●天珠の争乱 詩が響く。 其は紡がれる神秘。其は奇蹟の歌声。奏でられるは世界を軋ませる形在る幻想。 祈祷、総和、詠唱――唄に導かれ世界が答を返す。 降り注ぐ石礫。周辺の地形より転送された小石が速度と重力を累加され雨と射る。 地上で交わるは赤と白と黒。それぞれに翼をはためかせた翼在る者が交差しては武を振るう。 「――姫様、もう此処は限界です!」 眼下に広がる惨状に、唇を噛み締めたのは一際目立つ黒髪黒眼。けれど白い翼。 他の白翼の持ち主には決して無い漆黒の色彩を持つ少女は、呼ばれても視線を外さない。 「あと少しだけ、もう少しだけ持ち応えて下さい」 良く見れば、黒翼を持つ兵士はまともに戦ってなどいない。主に対するのは白と赤。 黒樹を折った様な粗末な槍を手に振るう白翼の兵に対し、 赤翼の軍は明らかに金属の輝きを持つ鎧に身を包み、輝く武器を振るう。 優劣は明らか。瞬く間に白翼の兵が倒れて行く。その間にも互いに降り注ぐ石に枝に大量の砂塵。 歌声は止まない。その間にも幾つもの命が喪われている。 本来であれば劣勢側が瓦解しても可笑しくない半ば一方的な戦い。 だが、白翼の兵の瞳に悲嘆の色は無い。痛みに顔を顰めても、その眼は勝利を確信している。 ――天空より一迅。風が、吹いた。 「……来た」 赤翼の騎士が呟いた。その瞬間、赤翼の軍の動きが一気に鈍る。 吹き抜ける鮮烈なまでの鋭い風。響く巨大な羽ばたきの音。白い光が空より舞い降りる。 「奴が出たぞ! 弓兵構え――!」 赤翼の将が叫ぶも、光は尋常なサイズでは無い。完全に戦意が引いている。 今だ、と。黒い髪に白い翼を生やす勝利は声を上げようとする。上げようとした。 だが――上げられない。気付けば一瞬前まで何事も無かった彼女の周囲に亀裂が走っていた。 それは地面の亀裂では無い。それは空間の亀裂では無い。それは世界の亀裂である。 「まさか……これを狙って――!」 “それ”が出現するタイミングを狙ったとしか思えない。共鳴する詠唱が亀裂を結び穴を生み出す。 「――――っ!!」 足を取られ、少女は墜ちる。暗い昏い穴の底へ。視界が暗転する。 世界は積み上げたパンケーキの様な物だ。上に立った物が落ちれば下のパンケーキが受け止める。 故に、少女は再び潜る事になる。世界の穴を。底界への門を。 白い翼が、月灯り無き夜に――降る。 ●星空三度 「さて、招かれざるファンからのラヴコールだ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)がしれっとモニターを操作する。 表示されたのは黒い四翼の鴉。「アザークロウ」と名付けられた異世界の妖鳥である。 「出来れば二度と見たくは無かったのが本音では有るんだろうが、また出現した以上は仕方無いね。 識別名『アザークロウ』先ずはこれの討伐がお前達の仕事になる」 アザーバイドは放置しておくと世界に悪影響を及ぼす。このアザークロウも勿論例外では無い。 エリューションに比べれば危険度が低いとは言え、立派な崩界要因である。 唯でさえジャックや賢者の石の一件で世界の不安定さは増すばかり。 これを放置しておく選択肢はアークには無い。……だが。 「とは言え、一度戦った相手である以上実力の程はある程度知れている訳だね。 ソースイート。一対一であれば一人前のリベリスタなら十分どうにかなる程度の簡単な相手だ」 実際はそう簡単でもあるまい。が、それより何より伸暁の言葉に不穏当な物が過ぎる。 簡単と言いながら果たして、その相手にこれだけの人数が集められたのは何故か。 その疑問に答える様に伸暁は頷きモニターを切り替える。 「以前、向こうの世界。仮名、異世界『天珠』の住人からメッセージを貰ったのを憶えてるかい? その通りの人物がアザークロウと一緒に一緒に、リンクチャンネルから落ちて来ている。 そう、差し詰め異世界からのフォールンエンジェル」 それは『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)と共に行った三高平観光の最後の話である。 仔細不明の人物から、至極一方的なメッセージを受け取ったリベリスタ達は、 それをアークへと報告している。内容を要約すれば一言で足りるメッセージを。曰く―― 「『天珠』より世界を渡って来た者は全て殲滅すべし。 まあ、こんな要求を聞く義理は無い訳だけど無視する事で悪影響が無いとも限らない。 原則アザーバイドは送還出来る様なら送還、無理であれば討伐がセオリーだ。 けれどこれもケースバイケース。今回どういう対応を取るべきか、アークは現状明確な指針を持たない」 カレイドシステムの予知によると、この白い翼の少女と、識別名「アザークロウ」は敵対している。 大凡交戦後1分もあれば此方が一切手を下さずとも、白い翼の少女は墜落死するだろう。 「最初の1分一切手を出さない、と言うのも手ではあるね。他にも色々と選択肢はあるだろうさ。 ただ、フェイトを得ていないアザーバイドをアークで保護する事だけは、出来ない」 つまり、是が非でも少女とアザークロウをどうにかは、しなくてはならない。 けれど「どうするか」はまた別の話である。求められるのはあくまで結果であり手段では無い。 「手段がどうであれ、与えられた仕事さえきちんとこなせば成功は成功だ。 後は空気を読んでライトなポップスで攻めるも、無理矢理ヘビーなロックを奏でるもお前達次第って訳さ」 悪戯っぽく片目を閉じて、伸暁は笑い掛ける。まるで内緒話をする様に造った声音で。 「やれるだろ? 聞かせてくれよ、極上の歌声を」 かくして彼らは三度、月無き無辺の夜を翔ける。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月10日(土)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●飛翔、鮮血の夜 「ホントに空を飛ぶ空中戦なんて初めてですよ。ドキドキするなぁ」 夜空を飛翔しながら『蒼輝翠月』石 瑛(BNE002528)が呟く。ワイヤーの無い空での戦い。 中立を意図した黄色の衣装に身を包み、けれどその眼は興味深げに輝く。 「……居ました、あれでしょう」 他方冷々と冴えるは遠きを見通す鷹の眼。視線の先、舞うは黒羽踊るは白羽。 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)が捉えたのは、 月無き夜に繰り広げられる幾度目かの戦い、その現状にして異界の乱の縮図である。 「――っ!」 黒い髪を乱し、切り裂かれた腕から血飛沫が舞う。黒羽を睨む瞳は鋭く手には白い刺突剣。 白翼をはためかせた少女は見て分かる程度に劣勢を強いられていた。 周囲を囲む黒翼の鳥は猛禽の風を装うも、その羽は四翼。一目でこの世界の生き物では無いと分かる。 識別名『アザークロウ』かつてリベリスタ達が相対した夜の王の尖兵。 けれど現在と過去とは明確に一線を隔している。彼らにはそれが“何か”が分かっているのだから。 「ここはお前達の暮らす世界じゃない、戦いを止めろ!」 『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)の上げた声に、白翼の少女が驚いた様に視線を向ける。 飛翔してきた影は8つ。内、澄んだ青い翼を持つ少年が、少女と四翼の鴉の間に割り込む。 「大丈夫ですか、御怪我は?」 『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)の問いに数度瞬いた少女がその翼の色に眼を止める。 蒼翼。それを見てほんの少し気を抜いた様にこくりと頷くも、更に続く声。 「ボクたちはこの世界の守護者だ、異世界の民は即刻退去願おう」 「生き残らねばならない者は停戦しろ、さもなくば討伐する」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)、そして『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218) 両者のの翼は白い。少女と酷似した色彩。一瞬援軍が来たのかと喜んだ少女に、その実情とは裏腹。 告げられた言は酷く冷徹である。畢竟上位世界からの影響を考えれば、リベリスタとして当然ではある。 けれどそんな事情は露知らぬ、少女は慌てた様に言葉を返す。 「待って下さい、底界の白き方。直ぐにでも帰ります! ただ、今は帰れないんです!」 「ふーん、じゃあぶっ飛ばしていいってことかな?」 「えぇっ……!?」 『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)の呟きに少女が焦る。 今直ぐに詠った所で実戦の真っ只中。邪魔されるのは目に見えている。 泳いだ視線にヴィンセントが映る。夜闇に紛れる黒翼。びくりと身を強張らせる。 ――何故、白翼に黒翼が混じっているのか。 自分が生まれ出でより先ず見る事の無い異様な光景。困惑が助長され思考を停止させる。 そう言えば、以前此方の世界に渡って来た時も黒い鳥と相対した。 黒鬼の使いかと見切ったが、こちらの世界に彼らは既に其処まで浸透しているのだろうか。 唇を噛む。いずれせよ黒翼と馴れ合う選択肢は彼女には無い。 言葉を止めてレイピアを構える。他方、執拗に彼女を狙う黒い四翼もまた様子を伺う様に散開する。 見て分かる攻撃の前動作。雷音が符を構える。是非も、無し。 「三千世界の氷雨よ来たれ――急々如律令」 放たれ乱れ飛ぶ雹の礫、吹き荒ぶは陰陽・氷雨。その最中を断ち切る様に、少女が飛ぶ。 「翼獣を幾ら倒しても切りが無い。けれど貴方はそうもいかないでしょう――」 「全く、骨の折れる話だね!」 暗天に光を放ちながら、『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)が、 ヘルメットの向こうで声を上げる。異世界の事情等卯月にとっては手に余る案件である。 だがそれでも、感情論である事は承知の上で、困っている人物を捨て置くわけには行かない 少女もまた話が通じないほど混乱はしていない様に見える物の、それでも尚、狙うは黒い翼か。 真っ直ぐに放たれたレイピアの切っ先は閃光の如く。ヴィンセントの身を正確無比に捉えて貫く。 「――っ、」「逃がさない!」 「あ、ちょ、待てって!」 ヴィンセントが退く、それを少女が追い掛ける。あたかも先日とは真逆の構図。 その少女を更に静が追尾する。襲われてる女の子を放っておくなんて出来ない。 静の動機は至極単純であり、この場合それほど強固な理由も無い。 続けて、少女が移動した事でそれを襲撃していたアザークロウの内二羽がこれを追う。 だが残された四羽はと言えばここで奇妙な動きを見せる。 それはあたかも意思の疎通が出来ているかの様な同速飛行。散開からの瞬く間の収束。 リベリスタ達もまた黒の四翼を包囲しようと試みてはいたが、如何せん数が足りない。 雷音、小梢、それに瑛。戦線を離れる事を選択したヴィンセントと静以外の6人の内、 その実に半数である3人が下方に配されている上、亘は包囲されていた少女の間近に居たのである。 自由に動ける残2人の内、上方に居たのは卯月のみ。 何より発光するその姿は――当人の望む望まざるとに関わらず――酷く目立った。 「させませんっ!」 決意を込めて亘が攻撃に割り込もうと試みるも、異世界の翼獣の方が一手早い。 周囲に舞う翼は皮肉にも、卯月の光に照らされ黒が白へ、白が黒へ。 明滅する光翼は4条、8条、16、否。32、64、128――無数。分裂し撒き散らされる白と黒。 鋭い翼の端に切り刻まれ卯月の身が揺れる。思考が澱み八方全ての区別が付かなくなる。 「……あ、やばいかも」 卯月から放たれた気糸が最も近くを飛んでいたウルザへ向けて放たれる。 間一髪、これを避けられたのは幸運の産物だろう。だが論理戦闘者たるウルザは気付いてしまった。 卯月が魅了された状態では、翼の加護を使える者が居ない。 飛行を掛け直して貰う為の地上への移動は往復で1分。このタイムロスは――痛い、極めて。 「よし、ここで私の出番だね!」 慌ててばびゅーんと飛んでいく小梢。邪気を妨げる閃光が卯月の思考を解きほぐす。 だが、それは同時にアザークロウの引く事にも繋がる事となる。ぎろりと向く四対の視線。 「あれ、もしかして私睨まれてる?」 厄介な能力を持つ者が狙われるのは、戦いの常である。 ●黒き翼と白き翼 「やぁ――っ!」 突き出されるレイピアの切っ先。少女は如何にも空を飛びながらの戦闘に慣れていた。 自在とも感じられる体重制御。気流を上手く生かし確実に死角ぎりぎりから仕掛けてくる。 一方、対するヴィンセントもまた射手としては貴重な位に高い回避を生かし、これを何とか往なす。 「待って下さい、僕はこの界層出身です。貴女方の敵とは無関係です」 「戯言を、底界の翼人は白翼でしょう!」 「――誰がそんな出鱈目を! 違います、翼の色にも個人差が――」 「流石は黒翼、口が上手いですね」 対話とは、根底に互いへの信用か利害の一致が有って始めて成立する。 不信と不和から対話は生まれない、言葉を投げ合ってもそれは互いに一方通行である。 「ああもう、見てられねー! だからやめろって!!」 「っ!?」 割り込んだ静にレイピアが掠り血の線が引かるのを目の当たりにし、慌てた様に少女が武器を引く。 黒翼の男に対しては幾らでも武を振るえようと、流石に手当たり次第とは行かないのだろう。 そうして一瞬視線を泳がせたか、無抵抗を続けていたヴィンセントが畳み掛ける様に言葉を続ける。 「異世界の事情や貴女が何者かは関係ありません。僕は恨みもない人を害したくないだけです」 少女が瞬き、見返す。その言葉の真意を探る様に、過ぎるのは訝しげな色。 何かがおかしい、何かが間違っている気がする。迷う様にレイピアの切っ先が揺れる。 「あのさ、信じられないなら信じられないで良い。だから暫くここに居てくれねーか? オレ達は君の敵じゃない。帰ってくれるなら邪魔もしない」 暗に外野で見守っていろ、と言う静の言に対するは沈黙。視線を見合わせるヴィンセントと静。 「……分かりました。少なくとも今は敵ではない。そう考えて良いんですね?」 揺れる瞳が2人を見つめ、こくんと小さく頷く。その声に振り向いた静が大きく頷く。 「すみません、どうも歓談している余裕は無さそうです」 けれどそれを割る様に、ヴィンセントが愛銃『Angel Bullet』を顕現する。 視線の先には群を離れて迫る2羽のアザークロウ。2人で相手をするには少々、厳しい。 静もまた手元に鉄槌を引き寄せる。彼にとってはヴィンセント以上に厳しい戦況である。 自前で飛ぶ手段を持たない静はあと数十秒の末には、墜落する。 例え其処まで分かっていようと、少女の影を後ろに背負う以上退く道等とうにない。 でなければ――彼の大切な蒼いお姫様に叱られてしまう。 「分かってましたけど、やっぱり地上みたいには行かないですね」 黒い羽根に手を射抜かれ、白蝋杆を取り落としかけた瑛が苦く呟く。 他方、リベリスタ達本隊はと言えばこちらもじわじわと苦戦を強いられていた。 「夜の王に比べれば大した事無いけど、こいつら厄介な事には変わりないんだよね」 と言うのも、攻め手が足りないのである。2人分の火力が抜けた穴は大きく、相手は回避に長ける。 ウルザがピンポイントで敵陣を崩す事で2度目の連携攻撃こそ避けられている物の、 各個撃破出来るだけの火力がない為半ば1対1での相手を強いられている。 「來々、氷雨――」 「違います朱鷺島さん、こっちは味方です!」 「あぁっ、またやってしまったのだ!」 加えサングラス等の対抗処置を怠った所為もあり、明滅する羽根に影響された味方による同士討ちが多発している。 特に卯月、雷音、瑛の3人は回避も然程得手ではない上に、 それぞれが陣を掻き乱す事に長ける為混乱した場合の被害は甚大である。 「これなら、どうだっ!!」 しかしリベリスタ達とて過去に比べれば成長している。亘の音速の刃が一羽の黒翼を切り裂くと、 畳み掛ける様に二方から放たれ交差する気糸。プロアデプトの精密射撃が遂に一羽を撃墜する。 「うーん、庇いに行けないのが辛い……」 役割の1つを奪われぼやく小梢はと言えば、けれどブレイクフィアーによる七面六臂の大活躍である。 浄化の聖光が雷音の混乱を癒すと同時にアザークロウが変光する羽根を放つが、 小梢はこれを見切って小盾で受ける。平均2名が常時混乱している戦場に在って、その存在は極めて大きい。 削り削られ、乱れに乱れ、既に包囲網など在って無きが如し。正に泥沼の消耗戦。 けれど転機は当然訪れる。時間を計っていた卯月が声を上げる。 「全員集まってくれ、加護をかけ直す」 既に2度目。それは本来であれば墜落する者が出てくるだけの時間が経過した事を指す。 そう、転機が訪れたのは本隊ではなく――もう、片側。 魔術の翼が、消失する。 分かっていたし分かりきっていた。ヴィンセントと2人、2羽を相手取れば持久戦は免れない。 混乱し、危うく少女を攻撃しそうになったのを止められただけでも十分な僥倖である。 翼を無くした静は、ゆっくりと落下を始める。 「……え?」 距離を取って下方を飛行していた少女にはそれが見えた。 自分とは敵対しないと宣言した少年が落下している。理由は分からない、けれど。 何か意図でも有るのだろうか、いや、アザークロウは件の黒翼の射手に群がっている。 致命傷でも被ったのか、落下する静が眼前を通り過ぎる。少女は、思わず―― ――思わず、手を掴んでいた。がくん、と体が落ちる。年上の男性である。少女の方が遥かに軽い。 慌てて背の翼を力いっぱいはためかせる。保つ――保った。 「え、何で」 「何がっ、ですか――っ!」 肩が抜けなかったのが不思議な位の重みに少女が挙げたのは半ば悲鳴である。 奇しくも、運命の祝福が静を救った。落下しかけた少年を抱え、白翼の少女が苦しげに呻く。 「その、もしかして飛べないんですか?」 「うん」 「さっきまでのは?」 「あ、あの光の場所まで飛んでくれたらまた飛べる様になるぜ」 「あそこまで私が運ぶんですか!?」 指差した先には発光する卯月。半ば悲鳴交じりの少女の声に、静が苦笑いを浮かべて手を合わせた。 ●チェンジングポイント 「――これで、三羽かな」 卯月が呟く。加護を付与し直す事、既に3回。この時点で総数からすると未だ半数が残っている。 とは言え本隊側からすれば最後の一羽、相当に追い詰めては居るものの、回復に乏しいのはお互い様。 この間に瑛と亘が、主に味方の全体攻撃に体力を削り取られた末撃墜されている。 「いえ、四羽です」 其処へ掛けられた声は後ろから。ヴィンセントと静が少女と共に戻って来るも、 その後ろからは黒い四翼。アザークロウが一羽追いかけて来ている。 少女に掴まる静と協力し何とか一羽は撃墜したものの、如何しても少女が狙われる事になる。 これを回避する為卯月との合流すれば、これによりアザークロウもまた合流する。 残り二羽。されど――二羽。回避し合いながらの泥沼の戦いの影響は、 主に精神力の枯渇と言う形で重く伸し掛かっている。だがこれもやはり――お互い様か。 二羽のアザークロウが旋回する。眼下には静の背に隠れる少女の姿。 それを見て、異世界の鴉は翼を器用に操り頭を返す。向かう先はディメンションホール。 新月の夜だけ開く世界間の亀裂。勝ち目が無いと見た黒翼がその内側へ滑り込む。 「いや、半端は良くない」 だがタイミングを同じくして、ウルザが動く。 紡がれた気糸の糸は、背を向けたアザークロウには避けられない。 「元の世界に戻るのは、少し待っててくださいね」 怒りを押し付けられ無理矢理動きを止められた黒翼に、瑛が最後の精神力を振り絞り符を投げる。 鴉を模して飛翔する符は確かにアザークロウを射抜き、更に追尾した亘のナイフが振るわれる。 「翼を持つものとして、空の戦いで負けるわけには行きませんから」 切り裂かれ、墜ちる四翼。だが、追撃適ったのはここまでである。 最後のアザークロウが世界の亀裂へ滑り込み、消える。出て来たままに、還って行く。 「……勝った、のだろうか?」 小さく呟いた雷音の問いに応える声は無く。リベリスタ達は大きく息を吐く。 ――そして、小間。 「我々『アーク』には、この世界を守るという共通の目的が有る。君達と敵対する気は無い」 「……つまり、貴方達はこの世界の騎士団の様な物なんですね」 「微妙にニュアンスが違う気がするのだが、敵でないと分かって貰えたらいい。 それで、君たちの世界はなぜ戦争をしているのか」 「戦争? ……え、どうしてそんな事御存知なんですか?」 きょとんと、瞬いた少女の視線は直ぐ様怪訝そうな物へと移り変わる。口元を押さえ、沈思黙考。 「新月のたびにさ、君達の世界。『天珠』の関係者が降りてきてるんだよ」 それに解を示したのはウルザである。この場に於いて、彼は他の者より多くの手段を用意して来ていた。 それはある意味決定的な手札であり、同時に、状況を大きく動かす一手でもある。 告げられた言葉に、関係者と聞いて何を連想したのか。途端警戒を示す少女を見返し鷹の少年が続ける。 「こんな事が続くと迷惑なんだ。白の側が勝つことで天珠の戦争が終わるならそれでもかまわない。 それはアークとしてもそうだし、オレ個人としてもそうさ」 「うん、上位の存在はこの世界を壊しちゃう恐れがあるんだ」 補足する様に続けた静の弁に、きょとんと瞬いた少女の目が驚きに見開かれる。 世界を繋ぐとが壊れる。それは本当だろうか。真偽を確かめる手段は無くとも、 それが彼ら底界の民にとって避けるべき事柄だと言うのは、言外に何と無く伝わって来る。 眼を伏せ、であれば仕方無いと頭を下げようとした少女に、 この日何度目かの衝撃的な発言が落ちるのは、この直後のことである。 歌声が響く。朗々と、麗々と、遠く、近く、何処からか―― 「だから君が手助けを望むなら、オレは天珠へ向かっても君達に協力しても良いと思ってる。 代わりに、君達にはこちらの世界へ来ないで欲しいんだけど」 ウルザの発言に瞬いたのは、今度は少女だけではなかった。 「――もしも」 歌声が響く月無き星空の下。少女が問う。 「もしもそれが本当であるなら。もう一度だけ、こちらへ来ても構いませんか?」 白、黒、青。赤を除く彩様々な翼を一瞥し、瞳を伏せて少女が問う。 「それを最後に、私達白飛の民は底界へ渡らない事を、『白姫』ミレイユの名に賭けて誓います」 澄んだ響が世界と世界を交錯させる。混ざり合う境界は此方彼方を幽と化し。 「図々しいお願いとは存じています。ただ、お願いします、底界の方。どうか――」 響く旋律は、僅か一小節。 「私達の世界を、救って下さい」 白き翼の少女は小さく頭を下げる。それは決断を要するチェンジングポイント。 高音は低音へ、低音は高音へ。下るだけであった世界(パンケーキ)が歪に混ざる。 「――次の新月。またお逢い致しましょう」 その時に、全てを決めようと。『白姫』と名乗った少女が掠れて消える。 ひらりと落ちる。白羽一つ。月無き夜は動き出す。 星空の――向こう側へ |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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