● 幼い頃から、愛してもらっていた。 無償の愛を注いでくれる彼女に、僕も何かを返したいと思っていた。 けれど、この身体は思ったようには動いてくれなくて。 僕は、何時も彼女に愛されるままで居た。 『神様、神様。叶うことなら。 僕にも彼女を、愛させてくれませんか』 そう願っても、祈っても。 世界は僕に、何も与えてはくれなかった。 月日は経つ。 彼女は、唐突に僕の前から居なくなった。 変わらず、彼女の部屋に取り残された僕は、ある日自分の身体が自在に動くことに気づいた。 それだけじゃない、言葉も話せる。不思議な力も使える。 ほんのちょっと遅れたけど、神様が僕の願いを叶えてくれたのだ、と思った。 さあ、それならば、僕がすることはたった一つ。 手の届かないドアノブを魔法で回して、僕は彼女を探しに、外の世界へと旅立った――。 ● 「叶わない願いを夢で見られるなら、貴方は覚めないままが良い? それとも、苦しい現実に戻りたい?」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、奇妙な問いかけをリベリスタ達に投げかけながら、いつもどおりに依頼の説明を始める。 「敵は、一体のE・ゴーレム。フェーズは2。外見はクマのぬいぐるみで、体長は50cm程度」 一見すれば可愛らしい敵だと言えるだろうが、このエリューションが持つ能力は外見に反して、とにかく多彩を極めるらしい。 「身体能力の一時的な強化に加えて、一定距離までの転移能力、任意の物体の遠隔操作、発火能力、治癒能力、自身の幻影を生み出す能力に、空中浮遊も可能。……数がある分、一つ一つの能力はそれほど強い効果を持っていないけど、その分戦略の幅はかなり広い」 これには、リベリスタ達も苦い顔を浮かべた。 彼女の言うとおり、単純に力がある相手より、こうした多彩な戦法を持つ相手の方が、敵同様に『戦術』『戦略』を考えるリベリスタ達にとっては難しい相手ではある。 「敵はいろんな場所を歩き回っているけど、皆が到着する頃に、敵はある公園に居るとされる。夜間な分人は居ないし、ちょっとした遊具しかない其処は障害物も殆ど無い。戦闘には適していると思う」 其処まで言って、イヴは沈黙する。 説明が終わったのか、とリベリスタ達が思っていると、イヴは難しそうな顔をして、「もう一つ」と言う。 「このエリューションは……かつてある病気がちの女の子が大切にしていた『お友達』。その女の子はおよそ一年ほど前、悪い病気にかかって亡くなった。けどエリューションはそれを知らず、未だに女の子を捜し続けている」 ウサギのポーチにそっと手を当てながら、イヴは最後にこう言った。 「真実を伝えるかは貴方達に任せる。……成功を祈ってる」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月12日(火)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「お嬢さんはもう死んだ。もう出会うことはない」 ――嘘だ。 「病気で亡くなってしまったの……気の毒だと思うよ」 ――嘘だよ。 「辛いだろうな。オレにも大事な奴がいるから、その気持ちは……」 ――嘘だよ! 何でそんなこと言うの!? ――最後に会ったときの『あの子』はあんなに元気だったのに! ほんのちょっとだけ、またねってしていただけなのに! ――嘘つき、嘘つき! お兄さん達の言うことなんて、僕は信じない! ――悪い嘘つきなんて、居なくなれば良いんだ! ● 時間は少し前へと遡る。 人気のない深夜の公園。これより戦う哀れな敵の姿を脳裏に描きつつ、リベリスタ達は戦闘準備を整えていた。 夏の夜。虫の声すら今は静まった世界で、言葉を出すには少しばかり難しい。 それも仕方がない。根源的な悪では決してない、唯友達を捜す『敵』を相手にするには、今のリベリスタ達は少しばかり優し過ぎた。 「自我をもったが故の悲劇……か。」 交わりを覚えた心と体、それが目覚めたのが、交わる相手を亡くした後にとは何という皮肉か。 感情は声音に込めねども、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が呟いた言葉の意味は、仲間達には重々解ろうというもの。 ――叶わない願いを夢で見られるなら、貴方は覚めないままが良い? それとも、苦しい現実に戻りたい? 少し前、未来視の少女が告げた言葉。 未だ会えるという空妄(ゆめ)を抱き、愛した彼女を捜し続ける此度の敵に、真実を告げるか否か。その問いに、『通りすがりの女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)はこう返す 。 「叶わない願いを夢で見られたとしても、私は現実がいいね。……現実は残酷かもしれないけど、目を背けてても何もできはしないんだから」 「でも、報われない思いは辛いよな……。想いが大きいほど、辛さはでかくなる」 苦笑して、言葉を返すのは、敵同様に『大切なもの』を抱える『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)。 「オレならきっと、ヤケになって暴走する。あの子が同じようになるかは解らないけど…… もしそうなったら、せめてその辛さをぶつけどころになってやりたい」 ――「例え、果ての消滅が変わらないとしても」。その言葉だけは、零さぬままに。 「病気がちな少女が大切にしてたクマのぬいぐるみ、か。……そんなのを打倒するのもちょっぴり心苦しいけれどもな」 くしゃりとブロンドの髪を掻き上げながら想いを吐露するのは『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)。 それでも、彼は武器を手に取った。このまま、化け物となったあのぬいぐるみを放置することは、彼女もきっと望まないはずと考えて。 偽善、独善、そんな言葉など大いに結構。せめて、少女と同じ所に逝かせ、死の向こう側で平穏な時を過ごして貰うために。そう信じて、彼は戦う。 ……時間の経過は、長かった。 一秒一秒が彼らの心に何かの重しを増やしていくように思えて、それを振り払うべく、彼らは心を無にして待ち続ける。 ――そうして、 『……あ』 待ち人が、現れた。 眼前の相手、愛しい人に会うために得た奇跡を、最早叶わぬ残酷な奇跡をその目に捉えつつ――『イケメンヴァンパイア』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、せめて明るい笑顔で話しかけた。 「うっす、ご機嫌麗しゅう、くまさん。森の中じゃないけど――出会ったね」 ● そうして――現在。 ぬいぐるみのエリューションの説得は、やはり決裂。 その激情は暴力のカタチを取って、今もリベリスタ達に襲いかかっている。 (やっぱり、倒さないと……) 舞う飛礫、炎弾、そして自己強化を経ての体当たり。 戦闘は開始して未だ間もない。だがそれ故に、十二分に有る余力を短時間に叩き込むエリューションのスタイルは、彼――『一途な魔術師』雑賀 暁(BNE002617)の守護結界を通して尚、仲間 達の傷を早く、かつ確実に増やしていっている。 激情に駆られた相手の感情が、其処には表れていた。 もう――言葉は、通じない。 (……いけないんですね) 魔力を秘めた手甲が中空で踊る。 その軌道は光となり――やはて、一つの呪印と化した。 一つの大きな呪印が分裂し、やがて小さくなったそれらが帯状に拡がり、エリューションの身体を絡め取ろうとする。 だが、 『――――――!』 ぱあん、と言う破裂音、千々に拡がり、消失する光の印。 失敗した拘束を、しかし惜しむことなく、暁は仲間達に他の行動を譲る。 「わらわ達は、そちを倒す。……恨んでくれて構わぬ」 「その想い、全部受け入れてやるから――かかって来い!」 『……、うわあああぁぁぁぁっ!』 静の重斧槍、そして暁のそれとは違う、『伯爵家の桜姫』恋乃本 桜姫 鬼子(BNE001972)の魔力を纏わぬ手甲による、苛烈なる斬撃、殴撃。 元は唯の綿で出来た筈のその身体は、しかし彼らの攻勢に於いて、ばつばつと何本かの縫い目を千切らせるだけに留まる。 対し、飛翔したエリューションは自身の体を弾丸のように扱い、前衛に向けて吶喊する。 だん、と言う鈍い音が響き、同時に受け止めた夏栖斗の骨が、ばきばきと嫌な音を立てた。 「ごめんな、嘘付けたらよかったんだけどな」 本来は避けられたであろうそれを、敢えて受け止め、小さな身体を抱きしめる。 腕力に任せての拘束ではない。本当に唯、愛しいものを包む庇護の腕。 「本当に大事にされていたんだな……」 『……っ!! 止めてよっ!』 エリューションが暴れ、その腕から脱する。 自身が傷つけた相手が、唯此方を辛そうな表情で見つめる姿に――表情の変わらぬ笑顔の小熊は、泣きそうな声で叫んだ。 『悪い人たちの癖に! 嘘吐いて、痛いコトして、僕を、いじめる、癖に――!』 言うと共に、エリューションの姿が消失する。 転移能力。それを理解した瞬間に、エリューションは再度の攻撃態勢に入っていた。 「涼さん、後ろなのです……!」 来栖 奏音(BNE002598)が警戒を叫び、同時に呪印を刻んだ防具から、光の魔弾を放つ。 戦場全体を見渡すように努めた彼女の役目が功を奏し、更に魔弾の直撃をその身に浴びることでその体勢を大きく崩されつつも――攻撃を止めるには、未だ足りない。 受け流すためにナイフを構えた涼に、無数の飛礫が向かう――前に、レナーテがその間に割り込んだ。 砕けた遊具の残骸が双盾を叩く。重く鈍い衝撃に腕が軋み、盾とぶつかって破砕した欠片が全身を切り裂き、血を滲ませる。 状態異常を狙った炎弾とは違い、基礎のダメージが段違いのそれらを正面から受けながら――しかし彼女は、苦悶一つ漏らさない。 「……あなたは倒さなければならない」 無情な宣告を堂々と告げ、構えた盾を降ろすレナーテ。 眼前のエリューションの小さい姿を確とその目に収め、彼女は更に告げる。自分の意志を。 「黙って倒されてなんて虫の良い事は言わないから。……正面から叩いて、女の子のところへ送ってあげる」 『うるさい! うるさい! うるさいうるさいうるさい!』 叫びながら、エリューションは襲い来る涼の剣戟を、ウラジミールの鉄槌を喰らいながら、自身に治癒を飛ばして体勢を立て直す。 逆戻しにされる時間。零れた綿と千切れた毛のいくらかがエリューションの身体に戻り、再び活力を与える。 『生きてるんだ、探しに行くんだ! 邪魔を……しないでよ!』 同時に、エリューションの姿が複数にブレ始める。 気づいた静とウラジミールがカラーボールを投擲し、その蛍光塗料を繊維に染み込ませることには成功するが――エリューションが使う幻影は、どうやらエリューションのそれは、リベリスタに対しても効果を及ぼす超幻影と似たような効果であるらしい。 汚れた自分の状態など、自分自身が理解している。それの模倣など行うに容易い。 そう言う意味では、幻影への対策は失敗とも言えるが―― 「……解るよ。君の位置は」 『っ!?』 集中して目を見張ったレナーテは幻影を見抜いた。 彼女の透視は生命体を、エリューションを見通さない。ならば、通過した視線の前に立つのは虚構である。 更に、 「……ヘタな鉄砲数撃ちゃ当たる。て感じで、まあ、なんだ。カッコ悪いけどもな。四の五の言ってられんだろ?」 「一網打尽なのですよ~♪」 涼の無数の斬撃が、奏音の炸裂する火炎が、幻影諸共にエリューションを切り伏せ、焼き焦がす。 元の影も解らぬほどに痛めつけられ――しかし、エリューションは倒れない。 『僕は……』 再度、放たれる静の斬撃。 自己の身すら傷つける強烈な斬撃を受け、片手足を飛ばしたエリューションは――残る片手に小さな、しかし無数の火球を灯す。 『会うんだ……!!』 「っ!」 至近距離からの苛烈なる炎の群れ。 大降りの攻撃の後に、避ける暇など有りはしない。 一つ一つの小さな爆発は、全てがほぼ同時に起こり、故にそれらは一つの大爆発となって、周囲を一瞬、炎陣へと変えた。 ● 全身を極熱で焼かれながら、静が片膝を着く。 五体は――捨てるに至らない。代償としたのは僅かな運命の力のみ。 斧槍の柄を支えにして、彼は未だ、戦意を表していた。 「ぬ……! 回復を!」 「解ってます!」 鬼子と暁が同時に癒術を飛ばすことで、彼の痛みは僅かながら引いていく。 震える足を漸く立たせて、静は瀕死のエリューションに武器を向けた。 『……なんで、そんなに……』 「……」 『痛い、筈なのに……』 その動きが、歪み始める。 自分と同じくらい、ひょっとしたら自分以上に傷つけられたその身体を、何故庇い、逃げることをしないのかと。その疑問が、エリューションに困惑をもたらすが故に。 それに、返した言葉は――夏栖斗のものだった。 「……キミはさ、大切なその子に大事にされていたから、神様が奇跡を起こしてくれたんだ。そんな風に、動ける身体と、心を」 『……』 「けどさ、それは起きちゃいけない奇跡だったんだ。 女の子はもう居なくて、キミが神様に貰った体と心は、本当なら、もう返さなきゃいけなかったんだよ」 『……だから、僕を倒すの?』 必死の説得に対しても、しかし、エリューションは納得しきらない。 得ようとして得られなかった自己、それが漸く与えられたのに――『あの子』と出会う前に、それを無くしてしまうなんて、耐えきれないと。 『嫌だよ、嫌だ……僕が此処から居なくなっても、あの子に会えるかなんて、解らないのに』 「君の大切な子は、君を一人きりで彷徨わせたりしない。今の俺達と、同じようにさ」 武器を構えたまま――エリューションを送ると言う意志をを、最後まで失わぬようにしたまま、静は笑顔で言った。 『僕は……』 「安心しろ。今、主人と同じ場所へと帰してやる」 敵を静かに見つめるウラジミールが、すっと銃剣を構え――エリューションに、狙いを定めた。 聞きようによっては無慈悲に聞こえる言葉なのに、彼も恐らくはそう思って言ったはずなのに――その言葉が暖かく聞こえたのは、錯覚だったのだろうか。 『……また、会えるの?』 「それが、俺達に出来ることだからな」 涼もまた、精々相手を安心させるため、笑顔を浮かべて言ってのけた。 『……なら、信じるよ』 夜闇が包む世界の中、煤の汚れと、綿が大量に零れる醜い姿の人形は、最後に、小さな笑い声で言った。 『嘘つきって言って、ごめんなさい』 『……また、ね』 ● その後。 暁や夏栖斗、静達が集めた、ぬいぐるみの綿や布などを集めたリベリスタは、それを前に小さな祈りを捧げていた。 「済まぬ、わらわもいつの日かあの世へ行く。この罪はそこで償おうぞ」 鬼子が最後の最後にして、謝罪の言葉を呟く。 彼女だけではない。他のリベリスタ達も、また――言葉にこそ出しはしなくとも、このぬいぐるみに対して言いたいことは沢山あった。 けれど、それは、今は心に秘めておこう。 言葉を交える機会は、遠い遠い先、きっと有るはずだから。 「……女の子のお墓の傍に、この子を置いちゃ駄目ですかね」 「僕も、それを考えてた」 暁と夏栖斗の提案を受けて、リベリスタ達はふわりと笑みを零しながら、それについての相談を始める。 ――その直後に吹いた、弱い風。 潰れたぬいぐるみがそれに応じてそよそよと揺れる姿は、くすくすと笑うあの小熊の姿を思い起こさせた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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