●彼女を人のまま死なせてやるには、もう時間がない ばち。ばち。ばち。ばちっ。 すでに消灯は過ぎている。 爪を切る音でルームメイトを起こしたくなくて、トイレにこもっている。 こつんこつんと音を立てて、切り落とした爪がトイレに落ちる。 何度も何度も刃を入れて、ようやく切り落とせる硬い爪。鋭く尖ったそれは人のものとは思えない。 鬼の爪。 彼女の脳裏によぎる言葉。 ぎりぎりと爪切りに力をこめていた手がぴたりと止まった。 せっかく丈夫で大きな爪切りを買ってきたのにまた爪切りの歯がこぼれるこんな爪が生えるなんて普通じゃないよ少しかすっただけで肉がえぐれるこんなのあたしの爪じゃないこのまま化け物になったらどうしよういやだそんなのいやだ自分でも気がつかないうちに心まで変わって誰かに何かしちゃうような化け物になったらどうしようそんなのになるくらいなら死んだ方がましだずっとこんな爪なんて死んだほうがましだ爪が爪が硬くてもう切るのも難しい爪が伸びる助けて誰か助けてお父さんお母さん先生お医者さん誰か助けて怖いよ怖いよ助けて助けてお姉様そのためには爪を隠さなきゃ知られたら誰もお姉さまになってくれない隠さなきゃ隠さなきゃ知られたらどうしよう知られたら……。 トイレの水をを流して、ベッドに向かう。 鏡に向かって笑ってみせる。 変な顔してたら、すてきなお姉さまに選んでもらえない。 さあ、笑って。 お姉様が出来れば、きっと相談を聞いてくれる。 「そんなことで悩んでたの?大丈夫よ」なんてにっこり笑って、きっと、お姉様が何とかしてくれる。 やさしくて、落ち着いてて、大人っぽい人がいいな。 そのためには、気に入ってもらえるようにしておかなくちゃ。 笑顔! ●お姉様になって下さい。 「お姉様になって、彼女を死なせて上げて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)の頬は、いつも以上に白く見えた。 いぶかしげなリベリスタに、イヴはモニターに彼女を映し出す。 「E・ノーフェイス。フェイズ2。中等部から高等部に持ち上がったばかり。お姉様に声を掛けていただくのを切望してる15歳」 チャームポイントは笑顔。口元のほくろが愛らしい。 「そして、最近の悩みは爪が伸びるのが早いこと。今は四六時中切っていないと正常な見た目は保てない。彼女の日常が崩壊するのは時間の問題」 今のところ、戦闘能力は確認されていない。 「今回の任務は、速やかな彼女の処理。推奨手段は、自殺幇助」 彼女が自分から死を選ぶように仕向けろと、イヴは言う。 「彼女の精神状態は、非常に不安定。少し背中を押せば、世を儚む。そこに付け込むことになる。卑怯だけれど、最善のものと判断する」 イヴは、モニターに彼女の資料を映し出す。 「彼女は進化途中。非常に強力な個体になる可能性がある。戦闘はしないに越したことはない。わたしは、あなたたちが大事」 イヴは、真っ直ぐリベリスタたちを見つめた。 リベリスタの危険を減らすためなら、なんら恥じることはない。と、フォーチュナーは断言した。 「彼女は、両親が海外赴任中。現在は、学校の敷地内にある寄宿舎に住んでいる。在校生には良家の子女が多いので、セキュリティも厳しい。『お姉様』になれそうな人は、学生として。学生に化けられない人には、父兄として入ってもらう。幸い、入学式。身分は偽装しておくから、心配しないで」 ちなみに、女子校。と、モニターに瀟洒な校舎が映し出される。 蔦の絡まる礼拝堂。 きれいに刈り込まれた生垣が迷路のような中庭。 ステンドグラスが落とす影が美しい、大回廊。 「彼女を死に誘うには、彼女の『お姉様』となる必要がある」 お姉さまというのは、と、イヴがキーボードを叩くと、モニターに相関図が出る。 「この学校、上級生が特定の下級生を『おきに』として、特に可愛がる風習がある」 『おきに』にとって、上級生は『お姉様』 下級生は、『お姉様』にいろいろ教えを乞うことになる。 「彼女も自分に何か起こっていることは薄々気がついている。だけど、目をそらそうとしている。誰かに相談したくて仕方がない。『お姉様』なら何とかしてくれると妄信している」 逃避だ。高校生ごときに解決できることではない。子供でもわかりそうなことに気づこうとしない彼女の心の動揺振りが痛々しい。 「彼女に気に入られるような『お姉様』を想定して欲しい。それほど難しく考えなくて大丈夫。彼女は『お姉様』を切望している。そして、彼女に死を選ばせて。方法は任せる。後はアークが処理する。彼女と『お姉様』は失踪することになる」 イヴは、淡々と目的を告げる。 モニターの光で青白く照らし出される静かな表情は、彼女が任務に際して心を凍らせているためか、『カレイド・システム』に同調しているためか、リベリスタにはわからない。 「ただし、それは事がうまく進んだ場合。『お姉様』になれなかった、もしくは説得が失敗した場合、強硬手段に出ざるを得ない。彼女は命をかけて抵抗する。生命の危機に際し、爆発的に進化が進む可能性は否めない。異常な爪の成長が確認されている。それを武器にしてくると思う」 モニターに大写しになる、構内の写真。 「戦闘可能と思われる場所は、この大回廊。長さは50m。当日は、人目もなく、障害物もないけれど、幅が余りない。前衛は二人並ぶのが精一杯。取り囲むなら前衛三人が限界だと思う」 イヴは、目を閉じた。 青白い頬。わずかによった眉根。いつもより少しだけ遅れる言葉のタイミング。 偽りの制服に身を包み、優しい言葉をかけ、信頼を勝ち取り、彼女の未来はすでに閉ざされていることを告げ。 「優しく永遠に眠らせてあげて」 彼女への温情ではなく、戦闘を回避するため。リベリスタの安全のため。 「ずるいことを考えたのは、わたし。あなたたちが恥じることは、何もない」 イヴは、そう繰り返した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月07日(土)01:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●懇親茶話会にて 「新入生の皆さん、これからオネーサン達とお話してもらいます。色々聞いて下さいねー」 さざめく笑い声。ひそひそ話。 机を並べた即席カフェテーブルの上には、テーブルクロス。 お菓子とお茶は家政部、お花は華道部の担当。 「オネーサンが『リボンが曲がってる』とか言い出しますけど、ホントじゃないから安心してね。『気になってます』って意味だから。もっとそのオネーサンとお話したかったら、『ありがとうございます』。考え中なら『直します』って言って下さいねー」 真新しい制服に身を包んだ新入生。 胸元のリボンタイも、1センチ幅白から5センチ幅薔薇色にレベルアップ。 古風なデザインのフレアスカートが優雅にゆれるのがくすぐったい。 「『直します』は『時間を下さい』って意味だから、迷ったら『直します』して下さい。『ありがとうございます』は後からでも大丈夫。上級生はちゃんとわかってます。心配しないでねー」 舞台の上では、学生会による寸劇仕立てのレクチャーが行われていた。 くすくすと笑い声が聞こえるのは、役員のぎこちない演技のせいだろう。 新入生の緊張もいい感じにほぐれてくる。 「用意が出来ましたので、皆さんどうぞご歓談を」 拍手の波が沸き起こる。 その中に、指先を丸めるようにして拍手をする少女がいた。 ●アプローチ・アプローズ 懇親茶話会も、終盤に差し掛かっている。 少女は贅沢な悩みに頭を悩ませていた。 (ええっと。どうしようかな) 思いがけず、複数の上級生に声をかけてもらった。 (皆さん、素敵な方だった。どうしよう) 『襟、曲がってる、よ』 『ゼログラヴィティ』星川・天乃(ID:BNE000016) は、オカルトの話をして、さりげなく彼女に近づいていた。 (長い髪を二つに結った。ちょっと背が低くて、同級生と間違えたかもしれない。なんだか、目が一点をじっと見つめていて、お話もちょっと怖かった) 『あ、はい。直しますっ』 (怖い話の途中で急に言われたから、びっくりした。頷いてらしたけど、怒ってないかな) 『私、どこかおかしいかしら?』 笑顔で、そう声をかけてくれた先輩。 (ちょっと目立ってた。サングラスだったし、変わった髪型なさってたから。じっと見てたから、声をかけて下さったのかな) 『トリレーテイア』彩歌・D・ヴェイル(ID:BNE000877)は、厳格な校則と格闘した。 目が日光に弱いとサングラスの許可をとり、 機械の耳が不自然に見えないように、あの手この手で結い上げたのだ。 『いいえ、あの、直しますっ!』 (反射的に言っちゃったけど、変な子だと思われなかったかな) 『この場のお茶も素敵ですが、和食であれば大概は作って差し上げられるかと』 (外部入学の子が声かけてくれたテーブルにいらしたんだよね。姿勢のいい方だったな) 蘭堂・かるた(ID:BNE001675)は、笑顔が硬くならないように心がけていた。 (いただきますって言いたかったけど、こんな爪が生えた手でお箸なんて考えられない) 指先を隠すために握りこむと、手のひらに刺さって痛い。 『あの、お箸得意じゃなくて……。直します』 『あら、貴女。髪に花びらが絡んでいるわ?』 (びっくりした。外人さんだった。すごく日本語うまかった) 『特異点』アイシア・レヴィナス (ID:BNE002307)は、本人が花冠をかぶっているような金髪だった。 スタイル抜群。絵本のお姫様が制服を着て出てきたようだった。 しかも、「髪に花びら」である。 アプローチとしても余りにも美しい台詞だった。 純日本人の彼女は、瞬間パニックに陥ったのだ。 『あ、はい、えーと、あの……、直しますっ』 (英語しゃべらなきゃと思ったけど、日本語通じたよね。なんで逃げちゃったんだろ) 「襟が曲がっているぞ」 『騎士道一直線』天音・ルナ・クォーツ( ID:BNE002212)は、自分が演技が出来るような性質ではないのをよくわかっていた。 「君は剣に興味はあるか?いや、その、フェンシングをやっていてな」 人数を交えた懇談の中、突きを披露する。 スカートが優雅に翻った。周りからため息と拍手が自然と沸きあがる。 (綺麗だったな。でもあたしちゃんと拍手も出来なかった。この手じゃ、フェンシングの剣ちゃんと握れないよね) 「申し訳ありません、あの、あたし運動さっぱりで……」 少女が隅のテーブルで百面相をしているのを、新入生の振りをしている『百の獣』朱鷺島・雷音(ID:BNE000003)はずっと見守っていた。 群集に混じり、上級生を持ち上げたり、携帯で連絡を取ってアプローチの順番を調整したりしていたのだ。 かるたのテーブルに少女を誘導したのも雷音だ。 (彼女を救う手立てが死であるならば、せめて、向かう先が天であるように) それを自分のエゴだと嘯く彼女は、最後の『お姉様候補』にゴーを出した。 ●あたしのお姉様 「緊張してるのかしら?ふふ、可愛いわね」 『八幡神の弓巫女』夜刀神真弓(ID:BNE002064)は、 穏やかに笑いながら紅茶を入れ、彼女の前に差し出した。 「暖かいものを飲むと落ち着くわ。さ、どうぞ」 (落ち着いた感じの人だなぁ) 少女より背が高い。少女の為に少し膝を折ってお話をしてくれる。 少女は、ぺこりと頭を下げて、指先を見せないように急いでカップを握りこんだ。 右目を覆う眼帯から、なんとなく目が離せない。 「これ? ちょっと怪我をしてしまったのよ。ねぇ、貴女……」 真弓は、少し声を潜めた。 「ひょっとして悩みがあるんじゃないかしら?」 彼女ははっと息を呑んだ。 「お姉様……」 真弓は、安心させるようににっこり笑った。 「じゃあ、誰にも聞かれないところで二人でお話しましょうか」 少女は、こくりと頷いた。 ふと、真弓は思い出したように言った。 「貴女、タイが曲がっていてよ」 少女は、ありがとうございます。と答えた。 ●天使たちの舞台裏 礼拝堂は立ち入り禁止だった。建前上は。 上級生と新入生は、通用口から礼拝堂に入っていく。 『未姫先生』未姫・ラートリィ(ID:BNE001993)は、職員として礼拝堂の懺悔室にいるつもりだった。 しかし、少女は失踪予定。それと同時に姿を消す職員は怪し過ぎた。 彼女は父兄として構内に入っている。 『ありがとうございます』になった二人は、「こっそり」礼拝堂でお話をする。 それを黙認するのが、学園に根ざした伝統らしかった。 中にはベンチが列を成し、等間隔で女生徒二人組が座ってそれぞれ楽しそうに話しているのが見えた。 何故、イヴが大回廊を指定したのか。礼拝堂を選ばなかったのか。 ここに人が集中しているからだ。 当てが外れた未姫の携帯が鳴った。雷音からだった。 「真弓が『お姉様』になれたぞ。急いで大回廊へ」 すぐ行くと返事をして、きびすを返す。 「カウンセリングの講師役やりたかったのですけれど、仕方ありませんわね」 ●運命の大回廊 長い長い大回廊。 モザイクタイルで彩られたアーチ型天井。装飾を施された柱の列。 聖書をモチーフにしたステンドグラスが、ぴかぴかの白い石の床に淡い色彩の影を落とす。 関係者以外立ち入り禁止の札が下がっているのを乗り越えて、中に入り込んだ真弓と彼女は光の輪に包まれていた。 「お姉様、あたし、これ、どうしたらいいのか……」 まだ幼さが残る白い小さな手。爪を隠していた手のひらは傷だらけだ。ほっそりとした指先から生える鋭く尖った爪。 お前はこの爪にふさわしい化け物なのだと言われている様で。 いや、運命は彼女にそう告げたのだ。 私はお前を愛せない。化け物として狩られるがいい。と。 真弓は、少女がしゃくりあげながら自分の胸に顔をうずめて訴えるのを聞いていた。 仲間たちは、すぐに駆けつけられる場所に待機している。 ポケットの中では、現場到着を知らせるメールの着信振動が何度かあった。 ちらちらと見える影に、真弓は頷いた。 気配も感じないが、天井には技を駆使した天乃が待機しているはずだ。 真弓は、眼帯をはらりと外した。 「私も貴女と一緒なのよ」 現れる機械の目に、彼女は息を呑んだ。かろうじて悲鳴を抑えたのが見て取れた。 「これはね……」 真弓は長い話をした。 少女は真弓の腕の中で聞いていた。 ようやく母にめぐり逢えた迷子の顔で。 ●生まれ変わるための弾丸 真弓は、穏やかな笑顔を浮かべながら、言った。 「私、過去に瀕死の重傷からフェイトを得たの。フェイトがあれば生きられる」 「フェイト?」 「そう。運命。同じ事をすればフェイトを得られるかもしれない」 彼女の目が輝いた。 「そうなったら、あたし、お姉様と一緒にいられますか?」 真弓は頷いた。 「痛いと思うわ。怖いと思うわ。でも私を信じて運命を委ねて頂戴」 柱の陰にそれぞれ隠れながら、仲間たちは固唾を飲んでいた。 ここでしくじったら、真弓はたった一人でしばらく戦うことになる。 いや、誰もが少女と戦闘したくない。 少女に、死に至るためだけの戦闘をさせたくなかった。 (なるべく、安らかに送ってあげ、たい) 張り付いた天井から、天乃は二人を見下ろしていた。 (彼女が本当は何を求めているのか、分かってあげられたら幸いだけれど) 彩歌は、少女に一緒に逝こうと提案する気でいた。 (私では、彼女の生命は救えないとしても。せめて、心は) かるたは、吸血により自分の身に少女を刻み付ける気でいた。 (私はキミの心が黒い霧で覆いつくされる様を見ていたくは無い) 天音は、少女が化け物になってしまったら、天音に爪を立てようと抱きしめ許しを請おうと思っていた。 (このままこの幸せな時間を止めてしまいたいですわ) アイシアは、彼女の為に優しい嘘をつくつもりでいた。 少女が誰を選ぼうと、皆が死出の旅路が安らかにしようと手を尽くそうとしていた。 そして、少女は生まれ変わるための弾丸を選んだ。 「目を閉じて」 真弓は余りにも巨大な銃を取り出す。 真弓は諦めていなかった。 瀕死の状態がフェイトを引き寄せるかもしれないと絵空事のような希望を捨てていなかった。 だから、それは致命の一撃ではなく、瀕死の一撃だった。 銃声は、大回廊にいつまでも響いた。 ●オボエテイテクダサイ 死に至る痛みの中、少女は真新しい制服を血で汚しながら、のた打ち回る。 「頑張って。運命を掴み取って」 真弓は、少女の側で励まし続けた。 無意識に振り回す手が、真弓の胸元のリボンをずたずたに引き裂き、その胸元を真っ赤に染める。 「ごめんなさっ、いたい、おねえさま、いたい、ごめんなさ、ごめんなさいぃぃっ!!」 生命の危機に際して進化が加速する。彼女の爪はもはやナイフを通り越して刀のようだ。 戦闘かと立ち上がる仲間に、真由美はまだだと首を振った。 まだ少女は運命と戦っている。と。 運命は、少女に微笑まない。 一面に広がる血の海。あえぐような呼吸。 終焉はそこまで来ていた。 雷音は白い服に着替えていた。未姫と二人で死出の旅路を送る天使に扮するために。 白い翼を広げ、宙に浮かんだ二人を見た少女は、 「天使様……」 虚ろに小さく呟いた。 「貴方が行く場所は怖い場所ではないのです」 少しでも安息を。と願う雷音の声は常になく柔らかい。 「天使の微笑みと共に逝きなさい」 涙を浮かべて微笑みながら、未姫も手を差し伸べる。 その手に、ピピピ……と赤い亀裂が走り、次の瞬間、中から爆ぜるように血花が飛び散る。 「いや、まだ……まって。まだ、お姉様にさよ、ならも、言ってない……」 切迫する呼吸の下、少女はほんの少し手を動かしただけなのだ。 それでも、リベリスタの腕をずたずたに引き裂く。 余りにも強大すぎ、結果少女を押し潰した力。 「お姉、様。さよなら。せっかく。ごめんなさい。あたし、がんばったけど、いっしょにいけない……」 真弓は、声もなく何度も頷く。 「覚えてて、下さ、い。あたしの、こと。名前。自己、紹介も、してなかった。だめだ、これじゃ、お姉様のお気に失格だ……」 リベリスタ達は少女の名前は知っていた。資料に書いてあった。 だから、皆、聞くのを忘れていたのだ。 「あたし、エリコ。クドウ、エリコ、です」 そう言って、少女は血まみれの頬でにっこり笑った。 年相応の、可愛らしい笑顔だった。 「お姉様の、お名前は?」 それが、少女の、クドウエリコの最後の言葉になった。 ●あなたの為に祈る。 アークの処理班は迅速だ。 普通の父兄にしか見えなかった人々が、エリコの遺体とその存在の痕跡を消していく。 予想外に傷が深かった真弓と未姫は、集中治療のため、すでに校外に脱出していた。 アイシアは、処理班に願い出て、エリコの体を抱きしめた。 (お姉様になれなかった身ですけれども、少しでも彼女に一人でなかったことを伝えられれば) クドウエリコは、アークの偽装によって、校外に出た痕跡を残し世間から消える。 それらの操作に平行して、リベリスタ達も即座に撤収する段取りになっていた。 偽学生がいた痕跡も残してはならない。 彩歌は無言で、その場を後にした。 雷音は、メールを打ちながら歩く。 かるたは、指を組み合わせた。 「主よ、憐れみたまえ。……吸血鬼が言う事でもありませんが」 天井からするすると歩いて降りてきた天乃は、瞑目すると速やかに現場を後にした。 「静かに眠ると、いい」 天音は、階段を下りながら、こぶしを胸に当て祈る。 「願わくば、次の生では運命に好かれる事を」 皆が、同じ気持ちだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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