● 赤い風船、白い風船。 おいおいと男たちは、声も限りに泣き咽んでいる。 「いい奴だったよなぁ」 葬式代わりに、のんだくれ御用達白く濁った薬草酒をあおるアコーディオン弾き。 「いい奴だったさ。ちょっと人攫いは下手くそだったがよ」 「いい奴だった。ちょっとラッパも下手くそだったけど」 ぶぶうっと音を立てて鼻をかむ太鼓叩き。 「安心しろよ、ラッパ吹き。俺達ゃ、ちゃんとお前の代わりを探すからよ」 「あの二人が当たりをつけてくれたからな」 「普段はろくでもないガキんちょだけど、こういうときは優しくしてくれんだ」 「いいガキんちょさ」 「いいガキんちょだ」 「今度は、お前よりラッパがうまくて」 「人攫いもうまくて」 「そう簡単には死んだりしねえ奴を探すからなぁ」 だから心配すんなよぉと。 おいおいと、楽団の残された二人は声を限りに泣き咽んでいる。 赤い風船、白い風船。 ● 「ろくでなしどもがまた動き出す」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の語気が珍しく荒い。 「『パレード』を使って、食べないでほおっておくと爆発するパンプキンヌガーをばら撒いた『楽団』が、新規メンバーのスカウトのために動き出そうとしている」 『パレード』、『パンプキンヌガー』に反応を見せるリベリスタもちらほら。 イヴは、モニターに一人の男を映し出した。 かたぎではない……ように見える。 「白川 譲二。自称V系バンドマン実質ヒモ。この夏、音楽性の相違から参加していたバンドから脱退。というか、どこでも長続きしなかったんだけど」 あ~、さすらいのバンドマン。 「現在同棲中の女性とその連れ子にしつけと称して小突き回してる。それで、素質ありと思われたみたい。楽団は、新たなラッパ吹きを欲している」 人生までさすらいかけてる。 あれ? 「V系?」 「そう」 「ラッパ吹き?」 「そう。学生時代はブラバンでトランペット」 「V系?」 「何か問題でも?」 それで、音楽性の相違……いや、同情の余地はない。 「因果応報と言えなくもないけど、楽団のラッパ吹きにされるのは可哀相なレベルかもね。今回の仕事は、楽団のスカウトという名のトランペッター誘拐阻止。楽団は例によって、子供を『パレード』を盾にするけれど、この間の事件からそれほど時間が断ってないので、前よりは数が少ない」 それでも、犠牲者は楽団が存続する限り増え続ける。 「楽団は白川にうまい事吹き込んで、楽団に入る事を了承する契約にサインさせた。この契約書、アーティファクトで『絶対履行契約書』という。 契約書にサインしたら、その内容に逆らえない。逆らったら、「置き去り屋」みたいになるでしょうね」 空気を詰め込まれたかえるに体に腹を破裂させて死んだ置き去り屋。 「楽団加入の契約書だから、中身はおぞましいものなのはみんなも想像できるでしょ」 子供をさらって、盾がわりに使うような奴らだ。 ろくでもない内容なのは、想像に難くない。 「白川が署名した契約書を奪い、破棄してほしい。そのためには楽団に逃げられちゃいけない」 懐に手を突っ込んで強奪する必要がある。 「どっちが持ってるのかもわからない。白川も連れて行こうとするだろうし。白川も契約書があるから抵抗できない。一般人だから、そう言う考えが浮かばなくなる。まあ言えるのは、片っぽがやられてる隙に、片っぽは逃げるだろうね」 逃げ足が速く、必要があれば躊躇なく仲間を見捨てる。 誰かがいなくなれば、新しい仲間を入れる。 そうしながら、楽団を維持して来たのだろう。 「あ、それと。白川をその後どうするかは任せる」 イヴは、みんなの良識に期待していると結んだ。 ● 白川は、バッグにわずかな着替えとトランペットを詰め込んで、まともなサヨナラも言わないまま、女を捨てた。 彼らは、白川の前に突然現れた。 「君のトランペットを聞きました。素晴らしい。私達が望んでいた通りです。どうかわれわれと契約していただけませんか?」 それは、しゃれたスーツを着込んだ、ちょっとおしゃれなちびとでぶの二人組だった。 「これから売り出すのに、スキャンダルはいけません」 それはそうだ。 アパートの外階段の下。 新しい世界につれて言ってくれる二人組が待っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月28日(月)23:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 駆け下りる金属の階段。 待ち構える、二人組。 「いやいや、これから忙しくなるぞぉ」 「曲を作らねばならんし、ガキも集めねえとなぁ」 「よろしく頼むよぉ、白川くぅん、んにゃ、ラッパ吹きだよなぁ。おめえは、これから俺たちのラッパ吹きだぁ」 そう。俺は「ラッパ吹き」だ。 こいつらと一緒にいて、ラッパを、吹く。 「まあ、そのうち、例の二人が、おめえも俺達みてえにするからよぉ。それまでは俺たちの手伝いをすりゃあいい。曲の練習もしねえとな。何しろ俺達は楽団だからよぉ」 「これから忙しいぞ。クリスマスに、ニューイヤー。あっちこっちからお呼びがかかる」 「なにしろ俺たちゃ、『楽団』だからなぁ」 上機嫌で白川をべちべち叩くチビ「アコーディオン弾き」とデブ「太鼓叩き」。 夕闇に沈んだ道。 二人の顔は、白川――「ラッパ吹き」には、よく見えない。 だから、今、はじかれるように「楽団」に突進してくる一団がいる事にも気づいていなかった。 ● 「罪の無い子供達を道具にするなんて……」 握り締めたこぶしが震えている。 源 カイ(BNE000446)は、千里を見通す。 楽団の二人。 両方とも、折りたたんだ紙を持っている。 契約書の特徴が分かればよかったのだが、これでは区別がつかない。 カイは、せめてと「紙束」の所在を仲間に伝えた。 (ふむ、気になるな。『絶対履行契約書』……実に似ておる。魔女もどきを作り出した『魂魄売買契約証文』に) ジャックに触発された「魔女」が駅で大量虐殺を起こした事件に関わった『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)は、事の発端となったアーティファクトの事を気にかけていた。 (同じものか、少なくとも源を同じくするものであるように感じるのぅ。まぁ、良い。解らなければ解れば良い。知らなければ知れば良い) 神秘を探求する者に名を連ねる魔女は、その指先を伸ばそうとしていた。 (何かを想起するかと思えばあれよ、人間の細胞が数年かけてそっくり入れ替わるってあれ) 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)は、戦闘思考を起動させる。 (楽団と言う総体を維持する為に必要な細胞(ふえふき)は誰でも構わないのね。リベリスタとしての建前より一個人の怒りが先に来るのは、ほんとうに久しぶり) (絶対に逃がしはしない! 絶対にもう誰も傷つけさせはしない!!) 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は、先陣を切る。 「おっと、いけねえ。子供達、おじちゃん達を守ってくんな」 「おじちゃん達は、この兄ちゃんをあの二人んとこに連れて行かなきゃならねえ大事な仕事があるからよ。お前ら、しっかり勤めるんだぜ?」 暗闇に沈んだ空き地の中で膝を抱えて座り込んでいた子供達が、ゆらゆらと立ち上がる。 その不気味な様子に、ひっと白川は喉をひきつらせた。 「何だよ、このガキ共はっ!? 俺は、ガキが嫌いなんだよ!」 うるせーし、きたねーし、殴ると泣くし。 「そんな事言っちゃいけねえよ。子供たちは大事だぜ」 「いつでも手元に置いとかなきゃいけねえよ」 楽団の先輩がたしなめる。 「ちゃんと俺らをかばってくれるんだからなぁ」 いい子だと、アコーディオン弾きは、一人の頭をなでた。 (『聞く限りにおいては色々と悪さをしている連中みたいだな。他の連中との戦闘で出来た『欠員』補充らしいが、この機を逃がさず、殲滅したいもんだぜ) 『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610) も、回り込む。 (楽団……また犠牲者を出そうとしてるのね! パレードの子供たちにはなんの罪もないのに……ひどい けど、こうなってしまった以上は割り切るしかない) パレードは、もう「終わってしまった」存在だから。 (その分、楽団をぶちのめすよ! 許さないよ! 殴る!!) 『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)は、剣のグリップを握り締める。 (何の罪も無い子供をアンデットにするだと?!) 「ふざけんな!!!」 一ヶ月を姉を守り続けた『花護竜』ジース・ホワイト(BNE002417)から、吹き上がる闘気。 (こんな事続けさせねぇ。絶対終わらせる!! ) 「折角の好機ですので倒しましょうか」 『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)の中の「フィクサード」に対する憎悪がゆっくりと頭をもたげていた。 リボルバーにオートマチック。二丁拳銃を手にした『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216) (必ず止めてみせる。前回の誓いを果たす時がきたねー。今度こそ終わらせるよ。アジトとか気にもなるけど……そこまで気にしてられないかな) パレードが、リベリスタ達の前に立ちふさがる。 うつろな目にはなにも写っていないのに、口元にはげひげひっと意味のない笑いでゆがんでいた。 「危ないから動かないでっ!」 白川に向かって叫ぶと、虎美はためらわず引き金をひいた。 ばらまかれる弾丸が、パレードの子供達をハロウィンの夜と同じように蜂の巣にする。 「おっかねえ姉ちゃんだよぉ。だいじょぶかぁ、ラッパ吹きぃ」 子供の陰に隠れていたアコーディオン弾きが白川に声をかける。 「な、なに、なにっ、なんなんだよぉ!?」 「これがリベリスタって奴だよ、ラッパ吹き。おっかねえこいつらから逃げる為に、子供たちは大事にしなきゃあな」 新入りに楽団の心得を太鼓叩きは血まみれの子供の陰からそっと教えた。 ● 辺りは闇におちている。 パレードの子供達は死んでいる。 手をとれば、外気と同じ冷たさだろう。 熱感知で戦場を見通す彩歌の目には、子供たちは見えにくい。 先陣に立つ舞姫や壱也の懐中電灯やランプが、かろうじて照らす子が見える程度だ。 「DVは罪よ、おニーサン。楽団に『素質』を見込まれたんデスッテネ……?」 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)は、地面に尻もちをついて立てなくなっている白川を見下ろしている。 「動くと危ないよぉ~」 とらは、白川に恐怖を刻み込もうとしていた。 神の威光は慈悲深き御技。浴びたのが一般人であろうとも、決して死ぬ事はない。 しかし、とらの放つ強い光に一般人の体力で耐えられるわけがない。 死に至るダメージをくらい、なおかつ死ねない。 その苦しみはいかばかりか。 暴れるようなら、巻き込んでも構わないと。 とらは、本気で思っていた。 「ひ、ひいぃ、ひいぃっ……っ」 自分のすぐ脇を銃弾が掠め飛び、目の前の子供が蜂の巣にされているのにへらへら笑ったりはできない。 限界まで見開かれた目は、黒目が点になりそうだ。 ディートリッヒは、名剣にあやかって名づけた愛剣「Naglering 」を、パレードの子供に振るう。 吹き飛ばされる子供は、ブロック塀にぶつかり、何度か弾んだ。 「楽団さーん、正義の味方、アークがやってまいりました~。詐欺と誘拐の容疑で逮捕しまっす! いや逮捕ってゆうか、痛い目にあってもらうから」 痛い目どころじゃない。壱也の手の中にあるのは、無骨な剣。 人をうちすえ、たたき割るための刃だ。 吹き飛ばし、地面にたたきつけるための闘気が刃の先に宿っている。 「逃がさないよ」 楽団に向かって振るわれる刃を代わりにパレードの子供が受ける。 吹き飛ぶ。 ごろごろ地面を転がって行く。 あらぬ方向を向いて、ねじくれる首。 「こどもっ。子供、ころし……っ」 白川の舌がもつれいている。 「イギテダイヨ、ジンデデワルガッダネ」 げけけけけ。 ねじれた首で、パレードの子供が笑う。 「ひぎぃ……っ!!」 白川が逃げをうつのに、パレードの子供達はひときわ高い笑い声を上げる。 「ねえ、楽団のおじさんたち。6人のパレードを作る為に……今度は何人の子供達に手をかけたの?」 うつむいたとらは、歯を食いしばる。 「何人だったっけかな?」 「そんなの覚えちゃいねえよ これから一緒に「仕事」する「仲間」の笑い混じりの声が、白川の耳をうつ。 「ラッパ吹きぃ、なんて声出してんだぁ。おめえは俺達の手伝いすんだろうがよぉ」 白川の恐怖に凍りついた顔がそのまま弛緩した。 「……ああ。そうだった……。まずは見習いだから、手伝いを……」 子供をさらって、「パレード」になるまで閉じ込めて置く手伝いだ。 明かりを持っているリベリスタからは見えるだろうか。 白川の目から、滂沱の涙が流れ落ちているのが。 ● 「兄弟、俺ぁ、そっちに逃げるぜ」 「そんじゃあ、俺はこっちに逃げるぜ」 「ラッパ吹き、おめえは一生懸命走るんだ。分かったな」 「あ、ああ……」 よろよろと意志とは関係なく、白川は立ち上がり、足が動く。 ありえない速度で。 人の限界を筋肉を骨を無視した速度で。 「え? えぇ!?」 慌てふためく上半身と切り離された下半身が、全速力で。 特化されたソードミラージュのように。 たすけてたすけてたすけてたすけて! 「楽団」が白川を盾にする可能性は考えていた。 しかし、白川が単独で逃走『させられる』 ことは考えていなかった。 ちょっとした罪を犯している男への忌避感。 彼は、リベリスタの攻撃対象から外されていたが、保護対象とは見なされていなかった。 そんなリベリスタの様子を、楽団は見過ごさない。 三方に逃走を始めた「楽団」。 白川の「逃走」を助けるように、楽団二人はゆっくり逃げる。 「ぎゃはははは。あのまま走り続けたら、ラッパ吹きの五体はばらばらだぁ」 「まあ、どうせあの二人がいろいろいじくるつもりだろうから、あんましかわんねえよ」 「子供達。優しいリベリスタはラッパ吹きを襲ったりしねえ。おじちゃん達を守ってくんな」 まったく違う方向に走り出した二人の楽団の背をパレードの子供達がかばう。 両手を広げた死せる幼子を、舞姫は躊躇なく切った。 「――謝りはしない、この悪夢を生み出したものたちを、必ず叩き潰すと誓う」 (狂気に囚われた仮初めの命とはいえ、それを叩き砕く罪は心に刻みつける) 両方は追えない。 せめて、契約書を持ってる方を。 でも、どっちだ。 わからない。 とらが、読む。 楽団の心を読む。 歪んだ欲望散漫な意識形式化された思考回路強固な暗示と短期記憶。 「契約書は、そこね……?」 いつもの弾むような声ではない。 不安定なココロガ不安定なココロに触れて、揺らぎが平素のとらではいられなくしている。 あらぬものに表意された託宣の巫女のように低い声。 「アコーディオン弾きのお尻のポケットに入ってる……」 彩歌の気糸が追撃する。 幸い、アコーディオン弾きには体温があった。 えっちらおっちら逃げ出しているアコーディオン弾きの尻を貫く。 絶叫。 「やりやがったなあ! やりやがったな、リベリスタぁ!」 目が、怒りで赤い。 アコーディオン弾きの足が止まった。 「俺が行ってやらなきゃ、せっかく増えたのに減っちまうじゃねえかよぉ。でもよぉ。俺の尻をずくってやりやがったなぁ。椅子に座れなくなるじゃねえかよぉ。なんてひでえコトしやがるんだぁ。許せねえよなぁ。自分でもそう思うだろうがよお!?」 しゃにむに彩歌に飛びかかろうとするアコーディオン弾き。 標準より明らかに短い手足をモノクロアニメのように大仰に振り回し、もと来た道を戻ってくる。 「子供達ぃ、俺を守ってくれよぉ。俺はどうしても、どうしても、どうしても、このアマっこに仕返ししてやんなきゃなんねえんだよぉ!!」 アコーディオン弾きを囲むように手を広げた一人に向かって、真琴が十字の光を撃ち込む。 「ヤザジグジデグデナギャ、ヒドイべニアワスゾ!」 ふらりと囲みを解いて、真琴に向かって突き進んでいく。 「おめえ、どこ行くんだ。俺を守んなきゃだめじゃねえか。畜生、これだから急ぎ仕事のガキはよぉ!?」 口角から泡を飛ばして、アコーディオン弾きが、がなる。 ディートリッヒの剣圧で、囲みからはぐれた一人が吹き飛んだ。 壱也の打ち込みで、もう一人が吹き飛んだ。 吹き飛んだ先に舞姫とカイが待ちうけ、念入りに切り払った。 ジースの風の刃が、最後の一人を真っ二つにした。 後に残るは、アコーディオン弾きだけ。 「契約書……渡してもらおっかな。証拠物件は回収、回収!」 壱也が笑みを浮かべる。 「ほしけりゃ、俺をどうにかしてからにしろよぉ」 おどけた仕草でわざと尻を振ってみせるアコーディオン弾き。 「その前にアマっこをいてえ目にあわせなけりゃなんねえよぉ! けつひっぱたいて、にげんのはそれからだぁ!!」 俊敏な動きで、彩歌に迫る。 「たやすく抜けると思うなよ、戯け」 ゼルマが、横合いから身を滑り込ませる。 「ということはじゃ。彩歌の尻を叩けぬ限り、貴様はここにいるということであろう? ならば性ではないが、かばい立てもしかたがないのぅ」 カイの放った黒い光の三叉檄が、アコーディオン弾きの頭部を穿った。 ズボンの隠しポケットから、契約書が引きずり出された。 とらは、白川の名前の部分だけを執拗に破った。 この後、ゼルマが情報を読み取るのだ。 必要以上に壊す訳にはいかなかった。 「いい加減糸を引いている奴原を引き出す頃合いじゃろう」 瞑目する。 現れる、おぼろげな情景。 ● 赤い風船、白い風船。 『はい、出来た。やれやれ、インクがむらになりやすいんだよね……契約書だよ。分かってるだろうけど、ちゃんと自分で名前を書かせるんだよ。書き仕損じ用に、念のため二つ作ったからね』 小さな子供の手。子供の声。男の子の声。 『いいこと。ちゃんと連れて帰ってくるのよ。もういろいろ準備しちゃったんだから。今度はどんな感じにしようかしら。ラッパ吹きなら肺が丈夫な方がいいわよね』 弾む女の子の声。 『新しいラッパ吹き、いい人ならいいわね』 子供のくすくす笑い。 ちらりと見える印刷機。 万力の間に挟まっているインク供給源。 小さな手首。絞りとられる赤いインク。栄光の手。 赤い風船、白い風船。 こみ上げてくる吐き気をこらえながら、ゼルマは低くうめいた。 (もし、このアーティファクトを作ったというなら捨ておけぬ存在じゃ) 「引きずりだしてやろうぞ」 ゼルマの呟きに、 「げへへ」 ごぶごぶと血を吐きながら、アコーディオン弾きがパレードの子供たちのように笑う。 「あの二人は、悪賢いからお前らみてえにいい奴じゃ勝てねえよ。今日だって、結局俺は減るけど、ラッパ吹きは増えた。楽団は永遠さ」 「一人増えるって、今契約書は破ったじゃない!?」 目をむくリベリスタを見上げて、アコーディオン弾きは痛快だと断末魔に笑う。 「今頃、太鼓たたきがラッパ吹きに追いついてらあ。なあ、自分が今にも死にそうでよぉ。今、確実に助けてくれる悪もんと、助けてくれるかわからねえ正義の味方とどっちを当てにすると思う? まっとうな奴なら正義の味方を信じるかもしれねえけどよぉ。おめえら、あいつをいじめたろぉ? 自分のことを悪い奴と思ってる奴は正義の味方は好きかねぇ?」 口から溢れる血の池で、アコーディオン弾きは溺れかけながら、リベリスタに呪いをかけるようにしゃべり続ける。ごぼごぼという音が聞き苦しい。 「太鼓叩きは、そりゃあ優しいおじちゃんだぁ。おめえら、どう思うよ。怪我した時に優しくしてくれるのは、いい奴だよなぁ?」 ● 白川の足の筋繊維はずたずたになっていた。骨もぐずぐずに砕けていた。 無理に走り続けたせいで、胸が熱い。 なにが起こったのか分からない。分かりたくもなかった、心が磨り減っていた。 「かわいそうに。こんなになっちまってよぉ」 「ぎひぃっ!?」 「ああ、俺が怖いんだなぁ。契約書、破られちまったか。アコーディオン弾きはあいつらにやられちまったんだなぁ」 太鼓叩きは、ぼろぼろぼろぼろ泣き出した。 お洒落なスーツから真っ白いハンカチを取り出して、白川の涙と鼻水とよだれで汚れた顔をぬぐった。 「じきにさっきの連中が迎えに来てくれらあ。正義の味方だからな。ちゃんとお前を病院に連れて行ってくれるだろうよ。しっかり何年もリハビリとかいうのをすりゃ、歩けるようにはなるかもしんねえよ。ひょっとしたら、ラッパも吹けるようになるかもしれねえ。がんばんな」 「な、なに、それ……」 声になっていなかった。それでも、太鼓叩きは白川の唇の動きを読み、静かに言って聞かせた。 「おめえの肺は破れちまった。ラッパを噴くのは難しいだろうよ」 「そ、そんな……っ」 「叱られたりすんだろうけどなぁ。よかったなぁ、お日様の下に戻れるぜぇ」 「おあんえっお、おあんえっおぉ……」 「吹きてえのかい? なかなか難しいお願いだぜ?」 がくがくと白川は頷いた。 「で、だ。俺はここにもう一枚さっきの契約書をもってんだけどもよ。これにサインすりゃあ、お前さんは明日っから歩けるようになるだろうよ。ラッパだって吹き放題さ。んだけど、日陰もんさ。もう日の当たる所に行けねえよ? こうなったら、俺もほんとのことしかいわねえさ。どうするよ。さっきの奴らが来るのを信じて待ってた方がいいんじゃねえのかい?」 巧みな話術。 行動誘導。 痛みと恐怖で麻痺した頭が、差し出された快適に見える地獄への片道切符を掴んだことを誰が責められようか。 そして、彼は、予備の契約書にサインした。 新たな、ラッパ吹きの誕生である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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