●鉄塊 ごうん。 ごうん、ごうん。 重い排気音を立てながら、一台の四輪駆動車が山道を走る。 否、道ではない。なかった。 長い棘の生えたタイヤ――もはやタイヤとは呼べないようなそれが茂みを、若木を薙ぎ倒し山に道を作っているのだ。 棘の長さの分上がっている車高のせいもあり、フロントガラスは容赦なく枝に当たっているが割れる気配はない。 ひびの入ったヘッドライトはギラつくように輝き、次の瞬間には無残な姿になる光景を寒々しく映し出していた。 運悪くその先にいた小動物らは跳ね飛ばされ、棘に貫き潰されて哀れな姿を晒している。 棘の長さがまちまちの為か、スピードこそのらないものの、それは明確な破壊を齎していた。 異様さを示すのは、棘の生えたタイヤだけではない。 先程から幾度も衝突を繰り返しているにも関わらず、ほんの僅かなヘコみしか見えないボディは下ろし金のようにささくれ立っていた。 フェンダーからは刃が飛び出し、ボンネットには有刺鉄線が無数に絡み付いている。 そして何より、その運転席には誰もいない。 操り手がいないにも関わらず、この車であったものは走り続けていた。 操り手がいないからこそ、この車は決してブレーキを踏まなかった。 例え行く手に、車幅の三分の一ほどもある木が立ちはだかろうとも、決して止まらなかった。 ちかり、とヘッドライトが輝きを増した気がした次の瞬間、石を踏みつけ飛んだ車は――雷鳴の如き轟音を響かせ、幹を叩き折る。 ばきばきばき、みしししし、ばきぃ。 棘が木々を蹂躙し踏み砕く咀嚼音。 何物によっても止まらぬ、とでも誇示するかの様に、それは鳴り止まない。 食い散らかされた後に残るのは、ただただ無惨。 小さな生命ごと地に穴を穿ち、葉を吹き散らし、木々を薙ぎ倒し金属の塊は進む。 顎の遥か先には――人々の住む家の、明かりが見えていた。 ●求む:スクラップ アクセス・ファンタズムに『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)より連絡。 『山中にて、エリューション化した四輪駆動車が暴走している。 異形化したタイヤのせいでそこまでスピードは出ていないけど、人里に下りる危険性あり。 即座に向かえる位置にいると判断されたリベリスタに、討伐を要請する。 全ての地を踏破する、という本能に突き動かされたこのエリューションは、 立ち塞がるものを敵と判断し襲ってくると思われる。 尚、ヘッドライトに照らし出されると付け狙われて回避に専念する羽目になるかも知れない。 各自、気を付けて。 場所は――』 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月30日(土)22:11 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●迎え討て ……みしし……しし、みし……ぎゅりぃ……。 遠くから聞こえてくる、夜間の山中には似合わない、伐採の音。 正確には伐採ではなく異形と化した車が木々を薙ぎ倒す音なのだが、音を聞いた内でそれを知るのは、今ここで待ち受ける八人のリベリスタのみである。 「あんな迷惑な車大迷惑! さっさと止めないとね……!」 ぎゅっと手を握って呟いたのは、『おじさま好きな幼女』アリステア・ショーゼット(BNE000313) 。 白い翼で羽ばたいて、他の面子とは少し離れた高い枝に陣取って先を見据える。 「車に乗る立場としちゃ、こういうエリューションは正直堪ったもんじゃないな」 『Digital Lion』英 正宗(BNE000423) も小さく溜息を吐いて音の元を見透かすように、木々の向こうへ視線を向けた。 向かう車中で貰った資料には、持ち主が死亡し引き取り手のいなくなった車が革醒した、とだけの簡単な事情説明がある。 持ち主が生きていてもブレーキを踏んで止まるようなものではないか、と眼鏡の位置を直しまた溜息を吐く。 横で戦闘前の一服と紫煙を燻らせながら、『煉獄夜叉』神狩・陣兵衛(BNE002153) も音に顔を向ける。 「しかし、もはや車に非ず唯の鉄塊でしかないならば、速やかに廃棄処分せねばのう」 車に非ず、そして鉄塊ほど無害でも非ず。 ならば打ち壊して捨てるのみ。 陣兵衛が手に持った朱色の扇が、季節外れの紅葉の如くひらり舞う。 夜の山中ともなれば街中ではそう見られない、本当の闇に近くもあるのだが、各々が懐中電灯を持ち、或いは持っている者の付近にいる為、仲間を見失う可能性は低そうであった。 松明を作りアリステアが持ち、周辺を照らす事も考えていた一行であったが、炎でも懐中電灯でもさしたる差異はなさそうだ、と判断し各々武装を整える。 「万一はぐれたらいけないからね、通信機能を使っておこう」 幻想纏いでの連絡の確認をしていた『シャーマニックプリンセス』緋袴 雅(BNE001966) が、するりと前に出る。 未だ春の匂い薄い夜闇、儚くも見える少年が手にした刃がかちりと囁いた。 ごぎゅ、ばきいいい、みししししし。キイイイイイイイ。 音が近くなってくるのに、『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218) が目を細める。 鳴いたのは、巻き込まれた動物か。 高性能の望遠鏡を上回る視力を持っても、木々に隠された車の姿はまだ見えない。 だが、木々の枝がざわめくのを感じる。 確かに近付いていると教えている。 ごりりりりり、ばき、ばきききききききき。 ばき。 面食らった。 ゴーレムの様子を人に似せて表現するならば、そんな感じだろう。 今までよりも硬そうだ、と本能が訴える『障害物』が幾つも立ち並んでいるのだ。 生物と無生物の差さえ認識しているのかは分からないが、少なくともリベリスタを『障害物』と認識したのだけは間違いない。 すぐにエンジンが唸りを上げ、障害物を打ち倒すべく吼える。 「あれが今回の敵か、本当にモンスターマシンだな」 「あ~らら、ブンブン煩い車だこと」 呆れた様子で高校生の少年、『血に目覚めた者』陽渡・守夜(BNE001348)が 呟けば、メンバーの中では最も年嵩に見える『居場所無き根無し草』レナード・カーマイン(BNE002226)が飄々と笑った。 『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018) は余り興味なさそうに音を聞きながら、こき、と首を傾げる。 「無粋だね。この蹂躙には愛がない。愛の無い蹂躙に何の意味がある」 薄い唇が紡いだ先――鉄の塊が、愛も情けも意味もなく、また一つ樹を倒した。 ●打て、撃て、討て 真っ先に飛び出したのは、白の痩身。 巨大な車に対抗するには余りにもか弱く見えるその身体は寸前で惑わすように数を分かち、刃先をゴーレムに叩き付ける。 「力だけの蹂躙に興味はないね」 敢えて真っ向から食らい付いた鮫に、ゴーレムは大きな唸りを返した。 その肩を掠め狩猟者の魔力弾が鋼鉄を打つ。 「ド真ん中ヒット、ってね」 笑うレナードの目は獣の如く、ただし確かな理性を携え車を射抜いた。 自らに出来ることは後方援護。回復を護り場を守る。派手な技も戦法もないが、戦場の歯車回す潤滑油。 軽い調子で嘯きながら、その目は敵から、展開する仲間から一瞬たりとも離されない。 「思い切り行くよ!」 澄んだ声が夜に響き、ウルザの拳がヘッドライトを打ち抜いた。微かに軋んだようにも思えたが、無数の木々を薙ぎ倒してもびくともしないヘッドライトは逆に彼やりりすを捉えようと動き出す。 「させるかっ!」 止めたのは守夜の炎を纏った側面からの一撃。体格の良い彼の一撃は重く車に響いたようだった。 それでもやはり、止まらない。 思っている以上に硬いようだ――飛び出さんとする仲間に、守夜は声よりも早く思考を伝える。 「くらえっ!」 横合い、斜め後ろから飛び出したのは雅の刃。ではなく、薄緑の光を放つマニキュアの瓶。 ボンネットに当たったそれは割れて砕けて印を残す。 これで仮に味方の明かりの範囲外に出たとして、暗視なき身にも補足は多少容易になった。 頷く雅の先、次いでぐるりと回ったのは車の前輪、走り来る勢いはそのままに己を壊さんと立ちはだかる障害物を、滑るその身で強かに打ち付ける。 「み、みんな気をつけてね!」 急ぎ祈りを、癒しの息吹を届けるアリステア。巨大な車の攻撃が怖いのは勿論だが、今回は彼女が皆の生命線。多少もどかしく思っても、少女の小さな手は回復の為に広げられた。 妖艶な弧を描いたのは陣兵衛の唇。 「儂はそう簡単には薙ぎ倒せぬぞ」 まるで散歩に行くような気楽さで翻された扇を持った手は、次の瞬間鋭い斬撃を繰り出した。 優美ながらも苛烈な一撃は、魚鱗にも似た車体のささくれを一枚剥ぐ。 きいんと澄んだ音がした。 「どういう相手にせよ、足を潰すのは常道だ」 正宗の発想自体は実に順当であったが――タイヤは棘が生えるだけではなく、木々を踏み砕いても怯まぬ硬さを手に入れており、おまけにフェンダーから刃が飛び出しているせいで、狙いに行こうとすると必然的に余計なダメージを受ける羽目になりかねない。 ましてや動き回る敵のタイヤを狙う事に拘れば、攻撃のチャンスをも潰しかねない。 咄嗟にメリットとデメリットを天秤に掛け、デメリット過多と判断した正宗は即座に思考を切り替えて側面ドアへ刃を走らせる。 ぎッ、と金属の弾ける音がし、刃先が滑った。 守夜が先刻、テレパスで伝えた事を身を持って理解する。 こいつは硬い、と。 人に作られた鋼の獣は、人工の明かりの中で艶やかに光っていた。 ●鋼の宴 全身の枷を解き放ち、羽根の如く軽く、銃弾の如く素早くりりすが駆ける。 底の見えない沼の様な瞳がゴーレムを捉えた。 「僕は恰好よく勝とうなんて思っちゃいない。セコくヤらせてもらうだけさ。相応にね」 跳んだのは一度、それで巨体の突進をいとも容易く避けてみせる。 「奴の威力次第じゃ気休めにしかならん。気を抜くなよ!」 そんなりりすに世界の力を分け与えながら、光の守りでそれこそ鋼の硬さを得た正宗は突っ込んでくる猛撃に耐えた。 「僕はその程度じゃ当たりませんよ!」 ウルザも翼を動かして、ヘッドライトや巨体の突進をひらりと避ける。 「付喪神とのデートは早く打ち切りたくてね」 和装をはためかせ雅が放った渾身の一撃はノックバックによる横転を狙ったものであったが、タイヤの棘がスパイクの如く地面を掻き、また飛んだ先で樹の幹に止められ叶わない。 散開が間に合わずその場で防御を強いられた陣兵衛と守夜には、懐中電灯など到底及ばぬ眩い、だが目を焼く事はない清浄な光が正宗から放たれる。 目まぐるしく駆け回るゴーレムを中心に、戦況はくるくると変化していた。 敵味方の位置が容易に入れ替わる乱戦では、散開するにも限度がある。 ゴーレムが前衛と踊るように動いている為、後衛はやや安全圏ではあったが、レナードも突進による巻き込みで傷を負っていた。 「今、回復を」 「おっと、アリステアちゃんはおいちゃんより酷い子を先にやったげてねん」 心配げな少女に微笑んで見せ、レナードは徐々に傷が増えていく前衛に眉を寄せる。 彼が危ない一人を引いて後方へ下がればその者は倒れる事を免れるが、その分他の前衛に攻撃が重なった。 身軽な者も多いとはいえ、じわじわと押されているのは否定できない。 当初よりもゴーレムには明らかに傷が増えていたが、動きは衰えなかった。 ウルザが狙うヘッドライトもヒビが増えてはいたが――未だ壊すには至らない。 確かに少年の一撃は正確であり威力も高かったのだが、如何せん一人では異形の一部を壊しきれなかった。 無論、他の人間も狙える時は狙っていたのだが、散開を意識した陣形では常にとは行かない。 ヘッドライトに付け狙われる事を避けて側面から狙う者も多ければ尚更であった。 ウルザの何度目かの狙い済まされた一撃が放たれ、今までとは明らかに違う動きをゴーレムが取る。 ちかり、ちかり、とヘッドライトが短い明滅をしたのだ。 戦闘中も敵の異常行動を窺っていた正宗とレナードが同時に口を開きかけるが、間に合わない。 度重なる攻撃に、ゴーレムは怒りにも似た感情を覚えたらしい。 精密な攻撃により相手の注意を惹く、という少年の目的の一つは果たされた。 が、少々タイミングが悪かった。 痛んだ陣兵衛に、アリステアが癒しを伸べた直後。 既に倒れた巨木を踏んで、ゴーレムは『飛んだ』 人の手が届くか届かないかの低空飛行であった為、彼自身の動きに支障はなかった。 そして、その位置でも、通常の車ならば届かなかったであろう。 だが、今相対する車は、車であって車でないもの。 棘によって車高が上がり、そして、特定の獲物を狙う程度には知恵と意識を得た、化け物。 「うわっ!」 「くっ……!」 巨体でウルザの小柄な体を吹き飛ばし、吸血のタイミングを見計らっていた守夜をも硬い体で打ち付ける。 ぐるり、ヘッドライトが回り、行く先を残った者に定めた。 ――鉄の塊が、その顎の奥で舌なめずりをしたようにも思えた。 ●Down、Down、Down 「不味い、もう一杯っ!!」 守夜の言葉はふざけている訳ではなく、背に腹は変えられぬとゴーレムに吸血を試みた結果だ。 正しくは血ではなく、エリューションのエネルギーに近いものを己の体に取り込んでいるとはいえ、やはり金属から吸い取るというのは些か気分的に良くはないらしい。 回復し切らぬ身でも鋭く真空波を作り出し攻撃の手を止めない少年の、ささやかな心の叫びであった。 「行かせるかっ!」 人里へとは向かわせぬ。 その意志を込めて雅も絶えず刃を振るう。 例え弾かれようが寸での所でかわされようが、その意志が鈍る事はなかったが――刃はやがて精彩を欠いていく。 いや、それは雅だけではなく、この場に立つ全員に言えた事であった。 勿論、高い攻撃力を誇る相手に対し、アリステアの回復能力もまた高いものであった。 しかし、長引く戦闘で蓄積されるダメージには追い付かず――所謂ジリ貧状態となって、一人、また一人と気力尽き倒れて行く。 アリステア自身はレナードが周囲で攻撃を防ぎ、また本人も回避に専念していた為に倒れる事は免れていたが、微かに呻く仲間の姿を見るのが何よりも辛いように唇を噛んでいた。 助けたいと思えども、届かぬ力に身悶える。 皆で、無傷で帰るんだ。 その願いだけが少女を動かし、ただ只管に世界を呼んで癒しを請うた。 だが、アリステアの癒しを受け、更に気力で立っていた正宗も、ついに地に膝をつく。 目は未だ、後ろに控える少女やレナードを庇おうという強い意志に満ちたもの。 家で待つ人の事を思えば、心配させる訳にはいかないと心は奮い立つのだが、キャパシティを超えて酷使した正宗の体は思うように動かない。 「やれやれ、廃棄手前かと思いきや、此の鋼鉄の獣は随分と獰猛だの」 「全く、叩き潰すにも骨が折れるよ」 不利な状況下でも何処か余裕を漂わせて真っ向立つ陣兵衛とて、後数撃持つか否か。 身軽なりりすはそれよりはまだ持ちそうだったが、当てる事を重視した一撃は些か決定打に遠く。 本人もそれは理解しているのか、早くヤってシャワー浴びたいんだけどなあ、という呟きも本気の色を帯びていない。 最早耐え切るには回復が足りず、押し切るには火力が足りなかった。 緊迫の中、自らの周りをちょろちょろと動き回る影が少なくなり、この場の障害物は既に己を止めるには足りないと見定めたのか――ゴーレムは興味を失ったかのように走り出す。 「待てっ……!」 その背面に魔弾を打ち込みながら掠れた声でレナードが呼ぶが、味方の半数が倒れた状態での深追いは躊躇われ足が止まった。 自身を危険に晒すだけならばともかく、再度狙いを付けられて、重傷者に駆け寄った少女や倒れる者に再び牙を突き立てられては叶わない。 逡巡の間に、テールランプが木の葉に隠される。 ――せめても幸いだったのは、その行く先が当初向かっていた方向ではなく、Uターンにも近い角度だった事か。 『全ての地を踏破する』本能に動かされるエリューションにとって、行く先自体は何処でも良かったのだろう。 だからその時点で向いていた方向、山中へと逆戻りする。 山は無限に続く訳ではないのでいつかはまた人里に近づく事もあるだろうが、目先の危機は失せた様子だった。 みししし、みし、ばき、ぎゅいいいいいいい。 誰かの歯軋りや無念の視線も共に背負い、咀嚼の音が、遠ざかる。 噛み砕かれる木々の悲鳴が、まだ明けの見えぬ暗い空に木霊していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|