● 後は、形も残さず熔かされるのを待つばかりの手足に、一つの意識が宿った。 待たなければ。 再び主が迎えに来るまで。 機能を出来るだけ休眠させればなんとかなる。 待つ。 外敵だけに対応しながらなら、待てる。 主は、『自分』を忘れたりしない。 向こうの世界にとっては、ほんの一巡り足らずのはずだから。 神経回路が絡まるように、複雑に絡み合う金属繊維。 流れる微弱な電子が作る複雑なネットワーク。 それは、腕。 それは、足。 それは、脳。 それは、神経。 武器と防具で武装されたそれは、異形の存在になり果てた。 ● 「戦闘廃棄物が、E・ゴーレムに変化した」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がモニターに映像を出す。 赤っぽい鋼が複雑に絡まりあうワイヤーフレームが球体をかたどっている。 うにの刺のように突き出る矛、槍、盾、剣に杖。 繊毛のように突き出す足。わざわざと動いて見た目より俊敏に移動する。 「後は熔かすだけだったんだけど……これだけの量を処理できる溶鉱炉の手配しているうちに……、エリューション化されてしまった」 「これって……」 「『カードの兵隊』のちょん切った手足。一個の存在になった。どうやら元は一つの存在だったよう。戻ったというか、紙の部分を失ったことで暴走したと言ったほうがよさそう」 ちなみに紙の方は、すでに処理済だ。 「通常攻撃はしてこない。ただし、カウンター攻撃してくる。反撃じゃないから注意してね。加えられたダメージ量を、四種の武器を駆使して、的確に攻撃対象の弱点をついてよねじ込んでくる。当たり所が悪いと混乱をきたしたりしそう。不定形から繰り出される攻撃は、心をすり減らせる。前衛の損耗率はいつもより高くなるね。バックアップ重要」 モニターには、見たことのある市内の空白地。 「ここが戦場。いくらおとなしくても、エリューションはいるだけで強くなるし、増える。増殖されたら、困る」 モニターに映し出されるゴシック体。 『今年の案件の後始末は、今年のうちに』 「がっつんがっつんと粉砕してきて。残骸は今度こそ溶鉱炉に叩き込む」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月12日(月)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● それは、心などない、ただの鋼の集まり。 あるのはわずかに残った戦闘記憶の断片と、リンクしていた宿主の波動。 それもあいまいで混ざり合い、ボトムチャンネルに巻き込まれ、変質していた。 ただ、あり続けたいのだ。 思想もなく、思考もなく。 それが欲望。 欲望に特化された、エリューションという存在。 なにもしない、そこにあるだけであったとしても。 百年眠らせてやれるほど、この世界は頑丈じゃない。 ● 冬の朝。 冬至も近い。 薄暗い明け方から準備していたリベリスタは、周囲が明るくなったと同時に作戦を開始した。 ゴン、ガン!! 巨大な扉を、棍棒が打つ。 『絶対鉄壁』ヘクス・ピヨン(BNE002689)の構える楯に阻まれて、E・ゴーレム「アーム・レッグ・ブレイン」は、『素兎』天月・光(BNE000490)も、『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の二人を傷つけることは出来ない。 まみえて、数十秒。 その間リベリスタが繰り出した攻撃は、わずか二発の五月雨状態。 リベリスタの攻撃が、そのまま返ってくる。しかも弱点をついて。 更に、今まで積み上げた加護やらもはずされ、混乱もするという。 殴っていては、回復も追いつかないし、同士討ちで目も当てられないことになる。 だから。 殴るのは、三人のうち、集中を重ねた一人だけ。 カウンターは硬いヘクスにかばってもらう。 ヘクスが傷ついた時は、体の傷は『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)、生じた心身の異常は、ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が癒す。 メンタルアタックに関しては、人間気力充填装置の『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)と『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)が二人がかり。 一度に与えられるダメージ量と、倒すのに必要な総ダメージ量。 絡み合い、無数の楯を振りかざす鋼の玉を前にして。 それでも、誰も倒れない戦い方を。 気の長い、戦いの幕が開いた。 今の所、双方ダメージゼロだ。 (こんな姿になっても主を思いますか。それは尊敬に値します。なのでヘクスがその攻撃をすべて……とは言えませんが全身全霊をもって受けきって差し上げましょう。あなたの因果応報受けて差し上げましょう……このヘクスに弱点はありません……さぁ、砕いて見せてください) 『仁狼』武蔵・吾郎(BNE002461)が、速度を無骨な刃に乗せる。 十分に狙いどころを定めた一撃は、針金で出来た神経節の一つを切り飛ばす。 受けたダメージと同じダメージを寸分たがわず、相手の弱点に反射する複合攻撃がヘクスを襲った。 楯で抑えても半分も止められない。 ぎっと音を立てて、身体中の関節全てが悲鳴を上げた。 刺突には刺突を。斬撃には斬撃を。 吾郎の分厚い刃と同じ衝撃が、複数の剣によって形成され、ヘクスの分厚い鎧を断ち割った。 異形だ。 細い手足がまぜこぜになり、手を強化するため、他の個体の足が巻き付き、ばねを形成し、瞬発力を上げている。 原型などかけらもない、破壊され、廃棄され、溶かされるばかりだった「モノ」の成れの果てだ。 そして、その身で味わうことになる因果応報。 指先から力が抜ける。 物理的に、精神的に。 胸の中につめたい風が吹き抜け、何もかもが敵に見える。 ヘクスの様子に、ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は、異状払いの光を放った。 (つまりは……、以前この世界にやって来た、異世界の兵隊の…残骸の、成れの果て。……帰りたかったのですね、彼らは。もう本来の形を喪って、その在り方が壊れてしまった今でも、変わる事無く……) 秩序なく腕を足をうごめかせる塊に、その切れ長の青い目を細める。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、ヘクスの背に符を貼る 。 「うむ、この日のために回復の腕を上げてきた。存分にカウンターを……やっぱりうけないでほしいな 無理はなさらぬよう」 そう言い置いて、背後に下がる。 (あまり戦闘では役に立てない自分が誰かの役に立てるのはとても嬉しい) ヘクスのいえて行く傷口を見て、雷音はわずかに笑みを浮かべた。 (……きっと彼もそうなのだ。大切なひとの役にたちたい。迎えに来てくれると信じて……だけど、ボクに彼の心を癒すことはできない) それはモノだと割り切ることは、まだ少女である雷音には難しい。 動いているものには、心があると思いたい。 (ボクは、やっぱり無力だ。けれど、今できることをするのだ) 今、このとき、雷音にできるのは、最大限の癒しだ。 これで、一ローテーション。 針金玉にダメージは、ほとんど与えられていないように思われた。 どちらかというと、メンタルアタックで削られている分が痛い。 「まだまだこれからだな!」 光が活を入れる。 そう、まだまだこれから。 拷問の中に一定時間に一回だけ、微弱な電気ショックを与えるというものがある。 戦いは始まったばかりだった。 ● さて、そろそろ。 光とジョンは、目を見交わした。 事前に関連報告書を熟読し、 アザーバイド『王子様』の装束、立ち居振る舞い、口調を研究してきた両名。 膠着する事態の進展のため、二人は沈黙する鋼の玉の前に立つ。 「待たせた。そなたの忠義、見事なり。いざ、我らが故郷へ共に帰らん」 「今日までの苦労は報われたのだ」 ジョンの台詞に合わせて、光も『魔法使い』として語る。 よく研究された、「王子様」によく似た、即席の影武者としても上等の偽装振りだった。 その証拠に、E・ゴーレムから、ごくごく細い繊毛のようなものがそろそろと伸ばされたのだから。 そして、ウサギの耳を隠すためフードを目深にかぶった光に向かって、ゆっくりと点滅を繰り返す。 長い沈黙があった。 繊毛は、ぺしぺし、ぺしぺしと、何度も『王子様』と『魔法使い』の体表面をこする。 光とジョンに判る訳もない。 それが、エリューションに残った、アザーバイドとしての反射行動の欠片。 けれど、ボトム・チャンネルの生物にはどうすることもできない存在の差異。 できるはずのない『再接続』を申請する仕草であったことなど。 再び絡み合った鋼の中に収納され、点滅は収まった。 E・ゴーレム「アーム・レッグ・ブレイン」は、その基本行動を変更した。 待機から、逃走へ。 ゴーレムの元になった『カードの兵隊』は、元々アザーバイドの外付け強化ユニットであった。 『王子様』や『魔法使い』と、深い結びつきがあったのだ。 その接続作業を申請し、拒まれた。 それは、用済みの道具であることを意味する。 主は『自分』の存続を望んでいない。 致命的にまで善良な彼らが共に連れ帰ってくれたとしても。 再び『カードの兵隊』として作り直されるだろう。 存在したい。ただ、ただただ今あるままに存在し続けたい。 この『自分』で存在し続けたい。 エリューションは欲望のままに存在し、行動する。 倒されてはならない。 『主』につかまってもならない。 ずっと、このまま、あり続けたい。 矛盾する。 だから、壊れていく。初めの考えが崩れていく。そして、欲望は純化されていく。 それがエリューション。 大事な物から、なくなっていく。 「残念ながら、戦闘続行を」 『王子様』の衣装から、元の導師服へ。 ジョンは、小さく呟いた。 ● 武器や楯を持った腕と同じだけ、足も突き出している表面。 次々と地面を蹴り、重たげな鋼の塊がゆっくりと転がりだす。 とおくにぼんやり市街地が見える。 非常に広い空白地区の中を、鋼の玉が転がっていく。 (盾軌道予測、弾道設定、この角度からなら!) 「ターゲットロック、ファイアファイアファイアァァァ!!」 トリガーハッピー! エーデルワイスのフィンガーバレットから放たれた弾丸が、百重の楯の隙間をとって、神経節を打ち抜いた。 鋼の飛礫が飛んでくるのを、ヘクスの楯が防いだ。 逃げ始めた「アーム・レッグ・ブレイン」の様子に、雷音は眉を寄せた。 (そのまま、そのまま消えてしまえば、心を持たずに消えてしまうことができたら幸せなのだろうか? それとも……ボクは少女だから、わからない……わかりたくない) 欲望と心を統合で結んでいいのだろうか。 ヘクスに手を伸ばす。 大きく息を吸い、符を発動させる。 (失敗しないように落ち着いて。ゆっくりなのだ、冷静に心を落ち着けて回復だ) 転がりだすゴーレムの様子に、胸を痛めているのは雷音だけではない。 「貴君等の忠心 尊敬にも値する しかし 申し訳無いが……」 貴君等と雷慈慟が呼びかけたのは、ある意味正しい。 それは複数存在であったもの。 そして、今は混同した「一つ」であるもの。 悪霊ならば、「レギオン」とでも呼ばれるべき存在。 (事情を察する事が出来たとしても、既に自分の手は血塗れ。今更躊躇う事も無い) 雷慈慟は、束の間目をつぶる。 (懸念を排除、修正する) 「んで殴った感じ、どっちの方が通ると思う?」 インターバル。 付与が切れるターンは皆で一斉に付与をかけなおす、ローテーションも1回ストップする形だ。 多重攻撃と音速攻撃の両方を複数回試してみた吾郎は、エーデルワイスと光を振り返った。 「ソニックの方が、通ってるっぽい……かな? こうガンガンって感じで」 うさみみを揺らしながら、光が応じる。 「鳥頭森は? 烏頭森の方が威力的に判断しやすいだろう」 エーデルワイスは、神秘攻撃も可能だ。 「物理で硬いので、ヘッドショットもやってみたんですけど、大差なく感じます……なら、節約して、バウンティの方がいいでしょうか」 エーデルワイスも、ううむと唸った。 バウンティなら、うまくいくと二回撃てるし。 トリガーハッピーたるもの、引き金は常にひきっぱなしが望ましい。 フィンガーバレットのトリガーは、脳内麻薬のトリガーだ。 さまざまな属性をもった個体が一団となっているのだ。 明確な弱点は見当たらないだろう。 「もどかしい気はするが、焦っても仕方ないしな」 その間にも、全力で空白地帯から山間部に逃走しようと移動を続けている。 その後を後衛が追う。 「いけません。このままでは、前衛の攻撃範囲外から逃げられてしまう」 どうにかして足止めせねば。 ジョンが気糸を放ち、ゴーレムの足を文字通り全て麻痺させる。 微細な腕が、ジョンの体を緊縛する。 注入される毒に、青ざめるジョンを、すかさずユーディスの放つ光が包み込む。 気糸の罠は傷をつけない。 「今なら……!! 來來氷雨!」 雷音が宙に放った符が、十一月の大気を凍らせ、針金の隙間を氷の粒で埋めていく。 急速な温度変化が、金属を内部から痛めつける。 仁義を切り、体のギアを再びトップに切り替えた三人が、猛然と戦列に復帰する。 神経回路そのものが麻痺している今のうちに、できる限りのダメージを。 ユーディスも、ゴーレムが麻痺状態であることを確認し、巨大な槍をとり回し、その穂先を針金の玉に叩きつけた。 少しでも早く。 ● 攻撃機会を犠牲にしながら、全員の安全を図る。 強靭で堅牢な鋼の玉をほふるには、長い時間が必要だった。 削れていく魔力は、雷慈慟とジョンによって充填された。 しかし、気力はどんどん削れていく。 長い長い戦闘時間に、リベリスタ達は徐々に疲弊していく。 それでも、麻痺を誘う攻撃を繰り返し、距離を詰め、全員で攻撃をする機会が貴重だった。 連撃出来る一瞬がエーデルワイスを狂喜させ、吾郎の血をたぎらせ、光の足を躍らせる。 そして、ついに。 絡み合った鋼は、放り出された知恵の輪のように、球状であることを、『自分』であり続けることを放棄せざるをえなくなった。 「君たちは姿を変えてまで本当にすごかった」 光は、肩で息をしている。 「ハスタラビスタです、兵隊さん。来世があるなら未練なき終焉を」 エーデルワイスは、また逢う日まで。と、動くのをやめたゴーレムに語りかける。 ヘクスは楯に興味を示し、光は剣に興味を示す。 「トランプ柄の剣か?」 そういいながら、楯を拾い上げようとした光は怪訝な顔をした。 手と楯、手と剣。 分離できるものではなかった。 手が剣であり、手が楯であった。 絡み合ったそれから、一つだけ分離することは出来ない。 全は一であり、一は全である。 ユーディスは、 「残骸を残らず回収しましょう」 と、皆を促した。 (……既に彼らとの世界を繋ぐ、狭間の門は閉じている。異界で果てた『魂』は……彼らの世界へと還る事が出来るのだろうか……) などと、考えながら。 「とりあえずはこの鉄の塊をどうするのか気になる所ではあります。とかしてもエリューションになってる事は変わりないと思うのですが……」 振動にヘクスは振り返る。 近づいてくるトラックに向かって吾郎は叫ぶ。 「溶鉱炉の準備はまだか! もう一回とか言われても困るから頼むぜ?」 ――準備できてます―― 叫び返してくる声。 光やヘクスが望むものになって購買部に並ぶかどうかは、今後の研究班のがんばりに拠る所となるだろう。 ゴーレムが回収される様を見て、ヘクスは眼鏡を掛け直した。 「久しぶりに面白い戦いが出来たと思いますしね」 雷音は、ぽちぽちと養父に向けてメールを打つ。 『モノに心が生まれるのは幸せなことなのでしょうか?答えはでませんでした』 いつか、答えが出るだろうか。 真白い太陽は、何も答えてはくれなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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