●守護者の逆鱗 ぼくとレックスは、ずっと、きょうだいみたいに育ってきた。 天気のいい日には庭や公園で泥だらけになるまで遊んだし、パパがレックスのさんぽに行くときは、ぼくも必ずついていった。ホントは、いそがしいパパのかわりに、ぼくがレックスのさんぽに行きたいけど、レックスは大きいから、まだひとりではダメだって言われてる。 そのかわり、レックスにごはんをあげるのは、ぼくのしごとだった。たまに、おやつのジャーキーをあげて、レックスが食べているとなりで、ぼくもおやつを食べたりした。 ぼくはレックスが大好きで、レックスもぼくが大好きだ。なにがあってもずっといっしょだよって、やくそくした。レックスは目をキラキラさせて、しっぽを大きくふって、わん、とへんじをしたんだ。 レックス、ぼくの犬。大きくて強くて、ぼくを守ってくれる大切なきょうだい。 それなのに。それなのに――どうして。 少年は、眼前の光景をただ見つめることしか出来なかった。 逃げようにも足がすくんで動かず、叫ぼうにも声が出ない。奥歯が、がちがちと小刻みに音を鳴らしている。 それは、ほんのささいなことだった。学校帰りにクラスメイトを家に連れてきて、自慢の犬を見せた。クラスメイトは少年と犬の大きさを比べて、どっちが飼われてるかわからないと少年をからかった。背の低いことを気にしている少年が食ってかかると、クラスメイトは少年を小突いた。よくある、子供同士のささいな小競り合いに過ぎない。 しかし――その直後、事件は起こったのだった。 それを見た犬が鎖を引きちぎり、猛然とクラスメイトに襲いかかったのだ。一瞬にして喉笛を噛み砕かれたクラスメイトは、だらりと四肢を投げ出して動かなくなった。首から、夥しい量の血を流しながら。 犬はクラスメイトを放り出すと、今度は鋭く伸びた爪で彼を切り刻み始めた。主人を傷つけた者に対する怒りは、それでもなお収まることを知らない。 クラスメイトが赤黒い肉の塊に変わっていく様を、少年はただ、震えて見つめていた。 ●荒ぶる番犬 アーク本部のブリーフィングルーム。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、集まったリベリスタ達に一礼すると、手元のファイルを開いて説明に移った。 「今回の任務はエリューションビーストの殲滅。元になっているのはゴールデン・レトリバー系の大型犬。フェーズは2、戦士級です」 正面のスクリーンに、敵となるエリューションビーストの情報が映し出される。 「ご覧の通り、外見は通常の犬とそこまで変化はありません。牙と爪は、かなり発達しているようですが」 攻撃もまた、その鋭い牙や爪が主な手段になる。牙は的確に弱点を狙い、爪は複数の対象に同時に傷を与える上、場合によっては連続攻撃と化す危険がある。いずれも、威力は決して低くはない。また、両の瞳で一点を睨むことで、その周囲にいる者を石化させるという能力も所持している。配下エリューションの類は存在しないが、個体としての強さは決してあなどれないだろう。 「続いて、今回の戦場ですが――」 スクリーンに映った場所を見て、リベリスタの一人が怪訝な顔をする。それも、無理はないだろう。戦場として指定されたのは、どう見ても一軒の民家でしかない。 「エリューションビーストは、この家で飼い犬として飼われています。正確には、飼い犬が革醒してエリューション化した、と言うべきでしょう」 飼い主について問うリベリスタに、和泉が手元のファイルに視線を落として口を開く。 「この犬の飼い主は9歳になる少年です。この家に共働きの両親と三人で暮らしています。エリューションビーストは、この少年と、少年が住む家を守ることを目的としているようです」 エリューションと化してまで番犬を貫くとは、称えるべきなのか笑うべきなのか。それぞれの感想を抱くリベリスタ達に、和泉はさらに言葉を続ける。 「守る、と言えば聞こえは良いですが――その判断基準は些か極端に過ぎます。たとえば、少年を軽く叩いたクラスメイトを瞬時に惨殺してのけるほどに」 つまり、放っておけば近いうちにその惨劇が現実になるということだ。その前にエリューションビーストを滅ぼし、危険を排除しておかねばならない。 「核家族の世帯が多い地域ですから、日中であればそう人は多くないでしょう」 至急の対処を要請します――そう言って、和泉は手元のファイルを閉じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月23日(金)22:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●その想いゆえに 住宅街の朝は慌しい。どこの家でも、この時間はちょっとした戦争だ。寝床から出てこない家族を起こす声、朝食はいらないと言って慌てて家を出る声、子供が廊下を走る音。そういった喧騒が住宅街を支配する。 そして。父親たちが会社へ行き、子供たちが学校へ行き、それを見送った母親たちが自らの仕事場へ出かけてしまうと、住宅街は急速に静寂を取り戻していく。家に残るのは、ほんの僅かなものだけだ。たとえば、家族の不在に家を守る、忠実な番犬であるとか。 「犬は昔から美談が多いですね。主人の帰りを待ち続けた忠犬とか」 塀の陰から一軒の家を眺め、『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)が口を開く。 「忠犬、ってのは昔も今も、とかくに律儀で、愚直で、そんなのが相場だわな」 ま、だからこそ可愛いってもんだが、と言葉を続けたのは『10000GPの男(借金)』女木島 アキツヅ(BNE003054)。彼らがこれから戦うべき相手も、そんな“忠犬”には違いないのだろう。少なくとも、その犬は主人のことを想い行動している。とはいえ、それで人が殺されるとなれば、流石に看過できる事態でもないのだが。 「主人を思う気持ちは良く分るっス……けど、それが主人の不幸にもつながるって事もあるっスからね……」 『忠犬こたろー』羽柴・呼太郎(BNE003190)が、しみじみと頷く。主人を守るためにその級友を食い殺すのでは、主人にとって幸福とはいえないだろう。 「過保護が過ぎてモンスター化。なんか最近よく聞く話ね」 社会問題になぞらえつつ、細・遥香奈(BNE003184)が軽く肩を竦める。目的の家を注意深く見守っていた『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)が、おもむろに口を開いた。 「そろそろいいんじゃないかな。人もいないし、子供も学校に行ってるから」 その言葉に、同様に家の様子を伺っていたリベリスタ達が頷きを返す。既に、子供を含む家族三人が家を出たのは確認済みだ。通りに人の姿はなく、さらに今は呼太郎によって強結界が張られている。仕掛けるには絶好のタイミングだろう。 目指す庭は塀を越えてすぐだ。自らや仲間を強化する能力の事前使用は、戦闘前に効果が切れてしまうことも多いが、この距離なら使用しても問題はないだろう。『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)が、自らを集中に導いた後に仲間達へと十字の加護を与える。『エーデルワイス』エルフリーデ・ヴォルフ(BNE002334)も、集中により射手としての感覚を研ぎ澄ませた。 「時間はかけないに越したことはないし、ね」 準備を終えたリベリスタ達は、素早く行動を開始した。次々に塀を越え、家の庭へと降り立つ。庭の片隅に置かれた犬小屋の傍らで、大きなゴールデン・レトリバーが、唸り声を上げて侵入者達を睨みつけた。あれが、今回倒すべきエリューションビースト――“レックス”と名付けられた、元は犬であったもの。 「君は家を守り、僕は墓を守る。同じ守人として敬意を感じるよ」 『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)が、顔に巻いた包帯からのぞく赤の瞳で真っ直ぐに犬を見据える。 ――だからこそ、君が大切な人の心を引き裂く前に終わらせてあげる。 直後、犬を繋ぎとめていた鎖が、鈍い音を立てて砕け散った。 ●守るべきもの 自ら鎖を引きちぎった犬に向けて、武器を構えた孝平が駆ける。 「非情ですが、私たちの手で殺さなければなりません」 既に身体能力のギアを上げていた彼の斬撃は、高められた反応速度によって澱みなくエリューションビーストへと届く。直撃こそ避けられたものの、その刃は確かに犬を捉え、傷を与えた。 (そこに倒すべきエリューションがいるのならば、弾丸を送り込むことに躊躇いはない……) 最も警戒すべきは石化をもたらす邪眼。エルフリーデは犬の正面を巧みに避けて動きながら、魔力を込めた弾丸をライフルから放つ。エリューション化した犬の飼い主である子供には悪いが、エリューションビーストに襲われるはずの子供も、彼女の目から見れば等しい価値の持ち主。命を奪わせるわけにはいかない。 (子供も犬も、間違っていないよ。ちゃんとしてるよ) 家を背に立ち、犬はリベリスタ達を迎え撃つ。家を侵入者の手から守ろうとしているのだろう。その姿に、凪沙は犬と、飼い主たる少年の絆を見る。 「――ただ、運が悪かったんだよ。それだけなんだよ」 偶然に革醒し、フェイトを得られなかった。滅ぼされる理由があるとしたら、ただそれだけ。 凪沙の鋭い蹴りが真空の刃を生み、犬を切り裂く。フィンガーバレットを構えた遥香奈が、溜息混じりに口を開いた。 「正直犬は嫌いじゃないんだけど、言ってる場合じゃないか」 今は、リベリスタとしてやるべき仕事に集中するまで。犬を囲むように動きながら、誇りを胸に運命を引き寄せ、己の力を高める。 侵入者を手強しと見た犬は、まず眼前の敵を崩しにかかった。鋭く伸びた爪が、弧を描いて前衛たちへと襲いかかる。辛うじて深手には至らなかったが、気を抜けば一度に体力を持っていかれるだろう。 アンデッタが印を結び、周囲に防御結界を展開する。それに気付いたのか、犬が一瞬、彼女の方を見た。 「言葉は通じないだろうけど……名乗っておくね。僕はアンデッタ、君の死を看取る者だ」 返答の代わりに、犬の喉から低い唸り声が漏れる。そこに、ブロードソードを構えた呼太郎が飛び出し、犬へと突進した。 「ちょっとかわいそうな気もするっスけど……情けかけてる余裕もないので全力で挑むっスよ!」 命中力に難があると自ら認識する大技。全身の膂力を込めたその一撃は犬を捉え損ね空を切ったが、それでもプレッシャーを与えることには成功したようだ。 「主人への忠義も行き過ぎれば保健所行き、か」 活性化した魔力を循環させながら、アキツヅが呟く。 「嫌だねぇ全く。殺処分する公務員に同情するぜ、心の底から」 彼の反対側に回り込む形で、ラインハルトが犬へと駆けた。 「こうなってしまった以上、貴方は私の敵であります。此処が世界のボーダーライン。これ以上崩界は進ませない」 金の瞳に犬の姿をはっきりと映し、十字の光で真っ直ぐに敵を撃ち抜く。苦痛に身をよじり、激して吠える犬から、彼女は目を逸らさなかった。 リベリスタ達は犬を包囲しながらも、互いにある程度の距離を保つようにして動いていた。一番厄介な邪眼の効果範囲は約5メートル、下手に固まれば、一度に複数人が石と化す危険がある。そうなれば、数の優位も圧倒的とは言えなくなるだろう。 事実、犬の耐久力は侮れなかった。神速から繰り出される孝平の斬撃、炎を纏う凪沙の拳、距離を詰めた遥香奈の強烈な正拳――それらを喰らってもなお、犬は揺らぎもしない。決して傷を負っていないわけではなかったから、単純にタフな部類なのだろうが。 「――!」 犬が反撃の構えを見せたのを察知し、エルフリーデがライフルから再び弾丸を放つ。魔力により貫通力を高めた弾丸は犬を深く穿つも、それでも攻撃の勢いは殺しきれない。凪沙の喉笛を狙った牙は、僅かに狙いを逸らして彼女の肩口へと食いこむ。 「死者の魂を運ぶ鳥よ、あの者の怒りを引き出せ……」 アンデッタの作り出した鴉の式神が、その鋭い嘴で犬の目を狙う。片目を抉られた犬は怒りの咆哮を上げ、凪沙の肩から牙を離した。直後、彼女の傷口から鮮血が滴り落ちる。 「ここは俺が動くっスよ!」 呼太郎が大きく声を上げ、聖なる光をもって凪沙の出血を止める。自分より、仲間が攻撃に回る方が有利――そう判断した彼は、率先して支援を引き受けるつもりだった。その後に続き、アキツヅが光のオーラを鎧に変えて凪沙へと与える。光輝く鎧は傷を癒すと同時に、攻防一体の武器にもなる。今後、犬が凪沙を襲えば、それは犬自身にもダメージを与えるだろう。 「――よし、やってみろ」 傷つく者が増えるほど、アキツヅの手で光の鎧も増える。下手な攻撃は命取りになるぞという脅しをこめて、彼はそう嘯いた。 ●この身砕けても リベリスタ達の猛攻を前に、犬は次第に追い詰められつつあった。もともと数の不利がある上、ダメージも蓄積してきている。それでも、犬の戦意は些かも衰えない。その背には守るべき家があるのだから、それも当然のことだろうか。 そして。状況を打開すべく、犬は奥の手を用いた。ただ一つ残された目に、ありったけの呪いの力を込めて一度に解き放つ。 視線に捉えたものを石に封じる邪眼――しかし、その正面にいたはずのアンデッタは小揺るぎもせずに立っている。当然、その身は石になどなってはいない。 「死者が風邪をひかないのと同じように……僕に石化は通じない」 思わず目を見開いた犬に向けて、彼女はさも当然のことのように言った。 「っと、こっちにも忠犬か。さんきゅー、後でホネ奢ってやるぜ」 一方。呼太郎に庇われて石化を逃れたアキツヅが、彼の献身を称えて笑みを浮かべる。聖なる光が、身代わりになって石と化した呼太郎の戒めを解いた。 「本当の忠犬魂ってやつを見せてやるっスよ!」 復活を果たし、アキツヅの言葉に笑顔で答える呼太郎。 切り札を封じられても、犬は戦いをやめようとはしない。血で汚れボロボロになったその姿を見て、孝平は思う。このまま“レックス”が命尽きたら、少年は悲しむだろうか、嘆くだろうか。 この世を崩界に導くエリューションを滅ぼすのはリベリスタの使命。だが、それはあくまでも、世界を守る側の都合に過ぎない。 (大人であっても、理屈で納得させられたとしても、感情では到底承服しかねる。――ましてや、兄弟同然に育った少年です) 終わった後のことはともかく、今、この戦いを少年の目に触れさせるわけにはいかなかった。エルフリーデは注意深く周囲を伺い、少年がいつ戻っても対処できるよう目を光らせる。子供は学校の時間だが、念のため備えて困ることはない。 (どういう事情であれ、飼い犬が襲われていたら護ろうとするでしょうし……) そうなる前に、何としても身柄を確保しなくてはならない。凪沙もまた、彼女と同じことを考えていた。子供を傷つけたくないのは、犬も、自分たちも同じだ。 「大事な人を守りたいって思いは立派。でも残念だけど、今貴方の守るべきものを脅かしているのは他ならぬ貴方自身よ」 遥香奈が、フィンガーバレットを犬に向けてそう言い放つ。銃口から放たれるのは、頭を狙い撃つ不可視の殺意――この犬に対しては、よりこちらが有効と判断した。 よろめき、血を流し、それでも犬はまだリベリスタ達へと立ち向かう。鴉の式神を舞わせるアンデッタに狙いを定め、爪で前衛達を薙ぎ払わんとする。 「さあ、レックス、君の意地と僕の意地、どちらが上か……勝負しようか?」 犬の怒りも、意地も。全てを受け止めて、アンデッタが言葉を紡ぐ。ここが攻め時と見た呼太郎が、再びブロードソードを手に駆けた。アキツヅが福音を響かせ、仲間達の背を強く押す。 片目を失っても、傷ついても。なお、守り抜こうとする犬の姿。 その忠誠心、その意気。力の使い方を誤らず、運命さえそれを許したなら――貴方はきっと優れた番犬になっていたのでありましょう。 「とても。――とても、残念であります」 ラインハルトの言葉は、心から発せられたものだった。明暗を分けたのは能力でも魂の資質でもなく、運命に許されたか否か。 犬に深く撃ち込まれた十字の光。この戦いに終わりを告げるべく、全員が攻撃へと転じた。孝平の流れるような斬撃が犬の動きを止め、エルフリーデの弾丸がその身を貫く。 拳に燃え盛る炎を纏わせた凪沙が、犬へと肉迫した。 「あたしたちのこと、恨んでもいいから」 炎に焼かれ、犬が激しい苦悶に身をよじる。その頭部に狙いを定め、遥香奈がフィンガーバレットの引金を引いた。 「貴方の牙はもう害悪でしかないわ。納得はできないでしょうけど、消えて頂戴」 銃口から放たれた不可視の殺意――それが、この戦いの幕引きとなった。 ●真実の価値 とうとう地に伏した犬は、ボロボロに傷ついて随分と小さく見えた。 「お前もお前さんで、立派な忠義だったな」 これほどになるまで戦い抜いた犬に向けて、アキツヅが労いの言葉を口にする。アンデッタが犬の傍らに膝をつき、優しく語りかけた。 「おやすみ、レックス。君の大好きなこの家にお墓を作ってあげられるといいんだけど……」 何しろ、犬の亡骸は損傷が激しすぎる。この場に残してしまえば、少年のショックは計り知れないだろう。リベリスタ達は話し合いの結果、犬の亡骸をアークに委ねることに決めた。 「レックスが居なくなったことで、少年は大層悲しむでしょうね」 孝平が、僅かに視線を伏せて呟く。任務を受けた時から、わかりきっていた結果ではあったが――それでも、せめて。少年の心の傷が少しでも軽くなるよう、事件の処理が行われることを願わずにはいられない。 「レックスは……逃げ出したよう偽装するのが一番っスかね……?」 戦闘の痕跡を手早く消しながら、呼太郎が問う。鎖が引きちぎられていることを考えれば、逃げたと偽装するのは難しくはないだろう。少年がそれを信じるかは別だが。 「人が来る前に撤収した方が良さそうね」 現場の片付けを終え、遥香奈が皆に撤収を促す。任務を果たした今、ここに長居する理由はない。立ち去り際、凪沙はそのうち帰ってくるだろう少年に向けて、届かぬ伝言を残した。 「ごめんね。悪いやつが大人の都合で悪いことをしていったんだよ」 「……神秘の秘匿上、何も言えないし、悪役ね」 そう口にするエルフリーデの表情もまた、苦いものを湛えていた。 数時間後、帰宅した少年を待っていたのは、見知らぬ金髪の少女だった。 彼女の口から語られた内容は、少年にとって到底理解できないものだったが……ひとつだけ確かなことがある。兄弟にも等しい愛犬の姿が、どこにも見当たらない。 「……ねえ、レックスは、レックスはどこ!?」 少年を痛ましげに眺めやり、少女――ラインハルトは言葉を続ける。 「私が、貴方の大切な物を奪った事に変わりは無いのであります。怨んで下さい、憎んで下さい、罵倒して頂いてもかまいません」 「奪ったって……何さ、どういうことなの」 少年の見開かれた瞳はラインハルトを映したまま動かない。 「――彼は貴方を裏切ったりはしなかった。彼は貴方と貴方の家族を最期まで護ろうとした」 その言葉の意味を理解する前に、少年は全ての思考を放棄した。 「わかんないよ。お姉ちゃんが何言ってるのか、ぼくには全然わかんないよ!」 理解できなくていい。理解できなくて、当然だ。 でも、忘れないで欲しかった。たとえ、その結末が理不尽なものであったとしても。 「貴方と彼は、確かに信じ合っていた」 後はただ、少年の泣き声だけが響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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