●博愛プランティング 頭が痛い。慢性的な肩こりのせいだろう。整体に行けばいいなんて、知人は言うけれど。そんな暇はないのだ。仕事。仕事。仕事。結局のところ、それひとつに尽きる。何をするにしても。何を削るにしても。 視界がぼやけている。疲労のせいだろう。これが続けばいずれ倒れるのだろうなと他人ごとのように思う。そうなれば過労と認定され、多額の慰謝料でも請求できるのだろうか。そんなことを考えて、苦笑しながら妄想を打ち消した。一体誰が。 誰もいない家に帰って、眠って、また仕事へ。部下を叱り、上司に誤り、檄を飛ばさねばならない。嗚呼、もうひとつ口があればいいものを。口。どうして口。こういう時は普通、自分がもうひとり居ればと思うものだろうに。 何故だろう、それのせいだろうか。 髪の長い女性だった。輪郭から、鼻立ちから。美人であるのだろうなと巡らせる。それに嫉妬することもなくなった自分は、枯れているのだろうなと自嘲しながら。 ゆっくりと近づいてくる。否、単にすれ違うだけだ。近づいているのではない。自分もそちら向きに歩いているのだから。 美人が嫌いなわけではない。綺麗なものは目の保養だ。いいものが見れた。それを理由に今日を良い日だと錯覚させてもいい。 と。その人は立ち止まった。なにか思うところでもあったのだろうか。そう勘ぐるも、自分には関係のないことだ。その横を通り過ぎねば失礼にも当たるだろうと、少しだけ斜めに歩を向ける。すれ違う。すれ違う時に横目でその人を見た。嗚呼、見てしまった。 いつだって、危機感は好奇心に劣る。 悲鳴をあげた。喉が干上がるほど叫んでいた。夜を劈いただろうに。誰か。嗚呼、誰か。 それは、それは。両の瞼を縫い合わせたそれは自分を見ていた。矛盾はしていない。だってそれには瞳がよっつもあったのだから。閉じて開かないそれの代わり、大きな大きな眼球が側頭部に根付いている。どうして見えなかったのだろう。どうしてこんなものに気づかなかったのだろう。いつか何かの本で読んだ、トンボの眼球構造をした人間のイラスト。それを彷彿とさせる違和感と嫌悪感。それは、それはゆっくりと私の肩をつかんだ。 怖い。怖い。きっと殺される。きっと私は殺される。それが最悪だ。いつだってそうだ。死んでしまうのが終わりで、死んでしまうのが最悪だ。そう信じていた。だからそうなってしまうのだと。この恐怖心はそこへの感情からしがみついたものだと思い込んでいた。違う。断じて違う。心臓が早鐘を打ち、脈が鼓膜を揺らすのはそれへの危機感からではなかったのだ。それが私と肉薄し、見下げている。私より頭ひとつ背が高い。私は見上げている。顔が近い。口付ける寸前の距離で、それは舌を伸ばした。妙に艶かしいそれに目を離せなくなる。伸ばして、伸ばして。私の唇に触れそうな距離で、それは舌を噛み切った。 ぼとりと、赤い肉が私に落ちた。歯の根が噛みあわない。がちがちがちがちと。耳に喧しい。赤い血がだらだらと私の顔を同じ色に染める。がちがち。がちがち。喧しい。喧しい。どうしてこんなにも喧しいのだろう。怖いから。気持ち悪いから。違う。どちらもあっていて、どちらもまるで違う。口があるからだ。私にもうひとつ口があるからだ。唇が、歯が、舌が。もうひとつある。私の頬にもうひとつついている。 二重の悲鳴をあげた。いらない。いらない。嫌だ。こんなもの欲しくない。恐怖に怯えていた私のもうひとつは、いつしか私であることを離れ。私の意志を離れ。けたけたと笑い声をあげていた。喜ぶように。産声をあげるように。やめてくれ。やめてくれ。私の声で喜ばないでくれ。まるで願いがかなったのだと、感激するような素振りはやめてくれ。 最早私でなくなった私に満足をしたのか。それは、私の目の前のその人は肉感的な唇を笑みに歪ませた。どうしてだろう。それがさっきよりも綺麗に見えたのは。恐ろしくも恋情を抱く程に美しく見えたのは。 きっと私も同じになったからなのだろう。どこかで確信し、当然のように彼女の口づけを受け入れて。 恐怖と幸福と後悔と愛情の綯交ぜなまま、私は永遠の眠りについた。 ●恋愛カルテル 飛び起きる。しばらくすると真っ白だった頭が覚めてきて、思い出した恐怖に我が身を抱きしめた。お気に入りのうさぎに顔を埋めて、混みだした吐き気を必死で抑えつける。 冬だというのに、寝間着が冷えた汗で身体を凍えさせた。着替えたほうがいいとわかっていながらも、しばらくはその場を動けない。 呼吸が安定してきたのだと自覚する。目尻に浮かんだ涙を払い、おそるおそる頬に手を伸ばした。なにもない。こわごわながらも鏡を確認したが、白い肌があるだけだ。その事実に安堵する。 着替えなければ。そしてこの事実を食い止めてしまわねば。使命感で己を塗りつぶすと、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はリベリスタを呼び出すための用意を始めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月18日(日)22:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●熱愛トリメギス ある時、目が見えない。耳が聞こえない。口が利けない。匂いを感じない。肌が触れ合わない。それを想像したら、想像してみたら。それだけで涙が出てきた。無いことが、とても不憫なことのように思えたのだ。 ホラー。恐怖というジャンル。本来嫌悪と忌避の対象であるそれを敢えて体感しようという逆接行為。映像や活字でならば大好きなそれも、実際のこととなると悪夢の範疇に収まりそうもない。恐ろしい。それでも『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)は拳を強く握る。犠牲者を出すわけにはいかないのだ。倒して、勝利を。そう決意する。 八面六臂。二枚舌。そういった表現の多さから、日本人は部位の増加を好むのだろうかと『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は思考する。何も一国に限った話ではないのだろうが、こちらに来る前からその忙しぶりは耳にしていた。そういった思念、思想。あるものなのだろう。羽ひとつにしても元来ないものは余計な物であるのだが。 「偶にはいいですねえ、こういうよくわからないのの相手も」 なんて、『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)が声に出した。生やして、動いて、もぎ落ちて。およそ常軌のそれとして想定するにはありえない敵ではあるものの。なに、触れて殴れる相手だ。戦いの作法に困ることもない。そうであればこの奇妙さも、少し心が踊る。 何も変わらない。『蒼い翼』雉子川 夜見(BNE002957)はそう思う。人に人である部位が増え、歪にも増設し、やがては朽ちて死に至る。それがなんであろうと、人を殺す手段であることに代わりはなく。そしてどんな方法を取っていようとエリューションであることにも変わりはない。斬る。撃つ。食らう。血を流し、殺しうるとだけカテゴライズすれば、同じものだ。 「雉子川夜見、参戦させてもらう……」 風見 七花(BNE003013)の吐いた息が、白く染まって夜暗に消えていった。寒い。そう、季節は冬なのだ。それだというのに、どうにもこの話はホラー。怪談であるようで。小学校の頃、図書室で読んだそれを思い出す。人体模型が動くお話。人の形をしながら、明らかに人ではなく。それでいて人らしさが崩れる怖さ。怪談のお化けと違い、殴り返せる分マシというものだが。 『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が強く頭を振っている。ホラー。ホラーときたものだ。仕事を引き受ける前、珍しく憔悴したあの小さな預言者から話を聴くだけで、その晩夢に見てしまった。いつもなら嬉しいことも忘れてしまう夢中の記憶。そのはずが、嫌なことだけはこびりついて離れない。離れてくれない。だから、こうして振り払ってしまおうとしていた。 どういう原理でこんなものが生まれたのやら。『彼岸の華』阿羅守 蓮(BNE003207)にして、その興味は尽きない。しかし同時に、考えてもどうにもならないのだろうとも巡らせながら。解らない。理解出来ない。手段と目的を履き違える前に、パーパスもプロセスも解読不能であればどうにもならない。心底うんざりする。血。血液。そういうもの、正直に言えばあまり好きではないのだ。 自分がもうひとり。そんな望みを叶えてくれるエリューション。自分には不要なものだと『一葉』三改木・朽葉(BNE003208)。父と兄。その寵愛を受けるのはこの身ひとつで十二分。増えてしまっては、その愛情が他に流れてしまっては。例え自分であろうとも嫉妬に消してしまうだろう。それは近い未来で遭遇する彼女にも同じ事。小夜啼鳥。ナイチンゲール。行き過ぎた介護にはご退場願おう。 風に揺られて、枯れ木がざわめいた。人も、獣も、虫の声すらも聞こえない。いい夜だ。暗くて。不気味で。二度と相まみえる事願わぬ拒否を体験するとするならば。こんな夜が丁度良い。 ●純愛ストレイト だから当然のようにそれを目指した。だって、誰にだって幸せで、幸福で、豊かであって欲しかったから。だからそうなることを目指した。結局、誰にも理解はされなかったけれど。 ふらりと、ぶらりと。いつからか。音もなく。それはそこに現れた。目鼻立ち、その輪郭から美女の部類に当たるのだと見当がつく。しかし、両の側頭部に植わった巨大な眼球がそれを台無しにしていた。瞳がそれぞれに動き、リベリスタ達を観察する。 ゆっくりと、唇を舐めて。その艶めかしさが、ただただ異様に気味の悪いものと写った。それぞれが剣を手に。これが怪談の始まり。誰かが走りだして。それが物語を加速させた。 ●割愛トロンボーン それが愛であると信じていた。いつだって、いつだって、いつだっていつだって信じていたのだ。 「こんばんわ。素敵ですね、貴方のそれ……私にもいただけませんか?」 セルマの口から出たそれは、挑発のたぐいではなく本心に近い。異形を見る。自分がなる。それも望むところ。その程度で発狂するほどヤワではないと、自負している。 エリューションの口から、どろりとしたものが流れた。舌を噛み切ったのだろう。指先に塗り広げ、伸ばしてくる腕。仲間へ向かう前に我が身を割りこませた。 ぞっと、頬を撫でられる感触。風に触れ、乾きに痛む。広がる視界。右顔面に大小無数の目玉。複眼の生態もこんなものだろうかと、違和感の中で別なことを感想する。それを無視して、手に持つ枯れ木を目前の女に叩きつけた。クリーンヒット。左側頭部の大眼球がひとつ、潰れて爆ぜる。返り値を受けぬように一歩引くと、追撃を望むべきであったかと刹那眩む。潰れた後から、数本の腕が産まれたからだ。 視界が失われる。否、元のそれに戻ると。増設された眼球らが剥がれ落ちた。目玉を抉る痛みを。人が経験出来ぬほど同時に。脳を突き抜けた。落ち窪んだ眼窩だらけの顔で、ガチガチと噛みあわぬ歯の根。叫びだしそうになる。倒れてしまいそうになる。だが、それは認められない。認めることができない。例え運命と呼ばれる何かを消費してでも。 「この程度の痛み、出産に比べればなんということもありません! 経産婦ナメんなあっ!!」 生えたばかりの腕へと、ななせが鉄槌を振り下ろした。骨がひしゃげる音に鳥肌を立てる。それも、皮膚を突き破った骨に唇が並ぶまでだ。悪寒に身の毛がよだつ。 赤く染めた指先がこちらに向いた。どうやら、標的を自分に移したようだ。それも都合が良い。身を後に反らせ、その反動のまま連撃を叩きこむ。潰れた後から、ひしゃげた後から。次々と何かが生えてきて吐き気を誘う。泡ぼこのように弾けては膨れて。弾けては膨れて。自分がこうなるのかと思えば、忌避の精神が自然と浮かぶ。 腕を、掴まれた。慌てて振り払うも、エナメル質の白いそれが顔を出す。知っている、この歯並びは自分のそれだ。毎日毎日鏡と突き合わす自分のそれだ。自由が効く内に、手を差し込んで力任せに引きぬいた。腕から、抜歯の激痛。およそ体感も想像も不可能なそれに身をくの字に曲げるが、それでも悲鳴を漏らさない。泣き声は、次の攻撃に構えることができない。代わり、健全な歯列の奥から飛び出したものは。 「こんなもの、勝手に増やされても困りますっ!」 啖呵であった。 「美人は好きだけど、多いからすごいってものでもないわよ」 切る。切る。切る。切る。切って切って切り捨てる。腕も脚も首も耳も鼻も頭も喉も瞳も瞼も肩も指も生えて生えて切って切り落として生えて生えて生えてくる。 伸ばされた指先は躱したつもりであったが、飛来した血液がエレオノーラはの顔に触れた。重量感。わらわらと。生えてくるのは五指。血。血液。どうにも、これが切っ掛けであるのだと。理解したからには口伝に務めた。 自立する前に切除する。自傷行為。指を落としたのだという激痛と。それに伴う喪失感。一瞬。一瞬だけ自分の指を見た。生えている。動く。今切り落としたものは不要のそれで、ここにある正しいこれではない。その確信に、表へは出さず安堵した。 刃を構え直す。痛みが尾を引いたが、これが収まるまで口を開かない。歯の根が鳴るか。これが奮えるか。その無様を晒すに堪えられない。ようやっと、痛みが引いたと自覚した頃には、声が平然を装った。 「あたしが怖がってたら、他の子が泣いちゃうじゃない」 切る、切って。切り落とす。 肘から生えた三本目を、夜見は自ら打ち捨てた。痛みと嫌悪感。それと違和感の綯い交ぜになったものが胃から喉にこみ上げる。それをぶちまけたりしない。そうしては、これ以上戦士でいられなくなる。返す刀でエリューションの腱を切るが、後から生えてきた舌で傷口が埋められてしまう。それでもいい。ダメージは入っている。 苦痛も、出血も。自分を怯えさせる手段にはならない。なりえない。その艱難が寧ろ心の惑いを消し去ってくれる。飛ばした血液を盾で防いだ。身を護るそれから腕だの眼球だのが生えてくることはない。どうやら。やはり。人体。少なくとも生命以外でこの忌々しい能力が功を奏すことはないようだ。 ひとを殺すためだけに生まれたようだと、心中で吐き捨てる。ならば、その運命には抗ってこそのリベリスタであるべきだろう。血に滑る柄を握り直し、奮い立てと。白刃は大上段へ。 それは何度目か。七花が解呪の法をうつ。結果は先までと同じ。流れ出る血流を止めることはできても、人を異形にする人体の群れは収まることがない。解析をしても、その異能に関しては仲間の出した結果と何ら代わりはなかった。血液が触れる。その発動条件。いまのところ、自立前に自ら切り落としてしまえば物理的には激痛と出血だけで済むことが確認されている。 得体はしれず。解除の手段は見つからない。考えを巡らせている暇もなく、膝をついた味方への攻撃に、我が身を投げ出すことで前線の維持に奮した。手首に泡立ち、顔をだした唇を切り落とす。これしかないのなら、こうする他はないだろう。痛みが脳に甘い痺れを起こす。失神の誘惑に頭を振って。包み込めと火炎を撒いた。ごうと、風が肉を焼く悪臭を運ぶ。鼻の奥についたが、それが逆に自分の意識を覚醒させた。焼いて。焼けて。ならば倒せもするのだろう。 負傷が激しい。自傷を対策としているのだから当然か。吐息はやめず、歌はやまない。血に触れぬように、なんて。その行いを恐怖に対して目に見える理由を求めたいだけかなどと自己認識ぶってみたものだけれど。どうやら、その見解で間違いはないらしい。 切って切られて。また生えて。それを繰り返すエリューション。女。化物。そのひとつが舞って、振って。自分にぶつかった。服が汚れてしまったな。だとか、間の抜けたことを考えていても攻撃は始まってしまう。飛沫から、首筋に眼球。視界が増えるという強烈な違和感。目眩に脳が揺れるも、表面上は平静を装った。手順は決めている。朽葉は新しい部位に手を添えると、躊躇なく毟り取った。 痛みに硬直するも、回復を試みる。ああでも、と。思いついた。思いついたなら、ほら。実行するしか無いじゃないか。これをこうして、こうすれば。とても素敵になるかもしれない。持ち上げて、月に照らして。少しだけ眺めて。彼女は自分であったものを口元に運び、それに牙を立てた。 深呼吸をして。ひとつ。落ち着け。落ち着くのだとユウは自分に言い聞かす。血が出るのなら殺せると、誰かが言っていた。けだし、金言であると思う。弾頭は嘘をつかせず。貫いて血を流す以上、あれはこの世のものなのだ。 大きな眼球を、銃弾が穿つ。ヒット。的は爆ぜ、代わりに無数の顔が群れを成した。気持ち悪い。恐ろしい。だが、再生が遅くなってきているようにも見えた。自分のそれは、仲間のそれは。正しく通じているのだろう。そう感じる。そう信じる。そうでなければ勇気も苦痛も報われない。あれも撃てば死ぬのだと、縋っていなけりゃ怖くて仕方がない。 気を抜けば歯ががちがちと喧しくなりそうだ。的に、敵にと。集中して。集中して。ここが本当に現実なのかという錯覚も、火薬の轟音が頬を叩いてくれる。引き絞り。牙を向いて。笑みとも怯えとも泣きともつかぬ。そんな曖昧の顔をしながら。 飛来した真空の爪が、エリューションの身体を抉り取る。赤いそれがどろりと流れ、一瞬の硬直を見せるも。その新しい隙間から無数の腕が飛び出した。 「全く、美人は目の保養だって言うのにこんなのを見ると次から警戒してしまうよ、勘弁してくれないかな」 最早人間の原型をとどめていない。傷口は新たな部位の苗床となり、潰れてはそれを餌に肥大する。この期に及んで綺麗なままのその顔が、蓮にはとても気味の悪いものに見えた。大小もなく、左右の対象もなく。数の制限もなく。生えて生えて生えて生えて生えている人間らしい何か。絡み合い、ひしゃげ。巡り合い、潰れ。無残な人間と複合のオブジェ。 思いつきに距離を詰め、魔を拳に乗せて激烈を見舞う。 「血液が媒体であるなら、氷結とは相性が悪いんじゃないかな……なんてね」 その思惑は、正しかったようだ。凍りついた血液は温床を見つけることが出来ず。出口のない檻の中でそこにとどまった。不思議そうに殴られた腹を撫でるエリューション。太腿から生えた腕で行ったことに忌々しさを覚えながらも、蓮はもう一度と拳を振り上げた。 ●失愛ナイチンゲール ほら、皆喜んでくれている。私はとても幸せです。 ぷちぷちと。ぶちぶちと。異音が耳についていた。千切れるような音。繊維のような。細糸のような。その正体に気づいた時、背筋を嫌なものが通り過ぎた。両の目。最早人として限りなく原型から遠い原形質のような固まりに成り果てたそれ。その中で、ただその中で正しくそこにあるとした両の目。閉じられている。縫い合わされている。その糸が、音を立てて弾け飛んでいた。一本。一本。封が解かれる度に悪寒が濃度を増して。誰ともなしに叫んでいた。 走りだす。剣を振り下ろすために、残弾を撃ち尽くすために。恐ろしいことになるのだと。どうしてか。何故なのか。誰もが理解していたのだ。 最後の一品が切れたと等しく、両の目にありったけを尽くしていた。打にして弾が穿ち、剣にして魔が貫いていた。倒れて、覆いかぶさって。泣いているみたいに。笑っているみたいに悲鳴をあげながら。刺して刺して刺して刺して刺して刺して。返り血に気などあらず。全身に付着するそれを拭おうともせず。一心不乱に何度も何度も何度も何度も殺していた。殺しきっていた。 いつか。いつしか。安定が伝播するように皆が皆平静を取り戻して。気がつけば、エリューションはもう動かなくなっていた。どれほど張り上げていたのだろう。喉が痛い。冬の寒風が辛く。戦いが終わったことにぼんやりと安堵しながら。そうして帰路についた。薄く開いた奥に見たものを、速く忘れたいと願うままに。 「あ、あはは、さすがに怖かったですねー……やっぱりホラーは物語がいいかなっ」 笑い声にも、震えが混じっているのがわかる。 「どうも、色々とお見苦しいものをお見せしました」 唇から生えた爪を毟りながら、セルマが頭を下げた。あれが絶命するのと同じくして、生えたそれらは自立することを失っている。 「あたしが怖いもの? そうね……もふもふした動物とお酒が一番怖いわ」 饅頭怖い、なんて古典を。余裕ぶる。怖くなかった、だとか。あの程度、だとか。気を付けなければ、怯えたものを吐き出しそうな喉を叱咤しつつ。 なんとなく、と。七花が周囲を撮影している。何が写るのだろう。もしかしたらと。夜風に身震いして、帰路についた。夢に見ぬようにと、そんなことを祈りながら。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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