の魔剣にはそれがない。経験差を身軽さで埋めた斬撃は 意外な鋭さでもってブレザーに包まれた二の腕を切り裂き、血飛沫が剣身に触れ魔剣の剣身が赤みを増す。 より硬く、より鋭く。男の顔にも知らず笑みが浮かぶ。けれど事が男にとって万事都合良く回ったのはそこまでだった。 「悪い事は言わないから、お兄さん。その剣は手放した方がいいわ」 自分が何してるか分かってる?と苦言を述べるエレオノーラの表情は硬い。長い長い人生の中、 彼とて良いも悪いも酸いも甘いも学んできた。泥酔した人間に何を言っても無駄と分かっていても、 一言告げずにはいられない。気糸で編んだ網を放ちながらも独白する。特別なんて、いいものじゃないと。 「――哀れな男だ」 辛うじて網を掻い潜った男の耳朶を低い声が叩く。彼の姿に反感を覚える人間あれ、感傷を抱く人間あれ、 美散にとってのそれはシンプルだ。物に操られた傀儡など到底自分の“敵”たり得ない。 遠心力を帯びて放たれた回し蹴りが男の脇腹を抉る様に捉える。男の体が宙に浮き路地の壁に叩きつけられるまでは一刹那。 「人は容易く死ぬ。お前の殺意の有無に関係無く、な」 反動で跳ねた身体に続くは玲のかまいたち、男の着ていた安物のスーツが破れ、男の瞳が衝撃に見開かれる。 「コレがあなたの歩もうとしている世界、因果応報あふれる孤独な世界で悪を貫けますか?」 光条一閃、ぐるぐのピンポイントが利き腕を射抜く。その言葉は同時に男の心を射抜く物でもあり、 現実の冷たさを射抜く物でも、やはりあったのだろう。因果は巡る。不正は是正され、狩れば狩られる。至極当然として。 ぶらりと垂れ下がった利き腕。戦慄く様に噛み合わない歯茎を無理に噛み締め、それでも男は身を起こす。 痛みの無い世界を愛せなかった男は、痛みの中に特別を見る。その想いは決して正しく無くとも譲れない物で。けれど―― 「燃えなさい。ついでに私の炎でその腐った性根も焼き尽くして差し上げましょう」 背の側から放たれたフレアバースト。名誉を重んじるエリザにとって、そんな後ろ向きな渇望など何の意味も無かった。 ぱちぱちと、火花が散る。身体を焼かれ腕を貫かれ一般人である筈の男は、それでも魔剣を離さない。 その異様な光景に空いた間隙をその様子を物陰よりずっと伺っていたもう一つの影が埋める。 『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(ID:BNE000933)異名の如く闇に身を潜め続けた彼の連閃をかわす術など男にある筈も無く、 その刃は狙い違わず殆ど同時に2度、モブカリバーの赤い剣身を正確に叩く。 ごり――と、鈍い音。せめて剣を男の手から弾く事が出来ればと、放った渾身の一撃は成った。 であればその音は何か。考えるまでも無い。男の手首が外れた音だ。そんな状態で手に武器が持てる筈がない。 しかし、男の手から魔剣は離れない。確かイヴは何と言っていたか。そう“所有者が強い意思で拒めば手放す事も出来る” であればこういう事も言えるだろう。“所有者が拒まない限り手放す事が出来ない”故に、魔剣。 “さあ我が主よ――今こそ我ら名を馳せん!” そして前後より囲んだ陣形は狭い路地に最大数の人間を集めていた。魔剣が震える。細かく、強く、何より、赤く。 言葉は無かった。声も無かった。音も無かっただろう。どん、っと斬乃が予期せぬ方向から押されて転び、 驚いて瞬いた僅かな間に、路地は鮮血で染まっていた。 ●刃には刃を、罪には罰を 魔剣によるダンシングリッパーの一撃は周囲に立っていた人間の殆どを射程に収めていたが、 その中でも斬乃は本来であれば最も多くの攻撃を受けていておかしくない至近距離に位置していた。 既に1度斬り付けられていた以上大量出血は免れなかっただろう彼女は、けれど無傷で射程外に座り込んでいる。 「婆さんの遺言でな……女子供は黙って守れ――容易い事だ。気に……するな」 言葉途中に体が傾いで膝を付く。斬乃を庇った事で体勢を崩していた影響は大きく、 体中に刻まれた傷跡よりの出血も相俟って、美散は満身創痍とも言うべきダメージを被っていた。 あと一合打ち込めば地に伏せただろうギリギリの均衡。けれど、宵咲の刃は尚折れない。 「お前の願いは――犯罪者に成り下がる事だったのか?」 冷たく弾劾するその言葉に、赤光を踊らせていた男が止まる。魔剣もまた……止まる。 その隙を逃さず斬風脚を放ちながら、声を上げることを我慢し続けた玲がポツリと呟く。 「普通であることの幸せ、って判らなかったのかな」 美散同様に赤に染まった肩を抱き、強い眼差しでエレオノーラが訴える。 「モノは所詮モノ。そんな物に頼らずとも、貴方の人生は貴方の意思次第で輝くものよ」 つまらない、退屈な、何事も無い日常。それは確かに刺激に欠ける日々だったのかもしれない。 日々の痛みは直接的ではなく、人の評価もまた薄霧に覆われた様な曖昧な物。けれどそれで十分幸福であると、 そこから脱却する為に犯罪者に身を窶しても何の意味も無いのだと、特別である筈の彼らは口々に語る。 「あなたの人生の主役は、いつだってあなた自身なんだよっ」 振りかぶったチェーンソーがモブカリバーを跳ね上げる。男の親指が魔剣の柄から外れる。 「他人を貶めて傷付けて、それで貴方の望みは叶ったと言えるのでしょうか?」 痛みと不自由を知るが故に、孝平の連撃は威力以上に重い。男の指を柄が滑り落ちる。 「斯様なけがわらしいモノに頼っては、貴方が持つ折角の力が台無しですわよ」 エリザのマジックミサイルが退路を断ち、有紗が全力を尽くして練り上げた膂力と共にグレートソードを振り上げる。 「他人が下がった所で自分が上がるわけじゃない」 “馬鹿な――こんな所で、我らの栄光は――” 「僻みは自分に返ってくるよ。さようなら、名を売れぬ魔剣」 振り下ろされた全開の一撃が遂に弾き飛ばす。無名の魔剣のみならず、男の鬱屈した想いまでも。 からんからんと残響を残し、赤い刃は路地辺へ転がる。 「コンテニューカウントは、いりませんよね」 そうして彼方より向けられた銃口に、ただの一般人から犯罪者へと堕ちた男は静かに両手を上げたのだった。 パァン!と銃声じみたイイ音を立てたのは、紛うことなく遠慮無用、躊躇不在の平手である。 「いいかな?他人を貶めるってことは自分の価値も貶めるってことなんだよ?」 満面笑顔に怒りの影を背負う有紗の言葉に、うなだれた男が何かぼしょぼしょと答える。 よくよく耳を澄ませば、はい、とかごめんなさい、とか言っている様だが事はそこまで軽くもない。 「……一つだけ、教えてやろう」 止血を施しても安静にしていなければならないだろう重傷で、けれど美散は冷静さを損なう事無く言い含める。 「願うなら、努力しろ――婆さんの遺言でな。もう二度とそれなりの生活には戻れないんだ、精々努力して罪を償え」 特別な品に頼って何かを為した所で、それは道具に使われているに過ぎない。 男が望みを叶えたいと願うなら、そこに近道など無かったのだと。 「それではそろそろ行きましょうか、後は警察に任せるのが一番です」 男は罪を償わなければならない。一貫した指針に基き警察への連絡を済ませた孝平がそう言うと、 戦闘後の「もうしゃべって良いんだよね?」発言以来喋り通しに喋っていた玲が、 現在地を思い出した様に慌てた素振りで路地を駆け抜けていく。座り込む男は動かない。 それは罪の重さか、或いは罰の重さか。いずれにせよ 「彼は期せずして人から注目を受けることになったようですね、良くも悪くも」 振り返り呟いた孝平に、前を歩いていた有紗が答える。 「世の中全てがもっとシンプルに出来ていたら幸せなんだけどね」 蛍光灯瞬く路地裏の向こう側、遠く響くサイレンの音。 |
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■あとがき■ | |||
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