●1352 見渡す限りの死の行進。 言葉にすれば余りに陳腐で、現実と受け止めるには余りに重過ぎる。 見渡す限りに蔓延する絶望。 口にしてしまえば余りに容易く、現実と受け止めるには余りにも不出来過ぎた。 かくも容易い破滅と破綻の訪れを――此の世の誰が予想し得ただろう。 此の世の暗闇に巣食う悪魔なら知っていたのだろうか? 天上より下界の様を見下ろす、全能の神ならば知っていたのだろうか? 非才なる人の身は詮無い問いの答えを知る事は無く――私は地獄と評しても生温いその世界で無意味な慟哭に咽ばずには居られなかった。 最初に死んだのは農夫のおじさんだった。 気のいい彼は収穫した野菜を何時も私に分けてくれた。 息子の嫁に来てくれたら最高なのに、何て笑えない冗談が口癖だった。 次に死んだのはお世話になっていた仕立て屋のおかみさんだった。 上等の服をまるで魔法のように作り出すおかみさんは私のあこがれだった。 とでもいい人で、助けて貰った回数は数え切れない。 順番がつかない。 神父様が死んだ。 私の周りを騒がせたあの子が死んだ。 皆死んだ。死んでいく。 手足に、肌に。斑をつけて、黒ずんで、どんよりとした目で私を見た。 皆、皆死んでいく。馴染みの顔が、大切な人達がどんどん居なくなっていく…… 私は祈った。 毎日、祈った。 神様、皆をお救い下さい。神様、私をお救い下さい。 ――もしも叶うなら相手は神様でも、悪魔でもいいと強く思っていた。 何て馬鹿な事を。悪魔は人の弱味に付け込むものなのに。人の心の隙間から忍び寄ってくるものなのに! 愚かな私の前に現れたのは――一人の男だった。 「やあ、お困りのようだ。これは酷い有様。お騒がせなパレードの余波はイングランドの片田舎にも及んだと見える」 太りすぎても痩せ過ぎてもいない――中背の特徴の無い男だった。 自分を魔術師と名乗った彼は……にこやかな顔で私に告げたのだ。 「村を蝕むこの病魔が憎いかね? 友人を、知人を、恩人を死なせ――新たに殺そうとするこの黒死が憎いかね? もし、君が望むのであれば小生が願いを叶えて差し上げよう。平穏をさらい、平和を乱し、日常を破壊する――目の前に広がる絶望を消し去る術を与えよう。 何、代価はそう高いものじゃない。それに願いを叶える術を持つのは小生ではない。君本人なのだから、大丈夫。大丈夫」 お前を騙すと言って騙す嘘吐きは存在しない。 ……悪魔は大抵は別の顔を持って人間に近付いてくるものだ。 しかし、私は。私は、そんな事に思い当たるだけの余裕すらも失っていたのだ。 「もし、叶うなら――この悲劇を止める為ならば、私は」 ――どうなっても構わない―― 「素晴らしい!」 言うなり、男は私の腕をもぎとった。 自分自身の絶叫を他人事のように聞き、噴き出す鮮血を茫と見つめる。 男は笑っていた。 「小生のパレードが猿の願いで止まるかよ! だが、喜びたまえ。君は小生に選ばれた。 誉れ高き『作品(アーティファクト)』は無様な猿の願いさえ叶えるだろうよ。 黒死はこの村から消えるのだ。完膚なきまでに――尤も、労働には対価が必要だ。村の生き残りは小生が虱潰しにして差し上げるがね!」 悪魔は笑っていた。まさに大笑そのものだった。 目の前がぐらりと揺れて暗くなる。 思い知るには十二分。 千切れた私の腕は悲しい程に短すぎ、その手は決して星に届かない―― ●2011 「皆に頼みたい仕事がある」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が切り出した言葉には何処となく憂鬱な気配が漂っていた。日頃から表情の変わり難い彼女である。しかして日頃から注意して見れば案外その感情は顔の何処かに現れている……という事も分かるのである。 「厄介な仕事みたいだな」 「うん。正直、気持ちのいい仕事にはならないと思う」 リベリスタの言葉に頷いたイヴは一つ小さく首を振ってからその先を話し出した。 「皆に頼みたいのはアーティファクト『猿の手(マリアズハンド)』の破壊。 猿の手の寓話は皆も知っているかも知れないけど……」 「願いを三つ叶えてくれるフォーチュン・アイテムだっけ。 みすぼらしい猿の手のミイラは実は危険な魔力を秘めている……だが、願いの成就には必ず高い代償が付き纏う。御伽噺に肘鉄を食らわせる古典的なホラーだな」 「『猿の手』は実在するの。 ……と、言ってもそれは猿の前足のミイラじゃない。千切れた人の手のミイラだけど」 「……そりゃあ……」 想像するだに悪趣味な品物にリベリスタは苦笑する。 元々伝わる話とその悪趣味を総合すればアーティファクトの性質も読めようというもの。 「視えた『猿の手』からは強い残留思念を感じた。 それは深い絶望と、後悔と、懺悔。現在進行形で誰かの願いを叶え続ける『彼女』はその実『自分が使われる事を心の底から忌避し、止めようとしている』」 「……どういう意味だ?」 「『猿の手』には人格があるの。恐らくは腕の元の持ち主の――心優しい女性の人格が。『猿の手』には持ち主を使用に駆り立てる、持ち主の心の闇、弱さの隙を突く呪いが込められてる。彼女は自分を使った人間がどんな目に遭うかを知っている。彼女は自分を使わせたくは無い。しかし、使用を止める――制止する事を『作者』に禁じられてるの」 「……ちょっと待て」 リベリスタは息を呑んだ。 「……その女性は望まずアーティファクトにされ、望まぬ破滅を誰かに与え続ける運命を背負わされ、阻止する事も赦されないってか?」 『作者』は必死になる女性を猿と嘲り笑う。それは何と濃密な悪意そのものだろうか。 「『猿の手』は自身の破壊を望んでる。それを口にする事は出来ないけど……」 コクリと頷いたイヴは言葉を続ける。 「……今回『猿の手』を手にしてしまったのは葛木亮介さんっていうリベリスタ。 彼は正義感の強い人物だけど、とある事件の解決に失敗して――深く自分を責めてた。自分の失敗を呪ってた。自分の無力さに嘆いてた。この意味――分かるよね?」 『猿の手』の誘惑は、その呪いは無力を嘆く亮介に力を求めさせる―― 「もう、元の亮介さんは居ない。 理性はなくなり、完全な怪物に成り果てて、代わりに恐ろしい力を手に入れた。 『猿の手』は彼に守られてる。だからそれをどうにかするにはまず彼を倒す事が必要。 でも一つ気をつけて。亮介さんに与えられた『猿の手』の願いは未だ二つ残ってる。 ……それから、皆が手にしても誘惑は働くから注意してね」 「……御機嫌すぎる依頼だぜ」 「ごめんね。兎に角、気をつけて」 「ああ。しかし、こういう『作品』を作る奴に心当たりがあるってのは手痛いな――」 リベリスタは深く溜息を吐き出した。 「――ウィルモフ・ペリーシュ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月07日(水)23:19 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●虚言の王は高笑う 誰かに縋れば叶うなら、私は無様に乞うたでしょう。 何かに縋れば叶うなら、どんな犠牲も払ったでしょう。 だから、お願い。――だけは―― ――――アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア 寂れた埠頭の倉庫内―― 張り詰めた空気は何処までも静謐に狂っていた。 鼻を突く程に濃密な魔力の『悪臭』は――その場に在る『何か』が決して良いモノでは無い事を。 歴戦のリベリスタ達だからこそ間違える筈も無い確信へと導いていた。 「何だかいつもと緊張感が違うみたいですね」 嘯いた『第6話:頑張ると頑張らないの間』宮部・香夏子(BNE003035)の調子は、 「香夏子も本気モードです。今回はシリアス香夏子をお送りするのです」 言葉とは裏腹に何処か『食えない』緩さを残したままだった。 ――とは、言え。あどけないその顔を引き締めた少女の瞳は調子程には遊んでいない。 全くこの世界の造りの悪さにはしばしばぞっとさせられるのだ。 人生には不幸が幸福の何倍も転がっている等という思い込みは受け止め方の問題に過ぎまいが――時にそんな与太話さえ、全く妥当な現実であると信じてしまいたくなる程度には、ままならぬ事は多いものである。 「人は……自分で……解決出来ない事に……当たると……つい……『神』に……頼りがち……」 「全くだ」 エリス・トワイニング(BNE002382)の言葉に『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)が頷いた。 「しかし、絶望の淵に立つ奴に差し伸べられたのは、希望ではなく悪魔の手では――笑えないな」 悪魔は狡猾なモノである。 原初の楽園で遠い日のアダムを唆したように。 永遠に到るその道の最後、神性抱きしシュメールの王が願いを掠め取られたように。 悪魔は狡猾なモノである。何時も人の隣に潜み、何食わぬ顔でその堕落に誘うその時を待っている。 無料より高いものはない、甘い話には裏がある……人生を健やかに過ごす為のコツが懐疑であるとするのは些か希望の無い話ではあるが。往々にして詐欺師は極上の笑みの仮面をその顔に貼り付けて、にこやかに友好的に契約を迫るものである。 「これが不可逆だと言うなら、仕方あるまい」 幾らか枯れた皮肉な笑みを極薄く。唇の端に引っ掛けた龍治は改めて目前に佇む『それ』に視線を投げた。 そこには『怪物』が居る。 人としての性質も、人としての心もとうに失した怪物が居る。 フリードリヒ・ニーチェの諭した『深淵』を覗き、引き込まれた誰かの成れの果てが在った。 「ケッ、道具に呑まれる凡百が……」 露骨に舌を打ったのは『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)。 力を求めたその願い自体は彼にとって十分理解出来るものだ。と言うよりもその願いはまさに彼自身も共有している悲願だった。 誰よりも、誰よりも、誰よりも。誰に、負ける事の無い、唯大きな力を! どれ程夢想したか知れないその術を目の前に置いたなら、零六の意識がそこへ向くのは当然だった。 しかし、どんなチャンスを掴んだとしても……逆に食われては意味が無い。 (俺はこのアークに来てから力を得たッ! この俺はこいつとは違う、この俺ならこんな凡夫のようなザマにゃならねぇッ! この俺にもっと力を!この俺が日本の救世主となるべく相応しい力を――) 猛る零六の口元に自身でも意識せぬままに獰猛な笑みが浮かぶ。 一方で、当然と言うべきか運命に呑まれた同属に同情する者も居た。 「……こんな歪んだ代物、あってはならないわ」 『女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)の声は静まり返った倉庫の中に奇妙に響く。 口調は静か。激する事は無く、吐き出された言葉は宙を踊る。その声には格別の想いが込められていた。 (……昔ならいざ知らず。今の私にはあなたの気持ち、痛い程に理解出来るの) 人間の力は余りに小さい。 此の世在らざる力を振るい、超人を気取ってみた所で――掬い取れる運命の如何に小さい事か。 両掌を必死に広げ、零さないように努めてみた所で、命も平穏も容易に指の間を滑り落ちていく。 まるでそれは人の身で分不相応な神、英雄の領域に到らんとする傲慢を――嘲り笑うかのようだ。 「私が最も望むのはそれの破壊、唯一点よ」 ……リベリスタが痛みを抱えて生きる事は少なくは無い。 強い正義感に突き動かされるが故に。誰かをどうしても守りたいと思うが故に――誰も時に無力を識る。 「唯の悪人ならば、迷うことなくこの刀で断罪しよう。 しかし、正義の心を持った勇者が、他者にその心を捻じ曲げられているというのなら……」 『影使い』クリス・ハーシェル(BNE001882)が唇を噛む。 「手の女も、葛木もそうだ。奇跡やら力を願うってのは……解らないじゃねぇ。解らない事じゃあないさ」 低く唸りを上げ、現れた『敵』を威嚇する『リベリスタ』葛木亮介――だったもの――を剣呑に眺め、『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)は胸に溜まった息を大きく吐き出した。 全ては、最悪だった。 全ては、最悪だったのだ。 遠い昔、六百年以上も昔に――『それ』は産み落とされた、その瞬間から。 「またW・Pか。一体、どんな神経してんだか――」 『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)が溜息を吐く。 「相変わらず、いい趣味をしているな。ウィルモフ・ペリーシュ」 異形と化した葛木の触手が掴むその原因を見据え、『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)が言った。 「俺には分からないし、分かりたくも無い。考えただけでも虫唾が走る……!」 「人間、舐めんな。血を吐くような人の祈りを軽く嗤うな、ヘボ魔術士」 レンにせよ、この『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)、 「人の願いを歪め続けた『猿の手』か。悪意のタチの悪さじゃジャック以上だ、WP」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)にせよ。まさに吐き捨てるかのような声だった。 彼等が視線をやった干からびた女の腕は――かの大魔道が猿と嘲ったとある女の残骸。 『どんな願いをも叶える』猿の手はその実『誰のどんな願いも叶えないイカサマ師』なのである。 「彼の魔術師が何を求め、何処へ到ろうとしているのか…… 醜悪と感じるのは、魔術師としての甘えなのかも知れませんが。 ……反面教師と言えるのでしょうか。却って、外れてはならない一線というものを、意識せざるを得ないのは」 何度見ても、何度対峙する事になっても。やはり『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)には理解し得なかった。 『人は何処まで醜悪に自らの生を汚せると云うのか』 ウィルモフ・ペリーシュなる魔術師の作り上げた願望機(アーティファクト)は人の願いを歪めて叶える呪いである。かつて、自身を犠牲にしてでも大切な誰かを助けたいと願った高潔な女性を元に作られた……彼女の意識を今もそこに閉じ込めた。 ――私は『猿の手』。何一つ掴み取れない短い、『猿の手』―― 「それは違う」 不思議に伝わってきた女性の声に応えたのは『From dreamland』臼間井 美月(BNE001362)だった。 「違うんだ」 彼女の言葉を継ぐように『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が続ける。 「今回のWP印は――マリアさんは……何時もと違って悪くないのです。性悪に弄ばれた被害者なのです」 拙く、不器用で、ついでに青い。そあらの言葉は何時もと同じ。決して『上手』なものでは無かったが―― 「マリアさんの願いはあたし達がきっと叶えてあげるです」 ――ハッキリしなければならない事は、多くない。 十四人のリベリスタ達は葛木亮介を『力の願い』から解放し――同時に彼女の六百年に終わりを与える為に今日この場を訪れたのだから。 「ああ、間違いない」 レンは頷いた。 「これだけは言える。『お前』は絶対に許さない」 この場に居ない、顔も知らない誰かに向けて――少年の声は宣誓めいた。 おおおおおおおおおおおお! マリアの嗚咽を裂く、巨獣の咆哮。 最早人に在らぬ声は、言葉さえ為さぬ唯のノイズ。 「悪夢は終わりだ」 「雑賀の名の下に――その命、貰い受ける」 淡々とクリスが言い、軽く気取った龍治は帽子に指をかける。 「葛木さんに優しいおねーさん。今、解放してあげるからね」 終が両手にナイフを構えた。 「もう少し待ってな。マリアズハンドさんよ。 そんな滑稽な姿にされて、願い叶えてきて……哀れんじゃいないが、運が悪かったんだろうなとは思うぜ」 狡猾なリコリスの指先が『必要悪』の神託を紐解けば――そう、戦いの時が来る。 ●虚言の王は高笑うII かくてリベリスタ達と葛木亮介との戦いは始まった。 ウィルモフ・ペリーシュなる魔術師はそあらに「作った人の顔を見て見たいですよ」と揶揄される最低最悪の人格と、凡そ規格に当て嵌める事が出来ない程の鬼才を併せ持っている。かのバロックナイツの何位かに名を連ねるという彼が――大喜びで作ったアーティファクトである。その『猿の手』に力を願った亮介が人間性を喪失する代わりに巨大な力を得たのは誰が見ても、どう考えても明らかであった。 亮介の巨体の前にリベリスタ達は素早い布陣を済ませていた。 暴虐の威力を持つという彼を完全に止める事は流石の前衛達でも難しい。 戦陣の乱れと被害を最低限に食い止めるべく、パーティは動き出した亮介を包囲するような形で散開を済ませていた。 猪突猛進なる威力もリベリスタが散れば幾らかは逸らしやすくなるというもの。 「じゃ、行くよ――」 終のスピードは場の全ての人間のそれを上回った。 抜群の反応速度で距離を詰めた彼は全身のギアを上げ、更なる加速を可能とし。 更に、一手。ソードミラージュの甲斐を見せ、迎撃の姿勢を見せた亮介に澱み無き音速の刃を叩き込む。 「――かったいなぁ!」 「せめて一矢、連中に報いてやる――」 終の繰り出した刃にも頓着しない。敵の巨体はそう簡単に有効打(ダメージ)を刻めるそれでは無いが。 僅かな隙を縫い、次の見せ場と前に出たのはナイフに盾を備えた快だった。 「――たとえ猿と見下されようと、願いは尊いものだから」 見上げる程の巨体にも怯む事無く、彼は最も敵の注目を引く位置に躍り出て十字の光で敵を撃つ。 彼に与えられた役目は、彼が自負する役目は今日も変わらずパーティの盾である。彼にとっての戦いは一秒でも長く自身に敵を引きつけ、一秒でも長く戦場に立ち塞がる事。全く愚直極まる彼の戦いは堅牢なる防御と、決意に負けじと揺らがない。 怒りの吠え声を上げる亮介目掛け、続けて香夏子が距離を詰めた。 速力を増した少女と同様に龍治が全身の感覚を研ぎ澄ませ、火車が武闘の構えを取る。 彼等に続き、背後に回ったクリスがレンが影を伸ばす。 着々と態勢を整えるリベリスタ達に対して文字通り暴れ出したのは――獣と化した亮介だった。 おおおおおおお……! 裂帛の気を吐き、常識知らずの膂力を爆発させる。 肥大化したその腕が、全身から生え蠢く肉の触手が近接範囲を薙ぎ払う。 破壊的な威力はまず快の身体を弾き飛ばした。 「……ッ、買い替え、結構痛いのよ……!」 すんでて大盾を構えたレナーテは身体を傾がせながらも踏み止まったが脳が揺れる程の衝撃に小さく頭を振る素振りを見せる。 成る程、嘯いた彼女の首からトレードマークのヘッドホンが落ちていた。 「経費で、落ちるんじゃないかな」 「……期待しとこ」 片膝を突き、態勢を整える快と一歩退がって敵を見上げたレナーテ。 言葉には余裕を遊ばせ、その鋭い視線は敵を油断無く見据えたままである。 ダメージは小さくないが嘯く余裕があるのは流石にクロスイージスといった所か―― 「厄介なのは分かっていますが……」 「癪に障るモンばっかこしらえやがんな? W・Pって奴ぁ!」 香夏子が呟き、火車が性悪への文句とも強敵への歓喜ともつかぬ声を上げる。 「来る――今度は――」 亮介が恐ろしい最大の理由は、その連続行動である。 「――俺が受ける――!」 果たして、気を吐いたレンの言葉は実現した。 二撃目はその両手に破滅の気を蓄えた真に恐れるべき一撃である。 罪の衝撃は容易くレンの身体を貫く。全身を叩きのめした衝撃に少年は大きくよろめき血を吐いた。 だが、倒れていない。威力は防御に優れないレンの体力を激しく削ったが、辛うじて彼はこの苦境に踏み止まる。 されど、三度。亮介の猛進猛撃は止まらない。目の前をうろつく前衛達を蹴散らすように吶喊したその先には――龍治。 素晴らしい技量と攻撃能力を誇る代わりに――等価交換で防御能力を犠牲にした彼は肉薄する砲弾の如き威圧に抗する術を持ちはしない。 意識ごと命を刈り取るかのような激しい衝撃に彼の視界は一瞬だけ白く染まる。 「……ッ、全く、楽をさせては貰えなさそうだな……!」 だが――或いはそれが零六の口にした運命の有無の差なのだろうか。 崩れ掛けた龍治は下半身に力を入れ直し、倒れる前に全身の力を取り戻した。 青白く燃える運命の残り火が目前の敵に強い視線を向ける彼の瞳の中に燃えていた。 「今治すから、もうちょい待てなっ!」 傷付いた快に白く輝く浄化の鎧が降り注ぐ。 「助かった! さあ、ソイツに願えよ! その力で俺を倒してみろ!でないと、俺はアンタの前に立ち塞がり続けるぜ!」 体力を回復すると同時に対象に格別の防御能力を付与する――俊介の高等技術は前に立つ快に更なる勇気を呼び起こした。 快の声は挑発。問題はあくまで『猿の手』。ペリーシュの魔力を知る程に、唯強いこの敵がどれ程のものに化けるかは脅威である。 「後、頼む――!」 彼がこの場で浄化の鎧を選択した理由は、状況を把握し、検討しての判断だった。 俊介の言葉に当然とばかりに応えたのはそあらであり、美月であり、エリスである。 厚い回復陣容は少なくともこの緒戦において大きくダメージを受けたパーティ全体を、レンを賦活する。 パーティは崩れかかった陣形を素早く立て直しに動き、猛撃に対する礼とばかりに今度は反撃の攻め手を集中し始める。 「例え『猿の手』に捕まっていたって……あんたはリベリスタだよ!」 想えば想っただけ、やり切れなくなるその現実を――痛い程理解しながらも、終はそれを振り切った。 「葛木さんが出来なかった事、これからやれる筈だった事、オレ達が頑張るから! だから、ちょっとでいいオレ達と一緒に戦って! リベリスタの誇りを思い出して――!」 悪辣なる魔術師の所業に青い言葉は届くまい。失われた心が呼び掛けで戻る等、物語の中だけの専売特許だろう。 しかし、それでも苛烈な戦闘にその身を晒しながらも終は愚直な声を止めはしない。 咆哮。そして、銃声。 「――言っただろう、その命貰い受けると」 まさにその技量、一つの神技。旧式の火縄銃が信じ難い程の精度をもって火を噴いていた。 亮介の頭の一部を吹き飛ばしたのは龍治の放った魔弾である。 「……嫌だぜ、全く」 その彼の視線の先の化け物はぶくぶくと血を泡立たせ、肉を盛り上げ再び元の形を取り戻そうとしていたが、さにあらん。 「治る以上にぶっ壊す。シンプルだが、一番だ」 口角を吊り上げる龍治。どんな相手だろうと雑賀の狙いは逃しはしない―― 「チャンスです――」 戦いを長引かせる事が不利にしかならないのであれば、可及的速やかに敵を叩く事は命題である。 素早い動きの出し入れで亮介を翻弄する香夏子の目線に即座に仲間が応えて動く。 「結局は、叩きのめすしかないのよね」 攻撃は最大の防御、は全く理に叶った格言だ。 攻め手よりも圧倒的に守り手に特化したレナーテの言葉は幾らか皮肉めいていたがシールドを構えた彼女は力一杯巨体を叩く。 「こんなモン一個づつ丁寧にぶっ壊してってやる!」 烈火の如く咆哮し、猛火の如く攻めまくる。火車の鬼爆には名に恥じぬ業火が宿り鋭い動きから繰り出された拳撃は巨体に炎を塗れさせた。 無論、止まらない。 「葛木亮介! お前が本当に願ったものは何だ!」 声も枯れよと叫んだのはクリスである。 「今お前が持っている力が、心の底から望んだものだと――そう、言えるのか!? お前は誰かを……皆を救いたかったんじゃないのか!」 側面から背面に回り込んだクリスより無数の気糸が繰り出された。 暴力装置の四肢に絡みついたその糸は唇を噛み、その動きを縛らんとする少女の思惑通り幾らかのダメージと拘束を亮介に与えたようだった。 「人には大きすぎる力、使いこなせるわけがない。葛木も、マリアズハンドも、ここで終わらせる……!」 先程、痛打を受けたレンが詰める。 グリモアールが力を紡ぎ、伸びた黒光の槌は物理的な威力さえ伴って亮介の頭部にぶち当たる。 「救済してみせる。全て、これ以上、罪を重ねないように」 パーティの攻勢は多くのバッドステータスを伴っていた。 (解除に願いを使わせられれば……) 香夏子の、パーティの狙いはそこにあった。 彼等の狙いは亮介に『猿の手』を使わせる事である。ペリーシュのアーティファクトは等価交換等しないのだ。 彼の作品には『常に不幸が付き纏う』。不当な聖杯然り、ロマーネ・パラノイア然り、心無いベアトリクス然り…… 使えば必ず亮介を滅ぼす何か副作用が現れるのは明白だった。そうでなくても、場の切り札として存在する『猿の手』の願いは危険過ぎる。 「――喰らえよ、でくのぼうッ!」 まるで喰らいつく事しか知らぬ猛獣が牙を剥くかのようにDesperado “ Form Harvester ”が唸りを上げる。 爛々と目を輝かせ、何処か生臭い――人間的な顔を見せて。神守零六は上段から電撃迸る渾身の一撃を振り下ろした。 迸る威力、暴圧は容易く巨体の触手を切り裂き、肉を激しく焼き焦がす。 「――救わざる囚われ人達。その魂を輪廻の輪へ解き放って差し上げます」 悠月の呼び出した漆黒の大鎌は袈裟斬りに亮介を圧倒した。 効いている。確かに、これだけの集中攻撃を連ねたならば――しかし。 おおおおおおおおお――! 異形は猛る。異形は吠える。 パーティの戦いは相応に理に叶い、相応に奏功を見せていたが…… その考えは、ある意味において『非常に甘すぎるもの』であると言わざるを得なかった。 『猿の手』の願いを異常の『解除』に使わせよう等とは『作者』が耳にしたら、どれ程の憤慨を見せただろうか。 亮介は吠えた。吠えて願った。我が身を苛む小賢しい小細工に抗する術を、問題にしない、大きな力を! 一瞬の後に、彼は又『別の何か』に生まれ変わる。 「……成る程、こうなるか……」 クリスの視界の中の亮介は全身を石のような硬質の漆黒に変えていた。 急速に生命力が萎んでいく様子が目に見えた。 命そのものを戦闘力に転嫁しているのだ。それが分かった。 しかしより堅牢となった彼が、理性の無い彼がそれに頓着する様子は無い。 如何な副作用が彼を蝕もうとて、この戦いには関係無い。Stageを上げた亮介に全てのバッドステータスは通用しない。それは即ち――不幸な単純勝負を強いられるという現実を意味していた。 ●ペリーシュの残滓 ――オレだって思う事位あるさ。 何時も呆れる位退屈で。ダチと馬鹿みたいに笑いあって…… くだらねぇ衝突なんてのもあって 命の取り合いみてーな喧嘩の末に共闘とかあって そんな奴等ひっくるめて島行って騒ぎもあってさ。 本当、馬鹿馬鹿しい位に変わらねぇんだ。 面白くねぇ。何でもねぇ。 そんな日常の為に――そんな退屈で平凡な日常の為だったら。 クソみてぇな毎日がもう続きません、お前の力が足りません、何て言われたらよ。 場合や状況次第じゃあ……オレも。オレでも…… 傷付いた火車はまさに真価を発揮する。 この男が十全とその力を発揮出来るのは――戦いの後半。 徳俵に足の指が掛かれば、ひりつくような命の危険を感じれば、彼の感覚は何処までも研ぎ澄まされる。 幾度叩きのめされようとも、立ち上がる。惰弱な運命のみに頼ろうとはせず、しぶとく、何度も。 可能とするのは彼の業。そして自身の戦いにかける、その想い。 (……チッ、らしくねぇ……) 珍しく戦いの最中に幾らかの感傷を抱いた彼は内心で舌を打って、今一度火炎を巻く両腕二本を頼りに亮介に向けて吶喊した。 戦いは熾烈を極めた。 「……皆、頑張れっ!」 俊介は気を吐く。厳しい戦場で折れぬと気を吐く。 「それに葛木、いい加減煮お前も目ぇ覚ませ! お前それでいいのかよ!? 正義感強かったのに、どうしてそんや姿に落ちたんだよ! ミイラ取りがミイラとか――そんなの全然笑えねーかんな!?」 振り絞るような呼び掛けだった。 命で命を削り合う、命で命を贖う戦場は恐らくは――どちらにも傾き得るものだっただろう。 「今度は、俺達が彼女の願いを叶える番だ。六百年越しの悪夢に終止符を――その願いを!」 快の声が凛と響く。 「救ってみせる! ……どれ程、お前がそれを『望まない』としても……!」 レンの一撃が猛襲する。 「絶対に負けないよ。おねーさんの力に頼らずに、願いを叶える事。今の俺の一番の望みはそれなんだ」 「逃がさないと言っただろう?」 「香夏子……まだ仕留められてませんよ……?」 終が龍治が香夏子が死力を尽くす。リベリスタ達の死線に亮介は傷む。『猿の手』は悼む。 しかして、パーティが受ける損害は目の前の呪いのそれを超えていた。 「その程度で誰かを救うつもり? そんなに不自由じゃ、何も出来はしないでしょうに!」 レナーテが声を上げた。傷付いている。傷んでいる。それでも怯まない。 次々と運命が燃え、暴風はそれでも容赦なくリベリスタ達を叩き巻く。 「アンタは俺と同じだ! そんな姿になっても世界を守りたいって思ったんだろ! それなら――それなら。その想いを取り戻したいって、今それに願ってくれよ!」 快の言葉に一瞬、一瞬だけ。亮介の動きが緩んだ、そんな気がした。 しかし、それは一瞬の事だった。実りの無い世界が示す皮肉は魔術師(ペリーシュ)の嘲る喜劇だろうか。 それとも、世界の不出来さを、勇者達(リベリスタ)に知らしめる為の悲劇だったのだろうか。 パーティは確かに亮介を追い詰めた。しかし、最後の最後で『猿の手』は再び願いを叶えるのだ。 『リベリスタ達の誰かのみならず。それは目前の敵を滅ぼせと』 『猿の手』の魔力とて、運命に満ち溢れたリベリスタを破壊するのは不可能である。 しかし、長い戦いに消耗し、傷付いた彼等から戦いの術を奪うには十分過ぎた。 かくて、舞台は暗転する―― ――リベリスタ達は退いたが、亮介の死体は程無く埠頭付近で発見された。 『猿の手』は願いを叶えたのだ。より大きな力を彼に与え、目の前の敵を排除した。 彼の、残りの命を代償に。生き残る為に願った彼の、その肝心の命を容赦無く全て取り立てて。 繰り返す。亮介の死体は埠頭付近で発見された。 されど『猿の手』の行方は、杳として知れず。その姿は忽然と此の世の闇へ消えていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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