●澱の底 深い青。 特別の藍色。 目を開けても、瞼を閉じても。 私の世界は深い海の底のような暗い色合いに染まっていた。 どうしてこうなったのか。 いつからこうなったのか。 ……実は私は正確な時間と、正確な状況が分かっていない。 指の一本さえも自由には動かせず、閉じた……と表現した瞼もその実あるのか無いのか分かっていない。透明な厚い壁を通して見る世界はこうなる前と変わらない。しかし、自分が其処に居ないのは明白だった。自由でない事だけは間違いない。 意識だけが水底に取り残されている。 ――嗚呼。何時まで。この澱は何時まで私を縛るのか―― 嘆きの理由は幾らでもある。 不明の我が身。不自由な牢獄。でも、それよりも、何よりも。 私の心を酷く締め付けるのは青いスクリーンの向こうで起き続ける出来事だった。 血が流れている。誰かの悲鳴が聞こえるかのようだ。 モノが壊されている。小さな子供が泣いている…… 青い世界に取り残された私には何も出来ない。出来ないのだ。 『私』は罪深い。『私』は誰かを殺す。小さな子供でも殺す。女でも殺す。 何て事。私は――彼等を助けなければならない、そう――だったのに。 助けて。 タスケテ…… ●傷みの日 「ハッピーエンドは最高だよな。 何より後味が良いし、気分だって落ち着く。 その先の誰かの幸福を心の片隅で祈ってやるのはいいもんさ」 「そうだな。……そうならないなら、尚更思う」 その日、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の言葉は幾らか物憂げな雰囲気を含んでいた。第一声にそんな風情を匂わせた彼の言葉を聞けば芳しくない話を聞かなければいけないのは分かり切っている。 「分かってると思うが、仕事だ。今回はアーティファクトの破壊」 「アーティファクトね。どんな品物だ?」 伸暁の顔を真っ直ぐに見つめてリベリスタは問うた。彼は小さな苦笑いを浮かべながらその問いに言葉を返す。 「見事なラピスラズリのブローチだ。大粒の、美しい。 金細工の施された台座の中央に嵌ってる。覗き込めば奥に乙女の横顔を思わせる濃淡を見れる、そんな石。名前は『心無いベアトリクス』っていう」 「危険な品物みたいだな」 リベリスタの言葉は殆ど直感だった。そしてその言葉は間違っていない。 「ああ」 頷いた伸暁は静かな口調で説明を続ける。 「『心無いベアトリクス』は手にした人物の心をその身の内に閉じ込める。 魔力にヤられた人間は意志を失い、身体を自由に動かされちまう。 それも最悪な事にヤツの擬似人格は酷薄で、狡猾で、残虐ときてるのさ」 「つまり……『ベアトリクス』に触れれば乗っ取られて…… ヤツの意のままに何かをさせられるって事か?」 「そういう事。そしてその何かは必ず、悪事。 予め言っておくが、ヤツの魔力は絶大だ。 お前達であっても触れればアウト。 ついでに付け足しておくが一度囚われたら逃げ道は無いよ」 伸暁の言葉にリベリスタはぞっとした。 危険なアーティファクトは数あれど、特別強力なのは間違いない。 「……で、だ」 伸暁は話を仕切り直して溜息を吐いた。 「問題は、心を盗られた人間が既に居る事さ。 そしてその問題を最悪と呼びたくなる理由は――彼女がリベリスタだって事」 「――――」 言葉を失くしたリベリスタに伸暁は続けた。 「彼女の名前は東 翠香(ひがし すいか)。 アークに所属はしていなかったが、リベリスタとしてはお前達の先輩に当たる。 穏やかで優しい女性だったようでね。多くの人を助けている、そういう記録がある」 「……」 「相応の実力派でね。当然だが、個体としての能力はお前達を大きく上回る。 アーティファクトの力で能力自体が強化されてもいるようだ。 ヤツは酷薄で狡猾だ。敵の存在を知っている。翠香――ベアトリクスは決して一般人が居ない場所には足を向けない。今回、ヤツは昼間のデパートで殺人事件を起こす。お前達は『無関係な誰か』のフォローを強いられる事になるだろう」 伸暁の言葉は成る程、最悪を極めていた。 単純な威力に拠らない仕事としては極めて厄介な部類である。 「翠香の身体を破壊するか、『心無いベアトリクス』を破壊する事で仕事は終わる。 だが、今回の仕事には、一つ条件をつけたい。 それは、一般人に『大き過ぎる被害を出さない事』だ。 望まない水底に今も沈む、あの翠香の為にもね」 頷いたリベリスタは尋ねない。 『心無いベアトリクス』――牢獄が壊れた時、囚われた心はどうなるのか等。 それは愚問だ。余りに詮無い問いである。 ――傷みの日に、ハッピーエンドは望めない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月24日(日)21:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●水底I 頭が壊れそうだった。 ぐるぐると狂気が巡る。ぎゅうぎゅうと絶望が締め付ける。 罪深き手を振るうのは誰あろう私自身で、止める声さえ持たないのも私自身。 せめて、せめても死ぬ事が出来たなら――見たくも無い世界を見ないでも済むというのに。 狭量な運命はそんな些細な願いさえ聞き届けず、変わらない……苦痛のみをこの私に押し付ける。 どうしたら、逃れられるのか。 どうしたら、この時間は終わるのか。 助けて。 たすけて。 タスケテ…… 声にならない声は何度水面に解けただろう。 漣さえも立てる事は出来ず、何度惨めに無視されてきただろう? 今も私の手は刃を振るう。傷付けたくない誰かを切り裂く。 それでも、それでも。 ――センパイ、絶対に解放してやるから! 私は聞いた。 澱んだ水底で、少年の声を聞いた。 この身の枷を震わせる、勇気に満ちた、力強い、彼の、その声を耳にした―― ●デパート3F 「言ったでしょう? 人を探すのに目は要らない、耳こそを使うべきだと」 『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロの言葉は何処までも冷静さに満ちていた。 事件が起き、人が目の前で死者を見た時、すぐに悲鳴を上げられる人間は決して多くない―― その悲鳴がどういう理由を元に発せられたか等、論理の使徒たる彼に分からぬ筈も無い。 ――ジリジリと鳴り響く非常ベル。 四葉デパート三階――宝石展示場。この場所が蜂の巣を突いたような混乱に陥ったのはほんの一瞬前の出来事である。 混乱の大半は突然起きた殺人事件が理由では無い。奇しくもイスカリオテの言葉が当て嵌まるかも知れない。『人を動かすには認識を支配するべき』という事実の証左である。視るよりも確実に聞く事でこの場の異変と危険を察知した人々は一瞬の判断で退避を望んだのだから。 「火災が起こったようです! 落ち着いて外へ避難して下さいです!」 「落ち着け! 大丈夫だ! そのまま――出来るだけ早く外に出ろ!」 宝石展示場で俄かに起きる緊張感のぶつかり合いにほとんどの客は気付かない。 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が声を張り上げ、『悪夢の忘れ物』ランディ・益母(BNE001403)が怒鳴るように追い立てる。 果たして人々はリベリスタ達の考えた通りに『火災という危険』が在る展示場から階下へと避難を始めていた。 日頃は余裕の構えを崩さない『Digital Lion』英 正宗(BNE000423)の表情も幾らか強張っている。 (頼むぞ、ホントに……) 避難する人々の最後尾に立ち、向かってくる新たな誰かをその背に隠す。彼はゆらりと立ち尽くしたままの東翠香をねめつけ、内心だけで呟いた。 十二人のリベリスタは破界器『心無いベアトリクス』の破壊と、『彼女』に心を囚われた元・リベリスタ東翠香による虐殺を止める為にここに来た。 「何て事しやがる……させやがるっ……!」 血に染まった得物をだらりとぶら下げる翠香――ベアトリクスを『シルバーストーム』楠神 風斗(BNE001434)は睨み付け、 「とんでもねぇヤツなのは分かってるけどよ。今日は絶対逃がさないぜ」 ラキ・レヴィナス(BNE000216)が言葉を重ねる。 ――ポイントはAです。至急急行―― イスカリオテのハイテレパスを受けたラキはその情報を同様に更に拡散する。 秘匿性を伴った素早い情報伝達は敵を捕らえんとする網の形成へ一役買った。 「――人を守る為に頑張ってきた……その結果が牢獄に閉じ込められるなんてふざけんなよ!」 「これに到れば是非も無し。覚悟を――して頂きましょうか?」 カップルに偽装していた『イケメンヴァンパイア』御厨・夏栖斗(BNE000004)、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の眼光が鋭いモノへと変わっていた。 失くした右手の代わりに見事な業物を引き抜くのは舞姫の左手。白刃が光を跳ね返しキラリと輝く。 「怖い、むっちゃ戦闘怖い……」 『Gimmick Knife』霧島 俊介(BNE000082)は何時もの気弱な台詞を吐きかけて、 「けど今回ばかりは腹をくくらねぇとな! 仲間の怪我は全部俺が治してやんよ!」 言葉の後半を勇ましいものへとすり替えた。 そう。リベリスタ達はこの瞬間には凶刃をぶら下げたベアトリクスを戦力で囲む事に成功していたのである。 「あはは。面白い」 大半の一般人は階下を目指して避難を始めている。 しかし、酷薄に笑った悪魔の殺人を見た数人だけは別だった。 彼女の魔気に当てられたのか、未だその場を動けていない。 「貴方達が私を倒す? この、ベアトリクスを――倒す?」 鈴の鳴るような声が小馬鹿にしたような挑発を吐き出した。 自信があるのだろう。自身の魔力か、翠香の能力か――その両方だかに。 「言っておくけどね、私――弱い者には強いのよ?」 笑う女が恐怖に動けない少女の腕を引いた。 止める暇も非ず、深い青の石に触れさせられた少女はびくりと小さく痙攣し―― 「おのれ……! 痴れ者が……ッ!」 ――『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)から怒気が立ち上る。 目の前で何が起きたか等、言うにすら及ばない。リベリスタの包囲を受けながらも、性悪なアーティファクトは遊んでいるのだ。 到底許せぬ理不尽な邪悪を隠す事も無く、その名に違わず『心無き女』は遊んでいるのだ。 全ての犠牲をゼロにする等という甘い幻想を信じてここに立つ者は居ない。だが、性悪なこの女を許せる道理も無い。 「仕事に感情を挟む主義ではありませんが、たまには良いかも知れませんな」 「同感だ。今位、リベリスタになって良かったと思った事は無いぜ」 口調だけは淡々と言った『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道に強く唇を噛んだ『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は頷いた。 「それでは、狡猾さ比べと行きましょう」 原罪の蛇は端正な美貌を綻ばせた。 戦いの時が来たのだ。 悪魔がその業で身を灼くのか、無謀なリベリスタ達が地に伏せるのか。その結果は未だ分からねど。 不確だらけの現実の中でハッキリしている事がある。 リベリスタ達は、特に夏栖斗はベアトリクスを許せない。 人を殺すから許せない。翠香を囚えるから許せない。 彼女と出会えた事は幸運だとでも言わんばかりに、貴女を助けるのは自分だと言わんばかりに。 「――センパイ、絶対に解放してやるから!」 届くかどうかも知らないまま、夏栖斗は声を絞った。 傷みの日の終わりを水底の翠香に教えるように。彼女を強く励ますように。 ●水底II ――お前をぶっ壊す! 水面に波紋が広がっている。 青いスクリーンを通して見る世界が何時もと違う姿になっている。 恐ろしい『彼女』と戦うのは――リベリスタ達。 私よりもずっと経験の無い、リベリスタ達。 助けて、なんて。それがどれだけ難しい事かは私自身が知っていた。 鍛え上げた私の体と技が彼等を簡単に傷付ける。 誰かを守る為に得た力が、今まさに呪っている。 私の望みは牢獄の終わり。でもそれ以上にスクリーンの向こうで必死に戦う皆が無事であるように祈らずには居られなかった。 ――その身体は、誇り高きリベリスタ、東翠香のもの。石コロ風情が、弄ぶなッ! 駄目。 ――あんたが護りたかったものは、俺たちが護る! だからっ! 言わないで。こんな姿になっても、こんな様になっても。 甘えてしまいそう。泣いてしまいそうになるの。 ――迷うまい、すぐにでも引導を下してやる……貴様は今日、そこで死ね。 その遺志は我が背負おう。共に征こう。終わりの日まで、朽ち果てるまで。貴様と我は共に在る! 言葉も、無いわ。 ●魔性 「――お前をぶっ壊す!」 裂帛の気合を纏った夏栖斗は疾風のように女との間合いを詰める。 僅か数回の攻防で敵が自身を圧倒的に上回るのは思い知っていた。 (でも、それでも――) 肉薄する彼は怯まない。 意識を研ぎ澄ませ、残像さえ残すベアトリクスの動きを必死で追う。 力の限りに蹴撃を繰り出し、間合いを引き裂いて彼女の肌を漸く僅かに切り裂いた。 「自分が綺麗じゃないから、他のきれいなものが許せないんだろ?」 「面白い解釈ね」 攻防は刹那。光の雨のように瞬くレイピアが夏栖斗の全身を串刺しにした。 通常ならばそれで終わり。だが、姿勢をぐらりと傾けた彼は後一歩の所で踏み止まる。 フェイトに頼るまでも無い。執念めいた決意が千切れそうになる彼の意識を引き戻した。 「……この位でっ!」 「おいっ、無理してんじゃねぇぞ!」 姿勢を何とか保った夏栖斗をタイミング良く賦活の風を紡いだ俊介が救う。 戦いは壮絶なモノとなっていた。 前評判通りベアトリクスの動きは質が違う。 リベリスタ達も数を頼みに、連携を頼みに彼女に対抗したが状態はそう芳しいものとは言えなかった。 恐るべき回避能力を持つ彼女に確実な有効打を与える事は難しい。 だが、パーティは攻撃の手を緩めない。 「ちょろちょろすんなよっ!」 能力により脳の伝達を研ぎ澄ませ――精密射撃を可能とする気糸を放つ。 ラキの狙いは敵の生命線とも言えるスピードを僅かながらにでも殺す事だった。 速力に踊る彼女の足元を執拗に狙う。それが致命傷とならずとも、次なる一手に繋がるように。 「成る程な」 同時に。リーディングでベアトリクスを捉えた彼は唇を僅かに歪ませた。 無数に入り混じる意思、心。一部は翠香のものだろう。牢獄が食らって来た犠牲者の意思に他ならない。 声無き悲痛な叫びをその身に容れれば、気力も一層増すではないか。 「こりゃ、責任重大だな――」 「不利は承知。でも、前のめりに倒れるならば構わない――」 同じ技を扱う者が故に舞姫は敵の技量を知り尽くす。 「遅いわよ」 「囀るなッ!」 舞姫は吠える。 「――その身体は、誇り高きリベリスタ、東翠香のもの。石コロ風情が、弄ぶなッ!」 雷鳴の如き一声に女は笑い声を上げた。ころころと意地悪く、嗜虐的に。 舞姫の振るう大太刀と悪魔のレイピアが火花を散らす。 素晴らしい速力から放たれた渾身の一撃が性悪の影を縫う。 「お生憎様ですねぇ。正々堂々に拘らないのはこの私も同じ事。君の在り方は実は理解さえ――出来る」 連続攻撃に態勢を崩した悪魔を狙うのはイスカリオテのピンポイントだ。 柔和な言葉は何処まで本気か、蛇ならぬ何者にも分からない。 唯、少なくとも蛇は魔玉の本質を見抜いている。可能とする眼力を持っていた。 「ジョーカーは隠し持つもの。同感ですねぇ」 彼が提案した脚部と『本体』への精密射撃は執拗だ。 悪魔は厄介な彼に刃を突き立てんと大きく跳ぶ。 ――ギンッ―― 鋼の軋む音がした。 「……分かっている。翠香さんは助けられないって事位……!」 歯をきつく噛み締め、神父への攻撃を阻んだのは前に出た快だった。 並の人間なら混乱さえきたす強襲を受けても快の表情は変わらない。 「でもな……っ!」 心を侵す呪いさえも跳ね除ける精神力。傷付いた快はベアトリクスを押し返す。 空中で回転し、着地した彼女は健闘を見せるリベリスタに幾らか驚く。 「ルーキーが……」 「あんたが護りたかったものは、俺たちが護る! だからっ!」 遮るように風斗は叫んだ。翠香に呼び掛けるように、自分に言い聞かせるかのように。 迷いを振り切るかのように連続で繰り出された斬撃にオーラの余波が迸る。 「はぁっ、はぁ……っ!」 「良くやった」 荒い呼吸を吐き出す風斗に言葉を掛け、ぐんと速力を増したのは獅子の王。 「安物の宝石程、下品にギラギラ輝く物よなぁ?」 その巨躯に威風を纏い、その貌に獰猛な獣の野生を滲ませて――姿勢を低く、怯んだ敵へと猛撃する。 「――迷うまい、すぐにでも引導を下してやる……貴様は今日、そこで死ね。 その遺志は我が背負おう。共に征こう。終わりの日まで、朽ち果てるまで。貴様と我は共に在る!」 「この――」 戦いの優劣は単純なる技量の優劣のみに拠らぬ。 刃紅郎の力が、技が。敵の足元にも及ばぬとしても、その爪は、牙は。恐るべき技量に守られた女の身さえも脅かす。 王は無力な子供さえ斬れない。だが、王はこの痴れ者を切り裂いた。 ●散り輝く そして続いた激戦の末―― 瞬いた無数の光芒にリベリスタ達は悲鳴も無く打ち倒された。 全滅を免れたのはイスカリオテの看破もあってのもの。彼曰く「万全を期せねばジョーカーはジョーカー足り得ない」。 傷付いた翠香の体は消耗を隠せず、じろりと敵を一瞥した。 「くそっ、逃がすか……!」 パーティの要になる俊介を身を挺して庇ったのはインスタントチャージで再三彼を援護した正道だった。 身代わりに倒された彼の為にも、と俊介は気合を入れる。 「頼むから……当たれよ!」 力を振り絞って放った魔力の矢が細剣に切り散らされる。 「最高の攻撃の後には……最高の隙がってな?」 紙一重で大技を耐えたラキが一撃を見舞う。悪魔は仰け反るも倒れない。 「悪いけど、ここまでね」 性悪は華やかに笑った。「付き合い切れないわ」と笑った。 敵はまだ居る。狡猾な彼女はこの場に残る危険性を知っていた。 彼女のもう一つの切り札は物質透過。床をすり抜ければそこは階下だ。リベリスタが追い切る事等出来はしない―― 「……言っただろ、ぶっ壊すって」 ――筈だった。 「!?」 『翠香』の顔に初めて焦り。 声に慌てた彼女が足元を見下ろせばそこには倒した筈の夏栖斗の姿。 無様に這い蹲り、それでも彼女の足首を掴んでいた。生物の彼を引っ掛けて階下へ逃れる事は叶わない。 「この――!」 白刃が夏栖斗へ降る。床に血を撒いた彼は動かなくなる。 それでも、彼が為すべきはそこまでで十分だった。 「俺の背中には、誰かの夢がある。 だから、俺の力は、誰かの夢を守る力。 確かに受け止めた。翠香さんの『人々を守りたかった』という想いと一緒に――」 間合いを詰めたのは快。 棒立ちになった翠香にそれを阻む術は無い。 胸に光る深い青のブローチを、此の世の不幸そのものを彼のシールドが叩き割る。 恐らく、性悪な『彼女』に理解は出来まいが。 死線の勝敗を分けたのは心だ。実力に非ず、心である。彼女には名前の通りそれが無い。 はらはら青い涙を散らすラピスラズリ――ベアトリクスの、最期。 ●水底III 水底に光が降り注ぐ。 無数の煌きが散る光景は生涯忘れ得ぬ程に美しい。 待ち望んだ解放に身を浸し、薄れていく意識の中で考える。 ――ありがとう、何て。安っぽい言葉じゃ足りないわ―― 私は割れたスクリーンの向こうの彼等から目を離さない。 瞼に焼き付けておきたい。伝える事は出来ないけれど、祈っている。 ずるいかも知れないけれど、願っている。 ――貴方達全員の道が常に光あるものでありますように。 嗚呼、もう。眩し過ぎて、何も見えないから―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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