●炎と砂 「この『龍炎』が後詰めだとっ! ふざけるな!」 楠木辰巳――『龍炎』と呼ばれるフィクサードは地面の砂を蹴飛ばし、苛立ちを示す。 この戦いは日本にジャックの王国を作る為の戦い。言わばジャックと共に伝説を作るシンヤの部下として、一番活躍しなければならない戦いなのだ。 耳を澄ませば南門の方から聞こえてくる戦闘音。そこでは『絶対執事』や蝮原など大物が戦っている。まさに戦果を挙げるとき。なのに。 『賢者の石を確保できなかったお前は、戦力外だ。後方に下がってろ』 耳に残る言葉。反論が許されるはずもない。他のフィクサードたちの蔑む視線を感じながら、その言葉を承諾したのだ。 楠木が請け負ったのは南門から少し移動した所にあるジャンボ滑り台。そこに設置された補給所の警護だ。 滑り台の下にある砂場。その砂は神秘によって大きさ6メートルほどの建造物を形成していた。その中に治療具や弾薬を始めとした補給品が納められている。収容された怪我人もそこに運ばれている。 「くそ……ッ!」 苛立ちを隠そうとせずに砂の補給所に入る。それを待っていたのか、中で待機していた女性が楠木に近づいてくる。 「あ、あのっ! 前線から定時連絡がまだかって連絡が……!」 「ああっ!? そんなのてめぇがやっとけ!」 「でも、楠木さんは責任者じゃ――きゃあ!」 その女性は全てを言い終える前に楠木の放つ炎に吹き飛ばされ、砂の上を転がった。 「うるせぇ。オレに意見するなよ。オレがやれって言ってるんだからお前がやれ!」 「……前に、命令されてそうしたら……勝手なことするな、って言ったじゃないですか……あぅ!」 「前は前。今は今だ! そのぐらいわかりやがれ!」 転がる女性を蹴飛ばし、楠木は息を整える。 「逆らえばてめぇの親父がどうなるか。それぐらいはわかってるんだろうな?」 「……はい。もうしわけ、ありません」 「少し砂が使える程度の覚醒者が、この『龍炎』に逆らおうなんて考えるだけでも犯罪なんだよ。使ってもらえるだけありがたいと思え。 謝罪は態度で示すんだな。ほら、脱げ」 有無を言わさぬ楠木の物言い。瞳に涙を溜めて、女性はボタンに手を伸ばし―― ●アーク 「さて緊急事態(エマージェンシー)だ。例えるならクリスマスと世界の危機が一気にやってきたって所だな」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は開口一番そんなことを言う。リベリスタたちもある程度の事情は聞いているのか、その言葉に反論しない。黙って先を促した。 「皆も色々聞いていると思うが、情報整理を含めて説明しよう。ノートの準備はOK?」 伸暁は端末を操作し、モニターを起動させる。モニターに写ったのは三角帽子をかぶった一人の女性。 「先日『塔の魔女』から連絡があり、アシュレイの目的が教えられたのは聞いているよな。ざっくり言うと『世界に穴を開けて』『弱体化したジャックをアークに討たせる』のが彼女の目的だ。 無論、俺たちは前者のほうを容認できない」 モニターが日本地図を起動させる。少しずつ拡大していき、一つの公園を示した。 「神奈川県横浜市にある三ツ池公園。日本を騒がせていた崩界の加速はこの公園に生まれる『特異点』の前兆だ。我等が『万華鏡』は連中がそこで儀式を行い、『大きな穴』が開くことを予知した。 そして大規模な崩界が起きる際に発現する現象――『バロックナイト』が起きることも」 「バロックナイト……?」 「月が血に染まるとき、世界が壊れる。かのナイトメア・ダウンのときも同様の現象が見られたとか。レトロな伝説とは思ったが、実際にこれを予知した以上は捨て置けない」 疑問符を浮かべるリベリスタに、正直俺も上手く説明ができないと投げやりに言葉をつむいだ。肩をすくめて話題を変えるように伸暁は説明を続ける。 「とにかく大事件(イベント)ってわけだ。三ツ池公園にはすでにジャックやアシュレイ、もちろんシンヤの部下たちがいる。今からじゃこれを阻止することはできない。 住民の避難は何とかなりそうだが、封鎖された公園内はフィクサードやエリューションで一杯だ」 「それをどうにかしろ、って言うことか」 「YES。お前たちにはここを攻めてもらう」 三ツ池公園の地図が拡大される。南門とそこでぶつかり合う二つの矢印。 「作戦を説明するぜ。一言で言えば陽動だ。 南門にセバスチャンや蝮原等の戦力を置いて暴れさせる。そうすることで南門に多くのフィクサードを集め、その隙に空いた北門と西門からリベリスタを投入して儀式を止める。 この陽動がうまくいくことが作戦のキモだ。だから陽動に軽くスパイスを加える」 南門から少し離れたところにあるジャンボ滑り台。そこにバツ印がついた。 「ここはフィクサードたちの補給地点になっている。ここを叩けば、南門の兵站はガタ落ちだ。フィクサードも背後に戦力があるとわかれば、おいそれと逃げ出したり他の戦場に行こうという気にもならないだろう」 「……なぁ、兵站とかいう単語もそうなんだが、これは誰が考えた作戦なんだ?」 「決まってるだろう。我等が時村戦略司令室長さ」 リベリスタは時村沙織のしたり顔を思い浮かべた。なるほど納得だ。 「ここからが俺の仕事。『万華鏡』が予知した敵戦力だ。 ここにいるフィクサードだが、『龍炎』と呼ばれる炎を扱うフライエンジェ。クリミナルスタアが五人。そして砂を扱うフィクサードが一人」 「砂?」 「ああ。この滑り台の下にある巨大な砂。これを使って建物を作っている。あと砂を使って攻撃をするらしい。威力は微小だが、鬱陶しいぜ」 「なんだよそれ?」 「無視はできない、と言う意味だ。ちなみに補給地点の建物を作ってるのはその砂使いだから、砂使いを倒せば補給ラインは崩れる。楽な仕事だろう?」 指を鳴らし、リベリスタたちを指差す。なるほど。楽かどうかはともかく、やるべき目標はこれで定まる。 顔を見合わせ、リベリスタたちはブリーフィングルームを出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月18日(日)23:29 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「アークのリベリスタか!」 『龍炎』こと楠木辰巳は突然の襲撃に叫ぶ。見知った顔が数名。当てずっぽうな推測だが、今回は命中した。 「父親を人質にして、女の子に乱暴して……絶対に許さないわ」 フィクサードの一人、砂小原の顔に残る痣や楠木により焦がされた服を見て『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)は楠木に対する怒りを露にする。女性の顔に傷をつけるなんてろくなヤツじゃない。そんな思いを込めたあひるの魔力が矢となり、宙を飛んで楠木に突き刺さる。 「会うのも二度目か。相変わらず、気にくわないやり方してる」 砂の建物の入り口に陣取るあひるの前に立つように『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が立ち尽くす。以前楠木と退治したときは、後衛に火力を通す事になった。この男の手の内は知っている。もう同じ徹は踏まない。 「『銀弾』……っ!」 楠木が叫ぶ間も与えぬ素早い一撃。杏樹の身長ほどもあるボウガンから放たれた魔弾が楠木の肩を貫く。鋼の如く硬く巻き上げられた弦から放たれる矢を受けて地面を転がる楠木。倉庫に入ってくるリベリスタたちを見ながら、舌打ちして矢を抜いた。 「量産型シンヤ君か。とりあえず予行演習とイこうかね」 「だ、誰が量産型だ!」 『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)の言葉につばを飛ばす楠木。その言葉をそよ風を受けるように流し、りりすは楠木の部下のほうに足を運ぶ。ゆらり、とゆれる足運び。その手にある『愛憎殺戮エゴイズム』も同じように揺れた。緩急つけた動きにより残像を生む剣戟が楠木の部下たちを切り刻んでいく。 「よっ、オケラ大将! 石奪われて吹っ飛ばされて、小物らしくしてたかぁ?」 味方の援護射撃に守られる形で動揺する楠木に入り口から一気に近づいた『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)が炎の拳を振り上げる。正直、前の戦いではあまり記憶にない相手だった。ついでとばかりに倒しちまえ。真下から振りあげた炎拳がアッパーのように楠木の顎にヒットする。炎熱が龍の炎を冠するマグメイガスを蝕んでいく。 「おまえら……動け! 全員で前衛をブロック! アキナ、お前もだ! グズグズしてるとてめぇの親父がどうなるかわかってるんだろうな!」 「ハ、ハイ……っ!」 楠木本人によって受けた傷で身体を痛めながら、楠木のために身を盾にする女性――砂子原アキナ。 「下種、ですよね。女の子に無理矢理何て、桜ちゃん絶対許せない」 その様子を見て『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)はダガーを構える。扇のように広げたスローイングダガーの束。風を仰ぐように振り切り、一斉に投げつける。ダガーは照明で煌いたかと思うと一斉にフィクサード達に突き刺さる。 「くすきん、この下衆フィクサードがぁー!」 高射砲を改造したアームキャノンを撃ちながら、『超絶悪戯っ娘』白雪 陽菜(BNE002652)は叫ぶ。彼女もまた楠木と相対したことがあるリベリスタ。その火炎に巻き込まれた記憶がある。自らの仲間を巻き込むことを厭わない楠木。その卑劣さは身をもって知っている。 「ゲスだぁ? はっ! 弱いやつが悪いんだよ!」 銃撃で荒れる砂の倉庫。巻き上がる砂煙。それらをみて『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)は思考をめぐらせた。即席の倉庫とはいえ、敵の陣地内。しかもこれが敵方のアーティファクトで形成されているのだ。 「戦場が思ったより厄介ですね。足場は……どうにかなりそうですか」 ジョンは安全靴をはいているので、多少の不便さはあるが問題は無い。前に立って一番動き回るりりすや火車は、砂場の上でもバランスよく動いている。 不安要素を確認後、ジョンの神光が走る。精神を揺さぶられ、バランスを崩すフィクサード達。 『砂小原アキナだな。君の頭に直接話しかけている』 『通りすがりのフリーター』アシュレイ・セルマ・オールストレーム(BNE002429)は思考波を使い砂小原にコンタクトを取る。可能なら攻撃もしたかったが、精神会話と同時に攻撃はできない。二手をするには時間が足りない。 『単刀直入に言う、君を救いに来た』 その言葉に身体を振るわせる砂小原。 救い。 彼女が求め、しかし得られないもの。それをアシュレイは告げた。 楠木は部下の一人に火車をブロックさせ、自分は後ろに下がる。 「ぼさぼさするな! 一気に立て直すぞ!」 どうにか体制を整えるフィクサード。彼らもまた戦い慣れしている。不意打ちの混乱に流されることなく、武器を構え突撃してきた。 ● リベリスタの前衛はりりすと火車の二人。残り六人が後衛という後衛よりの構成だ。 楠木の部下五人のうち二人がりりすをブロックし、砂小原ともう一人の部下が火車のブロックに回る。残った二人の部下たちは後衛に迫った。全体攻撃を仕掛ける桜とジョンに一人ずつ。まずはこの二人が厄介と判断したか。 「そう来ますか。ではわたくしめはこちらを攻撃させていただきましょう」 フィクサードの猛攻に耐えながら、ジョンは指先から放った気糸をりりすと戦っているフィクサードに飛ばす。フィクサードの周りをかく乱するように糸は飛び交い、そして獲物に食らいつく蛇の如く目標の足を貫いた。 「あー。僕は殺さない系の素敵りべりすたなので、退いてくれると嬉しいな」 傷ついたフィクサードに向けて言うりりす。答えがノーであることは先刻承知。りりすは刃に速度を乗せて、目の前のフィクサードに切りかかる。 「ただの女子高生だって甘く見ましたね、怒った女の子は恐いんですよっ!」 桜もフィクサードの攻撃を受けながら、スローイングダガーを矢次に投げとばす。突き刺さるナイフがフィクサードたちの傷を増やしていく。 「護衛なんてしてたら危ないよ! 燃やされるよ!?」 陽菜は後衛に迫ったフィクサードたちに向かって叫ぶ。楠木を指差し、大声で。 怪訝な顔を見せるフィクサードたちに陽菜は言葉を続ける。 「そこの下衆フィクサードは自分の部下を巻き込んで攻撃するヤツなんだから!」 自らの勝利のために敵味方関係なく攻撃する。それを聞かされて部下の顔に不信の表情が浮かぶ。 「てめぇら! そんな小娘の戯言なんか……!」 「前の仲間はどうした?」 楠木の反論を遮るように杏樹が口を挟んだ。 「助けられたら礼が言いたかったけど、さすがに仲間を餌に敵を燃やすような上司じゃ、愛想尽かされたか?」 「うるせぇ! リベリスタと手を組む部下なんざ、こっちからお払い箱だ!」 楠木は魔力で生んだ炎を杏樹に向けて投げつける。爆ぜる衝撃と炎熱が杏樹の体力を奪っていく。眩暈を起こしそうなほどの一撃。だが、 「語るに落ちたな。部下を巻き込んで攻撃したことは否定しなかった」 「流石くすきん。単純なんだから」 「味方は撃つわ人質を取って女に偉そうにするわ自尊心だけは立派! 所詮その程度の小悪党ってかぁ? クソつまんねえ野郎だなあ!」 以前交戦した陽菜、杏樹、火車はこぞって楠木を挑発する。楠木の部下のフィクサードもわずかだが動揺は隠せない。それでも手を抜いたりすることはないが。 否、一人だけ楠木の動きに気をとられていないものがいた。 砂子原アキナ。彼女はアシュレイのハイテレパスを受け取り、精神が大きく揺れていた。 ● アシュレイはハイテレパスを使用しているため、戦闘行動が多くとれていない。不自然な棒立ちは普段なら誰かが気付くのだが……楠木は挑発されて頭に血が上り、その部下も砂小原やアシュレイどころではない。そんな空白時間が出来上がっていた。 その空白時間をついて、アシュレイは思念で会話を続ける。 『君の立場は理解しているつもりだ。先ほども述べたが君と父上を楠木から解放したい』 『……どうすれば、いいんですか?』 『まずは、楠木に余裕がなくなるまで態度に出さずに回復に集中してくれ。楠木を有る程度追い詰めたら私達に味方して欲しい』 『……はい』 『楠木が倒れて君と父上も死ぬか、楠木を倒し君も父も解放されるか。この二つしかないんだ。 大丈夫、私達は負けない』 砂小原アキナは砂を使いフィクサードの傷を癒すことに専念する。その表情から不信の念が消えたとは言えないが、取り合えずこちらの動きに合わせてくれた。その上で、問いかけてくる。 『私と父を解放する、といいましたよね?』 『ああ。それが何か?』 『どうやって、ですか?』 それはすがるような思念。信じたい。頼りたい。だけどそれができない。そんな言葉。天秤にかけるのは自分の肉親の生命。証拠も具体的な作戦もなければ、信じるわけにはいかないのだ。 アシュレイは言葉に詰まる。当然だ。そもそも彼女の置かれた状況を詳しくは知らない。知っているのは楠木だが、単純に心を読んでは精神を制御して情報を隠すだろう。そして一度しくじれば、情報の扉はもう開かない。 『策はある。いまは信じてくれ』 アシュレイはそういってハイテレパスをカットする。これ以上の会話は例え聞かれていなくても不自然に思われるだろう。何よりも手を抜ける状況ではなくなってきている。 ● 「え、えーい!」 あひるが絵本を手に神々しい光を放つ。邪気をはらう勇気を与えてくれる光。それはフィクサードの攻撃で避けた出血傷や、楠木の炎を打ち消していく。 入り口近くで一歩も動くことはないが、あひるは回復を始め補助の付与にてんてこ舞いである。足場の不安解消の浮遊の加護を始め、自らの魔力活性に傷の回復や出血や炎を打ち払ったりと休む間がない。 「顔の傷をもう一つ増やしてやるぜ!」 目ざとい楠木が回復の要を見逃すはずもない。魔力の炎を生み出し、あひるに向かって投げつける。 「お前の狡い考えは予測済みだ」 あひるの傍にいた杏樹が炎から庇う。庇っている間は攻撃ができないが、それでも回復手を守ることに意味があった。 しかし状況は芳しくない。りりすと火車は二人ずつにブロックされて足止めされて動けない。フィクサードの二人が後衛に突撃したことでジョンと桜も傷ついていく。打撃に強くない二人は、度重なる出血とダメージで膝をつく。 「まだまだっ! 桜ちゃんはまけないんだから!」 「この程度で倒れるわけには行きませんので」 共に運命を代償にして起き上がるも、事態が好転したわけではない。 「俺の炎に平伏しな!」 敵側で最大火力を持つ楠木に武器は届かない。砂の倉庫内に荒れ狂う龍の炎はリベリスタを確実に追い込んでいた。 「いやぁアンタみたいな雑魚が来てくれてさぁ。マジ助かったわ!」 しかし火車は目の前の部下を殴りながら、楠木の挑発を続けていた。自尊心の高い楠木は雑魚、の一言に反応して火車を睨む。 「雑魚、だとぉ! この『龍炎』様に向かって……燃やす!」 「ま、まさか『龍炎』さん。本当に……っうあ!」 楠木は部下と砂小原もろとも火車を炎で焼き払う。火車と今まで殴り合って体力が落ちていたそのフィクサードはその爆発で意識を手放した。元々防御が高くあまり攻撃を受けていない砂小原は震える足でまだ立っている。 「あれぇ? 怒っちゃいましたかぁ……!?」 同じくフィクサードと殴り合っていた火車も、その一撃で力尽きそうになる。運命を燃やして立ち止まる。危うい状況なのに身体は燃えている。意識が鮮明になり、指の先端まで感覚が鋭くなる。 「アンタ、言ってたよなぁ? 『親父がどうなるかわかってるんだろうな』だっけぇ?」 「ああ。こいつの親父はがどうなるかは俺の心次第。だからこいつは逆らえないのさ!」 不快の表情を浮かべるリベリスタ。恐怖に身を竦ませる砂小原。笑みを浮かべる楠木。 自らの優位を信じて疑わない楠木に、火車は獰猛な笑みを浮かべて言葉を告げた。 「もう終わってるぜ、その件は! アーク相手に迂闊なんだよ!」 「ま、まさかカレイド・システムであの場所を!?」 ――もちろん、火車の言葉ははったりである。 たとえ万能の『万華鏡』でも、調べる時間がなければサーチはできない。ましてや今回の一大決戦のために『万華鏡』をフル稼働していたのだ。一個人のことで『万華鏡』を使えるはずはない。 冷静に考えればそこに思い至る。楠木もその結論にたどり着いた。ありえない、と否定するまでに一秒。だがその一秒の間に『あの場所』のことを頭に浮かべてしまっていた。 「――なるほど。そんなところにいるのですね」 そしてその一秒をアシュレイは待っていた。鮮明に心に映し出されるイメージを読み取る。大まかだが場所は知れた。 「砂小原様、これでお父上を救出に行くことができます。 どうされますか? まだ楠木に従いますか?」 ジョンが気の糸をりりすと戦っているフィクサードに絡めながら問いかける。 逡巡は三秒。意を決するように砂小原は横に跳ぶ。楠木への道を開けるように。 「テメェ! わかってるのか……っ!」 「わ、わかってます。でも、あなたにはついていけません!」 砂小原は離別の意味も含めて、リベリスタの体力を回復する。まるで時間がさかのぼるようにリベリスタの傷が塞がっていく。 傾いた天秤が揺れる。単純な数値の増減ではない。安全なところから炎を放つという楠木の戦略が崩れた事が大きい。 「そんじゃ、そろそろ僕も量産型シンヤ君を叩こうか」 りりすが残像を生み出すほどの動きで刃を振るう。速度と心理的な隙を突く動き。それにより振るわれる武技がりりすの前にいるフィクサードを切り刻む。 「突っ込む事しか頭に無い早漏れ野郎が。くせぇんだよ、てめぇは。屑の匂いしかしねぇ!」 糸が切れるようにりりすの目前のフィクサードが倒れる。顎で楠木を指しながら、りりすは鼻をつまむような動作で楠木を挑発した。 逃げるか。 楠木の心はそっちに傾く。視線が出口のほうを向き―― 「くすきんってばまた逃げるの~? さすがは戦力外……そりゃ後詰にも回されるよね~♪」 その動きを察した陽菜がその足を止めるように告げる。自尊心を傷つけられて楠木の足が止まった。そうだ。こいつらは満身創痍。俺はまだノーダメージ。攻めれば勝機はある。俺は龍炎。こんなリベリスタ如きに負けるはずがねぇ! 「なめたこと言ってるとブチキレるぞ……うぉ!?」 「はっ! ようやく届いたぜ。こっちぁハナっからブチキレてんだよぉ!」 「敵でも無い相手を喰い殺したいと思ったのは久しぶりだね。死ねばいいのにって思う相手は多いのだけど」 楠木に接近する火車とりりす。その剣と拳が楠木を襲う。楠木は二人から離れながら炎の魔術を迫る二人に放つが、すぐに倉庫の壁に追い込まれる。青ざめた顔で自らの失策を悟った。一度はりりすを戦闘不能に追い込むも、鮫は運命を削って獲物に食らいつく。 ジョンの糸が楠木の腕に絡まる。一瞬動き止まった楠木を火車の拳が襲った。 「クソ……がァ!」 楠木の周りで炎が爆ぜる。それは前衛で彼を襲っていたりりすと火車を吹き飛ばす。今度こそ動かなくなった二人を見て、笑みを浮かべる。 「安心して。あんな狂犬、去勢してやりますから」 砂小原に言葉をかけて、桜がスローイングダガーを投げる。くるくると回転するダガーは楠木の胸に突き刺さった。その衝撃で笑みが崩れる楠木。 「『龍炎』をナメる――なっ!?」 「これで終わりだ。今度こそきっちりケリを付けて、こんな戦争は終わらせる」 運命を削って倒れるのを避ける楠木だが、杏樹から向けられたボウガンを見て絶望する。 放たれる矢は貫通力を増した魔弾。星乙女の名を冠するボウガンの一撃が、龍の炎を吹き飛ばした。 ● 残ったフィクサードたちは杏樹の言葉もあり、降伏する。アークに下る気はないが、敵対する気もない、とばかりに両手を上げる。 怪我人を含め、全てのフィクサードを拿捕して外に出した後に、砂小原は砂の倉庫を解除して砂場の砂に戻した。物資は砂に塗れて使えなくなる。これで拠点としてこの場所は機能しなくなった。 「楠木のことは、もう大丈夫だから……アキナは、お父さんの所に、行っておいで」 あひるは砂小原の背中を押して早く行くように促した。今、アークのリベリスタは決戦の真っ只中だ。砂小原についていくことはできない。 「いいんですか……? 私もフィクサードなんですよ?」 自分もアークに捕われると思っていた砂小原に対し、リベリスタは優しく彼女を送り出した。アシュレイは楠木から読んだイメージを絵と言葉にして砂小原に伝える。早く行きなさい、と言葉を添えて。 「て、てめぇこの楠木様を助けねぇと……おぐぅ!」 何かを言いかけた楠木を桜は両足の付け根を思いっきり踏み抜いて黙らせる。 「桜ちゃん、言った事はやりますよ?」 そのまま泡を吹いて気を失う楠木。男性陣はご愁傷様、とばかりに同情した。男にしかわからない痛みである。 「あの……ありがとうございます。私、行きますね」 砂小原が頭を下げて、公園の外に通じる道に向かっていく。 「それと……良かったらだけど、アークにも、おいでよ」 闇に消える女性はあひるの言葉に足を止め、しかし振り返ることなく走り出した。 それを見送って、リベリスタは傷ついた者を応急処置して走り出しだす。決戦の場に向かって。 龍の吐息は傲慢ゆえに途切れ、砂上の楼閣は人の心により崩れ去る―― |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|