●血戦のシンフォニア 「――バロックナイツによる崩界の儀式。その実行現場が判明しました」 アーク本部、ブリーフィングルーム内。静かに告げる『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024) けれどその言葉は簡潔で在りながら、酷く冷えた空気を一緒に運んでくる。 決定的な亀裂。致命的な破綻。その気配が語感に滲む。猶予の無さは明らかである。 「『塔の魔女』アシュレイからの情報を参照し、これに『賢者の石』の一部を利用して機能強化した カレイドシステムを併用した結果です。場所は、神奈川県横浜市三ツ池公園」 モニターに映し出されるのは広大な公園の地図。その大凡中央にマークが打たれている。 「感知に手間取りました、三ツ池公園には既にジャック側の戦力が配置されています。 これに先手を打つ事は現時点からでは不可能でしょう」 後手に回っている。否、塔の魔女の動きからして恐らくこれは彼女の予定通りと言った所か。 「昨今国内で起きていた崩界の加速はこの公園に生まれる『特異点』の前兆だった様です。 儀式当日に大きな穴が開く様と、バロックナイトが発生する様が観測出来ました」 バロックナイト。大規模な崩界の予兆であり、世界が壊れるその象徴的な夜。 血色の月の下過去幾多のリベリスタ達が命を賭けて抗ってきた。特一級の緊急事態である。 条件、状況を問わず、リベリスタである以上これを放っておく事など出来はしない。 「三ツ池公園の各所では既に何度か交戦を重ねている後宮派の精鋭達に加え、 儀式に賛同するフィクサード達。塔の魔女によって造り出されたエリューション等が防衛線を張っています。 念の為付近の住民には退去して頂き、公園を封鎖する手続きは済ませましたが、 状況から鑑みるに皆さんにはこれら敵対勢力を撃破し、儀式を妨害して頂かなくてはなりません」 この儀式はバロックナイツ勢力にとっての悲願である。あちらも総力戦で来る事は想像に難くない。 であれば猶予は愚か、である。戦力的な余裕すら欠片足りと期待出来ない。 「敵の防衛力は高く、特に正門周辺は実質封鎖されているに等しい戦力が密集しています。 これに対し、アークはセバスチャン他余剰戦力と協力の申し出があった仁蝮組による部隊とを纏め、 南門からの陽動を仕掛ける事が戦略司令室により決定されました。 皆さんにはこれら陽動部隊を囮として、西門より園内に侵入して貰う事になります」 最初に最大戦力をぶつけ、敵の大部分を引き付けながら別働隊を投下する。陽動のセオリーである。 だが、当然これに真っ正直に引っ掛かってくれるほど状況は優しくはない。 「現時点での最大の問題。ジャック・ザ・リッパーですが、塔の魔女の言を鵜呑みにするのであれば、 彼は『賢者の石』を十分に確保出来なかった為、儀式中は弱体化が期待出来るそうです。 彼を撃破し儀式を中断させる事が叶えば最善と言えるでしょうが、先ずは其処までの道程が問題です」 和泉の言に応え、モニターが切り替わる。表示されているのは見た所中央部周辺か。 「塔の魔女は園内中央部に『無限回廊』なる特殊な陣を張っています。 これは空間をおかしな形に歪め時間を稼ぐ為の物である。 と言う事までは分かっていますが、解除法は現時点では不明と言う他ありません。 時間をかければ解析出来るかもしれませんが、今はその時間すら惜しいのが正直な所です」 つまり、『無限回廊』を越えるにはアシュレイが任意で能力を解除するか、 或いは彼女を倒すかのどちらか。既に究極の2択とも言える無理難題を前に、更に問題は積み重なる。 「その上で、この無限回廊に到るまでにも多数の敵影が確認されています。 道中遭遇戦に縺れ込む事は否めないでしょう。 ですが、これらバロックナイツ派の戦力を駆逐し、アークの戦線を押し上げる事が叶えば その分いざと言う時に取れる選択肢の幅が広がります。 特に後宮の私兵には戦意の高い者が多く、非常に危険な戦いになる事が予想されますが、 逆にこれらを撃破する事は後宮シンヤの自由を奪う事に直結すると言えるでしょう」 後宮シンヤは『塔の魔女』アシュレイの事を信用していないらしい。 その為万端の準備を整えているが、それは同時に現在の準備が全力である事を示している。 であれば、一つ一つの勝利がそのまま確実に、後宮の勢力を削る事に繋がる。 各戦場での勝敗の意義は、これまで以上に大きい。 「それで、皆さんに向かって頂く西門からのルートですが……」 そうして続く説明と共に映し出された映像。 それは、赤い月夜の広場に座り込み欠伸を噛み殺す一人の男の姿だった。 ●朱月夜のアリア 「ふぁ……、ああくそ、面倒くさい。面倒過ぎて死ぬ。死んじまう。 全く何で俺はこんなとこに居るんだ、誰か答えを出してくれ。それまで寝てるからよ」 草臥れたスーツに身を包んだ30前後の男がやる気の無い声をあげ、広場の裾に座り込む。 男の後ろに控えるはそれより一回りも下の栗毛の女。 背に生やした白い翼を揺らしながら枯れた桜、紅枝垂の並木を眼下に臨む。 前者をシンヤ親派の一角『双頭犬』紬一葉、後者をそのパートナー、ヒビキと言う。 「それだけシンヤ様に期待されてるって事じゃないですか?」 春であればさぞ壮観だろう、園内一の眺望を誇るこの場所を彼が任されたのは、 一重に賢者の石争奪戦の功が認められればこそ、だと言える。 後宮シンヤ、及びジャック・ザ・リッパーが儀式を行う丘の上の広場へ続く、陸路のルートは数少ない。 広場外延の半分は池に覆われており、残りの半分は封鎖された正門側であるからだ。 唯一、否。唯二つ残されたルートは塔の魔女アシュレイが管理する百樹の森の碑から架かる橋。 そして此処――展望広場から望める中の池、上の池間の細い道。これらが中央への最短ルートである。 となれば、その防衛が如何に重要であるかは言うまでも無い。文句無しの要所だと言える。 だが、そんな場所を任されたにしては一葉の士気は低い。 決戦に燃える後宮派の中に在っては、その異質は突出しているとすら言える程に。 見上げれば、空に登るは朱い月。それは崩界の象徴。歪んだ夜――バロックナイト。 彼とて勿論分かっている。今宵の儀式、それが為されれば果たして何が起こるのか。 理解出来なくとも実感している。彼が世間一般で言う所の常道から外れて幾年月。 しかし終ぞ後宮シンヤ程逸脱する事は叶わなかった。歪夜の果てに彼の望みは、決して無い。 双頭犬が歳月と身命を賭して研ぎ澄ませた双牙は、けれど現行世界を滅ぼす為のそれではない。 だが、であれば何故―― 「ったく、痛いのも辛いのも苦しいのも真っ平御免なんだがなあ」 剣林に於いて穏健派とすら詠われた男が月を仰ぐ。何所か諦めた様に、何所かで諦め切れぬ様に。 男が此処に在る理由はただ一つ。本当にたったの一つなのだ。 彼の古馴染みに望みが出来た。それは命を賭け、全てを捧げても叶えたい願いだった。 人を喰った様な性格に、自意識過剰なその性根。更には殺人狂の美学主義者と、 考え得る限りまともな要素は一つたりと浮かばない、古馴染みが抱えた一つの願い。 それは恐らく最悪に等しく、死に至る病と呼ばれる類の物だったろう。 けれどどうしてそんな物に付き合う事を良しとしたのか。面倒くさがりのこの自分が。 事、此処に到って。何でまた。そんな物は剣林を抜けて以降何度も繰り返した問い掛けだ。 「それでも、やるんでしょう?」 ヒビキが分かった様な事を言う。困った父親を見る娘の様な眼差しに、一葉が思わず苦く笑む。 「仕方ねえだろ。俺しかやる奴が居ないんだからよ」 答は何時でも変わらない。羨ましかったのだ、きっと。 例えそれが最悪の、災厄の願望だったとしても。 全てを賭して超えたいと臨む、馬鹿で、外道で、独善で、愚かな程に、愚かな旧友が。 「本当、腐れ縁ってのも困りもんだよな……なあ、シンヤよ」 呟きは風に溶け、怠惰な男が振り返る。控えた馴染みの部下へと向ける視線、頷き一つ。 「今より此処は双頭犬の狩猟場だ。存分に殺し、存分に喰らえ。指示は3つ」 眠れる双牙が夜闇に煌く。純白の翼がその背を覆う。黒い影はその数四つ。月陰の下で静かに伏せる。 「唯の一人も此処を通すな。血線を引いて死戦を遂げろ」 故に。この時この瞬間より眺望の広場に安息は無い。咲かぬ桜を血に染めて、歪んだ夜の月の下。 「死ぬ気で生きろ、諦観と妥協は俺が許さん――以上、散開」 双頭犬は唯一人、枯葉の丘で朱月を仰ぐ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月18日(日)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●狩猟者達のプレリュード 「……来たか」 展望広場。その名の通り、望遠鏡でも持ち込んだなら園内全域を見渡せる小高い広場。 枯葉の上で己が牙たるナイフを抜き、男――紬一葉は眼下を見つめる。 其処には未だ遠く。敵陣を抜け散策路手前を駆けている8人の影が確かに見える。 「どう見る?」 「奇襲は予期してるみたいですね。布陣の片側に犬のビーストハーフ。 多分対岸の黒装束の人もそうなんじゃないですか? 後は前方に、貴方が言ってた隻腕の娘ですね」 暗視を以って見下ろす視界。高所を取ればイーグルアイなど無くとも大雑把な特徴程度は掴める。 隻腕と聞いて、双頭犬が薄く笑う。なるほど、あれでは懲りなかったか、と。 「なるほどな。お、止まったか」 「止まりましたね。どうも……ああ。翼の加護を使ってるみたいです」 「ああ、となると――」 「――ええ、予定通りですね」 ウォーミングアップは終わりだ。此処は既に血染めの戦場。 一瞬であれ油断をすれば、それには相応の代価が求められる。展望広場からは園内が一望出来る。 園内が一望出来るのに、リベリスタ達だけがそれより外れる等と言う事は無い。 彼らはもう少し危惧するべきだった。自分達が“待ち構えられている”と言う事実を。 それはリベリスタ達も用いる、常套手段ですら有った筈だ。 「なら、狩りを始めよう」 ●崩落のセレナード 「相手のスペックとフィールドからして、奇襲はかけてくるはず」 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)が、 周囲を見回し頷く。辿り着いた散策路。此処を抜ければ展望広場は眼と鼻の先である。 足場の不安は彼女の施した翼の加護が全てを請負う。後は直線。全力移動で以って距離を稼ぐのみ。 「ここで手間取ってられる状況じゃない。急ごう!」 「うん、気をつけて。最低でも2人。最大で4人隠れてるよ」 『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が緊張した様に声を上げる。 イーグルアイと熱感知を併用する彼女には、展望広場の様子が見えていた。 其処に居たのはフライエンジェの女が1人、そして双頭犬、と呼ばれる男が1人。 それ以外の人間は居ない。万華鏡が示した通りに、何所かに散開してるのだろう。 「ああ、隊列を崩さない様に一気に駆けるぞ」 最後尾に位置するは『瞬竜』司馬 鷲祐(BNE000288)この場の誰より速い彼は、 それ故に後方を担う。誰が前より襲撃を仕掛けて来ても、最速で以って対せる様に。 「あの日、共に戦った仲間たちの誇りと名誉のため。 そして、親友が命を賭けて守ろうとしたこの世界のために……」 ハイスピードに乗った『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が間を手繰る。 隊列を保つ為には仕方の無い事。待機し、足並みを揃えての散策路突破。 その選択肢は決して間違っていなかった。例えばもしばらばらに攻めたとしたなら、 彼らは容易く分断され各個撃破の憂き目に合っていた事だろう。 (大丈夫。司馬さんがいてくれる。仲間が居る。それだけで頑張れる) トップギアを入れた『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)が足を踏み出す。 一丸となって散策路を駆ける。そう、間違っては居なかったのだ。 唯一点――その上でも尚、を仕掛けられた場合の対処が余りにも曖昧であった事を除けば。 「――! 皆!」 「――避けるでござる!!」 『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)が悲鳴を上げ、『無影絶刃』黒部 幸成(BNE002032)が叫ぶ。 超反射神経を持つ鷲祐だけが、これに即座に応じる事が出来た。 全力移動はそれ以外のあらゆる選択肢を奪う。 であれば、本来癒し手であるレイチェルを庇う筈であった、 『粉砕メイド』三島・五月(BNE002662)ですらこの瞬間。移動しきった瞬間は対応し切れない。 狙い済ましたその魔炎に果たして、どれ程の集中が重ねられていたか。 彼らは余りにも軽く見積っていた。奇襲を受け得る場所で、自ら手札を制限すると言う行為のリスクを。 次の瞬間――視界は護る事も避ける事も許さぬ紅蓮に染まる。 「たーまやー」 「もう、言ってる場合ですか」 「分かってるよ、ギアを一つあげるぜ」 「あっ、そんなの無理に決まって――!」 言った瞬間には既に駆け出している。双頭犬が広場から駆け出す。 常人の倍速で距離を詰める彼に、響が追い付ける筈も無い。だが、女の声は軽い。 全ての策を練って指示を下したのは彼女である。状況は彼女の想定通りに推移している。 「手加減は、しませんよ」 翼をはためかせた低空飛行で響が一葉を追尾する。数十m程離れた視界の先。続けて雷撃が瞬いた。 「そんな、何所から!?」 虎美の問に応えは無い。広場を注視し過ぎた弊害であろう。 ノーチェックであった林からの遠隔魔術に晒され、密集する事による利が裏返る。 散策路20m地点。狙い済ましたかの様な魔炎と雷撃は唯の一人も逃さず絶大なダメージを叩き出す。 確かに、展望広場は高所である。だが果たしてこの場に高所はそれだけだったか。 慌てて目線を向ければ魔炎の方はともかく、雷撃の発生源は明らかである。 全体攻撃の魔術で在る以上その収束点に魔術師は在る。そう、林の樹上に座る術者の影。 「余所見してる暇は無いで御座るよ虎美殿!」 幸成が警戒の声をあげ、恐怖の影をその身に宿す。前方より単独で迫るは紬一葉。更に後方より御社響。 「神話の番犬とは上出来だ。……神速で相手をしてやる!」 其を目の当たりにして後方の鷲祐がトップギアを入れる。だが状況の推移は其れで終わらない。 「いえ、後方より覇界闘士2名、来ます!」 五月が声を上げながらレイチェルを庇う。現状、被ったダメージの深刻さの方が問題である。 彼女が落ちれば戦線が崩れる。応じてブロックに出れば庇えなくなる。二律背反の末の苦汁の決断。 だが、此処に来て準備に手を割いた者と、そうでない者との間に差が生まれる。 「やぁッ―――!!」 先手を取って、一葉に距離を詰めるルア。 鷲祐が加速し虎美が極度の集中に没入している現状、即動けたのは彼女ともう一人。 「戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫、推して参る!」 だが、2人が一葉に振られた上、残された文が意志を持つ影の顕現に手を取られる。 必然、林より跳び出した覇界闘士達は完全にフリーである。 彼らとて、リベリスタ達が翼の加護を付与している間何もしていなかった訳では無い。 見て分かる様に立ちはだかる五月を避け、2者は真っ直ぐに虎美へと距離を詰める。 「っ、そっか。そう来るんだ」 与えたダメージを癒されるより、魔術師達が削られる事の方が彼らにとっては痛い。 精鋭であり、寡兵であるとはそういう事である。 この場に置いて射撃の専門家程警戒される存在は無い。放たれるは雪崩の如き崩落の一撃。 大地へ叩き付けられ虎美の体が跳ねる。続けて一打。防御を無視する土砕の掌底。 魔炎より数えて四打。動きの遅いレイチェルでは回復が間に合わない。 「お兄ちゃんも、この公園のどこかで頑張ってるのに……!」 脳裏に浮かんだのは、愛しい兄の残影か。運命の加護を削り、祝福を使い切って尚。 射撃手であり、索敵手である彼女は、戦場を最も正確に把握していた。 であれば虎美だけには分かる。次が、来る。 この場に置いて己が力量を上げる為に消費する、その時間がどれ程貴重で有ったのか。 相手の待ち受ける狩場へ小細工無しに踏み込むリスクを、余りに軽く見積り過ぎてはいなかったか。 放たれた2発目の魔炎。そして彼女。虎美だけを狙った黒い大鎌が、その意識を狩り抉る。 「――お兄、ちゃ」 私が寝てるわけには、いかないのに。 少女が倒れる。倒れたまま、動かない。動けない。途切れた言葉の先は、もう聞こえない。 それは懸念されるべきリスク。1人が庇えるのは1人だけであり、そして後衛は2人居る。 どちらかしか救えないのであれば、どちらかは救われぬ必然。 「一人」 ルアの双剣、舞姫の戦太刀。双方を受けた一葉の背後。瞳を細めた響が呟く。 ●双頭のカノン 「やれやれ、こないだのじゃ足りなかったか隻腕の嬢ちゃん」 一葉に対峙するは舞姫と幸成。そして一葉にブロックされるルア。 3人を相手取りながら、しかし双頭犬は弄う様な言葉を舞姫へとかける。 「わたしは、自分の為すべき役目を果たすだけ」 きっと睨み返されれば、浮かぶのは心からの苦笑い。全く、昨今の子供ってのはどうなってるんやら。 そんな事を一人ごちたかその刹那、自身が進路を塞いでいた雪花の少女の少女が切り込んで来る。 対して応じるも、その一撃は速く、重い。速度と言う一点で見れば明らかに一葉を凌駕している。 二本のナイフが閃き、この一撃を逸らす。されど止まらない。更に、一撃。 「負けられない。私達は負けない!」 彼女は速い。だが、それ故に彼女は目的を果たせずに居た。 その速さは集団行動に余りにもそぐわない。突出した彼女の進路を一葉が塞ぐのは当然の流れである。 「気持ちはわかるが、しかし退けぬのはお互い様。故に押し通る!」 追い縋って来た舞姫と、一手遅れて接敵して来た幸成。その誰もが突破を試みたなら、 流石に3人は防ぎ切れなかったろう。だが、後者2人はその矛先を一葉へ向ける。 一葉はルアだけを足止めしていれば事足りた。 3人の相手は厳しくも、其処は回避に長けるソードミラージュの妙。 後1分程度は優に保つ。この間、響が自由に動ける事の方が意義として遥かに大きい。 「意気は認めるが、お前さんは間合いが狭過ぎるぜ」 せめて遠距離攻撃の手段でもあれば、状況はまた変わったろう。だが、詮無き話である。 一葉が構える。3人の内幸成は1人後背に立つ。故に、狙えない。 だが、必要十分である。元より後1人削れば数の上で並ぶ――そう詠んだ、正にその瞬間。 ――神速が、駆け抜ける。 後方より一足。限界まで加速した瞬竜が牙を向く。狙いは響。 3人に囲まれた一葉はこれを止められない。振り被る短剣一閃――両者から、鮮血が噴き出す。 「、なるほど。貴方が私のお相手ですか」 表情を顰め、傷口を抑える。圧倒的速度を載せられた一撃は酷く重い。 だが、響とて下準備は十分である。彼女には対する者を灼く浄化の鎧が在り、 そして彼女自身が熟練の癒し手でもある。一対一で、そうそう容易く墜とされる訳にはいかない。 「瞬竜の牙、抗えるか」 「抗ってみせましょう、一葉の邪魔はさせません」 双頭犬とその番。それぞれが因縁を刻む中、けれど――対岸は既に窮地に在った。 包囲戦の利とは、一言で言えば可視域の利である。人が見える有視角と言うのは精々が200度。 であればバックアタックを被った側は、常に見えない敵を有する事になる。 前方に一葉と響、後方に2人の覇界闘士。そして側方の林に2人の魔術師。 半ば包囲された状態で始まった戦いに於ける不利は、正しくその点に有ると言える。 「あなたが守りたいものは、何? わたしは、この世界を守る……!」 文が足を踏み出す。放たれるは致命を齎す黒きオーラ。 対した覇界闘士の頭部に絡み付いた闇が血飛沫と共に傷跡を刻む。 だが、それに対する返礼は痛烈である。踏み込み、襟を掴み強烈な勢いで叩き付ける。 流れる水の様な構えから放たれた大雪崩落は小柄な文の体躯を地面で数度跳ねさせる。 「まずは目の前の敵をなんとかしなくちゃ……!」 レイチェルが癒しの歌を奏でるも、彼女は一葉、響と対する4人か、 覇界闘士らと対する2人、いずれを癒すかを選ばなくてはならない。 その分手が減り、癒しが遅れる。そして何より―― 「――くぅっ!」 放たれた炎が渦巻き、続いて放たれる雷撃の鎖。この場に於いて無傷な人間等居ない。 度々放たれる魔炎と電撃の支援射撃は、レイチェルの癒しを凌駕する。 前後に分断された隊列の所為で浄化の十字を切る余裕が無い。感電した体躯が徐々に力を失っていく。 「戦い方、似てますよね。これ、負けるわけにはいかないじゃないですか」 五月が拳を握る。放たれたるは守りを貫く渾身の掌底。撃ちぬかれた覇界闘士の体躯が宙に浮く。 確かに、これが平等な一騎打ちであれば軍配は間違い無く五月に上がっただろう。 覇界闘士は痺れ、動けない。だがそれはあくまで、個人としての力量比較である。 彼にも分かる。自分は恐らくこの2人より強い。しかし、この場で勝利するのは彼らだろう。 例えこの覇界闘士2人を倒したとしても、更に先へ続くと思えるほど、見通しは甘くない。 「倒れて、たまるものですか」 呟く様に漏れた声は、己への鼓舞か。はたまた負けず嫌いな彼なりの、意地か。 だが、劇的な救済など訪れはしない。 運命は彼らを祝福すれど、彼らは運命に頼るを良しとしなかった。 その気概を、覚悟を以って、故に状況は必然を手繰る。 「お母さんが、守ったこの世界を……わたしも……」 瓦解は、後方より始まる。常に炎と雷に晒され続けた文が倒れる。 運命の加護を使い切り、血塗れで立ち上がって尚、一度傾いた戦況は止まらない。 「先に進むために、こんなところで……!」 一人の覇界闘士を打ち倒し、残る一人の覇界闘士。 一進一退の攻防の末、側方より振り下ろされたマグメッシスの大鎌に五月の意識が狩り取られる。 膝を付き、倒れる寸前の一撃が文に体力を削られ続けていた闘士を撃ち抜くも、抵抗は此処まで。 常に魔術の攻撃を受けていたにしては大健闘と言える激戦の末、二人と二人を引き換える。 「悪いな嬢ちゃん、此処は頼むわ」 「えっ!?」 前方。ルアに放たれるは光速の連撃。アル・シャンパーニュ。 華麗にして瀟洒なる刺突は少女の視界を眩ませ、惑わし、その攻撃は舞姫へと放たれる。 「しまっ、レイチェルさん!」 これを受け、舞姫は全力で以って護りに入る。だが、これは悪手である。 唯の一手で二人の足止めが叶えば、その分相手には余裕が出来る。一葉も、また。 「今、癒すから! きゃっ」 恐らくは大魔術の連発で精神力が尽きたのだろう。林より放れた魔術の弾丸がレイチェルを射る。 しかし、感電し火炎に包まれ続けた彼女にはそれが最後の後押しとなる。 足を取られ、転ぶ。倒れたその体はとうに限界である。 「――っ……倒れて、られない……!」 手を付く。立ち上がる。だが、もう一条。魔術弾がレイチェルを射抜く。 彼女を庇う者は既に居ない。浄化の十字を切り、光が周囲を満たす。 ルアが正気を取り戻す。しかし――もう、持たない。 林の魔術士の魔陣は展開されたまま消えていない。他方、魔力の底上げも同様だろう。 次の癒しをとばす前に、二条のマジックミサイルによってレイチェルは倒れる。 「……此処までで、御座るな」 覆面の向こう、幸成が歯噛みして呟く――大勢は、決した。 ●朱月のフィナーレ 「、退けと言うのか。こんな所で……!」 後数手。常人の限界を超えた速度と連撃で以って、響を追い詰めかけていた鷲祐の手が止まる。 彼の最速は精度以上の手数で以って、女の癒しを2度に1度は喰い止めると言う圧倒的な成果を残していた。 だが、例え幾ら彼が単独でどれ程の成果を上げようと、戦術的敗北は個人の戦果では覆されない。 「ギリギリ、保ちましたか」 運命を削り尚、瞬竜を引き付けた女が息を吐く。その視線の先、一葉が両手に短剣を構えて問う。 「ああ。じゃなけりゃそこの金髪の嬢ちゃんを俺は殺すよ させない、とか言わないでくれよな。部下が先走ってもつまらねえだろ」 例え、双頭犬を止められようと、樹上のマグメイガスは止められない。 誰かが――例えば速度に勝るルア等がレイチェルを庇いに行けば、五月か文、虎美の誰かが死ぬだけだ。 止まらない。止められない――詰みである。 「一葉」 「ああ、分かってる」 響が声を掛け、一葉が頷く。彼女は、彼は、忘れていない。以前見逃されたその借りを。 「死ぬまでやるってなら、面倒でも相手になるが……違うんだろ? 忍者ボーイ」 視線を向けられた幸成が、暫しの間を開ける。誰一人として動かない。 「……戦いの場はこの場限りに非ず」 苦くも声を上げる。けれどそれは英断であろう。 例え勝利を掴もうと、幾多の死者の上にそれを誇れるかと言えば別問題である。 この場に於いて、最終的に何所へ落すか。彼がその選択肢を持っていたのは僥倖と言えた。 しっしっ、と。如何にもけだる気に手を振る仕草。 一葉のそれを見て、舞姫が、ルアが、幸成が、倒れた仲間達へ駆け寄り、背負う。 「貸し1つ、借り1つで相殺だ。俺はお前らを追い返した。 お前らは俺に追い返された。誰も死ななかったのは偶々だ。そうだな?」 響を見逃した分は、これでチャラだと。それだけを告げて双頭犬は踵を返す。 「……くっ」 対面する、鷲祐と一葉。交えた視線は一瞬か。行く者と、帰る者とが交差する。 「アークの神速、次の縁が無い事を祈ってるぜ」 呟かれた言葉は背に。女が男を先導し、双頭犬の番は去る。 残された者達に、苦い苦い敗北の味を残しながら。変わらぬまま、如何にも面倒くさそうに。 唯の一人を殺めもせず、双頭犬の狩猟は続く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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