● ――眠れないときは羊を数えなさい。 人であるなら誰もが一度は聞いたことのある彼の台詞。 子供のときこそそれを実践した者も少なからず在ろうが、人は年を経れば経るほどにそれを迷信と捉え、それを行うことなど考えすらしなくなっていくものである。 ……ごくごく稀に思いつく、些細な気まぐれを除いて。 「……何だよ、コレ」 その時、男は夢を見ていた。 場所はだだっ広い草原。春の如きぽかぽかとした暖気を感じさせる其処には、およそ男の予想し得ぬ光景が広がっていた。 「これ、羊、なのか……?」 そう、其処に居たのは羊である。――最も、実際に存在する羊とは、ソレはかなり違った姿をしているが。 くるんと曲がった角に、小さくつぶらな目、二等身くらいのまん丸な身体には全身を覆うようにふかふか真っ白な毛が生えており、ちょこんとした四足でちまちま歩く姿はそのままぬいぐるみにでも出来そうな気さえしてくる。 普通にそれだけを見れば、この男も含め、あらゆる者の心を癒しでもしそうなものだが。 「なんでこんなに居るんだよ――――――!?」 ……問題は、そのデフォルメな羊が千頭近くの群れを成していたことである。 ● 「そう言うわけで、どうにかしてきて」 と言った『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がリベリスタを見る目は、何だかちょっぴり恨めしげだった。 羨ましいんですね。わかります。 ともあれ、唐突にそう言われてもリベリスタとしてはどうしようもない。 「……悪いが、先ず何でこういう事になったかを説明してくれ」 両手を挙げて降参のポーズを取りつつ、リベリスタがイヴに問いかける。 未だむくれっ面のエンジェルは、しぶしぶと解説を始めることとした。 「……先ず、今回の事態を招いた原因は、この男性が持っている抱き枕型のアーティファクト『獏の食べ残し』が原因。 このアーティファクトは、寝床でそれを使った対象の言葉を夢に変換して、其処に閉じこめる性質を持つ。見る夢がコレだという理由は、恐らく言うまでもないよね?」 ……ちょっとアレな名前の割に恐ろしい能力を持つアーティファクトである。 「被害者の男性は営業成績の不振が元で、会社で上司に怒られることが多かったみたい。 ストレスで眠れないという愚痴を聞いた故郷の母親が、半ば強引に押しつけたのがコレらしいの」 まさかそれが発送中に革醒するとは、その母がリベリスタだったとしても思いはしないだろうが。 「……で、俺はコイツをどうすれば良いんだ?」 またもや別のリベリスタが問いかける。 イヴはそれにうんと言って、先ほど彼らに見せた未来映像――正確には、其処に映る羊の群れを指さした。 「件のアーティファクトは、一度効果を発動させたら内部的要因によって対象が目覚めるまで解けることも、破壊することもできない。 更に、もし別の誰かが対象を起こそうとした場合、その人も一緒に対象が見ている夢に意識を引きずり込まれる羽目になる。これを上手く利用して、彼の見ている夢を破壊してきて」 「……それは、つまり」 「そう、彼の夢を為す要因――要はこの羊を全部倒してくるの。 羊は恐ろしく耐久力が低く、両手で思い切りぺちってしたら煙になって消えるくらい。数は厄介だけど、夢の中では時間が進行しないみたいだから、のびのびやって構わないと思うよ」 言い終えて、イヴは「それと」と言って、リベリスタ達をじっと見上げる。 「……回収したアーティファクトは、アークの回収班より先に、私に届けてね」 いや、それは無理ですと全員が答えたのは言うまでもない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月07日(水)23:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●時系列:深夜二時/夢中 三角座りして空を見上げている。 見上げた空は雲一つ無く、浮かぶ太陽がぽかぽかとした陽気を届けてくれていた。 ……これが何かの旅行で見たものだったら、寧ろ大歓迎だったのだが。 誰もいない世界。 居るのは自分と、ぬいぐるみがそのまま動き出したようなひつじの群れだけ。 此処何処だよとか、今は何時だとかの疑問は既に遠い遠い昔に過ぎ去ってしまっていた。 最早唯ぼんやりと空を眺める現在。めーめー言いながら時折自分の傍らをよぎるひつじが視界に入るたび、何度勘弁してくれと言いたくなったかわからない。 ……と、 ――ぽこぽこぽこぽこ。 青空と草原ばかりの平和な世界。無数のひつじ達が在るそこで、背後から何だか気の抜ける音が聞こえる。 気になって振り返ってみた。 「可愛い? んなもん関係あっかぁ! 脳天に鉛玉ぶちこんでやるぜぇぇぇ!」 「……」 「それではレッツ・ドライヴ! 轢殺開始!」 「……」 何もなかった。 何かあのひつじっぽいのに銃乱射して哄笑している青年とか、徐行運転でひつじが沢山居るところを狙って轢きまくってる車上の女性とか、そんなものは本当に唯の気のせいで若しくは俺の疲れすぎで。 「ほらほら、現実逃避に戻らないで。 まあ、確かに此処、現実じゃなくて夢だけどね。初めまして、抱き枕の精です」 いやもう、本当に勘弁してくれ。 ●時系列:深夜一時五十二分:現実 築十年くらいの、少し汚れや傷が目に入る平屋建ての住居。 其処を目の前にしたリベリスタら八人は、何と言うか疲れたような怒ってるような楽しみなようなと、個々に違う表情を見せていた。 「現実逃避したくなる、その気持ちはわからなくもないんですけどねえ」 しみじみといった口調で呟くのは『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)。 「だだっぴろい草原と青天井はなんとも気持ちが良いものです。仕事でなければ私も日がな一日寝そべっていたいです、が……」 「まあ確かに素敵で綺麗な夢だけど、現実で笑えなきゃ意味が無いからね」 自然を愛する彼女としては今回のシチュエーションは楽しみだった半面、それを消すと言う行為が心底残念だったのだろう。 渋い顔で首を振る彼女に対し、苦笑交じりでそれを納得させるのは『ノイジーイーグル』有木 ダンテ(BNE002480)。 玄関近くの窓の鍵を調べながら会話をする彼も、セルマ同様夢の世界に入るとはどういうことかを若干楽しみにしている節がある。 そんな明るいトリックスターを見ながら、ふんと鼻を鳴らしたのは『ツンデレ邁進娘』漣 瑠奈(BNE000357)。 若干気の強い彼女はやれやれと嘆息しつつも、件の男性の家――正確に言えば、その中に居る男性に対して――に視線を向ける。 「はぁ~、なんというか、色んな意味で眠くなる依頼ね。元を辿れば、その男が軟弱なのが悪いんじゃない? 丁度良いわ、その根性、あたしが叩きなおしてやるわよ!」 ぱしん、と拳を平手に当てつつ、可愛らしい外見に合わない強気の発言である。 それとて、本来は構う必要も無い一般人に対して世話を焼く辺り、彼女の彼女足る所以が密かに見え隠れしているのは誰が気付いたであろうか。 「皆さん、見つけましたよー」 と、其処で一同にかかる少女の声音。 言葉と共に、玄関の鍵を内側から開けて出てきたのは『もそもそ』荒苦那・まお(BNE003202)。 「勝手口の扉の鍵が甘かったんです。何度か揺らしたら開いてくれました」 マスクで隠した口元をちろちろと動かす彼女が若干誇らしげな顔で語る姿は、何だか少しほほえましい。 「それじゃあ行きましょうか。早く被害に遭った男の人を助けてあげないと」 念のために人払いの結界を形成した『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)の笑顔がいつもより楽しそうに見えるのは、恐らく此処の全員が存じているように、まおの健闘を称えるためだけではない。 ――格好良いだの、女子高でモテそうだの言われる私だけど、人並み程度には可愛い物にときめき、愛でる心を持ち合わせているのよ―― 相談の頃、何だかちょっとむくれ気味にそう言って今回の依頼に臨む彼女の姿は、確かに普段のそれとは違うものの、似合わないというわけでもなく、寧ろ違う面からの魅力を垣間見た、と思える。この報告書の筆者も含め。 ただまあ、そんな彼女をして、常日頃からふわもこな動物好きを自称する彼には敵わない。 「俺ね、金だらい持って来たんだ。 ここにひつじを詰めて、もふもふを眺めて過ごすよ。ひつじ達が逃げてもまた集めて眺める」 『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)。 幻想纏いに格納した金だらいをちょこっとの間だけダウンロードする無表情が眩しい。 ちゃんと仕事してね? って思えるくらいに眩しい。 「……えーと、だだっ広い草原に千頭近くのひつじですか。手間がかかりそうですが殲滅あるのみです」 「くそ……しくったぜぇ……強制的に寝ちまうなら寝溜めした意味なくね? つか眠らないように寝たのに夢に入るために寝なきゃいけないとか……くっオレ何言ってんだ?!」 そんなミカサの迫力に言葉を濁した人もいれば、全く聞いていない人もいたり。 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)。そして『阿呆鳥』クランク・ファルコン(BNE003183)。 意味ありげに視線をそらしながらこぶしをぎゅっと握る彼女然り、件の夢に現れるひつじの能力対策にしてきたと思しき寝溜めが無意味に終わったことを悔やんでいる彼然り、何というか参加者の見ている方向がわりと一致していないのも、これ程緊迫感を削がれる依頼を前にしては仕方ないと言うほか無い。 それでも、まあ。 「さあ、そろそろ本当に急ごうぜ。このままじゃ男の人も参っちゃうしな」 そう語る彼に全員が是と頷く光景を見れば、依頼成否の心配も霧と消える訳なのだが。 ――その後、寝室で眠る男性に斧を振りかぶった瑠奈がその途中で寝ることで彼の首を刎ねかけたり、全員が眠ったのを確認した後にクランクが額に『肉』と書いて回ったのを見ると、やっぱり不安が募っていってしまうのであった。 ●時系列:深夜二時(時間停滞中):夢中 「いやだから本当に何なんだアンタ達は!?」 で、話は冒頭へ戻る。 取りあえず真面目に羊狩ってる人とか、そのもふもふ感をたっぷり堪能してからちょっと残念そうにぷちっとする人とか、唯ひつじを金だらいに詰めてじっと眺めてる人とか、個々に動き回っている彼らが新たに構成した夢世界は比較的カオスであった。 「こっちが何を聞いてもひつじを狩るひつじを狩るって、誰だよアンタ達!? あと此処は何処で、今は何時で……」 「まあまあ、そう焦る必要は有りませんよ。先刻も言いましたが、此処は夢の中なので。 それより、せっかくだから一緒にぷちっとストレス解消しませんか。誰も怒りませんよ。ぷちっとする為の羊ですから」 自分より半分以上年下の子供に諭されると、流石の男性といえど言葉に詰まり――そうして脱力した。 「……いや、だからな。俺は会社が……」 「人手は幾ら合っても足りないんです。この状況で、立派に働ける貴方が働かない理由がありますか!」 それでも気弱に抵抗する男性を堂々とした声で叱責するセルマに、彼はびくっと怯える。 元より叱責や説教は上司に言われっぱなしだった男性としては、誰かも知らない女性に言われても過敏に反応するほどには精神が摩耗していたのだ。 それを若干哀れに思ったのか、空気を切り替えるようにぱんと手を鳴らした瑠奈が少し明るく、しかしやっぱり厳しそうに声を掛けた。 「そもそもアンタには根性が足りないの! 良い機会だからあたしがきっちり仕込んであげるわ。ほら、さっさと手を動かす!!」 「……や、やれば良いんだろう。やれば……」 ぶちぶちと文句を言いながらも、漸く従った男性に何名かのリベリスタも満足げに頷いた。 「……で」 言って、くるんと瑠奈が振り返る。 視線の先には、最初から飛ばしてひつじを殲滅し続けていたクランクがすやすやと眠る姿。 低確率と言えど、自身を倒した対象に魅了と麻痺――睡眠を与えるひつじ達の能力にかかった姿がコレである。 まあ、基本的に状態異常とは一括で付与されて一斉に解除される以上、この能力にかかってもひつじの夢を見てる幸せそうな寝顔が出来るだけで。 そうなった以上、『回復役』が行う行動も一つだけに絞られた。 「折角夢の中だし、金だらいの演出付きよ、喜びなさい?」 ばぁん! と言う鈍い金属音と共に、瑠奈のブレイクフィアーが展開される。 まおがギャロッププレイで拘束するまでもなくあっさり捕まって消されるひつじたちを見ながら、男性は一人で愚痴をこぼしていた。 「大体な。今日は新規の契約が何本入ってると思ってるんだ。各所に申請しなきゃいけない書類もまだまだあるし、うちの大手の担当者会議も午前にある。なのに何でこんな事……」 もこっ。 「……」 振り返る。 男性の頭に大きめのひつじを一頭、頭に乗せているミカサが居た。 「……」 そろそろ本気で男性が泣きそうになってきている。 それに対しても、ミカサは表情一つ変えない。 ただし。 「馬鹿げてるだろ。でも今の君には必要な事だよ。違うかな」 語る言葉は、無き表情の代わりを果たすほど、強いものではあったが。 目の色を変える男性を見ながら見ていないミカサは、淡々と言葉を続ける。 「……それにしても約千匹か。そんなに数える位眠れなかったんだと思うと、ね」 「な、何で知って……」 「それはまあ、夢だから」 理由になっていない理由を述べつつ、ミカサは彼の腕にひつじを抱かせる。 「ねえ、真正面から言葉を受け止め続けたら心が駄目になるよ。 自分の出来ない事、自分しか出来ない事、一つ一つ考えて、時には割り切って、もう少しだけ、気を楽にした方が良いんじゃないの」 頭にひつじで彼の言葉に対して何も言わない。 否、言えなかった。 「ふふ……捕まえたっ」 後ろからそろそろと近づき、そのままもこっとひつじを抱きしめるのはミュゼーヌ。 精撃の星を自己に宿してまで高めたシューターの集中力で、彼女が狙ったひつじは現在までで百発百中である。まあ他もそうだけどというのは置いといて。 余りにも倒し切れていない場合はやむなしとも考えていた彼女の範囲攻撃ではあったものの、全員の働きが予想以上に良いためにそうした行動を必要としなくなったと言う部分に対してはミュゼーヌも嬉しそう。なのだが。 「あぁ、新雪の様にふわふわなのに、暖かく包み込んでくれるもこもこさ……。 私、この子達に囲まれたまま、ずっとこうやって眠っていたいわ……くぅ」 全体を一息に倒さず、一頭ごとを丁寧に消している以上、状態異常に引っかかる数も多いわけで。 その度に瑠奈が彼女にも金だらいを使うか、それとも普通に回復させるかを悩んだりもしていた。 「どうもー、なーんか困った顔してますね。お悩み聞いちゃいますよ」 「……ああ、いや。自分が意外にガキだったと思い知らされてね」 先のミカサとの会話以降、どうにもバツが悪そうな男性の前に、次いで現れたのはダンテ。 人懐っこい笑顔を浮かべた彼に、しばらくしてから漸く視線を向けた男性がはあとため息をつきながら、言った。 「出来ないことと出来ることを考えて、かあ……。上に指示されて、怒られてる間は考えもしなかったよ」 「それこそ、ストレスで視野が狭まってきたからじゃないですか? 何なら解消も手伝いますよ。さぁさ! オレを嫌いな上司だと思って! 好きなだけ罵詈雑言を吐いてください!」 男性はその言葉にまたも暫し目を丸くさせていたが、やがて小さく吹き出して、言った。 「遠慮しておくよ。人を悪く言うのは苦手なんだ。 それに、仮に言い出したら二、三時間は収まらないが、それでもやりたいと言うかい?」 「……それは勘弁願いたいところですね」 苦笑を浮かべて後ずさったダンテを男性が笑って、釣られて彼も笑い出した。 「この『ひつじ』ども……牧羊犬を使って追い立ててみたいなあ」 まあそう言うわけにも行かないんだけど、と言って人力でぺちぺちひつじを潰して回っているセルマ。 悩む語調とは裏腹に、淀みなくひつじを消していく彼女の表情は案外まんざらでも無さそうではあるのだが。 「……ああ、でも似たようなので追い立ててるのはいるか」 言って、振り返った先にいるのは――相変わらずのたのたと走り回る4WD。 運転する鳥頭森は「今日は絶好のひつじ狩り日和ですね」などと言いつつ、現在も休むことなく車を縦横無尽に走らせていた。 ぽこぽこぽこ。めーめーめー。 次々に浮かぶひつじの間延びした悲鳴(?)と、煙。 「じゃあね、ひつじ!」 それに全く気落ちした様子もない辺り、鳥頭森もあるベクトルでは精神面が強いと言えるのであろうが。 「……ぐー」 ひつじの状態異常能力は、そんな精神力などものともせずに襲いかかる。 ハンドルに突っ伏した状態でぐたりと眠る鳥頭森。当然、車は動いたまま。 一方向に向かって直進する車は、徐々にリベリスタ達から遠くなっていく。 遠くなっていく。 遠くなっていく。 「……あ、見えなくなった」 一部始終を観察していたセルマが、ぽつり呟く。 因みにこの何分か後に戻ってきた鳥頭森が、ひつじを拳で倒すようにし始めたのは言うまでもない。 「……お手間取らせて申し訳ありませんでした」 言いながら土下座しているのはクランク。 ひつじ倒しを始めてから感覚でおよそ五分近くが経過した現在。最初こそ「っらーーー次の獲物どいつだぁぁぁ!」と嬉々として暴れ回っていた彼ではあるが、時間が経てば経つほどに体力を消耗し続けていた彼は、最早夢の中で自然睡眠に陥りそうなほどに疲れ切っていた。 かと言って。下手にやる気のないところを見せたら、それはそれで眼前の回復役にして、妹分――瑠奈に金だらいで殴られる。 因みに現在でも既に十数回は金だらいで殴られている。対面の彼女も若干息が切れているのは気のせいではないだろう。 「解った、解ったって。ちゃんとやるよ。 ……くはっねみぃっ……まだこんなにいんのかよ!?」 働いたら殴られ、働かなかったら殴られと、およそマイナス要素しかない作業に取り組む彼が何だか不憫であった。 ――会話を重ねて、時々、ちょっとしたお茶目もして。 そうして、しかし確実に減っていったひつじの数は、あと一頭。 「……これを潰したら?」 「うん。君は元の世界へ帰れるよ」 問うた男性に、答えたのはミカサ。 彼らと出会ったばかりの男性ならば、その言葉に喜びもしただろうが――今の彼は喜びと無念さが入り交じった、複雑な顔をしていた。 訝しげな顔をして、ダンテが聞く。 「嬉しくないんですか?」 「どうだろう。此処はもうこりごりだが、元の場所に行っても……俺に居場所が在るのかどうかね」 ――ぱこん! 肩をすくめる彼を、しかし拳骨で殴ったのは、他ならぬ瑠奈である。 「この無数のひつじを綺麗サッパリ片付けたなら、そう簡単にへこたれない根性がアンタにもついているはずだわ。 もう変な道具に頼らずに、しっかり頑張るのよ! アンタも立派な男なんだからね!」 「……努力します」 苦笑混じりにそう言った彼をちらと横目で見て「……ま、まぁ、ちょっとぐらい、見直さないでもないわね……?」と言う瑠奈にまで男性が気づかなかったのは、幸か不幸か。 「お手伝いありがとうございます。お陰で助かりました。 ……ま、なんです。毎日いいことばっかりじゃありませんけど、その分なにかいいこともありますよ。いつかきっと。 肩の力を少し抜いて、前向きにいきましょう。ね?」 「そうするよ。今日は特に働いたから」 最初に厳しく命令したときとは打って変わり、優しげな声で言うセルマに男性も笑って返す。 「それじゃあ、もう心配は必要なさそうだし――」 言って、最後に高々と、マスケットを掲げるミュゼーヌ。 「……目が覚めたらまた大変だけれど、頑張って。応援してる」 「それでは、朝までよい夢を」 「頑張れ青年! 成績あげて上司を見返すのです! 成績あげればきっと恋人もできます、会社の同僚の気になるあの女性のハートをゲットです さぁ、明日から頑張ってこ~!!」 それぞれが掛ける声に、言葉を返すよりも早く。降りてきたのは光のシャワー。 その内の一つに最後のひつじが貫かれたとき、男性の視界は真っ白になる。 「さ、彼が目を覚ます前に、アーティファクトを回収して離脱よ。」 「っやっと終わったぜぃ……さっさと帰って寝ようぜ~つかその枕貸してください……」 「ダメです。これはまおが男の人と真白様のために用意したものですよ」 「ちょっと、この『肉』って文字書いたの誰よ!?」 「…………!」 「……、……」 徐々にかすむ声を聞きながら、男性は最後に、有難うなと、小さく呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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