● ――覚えているよ。 夕焼けの公園で砂遊びをしたことも。 土砂降りの道路で相合い傘をしたことも。 お母さんに怒られた君を元気付けたことも。 楽しい時間は、あっという間に終わっちゃったね。 君はもう、僕のことも忘れているのかな。 ……ううん、そうじゃないな。そういうことを聞きたい訳じゃ、無いんだ。 例え、時間が経っても、一緒にいなくても。 僕は君のことを忘れないよ。 君との約束を、忘れていないよ。 何時か、君が傷ついたとき、君を助けに行くと言った、あの日のことを。 安心して。 安心して。 君は僕が守るよ。僕の命を引き替えにしても。 だから、どうか。 叶うことなら。 僕に、君の笑顔を、見せて―― ● 「……ある一般人の少女が、エリューションに襲われている」 ブリーフィングルームにて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が発した言葉に、彼らは騒然となった。 「エリューションは、汚水から革醒したエリューション・ゴーレム。 動きは遅く、攻撃も対象にまとわりつき、締め付けるという微弱なモノしかないんだけど……対象は生命力が恐ろしく高い上、攻撃を受ける度に生命力を等分割することで自身の分身を一体生成すると言う能力を持っている」 「……下手を打てば恐ろしい数の敵を相手にする必要がある、か」 「それだけじゃない。対象は生命を捕食することを主な行動原理にしているけど、分身は自身の分身を生み出す以外、思考能力があまり無いために行動にまとまりがない。 数を増やしたあげく、その内何体かが戦場から逃げた……なんて事になったら、その少女だけじゃない。戦場となる街が大混乱になる可能性だってある」 ――ただ。 そう言って、イヴは言葉を句切る。 若干、曇ったその表情が、やがて意を決したようにこくりと頷くと、次の瞬間、モニターに映像が映される。 其処にあったのは、体長二メートルは有ろうかという巨大な赤色の狼だった。 「……コイツは?」 「アザーバイド、『嚇狼』。通常の狼とは違い、自身の爪や牙で攻撃はせず、その巨体から発される遠吠えで対象の動きを止める……或いは対象の精神を破壊し、行動不能にさせるという能力がある。 現在、このアザーバイドは被害にあった少女を守っている。ただし生体を対象としたアザーバイドの能力はこのエリューションにほぼ通用せず、このままだとアザーバイドは殺され、彼女は死亡する」 其処まで言って、イヴはリベリスタに視線を向けた。 対する彼らの表情は、表情に宿る感情は、何れも同じ。疑問という一言のみ。 聞くまでもなく理解した彼女は、少し俯き加減にした顔から、ぽつり、ぽつりと言葉を漏らした。 「……被害者である少女の経歴を洗ったところ、彼女は幼少期に一時期、虚言癖が有ったらしい。 その内容は、何時も同じ。『まっかなわんちゃん』と一緒に遊んだり、お話しした、というものばかり」 「……」 「少女の時間は、その頃からは経ちすぎている。もう彼女はこのアザーバイドの事は覚えて居らず、唯自身の眼前で戦い合う『化け物』達を怯えた目で見ているだけ」 「……辛いな」 どちらが、と言わないのは、それを目の当たりにした予見者を慮ったリベリスタらの心遣いだった。 「……いずれにせよ」 そう言って、頭をぶんと振るった彼女の声は、一切の感情を廃した事務的な口調に戻っていた。 「既にディメンション・ホールは閉ざされている。無事にエリューションを倒したとしても、このアザーバイドが此処で死ななければならないのは事実。 対処法は任せる。あなた達なりに納得するやり方を、見つけてきて」 言葉を受け、ブリーフィングルームを出るリベリスタが、最後に少女へ視線を向ける。 人のいなくなった其処で唯一人、モニターに映る嚇狼を眺めるその姿は、とても寂しげで、悲しげだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月06日(金)22:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 幾度かの戒めが、赤い狼の骨にめきめきと罅を入れる。 身を縛る痛み、零れる呼気と血液。ともすればその衝撃に屈してしまいそうになる身体を、しかし赤狼はすんでの所で堪える。 ……背後には一人の少女。ぺたんと尻餅をついて、涙を流しながら、声も出さずに震えている。 ――嗚呼、やっぱり。 彼女は、笑ってくれない。 悲しくて、寂しくて。それでも、狼は今此処に在る一身を、一心を揺るがせない。 ――それでも、僕は、この子が好きなんだ。 愚かと笑われるだろうか。いいや、構わない。 十年近くの年月と、異界という隔たりを越えて、それでも尚、命を賭けてこの少女を守ろうとする嚇狼はつまり、元の世界では『そういう存在』だったと言うこと。 唯存在するだけで忌まれ、疎まれ。永遠ともとれる孤独の中、何れ死ぬより、何時かの約束の中にこの心を横たえる事が出来るのはどれほどの幸せなのだろう。 冷たい感情は、それを思う内に何時しか無くなっていた。がふ、と笑い声のような吐気を漏らして、嚇狼は再び、歪む汚水に視線を凝らす。 どうか、どうか、この身が保つ内に、貴女には逃げて欲しい。 それが、叶わぬなら。 「おい、大丈夫か!?」 突如、聞こえてきた声に、その場の誰もが一瞬、意識を取られる。 見えたのは、白髪の青年。懐中電灯を持って此方を照らす彼は、少女の近くに立つ嚇狼を見てか、やや離れた場所から、空いた片手を差し伸べて、再度、叫ぶ。 「こっちまで走って来い、大丈夫だ!!」 蹌踉めきながら、ふらつきながら、それでも初めて見えた『確たる救いの手』に必死で近づこうとする少女を見て、嚇狼は思う。 ――有難う、お兄さん。 ● 「今回は狼さんの狼さんによる狼さんの物語。香夏子も一狼として物語を盛り上げていきます」 全ての開幕を意図して呟く『第9話:香夏子復活』宮部・香夏子(BNE003035)が、それと共に、少女を保護した『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)とエリューションとの間に立った。 ずるりと、自身から剥離するように現れた影人形と共に攪乱に殉ずる彼女同様、そのペアを務める『あかはなおおかみ』石蕗 温子(BNE003161)。 「あいつは食べる事しか頭にない! 代わるから下がって!」 「っ、だ、駄目……!」 まさか自分の代わりに、それより幼い子供が『化け物たち』の前に立つとは、一般人の少女には考えもしなかった。 驚愕、後にエルヴィンの手を払おうとする少女の手は、しかし吹き荒れた光を見て、その動きを止めた。 「まっかなわんこ、でかーい」 けらけらと軽めの感想を残しつつ、自身の役割を全うするのは『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)だった。 施した薄い光の壁――守護結界が、この場を異界として構築する。 朧気な光を更に強めるべく、部屋の各所にランタンを配置しながらも、幾らか傷ついた嚇狼に、『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)が天使の歌を響かせる。 ちら、と彼女が視線を向ける先に見えた、一般人の少女――その怯える顔を見て、僅か、ほんの僅かばかり嘆息した彼女は、その目を嚇狼へと向けた。 (化け物か、私も彼女の目にはそういう風に映るのだろうか?) 何処かの暖かなセカイ、何時かの柔らかなセカイに戻れぬ身を、眼前の狼と重ねる瞳は、ぼそりと、誰にも聞こえないように言う。 「厄介な相手を好きになってしまったものだな、少し同情するよ」 かける言葉は、聞こえもしないその一言だけ。 なぜなら、だって、そうでなければ。 ――何れ自身らの手で此奴を殺す事が、出来なくなるだろう? 続々、続々と現れる異能者達の姿に、流石の嚇狼も驚きを隠せない。 少なくとも、彼らが少女を救おうという思いだけは思い違いではないだろうが――そう惑うアザーバイドに、声を掛けたのは銀髪の神父、『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)。 平時、破綻した自己を繕う為のそれとは皮一枚の隔たりを見せた、決然とした笑顔を湛える神秘探求者は、そのままに嚇狼へ語りかけた。 「貴方は彼女の為に戦っている。それは我々も同じ事。 我々は敵では無い。それを行動で証明させて頂きたい」 ――? 相手が疑問を返すよりも早く、識者が異なるモノの思考を奪い読む。 唐突な詮索に「酷いなあ」と嚇狼が返せば、イスカリオテも丁重な礼を以てそれを詫びた。 次いで、彼が少女へと声を向けた。 「夕焼けの公園、土砂降りの道路、お母さんとの喧嘩……子供の頃、貴女は何をして遊んでいましたか?」 「……え?」 予想だにしない質問に、少女も混乱するばかり。 だが、それを待つ間もなく、 「早くしろって、時間が無いんだよ!」 入り口付近に誘導された少女の脇を通った『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が、両腕に抱えた行く束もの段ボールとガムテープを持って、イスカリオテと綺沙羅に向かって叫んだ。 割れたガラス――エリューションが退路とする可能性のある場所を急いで塞ぐ猛の背に、守る者が居なくなった嚇狼の咆哮が、びりびりと背中に当たる。 「……ちくしょう」 ぎりり、と食いしばった歯から、僅かな怨嗟が零れて落ちた。 人を超えた力がある癖に、僅か一つの諍いの結末すら、幸福へと転じることが出来ない自分に、猛がそう言うのは無理らしからぬ事。 ――だが。 「……やるせねえ、な。けど……やるしか、ねえか」 それでも、彼が唯一つ為せる大義のために、折れることは、出来ない。 「間に合って良かった、怪我は無いか?」 「怖かった? もう大丈夫、ね」 ひっく、ひっくと泣き漏らす少女に声を掛けるエルヴィンと、彼女を抱き、その頭を撫でる『深樹の眠仔』リオ フューム(BNE003213)。 「間に合って良かった、怪我は無いか?」 「わ、私は、大丈夫です……」 そう言う彼女の身体には、幾らか汚れた所こそあるものの、傷はない。だが、エルヴィンの手を取るまでで、少女の強張り続けた身体はその力の一切を失っていた。 「アイツが、あの赤い狼が護ってくれてたおかげだな」 「……守って?」 そんなことを言われるとは思っても見なかった。そう言いたげな表情の少女は、やはり二種の化け物に視線を向けることはない。 それを視界に納めながらも、リオは次いで、嚇狼に向けて共闘を申し込む。 「――私達は敵対するつもりはない。この汚水を滅したいの。 協力して、彼女を救いましょう?」 ――手伝って、くれるの? 呼びかけに驚いたのは他の誰でもなく、アザーバイド自身であった。 動物と話す能力を持っていたにしても、異界の生物との会話には些かの支障が伴う。聞き取りにくいその言語を、しかし、正確に応えることが出来たのは、少女と嚇狼の絆を祝福するリオの思いが為した集中力が為か。 「完全に信用してとは言わない、けど。せめてこの汚水を除去する間だけでも一緒に」 ――ううん。有難う。 何の疑問もなく、言われるがままの言葉を信じる狼は、その堂々とした巨躯と反して、子供のような無垢を彼らに見せていた。 「……それは、私たちの台詞よ」 せめて、伝えられる今だけでも、リオは礼を告げる。 多くの獲物達を歓喜するようにうごめく汚水のカタマリが、その全てに数々の触手をはやしていく。 それを、嫌悪するかのように見る温子が、香奈子が、彼らの壁となりエリューションの前に立った。 思うは、ただ一つ。 ――願いを叶える。心を残さずいけるように。 ● 「このっ!」 微弱で在れども放たれる拘束が、守りに徹する少女達を幾たびもの疲弊に追いやる。 何本もの腐水の縄が繊手に絡み付けば、めきめきとそれが砕かれる感触。痛い、痛いと涙を零しかけ、それを負けじと頭を振るった温子が再度の防御態勢を取る。 ――一先ずは戦場となる廃墟の窓を段ボールとガムテープで塞いだ後に行動を起こす、と言うのが彼らの此度の行動方針である。 人間にすら打ち破るに容易いそれが、エリューションにとってどれほどの障害たり得るかは些か怪しいが、それでも逃亡の一手だけでも防ぐ可能性のあるそれらを、他の面々は急いで行う。 だが。 「ちょっとばかり、数が多いな……!」 苦々しげに叫ぶ猛が言う通り、規模の多い、更に窓数の多い戦場は、複数名を以てしても彼らをかなり手間取らせる。 行動のサポートとするべく、封鎖班に向けて瞳が掛けた翼の加護がなければどうなっていたかは考えてみたくもない。 共に立つ嚇狼も若干困惑こそしたものの、今ではリベリスタ温子の庇護を拒み、エリューションをブロックする二人のダメージコントロール役として適度な行動を挟んでいる。 人と『化け物』の共闘。 それを、実際に目の当たりにして、僅か我を忘れた一般人の少女に、声なき声が頭の中で響いた。 『忘れちゃった? 小さい頃に遊んだまっかなわんちゃん。 大人達が嘘だ夢だと言ったから、お姉さんも思い出を嘘や夢にしまったのかな』 「っ!?」 不意に聞こえた声の主を捜して視線をさまよわせる少女に、ひらひらと手を振る綺沙羅の目が合った。 両者の距離は遠く、離れている。それでなくとも戦闘の喧噪に邪魔されて聞こえもしないはずの声は、しかし少女の中ではっきりと知覚されている。 それを問うよりも早く、綺沙羅の声は更に続き、少女を、少女の頭の中を掻き回す。 『でも、彼は覚えてる。だからお姉さんを護ってる』 「……解らない」 先の、銀髪の神父からも言われた、幼い頃の話。 共に交わした言葉も、遊びも、約束も、全て全て、朧気なそれらはどれほどの衝撃を以てしても蘇ることはない。 停滞した言葉。会話。其処に、やがて口を開いたのは綺沙羅の方。 『もし、少しでも懐かしさや感謝を感じたのだったら別れる時に笑ってあげて』 ――それでまっかなわんこは報われる。 同調した思念に、乗せなかった綺沙羅の言葉。 子供のような狼。それを慮る彼女の胸中は、同じ子供故にか、どうしても近しいものに思えて。 俯く綺沙羅。それと、同じように。 「……解らないよ」 少女は、肩を落として、呟く。 何時かの約束。朧気な記憶にすら残らない、幼い幼い記憶。 仮に、彼らの言うことが本当だとして――否、きっと、本当なのだろう――彼の狼が命を賭けるほどに重く捉えていたそれを、こうもきっぱりと忘れ去っている自分は、なんと非道な存在だろうか。 薄情だ。澆薄だ。人でなしだ。 だから。少女は呟く。だから、だから、だから。 「こんな、私なんて……守らなくても、良いんだよお……!」 ぼろぼろと、涙が零れた。 最低だ。自分は最低だ。 今、訳のわからない化け物から守ってくれていた狼に、報いる術を何一つとして持っていない。 唯。今、出来ることは。 「頑張って、オオカミ、さん……!」 くしゃくしゃの顔で、空虚な応援を一つ、投げかけることだけ。 ――それが、彼の狼が最も求めていたものだと、知りもせずに。 「……それで、よろしい」 か細い少女の言葉に向け、そう応えたイスカリオテが、言う。 全て、全てが幸福な結末に至る事はない。何故と問うて、少女と狼の絆は、既に切れている。 ならば、今このとき、また新たなる糸を紡ぎ、両者に与える佳良な結末としようではないか。 「失われた記憶、けれど残る物はある。 どうか私に見せて頂きたい。貴女方の世界を超えた絆を」 携えた書物を基点に陣が敷かれれば、其処より出でるは赤熱した無尽の砂。 汚水を包み、それらに千々の穴を開け、同時に蒸発させる様を見ながら、彼は言う。 「さあ、神秘探求を始めよう」 ● がりがりと、歪んだ水袋に拳の猛撃が巨穴を穿つ。 傷は幾ばくもせぬ内に消え、元通りになるが――それでも、彼らは知っている。その体積が僅かばかりであろうと減っていることを。 そして、 「分裂は……しない!」 時は流れ、現在。拘束を掛けることによって敵の能力のほぼ全てを封じることに確信を得たリベリスタらは、一斉に攻撃をたたみかけていた。 イスカリオテの集中を行動の主軸として攻撃を放つ彼らに対し、件のエリューションは思うような行動を取らせては貰えないことにいらだっている様子であった。 先ほどから一転して、戦況は一気にリベリスタの側へと傾いた。が……しかし、それでも。 「……済まん、これで打ち止めだ」 飛ばしたのは幾度目か。封鎖のために時折前に出つつも、清涼なる歌声を戦場に響かせた瞳の余力が、其処で遂に尽きた。 瞳だけではない。この戦いの間防御と回復に力を注ぎ続けてきたブロック役の二名、そしてエルヴィン、更には消耗の大きなスキルを使い続けてきたイスカリオテも、その限界は直ぐ其処まで来ていた。 予見者を以てして莫大と呼ばれた生命力は伊達ではない。じりじりと続く持久戦の内に拘束を解除したエリューションの力も弱いにしろ、塵も積もれば山である。 特に消耗の顕著な前衛陣の顔色は、当然よろしくない。一時とはいえ嚇狼を庇っていた温子については、最早今にも倒れんとする有様だ。 だが、其処までの時間に渡り攻撃を続けてきた価値は、開戦当初の三分の一以下となったエリューションを見れば明らかだ。 後一手、それを穿つための時間を得るよりも早く、長い時間を掛けて拘束を解除したエリューションの戒めが、再度近しいリベリスタ達を襲った。 「……ぅ」 堪え続けて来た温子が、其処で倒れる。 それを即座に喰らうより、邪魔者の排除を主とするエリューションに、気息を整えたイスカリオテが砂塵の魔導を呼び起こすも…… 「此処で、空発ですか……!」 寄り集めるより早く、地に落ちた砂を睨むが、その間にも異形は動く。 「……香夏子たち、少しだけピンチですか?」 「否定はできねぇな……!」 僅か、汗が滲むエルヴィンが、瞳に癒しの歌を口ずさむ。 その間にも絡んだ水がぎちぎちと手足を圧迫する感触に不快感と痛みを交え、しかし猛は揺るがない。 思い出すのは、かつて、孤独に身を浸した身体に差し伸べられた温かい手。 傍らのアザーバイドは、それと同じであった。違うのは、差し伸べられる手は決してないという、それだけ。 けれど、だからこそ。 (思いを伝える時間ぐらい無けりゃ、悲しすぎるだろ……!?) 傾いだ身体を賦活する。運命の消費は、しかし空転と大差ない。 残る前衛は彼と綺沙羅、そして嚇狼。それも満遍なく傷ついている。 崩されれば後のないそれを、僅かの間だけ、守ったのは。 ――それだけぼろぼろになって、倒れかけても立ち上がって。 リオが、イスカリオテが聞く、狼の柔らかな声音。 ――それだけで、信じられる。みんなは、僕の代わりに、あの子を守ってくれるって。 その体躯を生かし、エリューションに覆い被さるアザーバイド。 新たな獲物を逃すはずもなく、エリューションは狼を汚水の縄で縛り上げる。 ……リベリスタと、アザーバイド。その違いの最たるもの。運命の加護の有無。 一度、倒れればそれで終わり。その恐怖を、しかし何とも思わぬかのように、嚇狼はそれを受ける。 「……っ、オオカミ、さん――!!」 ――うん、また、遊ぼう、ね? ごきん、と、一際大きな音がする。 終わりの音が、その場を絶望に染める。 「――――――!!」 一手。 僅かばかり、だが大きな一手が遅れたイスカリオテが、再度の砂塵を、エリューションへ打ち付ける。 漸く掛けられた束縛。それと共に、誰もが猛攻を撃ち放った。 悲しみと共に。 ――全てが完結したのは、その、およそ十数秒後のことだった。 ● 「……」 濡れ、汚れた毛を気にせず、それを抱きしめて泣く少女の声が、最早何もない廃ビルに響く。 泣いたのは少女だけでない。壁に拳をあてた猛は、唯一言、ぽつりと呟く。 「なんで、思う様に生きられねえんだろうなぁ……」 かつての自分を、見捨てることすら、出来なかった。 瀕死の傷よりも痛む心を押さえ込みながら、それが出来ない自分の弱さに、彼は唯、泣き続ける。 (……キサも大人になったら何かを忘れるの?) それを眺める綺沙羅は、しかし、それで良かったのかも知れないと思う。 過去の記憶、大切な友達であったという事実。それを思い出して今、この結末を迎えていたら、この少女は壊れていたのかも知れないのだから。 ――それに。 「例えあの人が忘れていたとしても……香夏子たちが覚えていますから」 「大丈夫。あなたとこの子の約束、必ず守るから」 その死に因って、生まれるものも、有ったのだ。 香夏子が、リオが、自らの誓いを口にする。意識を取り戻した温子も、その死に、少女を守る為と言う意味を添え、その冥福を願った。 響き響く、泣き声を、終ぞ止めたのは、他ならぬイスカリオテ。 「彼は貴女を守る為にやって来た。そして、貴女の為に、死ぬ。 それをどうか、忘れないであげて下さい。そして――出来れば、微笑んであげて下さい」 少しの間だけ、彼に目を向けた少女は、そうして笑顔を作ろうとして――だが、出来たものは泣き笑いにすらなれない、不出来な表情。 ごめんなさい。ごめんなさいと、何度も繰り返される言葉を聞きながら、エルヴィンは、言う。 「……これで満足だったかよ」 ――これで、満足だったかよ! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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