● ただ、あなたの幸福を祈れるだけで良かったのです。 ただ、あなたの幸運を願えるだけで良かったのです。 だからわたしは、あなたに。 「――――――」 けほ、と咳き込む。 呼気と共に漏れる、粘った血は、しかし温かくて。 それがわたしの生を、未だに実感させてくれる。 けれど、それも、もうすぐ終わり。 人の身にそぐわないキセキを願った代償は、わたしを醜く、非道な死に様へと追いやっていた。 饐えた臭いのするゴミだらけの一室。害虫や鼠が這い回るちっぽけな空間こそが、今のわたしのたった一つの世界。 空腹と喉の渇き、眩んだ視界と冷え切った手足の末端は、わたしの死を如実に表していた。 それでも、わたしは嘆かない。 笑っている。嬉しそうに、わたしは笑っている――のだろう。 だって、ねえ。そうでしょう? わたし一人が無惨に死に絶えるだけで、救われるものは、あまりにも大きいん、だから―― ● 「……余命一年未満と宣告された青年が居ました」 ブリーフィングルームに、鈴を転がしたような清廉な声が響く。 『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000018)。アーク内でもとりわけ知名度が高い彼女は今、静かに瞑目しながら、眼前にいるリベリスタ達に小さな物語を語っている。 「明確な治療法もなく、唯寿命を削りながら病状の進行を遅らせるだけの空しい闘病生活を送る彼を、恋人の少女は見守るしか出来ず、それを悔やみ続けていました。 そんな彼女を、一人の悪魔が誘惑しました。『君の幸せな結末と、彼の不幸な末路を交換しないか?』と」 「……」 リベリスタ達は、何も語らない。 解っていた。普段とは違う気配を纏っていた予見者がこうして『自分に』語りかける意味――その悲業の物語を自らに納得させたいのだということを。 「受け取ったのは、白と黒の一対のピアス。 悪魔はそれを少女と青年に一つずつつけるように言って、姿をかき消します。 言うとおりにした少女は黒のピアスを自らに着け、何も言わずにただのプレゼントとして、青年に白いピアスを贈りました。 取り付けると同時に肉に食い込み、離れなくなったそれは、少女に多大なる不幸をもたらす代わりに、青年の身体をみるみるうちに快復させていったのです」 拍。 僅かな静寂の後に、遂に目を開いた和泉がリベリスタに言った。 「……今回の目的は、このアーティファクト、『Exchange of Fate』の片方を回収、若しくは破壊することです。 対象となる女性は自らが死ぬまで運を吸い続けられてからの死を望んでいますが、それを叶えるわけにはいけません。それは、無意味で不利益なことですから」 「……無意味で、不利益?」 漸く問い返したリベリスタの一人に、和泉はこくりと頷いた。 「……件の青年に与えられた白のピアス、『黒のピアスをつけたものの運を吸い取る』と言う効果を持ったそれですが、彼の男性がつけているのはそれに似せた模造品です。 本物の白のピアスは、少女へ黒のピアスをもたらした悪魔……フィクサードが身につけて居るんです」 「……!」 誰かが、言葉を発しようとして、止めた。 激情を此処ではき出すことに何の意味もないと、それをすんでの所で理解したから。 「このまま少女を、少女の運を吸い取るアーティファクトを放置しておけば、フィクサードは運勢という最も強力な武器を蓄え、私たちに鋭利になった爪牙を振るう可能性があります。 そうなる前に、少女のアーティファクトを――」 止まり掛けた声。 上ずったそれを、しかし、どうにか嗚咽へと変えないようにしつつ、和泉は言う。 「『少女と生命を直結させたアーティファクト』を……回収、若しくは破壊してきてください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月23日(金)22:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 曇天、だった。 光源を必要とするほど暗くはなく、けれど、人の目を焼くには些か弱い。その程度。 見上げるのは、集った六人のリベリスタの一人、『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)。 「……降りそうね」 ぽつりと、声が漏れる。 嫌気の響きはなく、寧ろ希望を出すような、微々たる明るさで。 降り注ぐ雨が、やがてこの頬を伝い給う涙を濯いでくれるならと。 ――此度、彼らがその命を断つのは、愛し人を想う一人の少女。 不治の病にかかった彼を救うため、自身の幸運を手放し、彼の不運を吸い込もうとする健気な姿勢を、だが、運命はあざ笑った。 (なんなの……許せない。 人の生命を何だと思っているのよ……!) きりきりきり。小さな音が鳴る。 握った拳の指々は既に末端を白くしていた。その爪が皮膚を裂くより早く、そう、と拳に手を重ね、悲しげに首を振った『ランペイジブロッサム』葛葉・颯(BNE000843)。 「悲しいね、くそったれな悪魔ダネ……。 優しい子なのはよく分かるョ……だからこそやりきれない」 天の邪鬼を繕うだけの『青い』少女の胸中を理解し、けれど、それ以上の感情移入を許さぬ吃とした言葉。 その先を、けれど音には為さず、イーゼリットの目を見て伝える姿は、悲しい。 ――せめて一思いに、ね? 「誰かのためにと思ってしていた事が実は無駄な事だった。喜劇としても、よくある話ではありますね。 ……当人達にとっては笑い話で済むことではないのですけど」 「そうね。これは作り物の劇じゃなく、悲しいお話。そしてありふれたお話。このままいけばそれでも綺麗なお話で終われたと思うわ。 『少女は初恋の人との別れを胸に生きていきます。』ってね」 淡々と語る『残念な』山田・珍粘(BNE002078)に、静々と謳う堀・静瑠(BNE003216)。 声も嗄れよと祈りを叫ぶ少女の想い、それを蹂躙した悪魔――フィクサード。 運命を拾う白のピアス。運命を奪う黒のピアス。前者を彼に、後者を自身に取り付けた少女は、自身の何かが衰え往くのも構わず、彼氏が救われることに自分を捧げてきた。 それが、その白のピアスが、偽物であると言うこと。本物はフィクサード達が身につけ、少女は縁も所縁もない者に自身の全てを捧げることとなったことになったとは、思いもしていない。 けれど――と、静瑠は言う。 「仮に、その本物を彼氏がつけていたとしても……その子の行動は、個人的には嫌いな選択だわ。 自分の心が苦しいからって自分が死ぬことで相手を助けるなんて。だって、それは相手にその苦しみを押し付けることだもの」 けれど、その言葉は、所詮今更のもの。 だから、彼らはせめて、少女の死に際にだけは、救いが欲しいと願う。 その覚悟は、有る。 「……赦せとは言わないさ、恨みも妬みも甘んじて受けよう。だが無知であったからこそ救われることもある。 何より知らなければ、余計な絶望を味わうこともないだろう?」 ――これ以上一方的に利用されないよう、件のピアスを破壊する。そう言い放った『深闇に舞う白翼』天城・櫻霞(BNE000469)。 崩界を食い止めるためという大義の元の行動であれど、それを理由に責任から逃れ、隠れない。 その姿勢はきっと、尊いのだろう。――愚かとも、言えぬ訳ではないが。 「ともあれ、な」 決意を、想いを、それぞれ吐露する彼らを纏めつつも、『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は、傍らの櫻霞にそっと問うた。 「アイツらが戻ってくるまで、あと少しだが……上手くいくと思うか?」 「さてな。最も、向こうがそれ相応の対策を全く取らないとまでは、俺も考えてはいないが」 ● 「……は。彼の、カルテ、ですか」 「ええ。あの子の両親に頼まれまして、暫く看護のお手伝いをしようと思うのですが、その際の公休申請に必要でして」 比較的規模の小さい病院にて、ささやかな会話が診察室に響いた。 席に座り、医師と対面しているのは『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)。そして、その部屋の外では『虎人』セシウム・ロベルト・デュルクハイム(BNE002854)が待機していたのである。 彼らは実際に少女の前へ臨むより先に、具体的な情報を得る為、件の青年が在する病院に訪れていた。 被害者である少女に対して説得を行おうとする者達――その助けとなるべく、実際の証拠を得ようとする二人であったが、当の本人の病室は面会謝絶の札が掛けられており、担当医から聞き出そうとする情報も、その殆どがのらりくらりとかわされ、重要な情報が医師自身から語られることはない。 「その……そうは言われても、ですな。先ず貴女が彼の親族であることを証明する書類をご持参いただくことが必要不可欠ですし、実際に申請しても直ぐに出せるというモノでは……」 「お願いします」 余計な言葉を差し挟まず、唯静かに一礼する彼女に対し、医師も嘆息せざるを得ない。 「ふう……解りました。一応確認はしてみます」 「確認、ですか?」 「ええ。あなた方、彼の方々が言っていた……確か、リベリスタさん、ですよね?」 ――――――! 何気なく返された言葉に瞠目するよりも早く、胸ポケットに入れた端末を操作する医師が、二言、三言言葉を交わした後に、再度彼女へと向き直った。 「伝言をそのままお伝えいたします。 『クソガキ。ソイツはルール違反だろう? お前らに許されてるのは何も知らねえあの女の怨嗟を喰らって泣きわめきながら懺悔するコトだけだ。 それでもやるってんなら、良いぜ。やれよ。じっくり時間を掛けて院内のスタッフ全員にかけた魔眼の内容を、阿鼻叫喚に代えて教えてやるさ』」 「……っ」 手にした端末にティアリアが手を伸ばすよりも早く、それを床にたたきつけ、踏み砕いた医師は、がくんと身体を揺らした後に、壊れた端末を見やった。 「あれ? ……って、わあ! 折角買い換えたばかりなのに、何時の間に……あ。 ああ、すいません。ええと、本日はどのようなご用件で来たのでしょうか?」 ● ぎぃと開いた扉の音が、やけに少女の耳に残る。 視線を向ける。その仕草すら緩慢でありながらも、その瞳の焦点は未だ、定まっていた。 「……誰」 死人、のような、声。 掠れて、不明瞭で、小さく、低く、およそ生きた人間が発する声とはどれとも違った音色に、リベリスタ達が総毛立つ。 そして、堪える。内に秘めた感情が激しければこそ、その態度に表さないよう耐える事は困難を極めた。 最初に、彼らの前に出たのは、静瑠。 小さな、茶目っ気じみた礼をして、しかし妖艶な笑顔で語る言葉は。 「初めましてお嬢さん。あなたのピアス頂戴♪」 「!!」 少女の瞳が、見開かれた。 何故それを、と問う疑念。奪われてはならぬと言う焦燥。濁々とあふれ出す感情を気づかぬ振りして、更に前に出て言葉を発したのは珍粘。 「貰えるのなら、私達は嬉しいし。貴女が痛い思いをする事もない。お互いにとって、良い結果ですよね」 何より――と、一拍を置いた彼女が笑顔のままに放つ言葉は、 「恋人とは言え、たかが男一人のために人生を棒に振ることもないでしょう?」 「……っ」 どうしようもなく、残酷。 激情が身を焼き始める。人の思いを、決意を、愚かと詰るこの女をめちゃくちゃにしてやりたいと思う。 けれど、未だ彼女は動かない。 唯、憎しみを込めて叫ぶだけ。 「貴女なんかに、何が……っ!」 「あはは! 残念ね。どちらにせよ、死ぬのよ、貴女」 その言葉すら、イーゼリットが遮った。 哄笑と共に放つ無惨な真実は彼女の心に僅かばかりのヒビを入れながらも、だが、それだけ。 「私達がそれをもらったとしても、カレシさんが助かることには、かわりないじゃない? 今にも死に行く貴女がつけているよりも、いいと思うんだけど?」 「……勝手なこと、言わないでよ」 解ってない、解ってない。 この人達は何も解ってない! 「死ぬなんて解ってる! 私は唯、助けるためだけにあの人に私のシアワセをあげるんじゃない! この命の一欠片ですら、幸福に変えて、あの人のこの先の人生、少しでも幸福になって欲しいから……!」 馬鹿な女と言えば、それで終わりの、どうしようもない決意。 それを――しかし、笑えぬ事が、今の彼らの胸中を暗示している。 「私の事なんて忘れて良い。ううん、忘れて欲しい。 私なんかよりもっとキレイで優しい人と恋して、友達も、お金も沢山手に入れて、そうやって素敵な未来を作って、たくさん、たくさん、私が嫉妬するくらいに!」 嗚咽混じりの声音。自身を踏み崩されても、思い人の幸福を願う間違った自己犠牲。 鈍い痛みを伴う陵辱者達の言葉の針を振り払うように、 「それくらい……それくらい、私はあの人が、好きなの……!」 決意を告げて、立ち上がる。 向かう先は、居間に面したベランダの窓。よろついた足で逃げようとする彼女を、しかしその間に自身を挟めて止めたのは、颯。 「邪魔、しないでよ……」 「……小生は」 君の不幸を奪いに来た。そう言おうとして、しかし、止まった。 信じるものか。その言葉の裏付け一つ、自分たちは持ち合わせていない上で。 僅かに、しかめた顔が次いで放ったのは、全く別の言葉。そしてどこか似通った言葉。 「私達は悪なのだよ、だから……そのピアスを渡して貰うのだョ。その結果がどうあれネ」 「嫌よ、嫌。どうして、何で、私が……」 ――私が死ぬまで、待ってくれなかったの? 言葉、一つ一つが、重く、冷たい。 無言で、無表情で、それまで佇み、静かに異界の陣を組んでいた櫻霞は、唯、淡々と告げた。 「奪わせてもらう、それは貴様には過ぎた代物だ」 「――っ!」 その激情が頂点に達したとき。 黒のピアスが、闇を纏う。 「……交渉決裂、ですね」 珍粘が発した言葉は、恐らく全員の心を指したものでもあったのだろう。 ● ティアリアとセシウムが現れた時、戦闘は開始直後の展開を見せている。 「あら、パーティには間に合ったかしら?」 「……どうかしらね」 苦笑混じりに言った静瑠の精撃が、少女を――否、少女のピアスを叩く。 ぎりん、ぎりんと不快な金属音を発するそれが砕けることは、だが、未だ見られない。 返す刀と放たれた黒の光が帯を為し、彼女の身体に絡み付く。 痛みこそほぼ無いものの、全身に圧し掛かる運命の重石は静瑠の行動に大きな制限を掛けていた。 具体的な攻撃方法がない以上、戦いはどう見てもリベリスタ達に分があるのだが、しかしピアスの耐久力は意外にも高い。 尚かつ、放たれる不運と不吉、二種の縛鎖が彼らの行動に大きな阻害を掛ける。腕に鉛でも乗せたかのような気怠さは彼らの攻撃を思うようには当てさせてくれない。 リベリスタ達が事前に練った策の一つ……『少女に敵意という強い意志を抱かせることで、ピアスが少女を支配することを防ぐ』と言う案がなければ、戦闘は恐らく、もう少し苦況に陥っていたことだろう。 だが、 「手に入らないなら仕方ない、破壊させて貰うぞ」 リベリスタ達は、既に少女を自分たちの策に掛けていた。 こうなれば、ピアスはどうしようもない。唯自身の自衛能力を活用してリベリスタ達を迎撃――妨害するのみである。 「撃ち抜け」 櫻霞の気糸が針のように鋭く、ピアスの縁を削る。 徐々に徐々にと醜い痕を増やす破界器は、未だ砕けない。 それは、時間を掛ければやがて壊れることを意味してはいたものの。 「……止めて!」 しかし、彼らの誤算が一つ。 それは、少女がピアスを庇おうとする可能性。 唐突に始まった異常な戦いに呆然としていた彼女では有るも、それが我を取り戻すと同時に、彼女はピアスを両手で包み、守るようにうずくまった。 『少女』ではなく『ピアス』を攻撃することばかりを念頭に置いていたリベリスタ達の攻手が、其処で一旦、止まる。 「……っ」 苦々しげに、咥えた煙草に歯を立てる颯。 此処で少女を殺すことは簡単だ。どうせ破界器に殺される命と思えば、突き立てる刃も幾らかは軽くなるだろう。 それでも、やはり、振るえない。 それがリベリスタとしての矜恃か、唯一人の少女を想う颯個人の感傷かは、解らないけれど。 「……聞いてください」 意を決したように、前に出たセシウムが少女に声を掛けた。 止めようとするティアリアの手をそっと離して、彼はアーク伝てに手に入った青年の写真を、少女へ見せる。 「……これ」 「貴女がつけているピアスは、本物です。つける人の幸運を奪い、不運を与える。 けれど、この人……貴女の恋人がつけているピアスは、その本物の模造品なんです」 「……」 「恋人の快復は、本当ではありません。貴女がこれ以上、そのピアスをつけていても、彼が元通りに助かることは、決して、無いんです」 必死に、訥々と、ほんとうのことを少女に教えるセシウム。 かたかたと、震えながら。少女は、その言葉に首を振る。 「……信じない。だって、医者の人も言ってた。良い傾向だって。奇跡的に助かるかも知れないって!」 精神の均衡を失いかけている少女が、セシウムから後ずさるように離れ、指を差す。 その姿は、まさに狂気のそれで。 「適当なことを言って、私からこれを奪う気でしょう!? 嘘吐き、卑怯者、詐欺師! 私は、絶対にコレを渡さな――」 そんな彼女に、ぱん、と、平手を打ったのは、イーゼリット。 怒りに、そして悲しみに満ちたその表情を、最早隠すこともせず、彼女の両肩を掴み、揺さぶる。 「まだ分からないの!? 仮に貴女のピアスを先んじて奪ったとして、私達に、何の利があるの。私達が貴女を利用したいのであれば無駄でしょう。無駄なことをしているのは何故だと思うの」 「それは……」 「あなたの彼……対のピアスは付けていないの……つけているのは、あなたにそれをくれた人なの!」 証拠もない。証明もない。 言葉だけの空しいシンジツ。信用にすら値しないそれ。 ……だけど。 「……そっか」 指先が、黒いピアスに触れる。 感触だけでは何にも変わらないそれなのに、それに指を近づける度、言いようのない悪寒が身体を吹き抜ける。 「だとしたら、相当のバカだったんだね。私」 そう言って、少女は、笑った。 口先だけの甘いキセキに踊らされて。 誰にも何も残せず、ただ奪われるだけの、間抜けな女。 そう、彼らの言うことが、全て本当だったら。 「……けど、ね」 僅かな可能性でも、希望なんてきっと無くても。 それでも私は、彼を救えると、そう言ってくれたあの人達を、信じたくて。 「……!」 たん、と音を立てて、颯の横を通ろうとする少女。 それを、止めようとした颯の身体を、がくんと、悲劇的な不運が足止めする。 後に遮る者はなく。唯、外に飛び出すのみを。 セシウムと静瑠の銃弾が、足を穿つことで食い止め、 イーゼリットの魔曲が、止まった彼女の胸を貫いた。 「あ」 間抜けな短音と共に、その細い身体が、ぱたりと床に伏す。 其処に少女の終わりを見たのか、闇を纏ったピアスはなりを潜め、ちりんと床に転がった。 ● 心臓を貫かれ、その命を、生きる事を絶たれた少女は、ぱくぱくと口を開閉し、何もない虚空に手を伸ばしていた。 ――良かった。 かすかに、呼吸音に混じって漏れ聞こえる、無声音。 ――これで、もう、私が居なくても、大丈夫、だよね? 汚れ、窶れた顔に、笑顔が浮かぶ。 そうして、少女は終わった。 戦いの幕切れには余りにもあっけなくて、けれど、深く記憶に残るそれを、誰も口にしない。 ゴミだらけの部屋に浮かぶ死体。とろとろと流れる血が汚すのを構いもせず、櫻霞はその傷口をそうと塞いだ。 「……待ち人ともすぐに会えるだろう、済まなかったな」 広がる、苦い感覚を堪える。 せめて遺体だけでもと丁寧に拭う櫻霞の傍に座って、同じ作業を始めたイーゼリットは、唯一言、最低、とだけ呟いた。 それを見守る静瑠は、ちゃら、と片方だけのピアスを弄びつつ、最早応えのない少女に言葉を告げる。 「お嬢さん、奇跡なんてロクでもないものよ。そんなものに頼らずにあなたは現実を受け入れるべきだったのよ。」 「どうでしょうね。今の彼女の結末を多くの人は可哀想と思うでしょうが、それは違う。 誰かのために命を賭ける、その選択が美しいのです。結末なんておまけです」 振り返る静瑠に、珍粘は薄く微笑む。 今の彼女を哀れと呼ぶ者、そうでない者。語られる意見は互いに正しく、互いに間違い。 静瑠は小さく息を吐いて、ピアスを中空に弾く。 「……まあ、一番気に入らないのは、少女を間違わせたフィクサード、だけどね」 浮かぶ破界器が地に墜ちるより前に、静瑠の得物がそれを千々に砕いた。 ――何時か、と。それだけを口にして。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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