●吾輩は餅である。 否、猫である。歴とした猫であるというに、人間たちは我を餅と呼称する。 断じて蔑称ではない。家人らは幼少の我を譲り受けた折、わが純白の毛皮の艶めきとたおやかな柔軟性に目を見張り、厳正なる審議の上で『オモチ』と命名したのだ——。 スリムだった幼少時の面影は何処へやら、彼は今や文字通りの餅猫と化していた。 「もっちゃんオハヨー、今日も元気に搗きあがってる〜?」 重力に逆らおうともせず雄大に垂れ広がるふくよかな姿。触れれば柔らかな短毛がしっとりと手に吸い付くようで、つまめば皮下にたっぷり糧を蓄えた豊かな腹肉が搗きたて餅さながらにみょい〜んと伸びる。 コレステロール値に気をつけて。常連客からそう心配されながらも、和菓子屋の店先の専用揺り椅子で日がな一日ひなたぼっこに勤しむ彼は、立派な看板猫でもあった。 うまうま。 手ずから与えた和菓子をそれはもう旨そうに食す姿に癒される客は数知れぬ。 にゃ〜ん。 もっと。差し出された和菓子の一片をペロリとたいらげた彼は、喉肉をたゆんと揺らして客を見上げる。つぶらな瞳と目が合ったのちの、甘い猫撫で声。 ノックアウト。 客の多くは思わず和菓子のもう一片をも供してしまう。予定外の消費に、菓子を買い足すという事態も頻発する。手練の猛者に至っては最初から彼の分も数に入れて購入する始末。 彼は確実に店の売上げに貢献し、そして地域の皆様にも愛されていた。 ●運命の悪戯 だが、彼の平穏な日常は突如、非日常にすり替わる。 オモチという名の白猫は、不運にもエリューション・ビーストとして革醒してしまったのだ。 突然姿を眩ませた彼を案じ、家人も常連客も胸を痛めた。和菓子ばかりで飽きたのだろうか。妙な物を拾い食いして腹を壊してやしないか。でなければさぞ腹を空かせているに違いない。空腹で動けなくなっていたらどうしよう。 実際は人目を避けんとする下位エリューションの本能に因るのだが、彼を良く知る人々の心配も尤もで、現に今、彼の腹の虫が鳴き止まぬのもまた事実であった。 まずはご町内の何処かに潜んでいるその猫を探し当て、人目に付かぬ適当な空き地にでも誘き出すと良い、と『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は勧告する。 そして件の猫についてを、次のように評した。 「……或る意味では、すごく……強敵」 深く噛み締めるような物言いに、聞き入るリベリスタらが息を詰める。 「そのコの得意技のひとつは、寝転ぶこと」 「は?」 「寝転ぶこと」 大事なことなので二度言いました。 「物理的なダメージは無くとも、心を痺れさせる力は絶大。抗える人はそうは居ない」 おなかを無防備に晒してゴロゴロする無垢なにゃんこの悩殺ぱわーは、人を釘付けにして動けなくさせる。 「ふたつめは、膝に乗ること」 「……はぁ」 「特に気に入った相手の膝に乗ってくるみたい」 心を許したかのように膝の上で転寝でもされようものなら、ますます動けなくなること受け合いだ。 「普通の猫よりちょっっぴり、……そこそこ、……、えぇと……だいぶ重いから、乗られてる間は少しずつダメージを負うと思うの。でも、まぁ……、何十分間も乗られ続けでもしなければ死にはしないから」 愛でたければ好きに愛で、戯れたければ存分に戯れればいい。 最後にきっちり倒すことだけ忘れなければそれでいいわ、と少女は放りだすように言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:はとり栞 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月08日(日)22:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●愛猫 柳葉色の暖簾をくぐると、ヨモギの香りがした。 店先の揺り椅子には今、陽を浴びてほこほこに膨らんだ座布団だけが乗っている。 幼女のふりなんて何年ぶりかしらと胸中で零した『Krylʹya angela』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は、栗色の巻き髪を揺らす可憐な妹の素振りで『黒腕』付喪 モノマ(BNE001658)の袖を引く。 「ねえ、おにいちゃん。あたし、このお店にかわいいにゃんこがいるって聞いたの」 「その噂は俺も聞いたぜ、名前は確か……」 「オモチ、です」 ウチの看板息子なんですよと声をかけられ、二人は密かに視線を交わす。「ただあの子、ここ何日か帰ってこなくて……」と肩を落とすこの店員こそオモチの家人に違いない。 その頃、他の六名は空き地探しに奔走していた。 皆が携帯電話で調べた地図に加え、『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)は紙の地図も用意してデジタルとアナログの情報を統合した。事前に目星をつけ手分けして現地を確かめる行程は効率に優れ、彼らはすこぶる順調に役目を果たす。 複数見つけた空き地のひとつに集う六名の元に、和菓子屋から戻った二名が合流する。 待ちかねたように神代 凪(BNE001401)が店での話を訊ねるが、捜索に役立つ情報は無いようだ。訊きたい事柄へこちらから水を向ければ話は違ったのだろうが、家人の話は心配する胸の内と、オモチが如何に愛らしいかに終始した。 しかし二人は手ぶらで戻ったわけではない。 モノマが両手に提げた袋には、和菓子がぎっしり。 オモチが一番好きな菓子を訊ねて、すあま、ねりきり、おかきにかるかん、求肥の饅頭もと同列一位が列挙されたときには少々頭を抱えたが、彼はそれらを四班分、自腹で購入してきた。予想を上回る出費ではあったが、確かな手札を得たことは心強い。 家人がオマケしてくれた真っ白な巨大福——オモチを想って作った新商品らしい——も皆で分け、一同は頷き合って町へ散る。 ●渇望 「いい大人が猫もふとか」 『悪夢喰らい』ナハト・オルクス(BNE000031)は唇を歪めて薄く笑う。 寂れた裏道で、同行する『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)がしきりに道端の茂みを掻き分けている。ピシリと仕立ての良い服に身を包んでも、這いつくばり側溝を必死に覗きこんでいては形無しだ。 「でも、別に良いわよね」 笑みはナハト自身をも含んで肯定の色を帯びる。それほどまでにもふもふは良いものだ。 人の痕跡が残る廃屋を巡り放棄された椅子にも目を配り、いい大人たちは一匹の猫を真剣に探しまわる。 「噂の看板猫を見に来たんですけど」 居ないので探しているとの『気まぐれにゃんこ』尾方 瞬(BNE000808)の言葉に、住民のおばさまは「あらまあ!」と手を叩いた。もっちゃんも有名になって、と喜んだのも束の間、私も探してるんだけどねえ、と表情を曇らせる。 住民のネットワークは大したもので、訊けば鈴木さんは大通りを探したらしい、佐藤さんは神社を調べたらしい、子供たちも学校周辺では見ていないそうだ、と次々と答えが返る。地道な聞き込みをメモした都斗の地図は、見事な『オモチ捜索済みMAP』となった。住民が未だ探していない場所を炙りだすことで、捜索の効率はぐんと向上する。 聞き込みは聞き込みでも、人ではなく猫に声をかける者もいた。 野良猫がたむろする児童公園を訪れたモノマとエレオノーラを迎えたのは、にゃんだこの余所者は、という冷えた視線。 「和菓子屋の太った白猫の居場所を知らないか?」 モノマの問いに、人間の言葉が通じることに興味を惹かれた何匹かが耳を立てる。 ああ、あいつか。 知らんにゃ。 つれない雰囲気を察し、エレオノーラが鞄に手を入れる。猫たちはサッと身構えて警戒をあらわにしたが、出てきたのが香ばしい煮干しと判ると空気は一変した。 にゃあぁん。 エエにおいにゃ〜。 にぼしー。にぼしくれー。 うまうま。 アタシ見たわよ。 ず、ずるいにゃ俺様の横取りするにゃっ! よいではにゃいか、よいではにゃいか。 どさくさに紛れて危うく聞き逃すところだった。モノマが慌てて猫たちを見回すと金の瞳と目が合った。道案内を乞うと、漆黒の美猫はツンと顔を背ける。 ヤぁよ。だってなんだかキモチワルイの、あのコ。猫であって猫じゃないみたい。近寄りたくないわ。 ただ、オモチが商店街を北に向かい、右に曲がったということは教えてくれた。 捜索の手は少しずつ、少しずつ、核心に近付いていく。 ●求道 でぶねこ。 それすなわち、動きたがらない、ということ。 「わらわの超推理によると、犯人……犯猫はそう遠くには行っておらぬっ!」 バサァッと黒髪を片手で払い『白面黒毛』神喰 しぐれ(BNE001394)は言い切った。皆からの情報を基に右の路地へ入り、和菓子屋周辺に居ると踏んで更に右へ曲がる。 「わらわの超頭脳が囁いておる!」 コの字を描くように進んだ彼女は、でぶねこに高いじゃんぷは出来ぬはず、と歩いて行ける一角に目をつけた。実際しぐれの推理の多くは正しく、誤算があるとすれば、ひとつ。 「ね、しぐれちゃん、……あそこ」 でぶねこはでぶであるまえにねこである。 自転車を押して追ってきた凪が指す先には、蓋付きの側溝にみっちり詰まる白いもの。狭所を好む猫のさがと、現実が阻むでぶの限界とが拮抗した結果が、そこに在った。 オモチ発見の報せに、息急き切って真っ先に駆けつけたのはミカサだ。 「ちょ……、本気出し過ぎ」 次いで到着したナハトが両膝に手を置いてぜぇはぁと喘ぐ。 目の前で揺れる凪のタヌキ尻尾を狙うオモチの前脚は、たすっ、たすっ、と捕らえ損ねて地を叩いてばかりいた。されど手を伸ばすだけで側溝から出る気配はない。やがて低周波のような地鳴りと共に、前脚を身体の下に折り畳んでしまう。 地鳴りは腹の虫だった。 「そうだよね、腹減ってるよね」 我が事のように切なげに眉を寄せ、ミカサが和菓子を一口ちぎって差し出した。 それはオモチ基準で言えば半口にも満たず、当然のように追加を所望される。にゃあん、にゃあん、と巨体にそぐわぬ甘い声。 「く……ッ」 無尽蔵に菓子を差し出しそうになる己の右手を、左手で必死に制止する。ぶるぶると耐えるミカサの後方で、瞬が地面に置いた中華鍋の中にコロリと和菓子を投げ入れた。 しゅたーっ! 一陣の白い風の如く。 食い物への反応は早い。それが実家の好物であれば尚の事。数日の絶食で多少痩せたのか、すぽんと側溝を抜けた身体にオモチ自身が一瞬「あれ?」という顔をしたが、ともあれ、次の瞬間には彼は鍋の中で菓子を貪っていた。 「ね、ねこなべ……!」 「いや、もちなべ!?」 通常ねこなべとは数匹で詰まる光景を云うが、一匹のみで溢れんばかりの見事さに幾人かはトキメキのあまり目眩を覚える。 瞬と都斗で鍋の取手を片方ずつを持って運ぶ揺れは揺り椅子に似て、オモチは大人しく目を細めて運ばれていた。 が、重い。 重過ぎる。 中華鍋自体も軽くはないのだ。握力はすぐに限界を訴え、ぐわん、と取り落とした鍋からオモチも転げ落ちビタンと地に伸び広がった。投げ出され不愉快そうに、尻尾がばふんべふんと地を叩く。 「ここはわらわの出番じゃな!」 しぐれが取り出したスケートボードに、おぉ、と一同から賞賛の声が上がった。労せず、しかも素早く重量物を運べる名案である。早速オモチを誘導しようとするなか、そっと手を挙げる者が居た。 「……俺、抱っこしても良いかな」 猛者だ。 明らかにスケボーのほうが効率的ではあるが、愛ゆえに茨の道を望むミカサを止める者は居なかった。食べ物をくれる人はとりあえず良い人と認定されるらしく、オモチが拒む様子もない。幸い時間に余裕もあり、彼らは複数の空き地から最も近いものを選ぶこともできた。仮に彼が道半ばで力尽きたとて、あとにはスケボーという真打ちが控えてもいる。 斯くして、一行はオモチを抱きかかえてヨロヨロ歩くミカサを見守る行列となった。 たぷん、と抱える腕に腹肉が乗る。疲労と共に重みの体感値は増し、一歩ごとに負荷を支える腰が軋む。 それは亀の歩みではあったが、人通りの少ない経路を都斗が選定済みの上、結界を張って通行人を見張る瞬の誘導により、誰に見られることもなく運搬は進んだ。 ●至福 「つ、着い……た……」 極限のマラソンランナーのように、ミカサが空き地に倒れ込む。 転倒の衝撃を受ける前に彼の腕から飛び降りドスンと着地したオモチは、にゃあん、と媚びた声で鳴いてあっさりエレオノーラの元へすり寄った。 広げた和菓子にまっしぐらのオモチは、椀子そばの如き勢いで差し出すそばからペロリと菓子をたいらげる。その間、触りたい放題だ。 「ああ……可愛い……もふもふ……」 だらしなく顔が蕩けても構わない。みな多かれ少なかれ頬がゆるんでいるのだし、人の顔よりオモチを眺めるほうが先だ。 柔らかくもあたたかなもち肌を撫でていると、これは本当に槻きたて餅ではないかと思えてくる。 「あーもー食べちゃいた……いやいや」 コホンと咳払いしたナハトは、これは餅のエリューション・ゴーレムではない、猫だ、猫なんだと己を正す。その証拠に薄ピンクの肉球も、ぴこぴこ動く愛らしい猫耳もあるではないか。 底無しかと思われた腹が満たされるとようやく、オモチはしぐれが転がす毛玉にも興味を示すようになった。どどどと追いかけるのはせいぜい数歩だが、未だ倒れたままのミカサがその数歩に度々踏まれていることには、みな見て見ぬふりをする。 腹に、胸に、ときには頬に、肉球が触れた瞬間の魅惑の感触は筆舌に尽くしがたく、けれど次の瞬間にはそこに容赦無い重量が乗る。踏まれるたび、う、とか、ぐ、とか呻きが洩れたが、概ね幸せそうなので問題は無いだろう。 あっという間にオモチは息を切らし、凪のブラッシングに身を預けた。上半身が寄りかかるだけでも膝に圧迫を感じたが、時折ブラシにじゃれつく太短い前脚が愛らしい。 最期だもん、家の人のぶんまで可愛がってあげたい、と凪は思う。 ウトウトと今にもまぶたがくっつきそうな様子を、都斗は寝そべりオモチと同じ目の高さで眺める。ふふ、と自然に笑みが零れた。 「きみって不細工だね」 今は肉に埋もれているが、痩せていた頃は美形だったのだろうか。大欠伸をしたオモチの、ひやりと湿った鼻先をつついて「ほら、仕舞い損ねてるよ」と指摘してやると、ちまっとはみ出していた舌先がさり気なく引っ込んだ。 「かわいいのじゃー! もってかえりたいのじゃー!」 堪らず、しぐれがもっふりとした腹に抱きついてすりすりする。このもふもふが今日限りだなんて。 「……でも、がまんするのじゃー!」 オモチのためを思えばこそ、すべきことは他にある。このひとときの平穏をオモチにも味わって欲しくて、しぐれは柔らかなブラシで純白の毛皮を艶々に整えてやろうと決めた。 ●運命 じき、夕暮れが訪れる。 オモチが独り寂しい夜を過ごさずに済むよう、そろそろ覚悟を決める時間だ。 動物会話を持つモノマが口を開くと、オモチは怪訝な眼差しを向けた。告げられる説得の言葉に、フン、と荒い鼻息が返る。 リベにゃんとかなど、吾輩の知ったことではにゃい。 粛正する側の物言いで世界のためと漠然と聞かされて、そうですかと素直に命を差し出す者は滅多に居ないだろう。しかも相手は猫である。猫の価値観、猫の知能で生きているのだ。 ラクもナニも、にゃぜ吾輩が死なねばにゃらぬ。 ゆらりと立ち上がり抜き足で間合いを計るさまは完全に臨戦態勢だったが、心配する家人の様子を告げると動きが止まった。そして、 ……にゃらば帰ってやらねばにゃるまい! 不意に踵を返して走りだした。 それに逸早く反応したのは、警戒を怠らずにいた瞬だ。道を塞ぐように立ちはだかり全身から気糸を放つ。 ふみ゛ゃッ! 鈍色の鋼糸に引っ掛けられた猫はどしゃりとコケたが、受け身を取ってすぐに身を起こした。 「交渉決裂、みたいね」 ならば手加減無用、と冷えた刃をかざすナハト。眩い聖光が世界を一瞬白で埋め、目を灼かれたようにじたばた転がった猫は、そのまま蠱惑的に寝そべってみせた。 たゆたゆ波打つ腹肉のなごやかさに、都斗、ナハト、ミカサの三人が目を奪われる。震える手がばたばたと得物を取り落とした。 「しっかりせい!」 しぐれがロッドで勢い良く地を叩くと同時、複雑に印が絡み合った結界がザアッと広がる。身を包む護りの力を感じながら、エレオノーラは全身のギアを引き上げた。 できるだけ、痛々しい傷がつかないように。苦渋に瞳を細めた都斗は、痺れを振り払うように大鎌を振り回した。ぴたりと向けた切っ先から気糸を放つ。 投網にでもかかったようにもがく猫に灼熱が迫った。 駆けた勢いを拳に乗せ、燃え盛る業炎を叩き付ける凪。白い毛皮が焼け、赤黒くただれる。 「……ごめんね」 呟きと共に呼気を吐き、腰を落としてもう一度、拳を突き出す。かわいそう、と心は嘆く。けれど、手を抜くわけにはいかない。 こうなった以上、やるしかないのだ。 モノマは渾身の力を込め、腕を包む鋼鉄で殴りかかった。責任、の言葉を噛み締めてジンと衝撃の残る拳を握る。 攻防はそう長くは続かなかった。 猫の動きが目に見えて落ちてくると、戦況は一方的になっていく。毛を逆立てて振るわれたぱんちは空を切り、逆に瞬が投じた鋼糸はその身を捕らえる。 タタンッ、とエレオノーラの飛刀が猫の足元に突き刺さり気糸がまとわりつくと、抵抗にも限界が見えてくる。 しぐれの癒符を受けながら、ミカサは刺突剣を拾うと気糸の罠を編んで構えた。けれどそれは放たれることなく終わる。都斗の鋼糸に締め上げられ、猫はとうとう、どさりと身を横たえたのだ。 にゃー……ん。 掠れた甘え声で鳴いたのを最期に、オモチはその生涯を終えた。 「俺達で埋葬しよう」 亡骸の目を閉ざして、瞬は言った。 「私は家に帰してあげたいな」 焦げた毛を払ってやりながら、凪が呟く。 しばし、沈黙が場を満たした。 最期の日にオモチは少しでも幸せを感じてくれただろうか。考えても詮無いとは知りつつ、ミカサは思うことがある。 「本当は、飼い主に看取られて……ってのが一番だよね。……だから」 「そうだな」 何らかの事故と思われるにしても、人知れず独りで眠るよりは良いだろう。血濡れた身体を拭ったナハトが短く十字を切ったのを最後に、彼らはその場を立ち去った。 匿名の電話で報せたから、すぐに家人が飛んでくるはず。 陽溜まりの中で眠るオモチは、もうすぐ家へ帰れるだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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