●騎士の誓い 誓おう。我が名にかけて汝の敵を足止めすると。 十二月の夜はまさに凍てつくような寒い。吐く息は白く、コートを羽織ってなお身を震わせるほどの寒さだ。 しかしこの場に至っては『一般的な』寒さの域を超えていた。 風は身を切るように冷たく、白い雪がその場にいるものの体力を奪う。 霜の生えた大地は気がつけば体温を奪い、呼吸のたびに空気が肺から力を奪う。 覚醒者としてそれに耐えたとしても、空を舞う剣が肉を切り刻む。 それら全てを突破したものは、騎士により氷棺に閉じ込められた。 三ツ池公園西門から少し進んだ場所にある通路。 そこに見えるのは幾多の氷柱と宙を舞う五本の剣。そして氷の鎧を着た一体の騎士。 ●アーク 「『塔の魔女』の儀式を止めてきて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタたちに短く要件を告げた。 「皆も知っていると思うけど、『塔の魔女』がアークに連絡を取ってきた」 アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア。『塔の魔女』の目的は『穴を空ける儀式を行い』『その儀式で弱体化しているジャックをアークに討たせる』ことだ。後者はともかく前者は容認できない。 「賢者の石の一部を利用して機能強化された『万華鏡』の感知で、彼等の儀式実行の現場が判明した。 神奈川県横浜市にある三ツ池公園」 モニターに移される公園の地図。公園内に点々と存在する赤いマークは、フィクサードもしくはエリューションのマークだ。数えるのもわずわらしいほどの赤い印が公園内に存在していた。 「崩界の加速はこの公園に生まれる『特異点』の前兆。万華鏡は連中の儀式の当日に大きな穴が開く様と、バロックナイトが起きる様を観測した」 「すまん。バロックナイトってなんだ?」 「大規模な崩界が起きる際に発現する赤い月夜のこと。 ――ナイトメア・ダウンにもこの現象が見られた」 イヴの表情が硬くなったのは崩界を恐れてか。あるいは自らの母を亡くした事件を口にしたからか。彼女をよく知らぬものなら気付かなかっただろう一瞬。そして一秒後に、イヴは普段の自分を取り戻して言葉を続ける。 「三ツ池公園には既にジャック側の戦力が配置されてる。後宮派のフィクサードや『塔の魔女』のエリューション。 付近の住民の避難を終了して公園の封鎖は完了しているけど、儀式を止めるには公園内のエリューションを突破しないといけない」 公園内の赤丸を確認するリベリスタ。これもわかっているだけの敵の数なのだ。もちろん状況が変わればこの配置も変わる。 「皆はここに向かって」 イヴの言葉と同時にモニターの地図上に矢印が走る。西門から入って少し行った道。矢印はそこにある赤印にぶつかる。 「ここには『塔の魔女』のエリューションがいる。氷の鎧に身を包み、五本の剣のEゴーレムを引き連れたエリューション」 「こいつを倒せと?」 「このエリューションは多対一の戦いに長けている。吹雪を発生させて多人数を一斉に攻撃できる。多人数で攻めるよりは少数精鋭で攻めたほうが被害が少ない」 『万華鏡』が予知した未来を映像化したものがモニターに映る。エリューションを中心に発生した氷の嵐が、幾多のリベリスタを凍らせて氷の棺に閉じ込めていく。 「この吹雪は多用できないらしく、少数で攻めたときは使用を躊躇する。だからといって追い詰められればその限りではない」 「うまく攻めれば、使わないかもってか」 どう攻めるのが『うまい』のかはわからないが、希望は見えてきた。 「あと、このエリューションは足止め以上のことをしてこない」 「は?」 「氷に閉じ込めた者を殺そうと思えば殺せるのに、何もせずにそのまま放置している」 「何故?」 首を横に振るイヴ。理由はわからないが、命をとられないのは僥倖か。 「作戦は皆に任せる」 イヴは真っ直ぐにオッドアイをリベリスタたちに向ける。信頼の証とばかりに。 その信頼にこたえるように、リベリスタたちは頷いてブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月19日(月)23:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●赤い月の元で 赤い月が浮かぶ夜空。遠くから聞こえる笛の音は他の戦場のものか。 身を切るような寒さは歩を進めるたびに強く。そして感じる圧力もまた道を進むたびに強くなる。 眼前に立ちふさがるは氷の騎士。そして宙を舞う呪いの剣。 リベリスタたちも退く気はない。ここを押し通す。その心意気と共に破界器を構える。 道を拓くものと、道を塞ぐもの。両者の役割は明白だ。 凍れる騎士は凍れる夜を。 リベリスタたちは世界を守る熱き心を。 その武器にのせて戦いは始まった。 ●開戦 「我が名は戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫 父祖より受け継ぎし氏と、父母より授けられし二つの名にかけ……押し通る!」 先陣を切ったのは『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)。戦太刀を高く掲げ、武者大袖を相手に向ける。氷の騎士に向かって一気に駆け寄り、己の速度に制限をかけずに連戟を与える。足を運びながら何度も何度も。 「応えよう、マイヒメ。 アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアの剣の一本。名はフリーズナイト。主の命によりこの場を封鎖させてもらおう」 迫る刃を受け、かわし、しかし全てを避けきれずに鎧を削られながら氷の騎士は言葉を返した。 「この場に集う聖なる者よ、僕の声が聞こえたら応えて欲しい。 どうか、仲間に堅牢なる守りの加護を――神護聖歌!」 『七つ歌』桃谷 七瀬(BNE003125)は翼で空に浮かびながら、手を合わせて祈るように印を結んだ。赤い月の元でも聖なるものは健在だったか。五線譜を模した力の壁がリベリスタたちを守護する。七瀬の願いは皆の力になること。非力な自分ができる最大限の守護。 「ちょっと寒いんだけど、そこどいてくれない?」 同じく翼で浮きながら、白衣で吹雪を防いでいる『七色蝙蝠』霧野 楓理(BNE001827)が氷の騎士を睨む。体内のマナを回転させることで活性化し、その動きを円滑にする。十秒かけて行なわれる体内の儀式。それにより透き通るような感覚が生まれた。 「足止めだけで、氷に閉じ込めた人を殺そうともしないのは何故なのかな……?」 立ち並ぶ氷像を見ながら『童話のヴァンパイアプリンセス』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)は疑問を口にする。ここに並ぶ氷像は敗北したリベリスタたちのもの。ジャックの目的を考えれば、生かしておく理由もない。だがこれがアシュレイ個人の目的なら? 疑問を解決する術はない。今は戦闘に専念しよう。アリスは手のひらに魔力で産んだ炎を生み出した。赤く燃える炎は破壊と再生の象徴。放たれた炎熱は呪いの剣を焼く。 「張り切っていってみよ~」 特製のメイド服の上に防寒義を着込んだ『ごくふつうのオトコノコ』クロリス・フーベルタ(BNE002092)は、それでもなお身体を震わせる寒さに腕を組みながら耐える。アークの戦力を集結させた戦いだ。ここで負けるわけにはいかない。 放たれた神秘はリベリスタを重力から解放する神秘。浮遊したリベリスタたちは、足場の不備を解消され、自由気ままに動き回る。 「あー、寒っ!」 腕を振り回しながら、『кулак』仁義・宵子(BNE003094)は歩を進める。十二月の夜をさらに寒くした夜。赤い月を意識しながら宵子は真っ直ぐ前に進み、呪いの剣に向かって拳を振るう。ここを突破しないことには、始まらないのだ。迷う暇などない。余裕などない。 「氷の騎士、ね……。あたしは正々堂々とか犬の餌にしかならないとか思ってるんだけど」 『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974)は大太刀を構えて氷の騎士を見る。だけど、の後に言葉を溜めて仕方ないとばかりに言葉を続けた。自分に言い聞かせるように。あるいは自分を納得させるように。 「正面突破しかないなら仕方ないよね、うん、仕方ない」 守羅の刀が迫る呪いの刀を受け止める。それをブロックしながら、カマイタチを別の剣に放った。 「アークの興廃、此の一戦に在り。氷雪の戦場、望む所」 静型の薙刀を構え『永御前』一条・永(BNE000821)が進む。黒のセーラー服に身を纏い、呪いの剣を打ち据える。通り抜けざまに振るわれる一閃が、呪いの剣の一本を地面に叩きつけた。 「リベリスタ。わが敵に不足なし」 氷の騎士は剣を掲げて目の前の存在を敵と認める。自らを召還した『塔の魔女』に勝利を誓い、掲げた剣をリベリスタたちに向けた。 ●呪いの剣 「冬に冷たい敵呼び出すとか、アシュレイ絶対わざとだろこれ」 楓理は呪いの剣の進行を止めるために、前に出る。そのまま体内のマナを矢に変えて、呪いの剣に向けて打ち出した。その脳裏にはけらけらと『あははー。そうなんですよー』と笑う魔女の姿。矢が呪いの剣の一本を穿いた音と同時にそんな妄想は消え去った。 「アーノルド、バグラム、前に。チャールストン、ドーバー、エドワーズは死の叫びを」 氷の騎士が指示を出す。空を飛ぶ剣のうち二本が前衛に出て、守羅と永を切り刻む。踊るように空中で舞い、隙をうかがい一気に迫る。さながら獲物を狙う鷹のような動き。 そして剣が不可視の手を伸ばし、舞姫と宵子とクロリスを撫でる。ぞくり、という悪寒。意思をそがれるような感覚に襲われる。 「呪いの剣? ハハッ、辛気臭いよね!」 剣の呪いを受けて宵子はそれを笑い飛ばす。確かに今、活力を削れた。だからどうした。全て削られる前に自分から全て使い切ってやる。自分にできることはいつだって一つ。拳を振り上げ、殴るのみ。 宵子は鍛え上げた拳を楓理が攻撃した剣に叩き付ける。真芯を殴った感覚が、拳から伝わってくる。そのまま殴られた剣は地面に落ちて動かなくなる。 「今なら……いけますわ」 アリスは飛び交う剣の動きを見て、魔力を練る。湧き上がる魔力が空色のエプロンドレスを翻し、炎の渦を生み出した。前衛を巻き込まず、かつ後衛に剣が密集している状態はおそらく今が最後だろう。生まれた炎は三本の剣を巻き込んで燃え上がり、冬野公園を一時的に暖かくした。 その熱もすぐに冷えてしまう。氷の騎士。かの騎士が存在するだけで、この場は極寒となる。 「……。しつこいなぁ」 守羅は呪いの剣と切り結んでいた。正確には防戦に徹している。 迫りくる剣を、大太刀で反らす様にしてしなやかに受け止める。重い一撃も流すようにして受け止めればまともに受け止めるよりもダメージは軽い。失敗すればほぼ無防備で一撃を食らうことになる。今回はうまくいった。 「しっ!」 呪いの剣を受け止めて、そのまま身体を捻るようにして刀を一閃する。生まれた真空の刃で遠く離れた呪いの剣を切り裂いた。仲間がダメージを与え続けていた剣。その一撃でその剣も折れ、カランと音を立てて地面に落ちる。 仲間の仇とばかりに残った三本の剣が宵子と守羅と永に襲い掛かる。斬られた場所から体が重くなる。呪い。悪手を跳ね除ける意思を奪われる。 「邪魔はさせません」 呪いの剣が次の目標を舞姫にさだめる。その剣を永の薙刀が弾いた。長柄の獲物をまるで体の一部のように扱い、呪いの剣を押さえ込む。 「大丈夫? 今治すよ!」 「僕は祈る。僕は歌う。眼前に傷付いた仲間がいる限り癒しの旋律をのせて。 僕は歌う。僕は祈る。――優癒祈歌!」 クロリスと七瀬が歌を奏でる。声に体内で活性化させた魔力を乗せて、赤く寒い夜に強く響き渡るように透き通ったハーモニー。二重の癒しはリベリスタたちの傷を塞ぎ、戦う活力を与える。 まだやれる。痛みが消えれば元気も出てくる。一気に剣を叩き落そうと力を込めて、 「っあ!」 舞姫の悲鳴が戦場に響き渡った。 ●氷の騎士 その太刀は戦太刀。重厚にして質実剛健。戦場の扱いに特化した武器。 その武器が舞姫の速度にのって騎士に迫る。日本刀の真価は重量と技術の複合。重量で斬るのではなく、技術で斬る。幾多の斬撃に耐えるために重量が必要になる。その両方があってこそ刀は”斬れる”のだ。 その一撃を、斬れる一撃を騎士は受け止める。銘こそないがこちらも鍛え抜かれた氷の剣。舞姫の日本刀を真正面から受け止めたのだ。 時に刃が鎧をきざみ、時に兜を掠る。しかし決定打は与えられない。騎士の件は確実にこちらを傷つけ、その冷気が体力を奪っていく。しかし、舞姫は退かない。抑えという役割もあるが、別の理由もあった。 「騎士と武士。同じ士としての誇りと魂をかけて挑む」 舞姫はこの場を押し通し、平和を掴む為に。 騎士は主への忠節のために。 共に誇りがあり、魂をかける価値がある。舞姫はそれを感じていた。 キィン! 十字に剣と刀を交差させ、つば競り合う舞姫と氷の騎士。舞姫は隻眼で騎士の兜の中を見る。その中身はがらんどうだが、何かがいるのはわかっている。その『何か』が舞姫に語りかける。 「強いな」 「其方も」 短い会話。互いの力量を認め合い、そして騎士は力で舞姫を弾き飛ばした。地面を転がる舞姫。隻腕で身体を起こすが、ダメージは大きい。次を食らえば危うい。 「交代しましょう」 「よろしく」 舞姫の限界を察した永が騎士の前に立つ。構えた薙刀は刀であり槍。そのどちらでもありどちらでもない武器。半歩足を前に出し、薙刀を騎士に向けた。 「我が一族を育むは、白銀に染まる北の国。 アークがリベリスタ。奥州一条家永時流三十代目、一条永。――往くは戦場、武を以って罷り通る!」 「我が剣は氷雪の如き冷たく、我が忠義は氷壁の如き厚し。 来るがいいヒサ。我が剣と忠義をもって汝らを足止めしよう」 両者はしばし静かに睨み合う。 動いたのはどちらが先か。動いた相手に呼応するように二つの武がぶつかり合った。 唐竹、右薙、逆胴。 流れるように三箇所を永の薙刀が穿つ。騎士は鎧でそれを受け、その衝撃に耐えながら剣を振るった。セーラー服の肩の部分が裂け、そこから凍るような寒さが体を蝕んでいく。 すり足で間合いを取りながら、体内のオーラを使い肉体の動きをスムーズにしていく。流れるような連撃を繰り出しながら、永は焦りを感じていた。 相手は戦士級のエリューション。その強さに差はあれど、リベリスタが単体で挑めるほど弱い相手ではない。 体がじわり冷えるように、永もゆっくりと追い込まれていた。 もちろん、これは想定内だ。呪いの剣を倒してしまえば、騎士を抑える人数も増える。そうなれば勝機も見えてくる。 つまりこの勝負は、呪いの剣をどれだけ早く打破できるか、がネックなのだ。 ただそれまで、もちそうにない。永はそんな焦りを感じていた。舞姫への回復もまだ不十分。ここを突破されれば騎士がフリーになる。そうなれば後衛が危機にさらされるだろう。 それでも。 「凍えるような冬の夜でも、皆と帰る場所があれば暖め合えるのです」 永は気丈に薙刀を握り締め、凛とした声で眼前の騎士に刃を向ける。『諸行無常、咲いて散る桜の如く在るべし』……薙刀と共に受け取った言葉。今が決戦、咲く時は今。戦場に咲く花は満開の時。花が散るまで引く気はない。 「貴方は……足止めに留まって……私達を『殺そう』とはしないのですね……。それは何故ですか……? アシュレイさんの『命令』だからですか……?」 アリスが切り結ぶ騎士に問いかける。答える為の攻撃の手を緩めることはなかったが、それでも答えは返ってくる。 「そうだ。我が主の命令にすぎない」 「……アシュレイさんも本当は、無関係な人まで巻き込みたくないと思っている……人間らしくあろうとしているのではないのですか……?」 「主の心を想像する事などできない。だがそうならば私は全身全霊を持ってその目的のためにこの剣を捧げよう」 「だとしたらあの魔女、とんだ食わせ物だよね。 道を防ぐ振りをして、コイツは結局誰かに倒されるのを待っているだけなんだから」 宵子が呪いの剣を殴りながら、言葉を飛ばす。騎士は生き様である。そういう意味では宵子も似た様なものだ。共に生き様に忠実であるもの。そんなシンパシーに近いものを感じた。 「我が主がここで果てろというのなら散ろう。幾千のリベリスタを氷像にしてここで消えろというのならそれも良し。だがこの氷の騎士、易々と突破できぬ砦。我が剣にかけてここは通さぬ」 「主の命令遵守するのは立派だけどな、相方裏切る主なんていつまでも仕えてちゃ騎士の名折れだと思うぜ俺!」 楓理が神々しい光を放ちながら騎士の言葉に答える。その光は邪気をはらう光。剣から受けた呪いと、騎士が与える冷気を払いのける。 「我が主には主の思いがある。例えその先が欺瞞に満ちた世界であっても、我が剣で守るのみ。それが我が騎士道」 アシュレイがジャックを裏切ると知っていてもなお揺れない忠誠。それでなお守ると誓う騎士道。がらんどうの鎧の中に強い意志が込められていた。 「来るがいいリベリスタ。汝らが世界を守るためにここを通るというのなら、私は主を守るためこの剣を持って足止めしよう」 夜はまだ寒い。 だが、少しずつリベリスタの熱気がそれを溶かしだす。 ●凍える夜とそれを砕くもの 「光集。聖なる光は神秘を帯びて一矢に集約される。 突貫。悪しき存在を根源から破壊する。聖性の光歌。――閃光聖矢!」 七瀬の放つ魔力の矢が呪いの剣を貫く。飛行により高い回避性能を持つ呪いの剣だが、七瀬はそれを上回る集中力で狙い、矢を解き放った。わずかなカーブを描きながら回避の先を読み、神秘の矢は呪いの剣を打ち砕く。 これが最後の一本。五本あった呪いの剣は、全て地面に落ちて動かなくなっていた。 「極寒の剣と業熱の拳。どっちが上か、殺り合おうよ!」 宵子は拳を守る『кулак』を炎で燃やし、騎士に殴りかかる。その一撃を受けて氷の刃で刻まれるが、それでも宵子の炎は消えない。斬られても、凍らされても構わない。それ以上の滾る物で溶かし尽くす。 「……負けないわよ」 守羅が圧倒的な速度で騎士に迫り、袈裟懸けに切り裂く。あまりの速さと重さに騎士がよろめき、その体制を崩した。 「ここは絶対負けられないんだから!」 クロリスが回復を止めて魔力の矢を練る。敵の数が減れば、その分ダメージを受ける回数も減る。ようやく攻勢に出る余裕が出てきた。 そう。天秤はリベリスタに傾いていた。このまま一気に責めれば、戦士級のエリューションでも倒せる。誰もがその流れを感じ、しかしもう一つのことも脳裏にあった。 この騎士はこの状況を覆す技を持っていることを。 「その強さ、その意思。汝らを我が奥義を振るう相手と判断する。 Wooooooooo!」 吼える。極寒の吹雪の如く激しく。騎士を中心に荒れ狂う氷雪。白く細かい刃がリベリスタに襲い掛かる。氷の棺に閉じこめんとばかりに冷たく包み込んで―― 吹雪が止んだあとも、騎士は構えをとかなった。氷像が並ぶ中、ただ一点を見つめて。 「あんたの騎士道は立派だと思うぜ」 その場に立つのは楓理。七瀬に庇われ、吹雪の影響を避けたのだ。 「でも俺も医者なんでな……己の務めは何がなんでもやり遂げる!」 放たれる光が氷像の中に閉じ込められたリベリスタを解放した。リベリスタはその光に気力を取り戻し、内側から氷の棺を砕いて己の武器を握り締める。 「だが吹雪は止まぬ。汝らの力もいずれは凍る」 「いいや、終わらない夜は無い。終わらない冬も、無い!」 宵子が拳を炎に包み、真っ直ぐに騎士に迫る。赤々と燃える拳が騎士の胸を殴り飛ばした。灼熱の拳が氷の鎧と拮抗し、そして拳は鎧を打ち崩す。 「見事」 ガラン、と音を立てて鎧が地面に転がった。それがフリーズナイトと名乗ったエリューションの断末魔。最後の最後まで退くことなく忠義に徹した騎士の最期の時だった。 ●進軍 エリューションが消えれば、辺りを包んでいた低温も少しずつ暖かくなる。氷の鎧はその温暖に溶ける様に消えていった。 「お休みなさい」 アリスは騎士がいた場所を見つめ、祈りを捧げる。この騎士は本当にアシュレイの命令だけで私たちを殺さなかったのだろうか? アシュレイが殺すなと命令しなくても私たちを殺さなかったのではないだろうか? ……そんな気がする。根拠もなくアリスは思い、自分の詩篇を抱きしめた。 「……」 守羅は刀を幻想纏いに仕舞い、目をつぶる。相手が何を考えていたかなんて、どうでもいい。敵は斬る。それだけだ。 (ただ、何があったかは覚えている。ここであなたと戦ったことだけはけして忘れない) それが守羅にどういう影響を与えたかは、彼女にしかわからない。今は先を急がないと。 「貴殿の誓いは果たされた。心安らかに眠られよ」 舞姫は刀を納めて一礼する。エリューションとはいえ、その心は騎士。その魂に敬意を表して祈りを捧げた。 「寒いの苦手なんだよ俺、ほら蝙蝠だし」 楓理は身体を震わせながら怪我人の様子を見る。自動販売機で暖かい物でも飲みたいぜ、と愚痴りながらも大きな怪我人がいないことに安堵する。 「いきましょう。百鬼夜行と地獄の穴を塞ぐ為に」 永が遠くを見つめて進撃を促す。 その先にあるのは決戦の場。バロックナイツとシンヤが待つ場所。 反論などあろう筈もなかった。奮える体に激を入れて、リベリスタたちは走り出す。 この場を封鎖する騎士はなく、この場を凍らせる夜はもうない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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