● おとうさん、おかあさん、 聞こえていますか。 私の、小さな、メロディ。 ● 「……救ってきて、欲しい」 「何を?」 「解らない」 そう言って、そうとリベリスタらの前に立つフォーチュナ、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 静かに。瞑目しながら小さな手で掴むうさぎのポーチが、少しだけ歪んだ。 「今回、ある場所にディメンション・ホールが現れた。 ゲートは比較的安定していて、少なくとも今日明日中に閉じる、なんてことはない。早急に塞ぐ必要がある」 ――けれど。そう言って、イヴはモニターを展開し、一つの画像を映し出した。 其処に在ったのは、一人の幼子だ。 年は十を超えるか否か。短く切りそろえた髪と中性的な顔立ち、線の細い体格は性別を判然とさせてくれない。 身に纏っているのは、全身に巻いた一枚の大きな布。所々に縫いつけられた花弁の飾りは、その幼子を妖精のような非現実的なものへと変えていた。 「これは、先ほど言ったゲートから現れたアザーバイド。彼らは自分たち以外の世界の対してもある程度、好意的に接してくれている。 対象は自らの命を大きく消費することで、強い癒しの力を込めた唄を歌うことが出来る。唯、一応それを聴く側にも代償があって、ごく低くはあるけど、聴いた対象はエリューションとしての属性を得る可能性がある」 「それを、コイツが歌う可能性があると?」 問うたリベリスタに、少女はこくりと頷いた。 「……対象が現れたゲートの付近で、近々大きな事故がある。 事故するのは、とある小学校の遠足で使われているバス。合計三十名ほどを乗せたバスは乗客、運転手に深い怪我を負わせ――恐らく、その内七、八割は死亡する」 「……」 「アザーバイドは、現れた彼らを救いたいと思い、自らの命を代償にして歌う。 死を目前とした傷さえも癒すだけの唄を歌い続けたアザーバイドは、そこで力尽きる」 其処までを言って、イヴはふうとため息をついた。 やりきれない。そんな思いをすら滲ませた、悲しそうな表情。 「――みんなは、どう思う? 誰とも知れぬ存在に救いを受け、命を失うこと。それはその覚悟が出来ているからこそ出来る行為。 これは、私の勘だけど……この子に、そんな覚悟はない。救いたいと思う存在が居て、救える力があったから使った。けれどこの子はその代償を深くも知らぬまま、歌い、死んでいく」 リベリスタは、何も言わない。 合理的に――それこそ『この世界の存在として』合理的に言うのであれば、アザーバイドの行為はそれほど見とがめるほどのものでもない。 唄を聴いた対象に低確率でエリューション化を強いる危険性を除けば、事故に会った子供達はほぼ助かり、アザーバイドは死に、この世界に影響を及ぼす存在は無くなる。 実質的に、彼らが為すべきことはディメンション・ホールの破壊のみとなるのだ。 けれど、それは正しいのか。 答えは個々によりまちまちで、その答えが最適解であるかという確信すら持てない。 悩む彼らに、イヴは言う。 「……救ってきて、欲しい」 「何を?」 「あなた達が、救いたいと、思うものを」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月02日(金)23:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――救えたらと、思う。 救いたいと、思う。 それを、許されなかった絶望は、少なくとも、快いものではなかった。 「うぬぅ。駄目なのだ、遠足のバスはもう出てしまっているらしいのだ!」 悔しげにそう言って、学校側の遠足を取りやめようと脅迫電話を送っていた『ひーろー』風芽丘・六花(BNE000027)が悔しげに声を上げる。 事が起こる大前提を消失させれば、アザーバイドの少女も、子供たちも助かる道があるのでは無いかと言う案はそう簡単に成りはしない。 「……となれば、いよいよもって此方の出番か」 フンと鼻を鳴らしてその言葉に応えたのは、『自称アカシャ年代記』アーゼルハイド・R・ウラジミア(BNE002018)。 「事故はこちらで起きる偶然。アザーバイドはあちらの世界の住人。こちらのことはこちらで解決すべきだろう?」――そう語り、動く彼の瞳には底辺世界者としての矜持と言うより、不幸と言う名の試練を見届ける観察者としての気配が見えた。 ――本日の昼過ぎ、彼らリベリスタが立つ断崖の道路上にて、一つの事故が起きる。 被害に会うものは合計で30名前後。うち、死亡する者はその七、八割。 本来はどうしようもないこの事故に於いて、しかしその絶望的な結末を回避しうる存在が来ることも、リベリスタは知っていた。 ……それがまた、一つの悲劇そのものとなることも。 「わしの様な年寄りが生きて幼子が命を落とすとは……世は無情じゃな」 呟き、静かに首を振る『猫かぶり嘘つき少年』冷泉・咲夜(BNE003164)。 年齢を伺わせない、幼い容貌に映る表情の苦味は、経た年月の重さを感じさせる。 「命ってのはちょっとしか事ですぐ消える。今回のはそういうのを実感させられる依頼だよな。 俺みたいに命の尊さを忘れたのなら色々割り切れるんだが……」 「なんだってこんな依頼、受けちまったんだろうな。 ……分かってる。そりゃ、どう転がるにしたって、あたしの見えない所で終わって欲しくなかったからだ。この話の顛末を見届けたかったからだ」 『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)が、『ニンブルフィンガー』レダ・スティービー(BNE003175)が、それぞれ苦笑と悔しさを表情に浮かべた。 救いたいとも、救う気が無いとも言えない。複雑な胸中を小さく、言葉にして零した彼女を見て、二つ年下のブレスは「『若い』奴等の為にも全力を尽くしますか」と口に出さず唱える。 「……」 それを、静かに見守る女性がいた。 『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)。情深く、しかし残酷な嗜虐主義者な彼女の表情は、今では何処か疲れたような、悲しげな笑みを浮かべていた。 ――とても愚かな事を考えて、そして誰もに嘲られ蔑まれて ……それでも、全てを救えたらと。 先に語った『絶望的な結末を回避しうる存在』にして『一つの悲劇そのもの』と呼ばれたそれ――自らの命と引き換えに癒しの力を振るえるアザーバイドの幼子に対して、おろちはその子のみならず、その子の周囲の存在の助力も借りれば、その負担は減らすことが出来るのではないかと考え、それを為そうとしていた。 しかして、その提案はアーク側が却下した。 曰く「既にこの世界に到達していた対象のみを『利用』するならば兎も角、総勢数十名の救助のために、意図的に崩界の要因を呼び込む必要性は、本依頼には見られない」と言う合理的な結論が彼方の判断である。 ……打ち立てた術は少しずつ崩され、為せることは少なくなりながら、それでも。 「アザーバイドの子か、バスの子達か、どちらかを選べって事だよね。 出来たらどっちも救いたい。欲張りな考えかもしれないけど」 「例え、そうして救えない命があっても、それは彼女の責任じゃない、ッスよね」 眦を吃とした『angel's knight』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)の言葉を聞いて、小さな拳を作りながら応える『宿曜師』九曜 計都(BNE003026)。 求めるものが最良の結末だとして、それが叶えられなくても、ならば佳良の結末を掴もうとする彼らの意思は、固い。 「……そろそろ、時間だな」 時刻は、フォーチュナから教わった事故発生の時の十分前。 言ったブレスが、自身で用意した4WDに乗り込みながら、視線を道路の向こう――件のバスが来るとされる方へ向ける。 低く、抑えたエンジン音が、人気の無い山中に響いた。 ● 走行するバスに接近する、と言えば簡単に聞こえるが、実際にはそうはいかない。 設置されたガードレールを除けば、道路の外側へ車体を踏み外した先に守るものは何一つとして無く、リベリスタが講じた案――数十人を乗せたバスに自身の車を横付けして呼びかける行為は、散漫になりがちな操作に気をつけなければ、却って事故を誘発させる恐れすらある。 予見の少女から教えられた言葉――人気が全くないという言葉があるにしても、対向車線に踏み出しながらの行為も危うい。 そうしてまでの強硬手段を取る必要があったのか、と言われれば――残念ながら、是と答えるほかにない。 件のバスが起こす事故の原因が何であるか解らない以上、唯計都の発煙筒や、六花の通行停止の看板が完全に効果を発するとは期待できないからだ。 と、言っても。 「やっぱ、そう上手くはいかねぇか……!」 語り、アクセルペダルを踏むブレスの顔が苦り切っている。 並走するバスと、その後方に位置する計都のトラックは、先ほどから叫声を発し、クラクションを響かせとするも、バス側は何の反応も返さない。 何故か、と言う問いは、その直後に氷解した。 「駄目ッス! あれ……!」 言って、ブレス達にも解るように指を差した計都。 その先に映ったのは、ハンドルにもたれかかるようにして、ぴくりとも動かない運転手の姿。 体調に異常を来した運転手が意識を失った、と考えるのが妥当だろうか。拍子にアクセルを踏みっぱなしにしていたらしく、今のバスは唯直進するだけの暴走車両と呼んで違いはないだろう。 しかし、それは単純が故に止める方法が無いという意味でもある。 「だれか、車を止めて――!」 ブレスの4WDに同乗するヴァージニアが声を張り上げるも、リベリスタらの行為に怯える子供達や引率の教師はそれを上手く聞き取れない。 飛び乗れればとも思うが、姿勢制御の術も得ていない彼女がこの速度で走る車から飛び移る可能性は世辞にも高いとは言えない。 「……っ」 結果、導き出された答えは……止められないという、変わらない事実。 それを理解したブレスと計都は――まるで示し合わせたかのように――自身らの車両を身代わりにした。 ブレスの4WDが側面から体当たりをすることで、バスをカーブの内側……露出した山肌に擦り付け、それで殺しきれなかった勢いは計都のトラックがバスの前面に飛び出すことで障害物の役目を果たす。 けたたましい金属音、衝撃に肉体が嘔吐感染みた酩酊を催す。 崖までの距離は十数メートル。 それががりがりと削れる恐怖は、幾度の戦いを越えたリベリスタとて例外ではない。 止まれ、止まれと願う三人の願いを、運命は嘲笑うかのようにじりじりと踏みにじっていく。 全ては数秒の出来事。 彼らの祈りと願いの結果は、その後誰も居なくなった道路に響く轟音が教えてくれた。 ● とん、と。降り立つ音がした。 黒穴より出でたのは、年頃十か否かの幼子。 初めて見る異世界をきょろきょろと眺める姿に毒気はなく、故に、それを穢すことは誰に於いても躊躇われた。 「帰りたまえ」 それに声を掛けたのは、アーゼルハイド。 皮肉げな笑みを張り付かせた表情はそのままに、しかし、炯々と光る眼光に鬼気が宿っていることは、恐らくは戦いと縁のないこの異世界者から見ても明らかだった。 「君がこちらに興味と親愛を持ってくれている事は素晴らしい。好奇心もまたあるだろう。その気持ちは分かる。俺もそうだ」 「……?」 言語間のやりとりに慣れない幼子からすれば、滑らかに語られる言葉は却って言葉を聞きにくくさせる。 苦笑を浮かべるアーゼルハイドが、少しばかり声の早さを緩めて言葉を続けた。 「だが、君はあちらの世界の住人だろう? こちらの世界の出来事に関わる必要はないのだよ。こちらのことはこちらの英雄がなんとかするものさ」 「……ワタシは、ジャマモノ、ですか?」 訥々と、しかしはっきりと返された言葉に、対する彼は鷹揚と頷いた。 「帰りたまえ。こちらに君の出る幕はない」 「……」 首をかしげ、訝しげな視線を送る。 見えた先にいた、何人かのリベリスタ達。特におろちの表情は、ともすればこのアザーバイドにだけでも助力を乞いたいと思う姿勢が隠し切れていない。 それでも。 救いの力を振るえるものがこの幼子一人だけだというのなら、それは「全てを救いたい」と思うおろちのそれに反する行為であった。 悩む。悩む。 ぐるぐると言う思考の回転を、アザーバイドは見逃さない。 「……ダイジョウブ?」 「……」 「クルしいなら、イタいなら、ガマンしないで。ナオせるよ。ワタシ、ウタをウタえば……」 近寄ろうとした矮躯の肩を、そっと引き留めたのは、汚れ、すり切れた姿の計都。 ヴァージニアと咲夜の回復によって元気を繕う程度には回復した彼女は、ふ、と笑みを浮かべて、幼子の世界の言葉を介し、言う。 『……あなたの唄は、誰かを癒せるけど、あたし達の世界にとっては同時に毒にもなり得るの。 そして、その唄はあなた自身の命も削ってしまう』 「……!!」 歌い手である自身すら知らなかったことを教えられ、幼子は驚愕の表情を浮かべる。 対する計都は笑顔のまま、 『怪我をした人達は大丈夫、あたしの仲間が治療してるから。ありがとう、もう平気だよ。だから――』 「――帰りたまえ」 アーゼルハイドが継ぐ、再度の忠告。 アザーバイドが切なげな瞳を浮かべても、誰も、何の反応も返しはしない。 後ろ髪を引かれながらも去りゆくその矮躯を見届けながら、リベリスタは僅かな安堵を浮かべ、その反面、こうも思う。 ――ああ、これで、『選択肢』は消え去った、と。 「わかっておる……今、救急車がくる、もう暫し頑張るのじゃ」 場所は、事故現場へと移る。 痛みにもだえる乗客達の応急処置をしながら、意識を保たせようと声を掛ける咲夜に、小さな子供の手が触れる。 「きもちわるい……つめたい」 こほ、と口の端から血を零す、三つ編みの少女だった。 同じように苦しみ、動けない同級生達とは違う彼に助けを求めた少女の瞳は、しかし、その直後にゆっくりと閉ざされていく。 「っ!!」 とっさに。 その手を掴んだ咲夜が、傷癒の異術を使い、その子供の傷を癒す。 「……あ――」 癒しの力によって完治とは行かずとも、かなりの所まで楽になった子供が安堵の息を着こうとした、刹那。 ダン、と。 レダの細剣が、その子供の心の臓を穿った。 「――――――」 なん、で? 驚愕に見開かれた目に耐えきれなかったレダが、突き刺した刀身を引き抜き、血を迸らせることでその命を絶つ。 その少女の指先には、肉食獣のそれと酷似した鋭い爪の生えた手に変質していた。 「……すまぬ」 「良いさ。自分から受けた仕事だ」 言う咲夜も、返すレダも、内に溢れる衝動を決して外には出すまいと、堪える。 ――その苦しみが、痛みが、あとどれだけ続くだろうと、そうも思いながら。 ● ――事が終わった後、リベリスタの表情はそのどれもが明るいものではない。 結果として、計都のトラックがバスのクッションとなったことで、事故によるバス搭乗者の被害は本来のそれよりかは多少、軽いものにはなった。 それでも、リベリスタの応急処置で延命したものを含めたとて、早急な治療を要する者が、二、三名減った程度。 アーゼルハイドが事前に救急隊を呼びはしたが、元より断崖より落ちた被害者の救助は難しく、代わりに到着したレスキュー隊の搬送作業にも多少の時間を要することで、その間に死亡した者はかなりの数に至る。 被害者全員の搬送が終了した段階で、生き残った者は全体の半数程度。 当然――と言うべきではないかもしれないが――死亡した者の中には、リベリスタが為した回復の術によって変質し、殺さざるを得なくなった者も含まれている。 「――――――っ!!」 ばん、と音が響く。 リベリスタたちの残る仕事、ゲート付近に於いて、六花が悔しさのあまり近くの木を思い切り叩いた音だった。 震えて、歯を食いしばって、それでも涙だけは零さないのは、自らをヒーローと呼ぶ者のせめてもの心の強さを表したが故か。 それを気にかけながら、聞こえないように小さな舌打ちを漏らしたレダも、革醒した子供を殺した自身の手に視線を移す。 (クソ……やっぱこうなるのかよ) 回復の異能によって変質してしまった子供たちを殺すことを担当した年長者たちの内、とりわけその切っ掛けを作った咲夜の表情は、何も浮かんでいない。 「皆幸せになりましたとさ…とは、やはりならぬか。 ……じゃが、偽善と呼ぼれようが不公平と憎まれようが、こうせずにはいられなかった」 瞑目し、呟く。 自己中心的で偽善に満ちた『嘘つき』――そう自らを呼称する老いた少年の瞳は、その金色に微かな濁りを孕んでいた。 (すまぬ……そなたの命を弄んでしまった) 懺悔の言葉は、きっとこの場に在るほぼ万人のもの。 誰も誰もが漠とした心に冷たい闇を湛える。それを覚悟していながらも、実際にその責め苦を受けるヴァージニアは、一言、呟いた。 「……重い、ね」 何時か出会った『友達』のそれとは違う死別。 その差異が自らの心を食い潰す様を幻視して、緑翠の少女はゆるりと首を俯かせる。 「……そろそろ、良いか?」 僅かな疲労を滲ませるアーゼルハイドは、自らの術具を幻想纏いより取り出してブレイクゲートの態勢を整える。 こと『此方の世界の出来事』へアザーバイドの干渉を特に拒んだ彼は、その分被害者たちの救助に一際力を入れていた。 それでも救えるものが少なかった事実に対しての悲しみは、少なくとも今は見えない。 ――誰かが小さく頷いて、誰かが返答も無く自身の得物を構えて。 数秒の、間。砕けた黒穴は破片となって中空を暫し漂い、僅かな光を発しては空気に溶けていく。 静かに、おろちはその光景を眺める。 こぼれる涙。歪んだ視界に移る光の闇の粒子が、子供たちの魂の輝きに見えたのは、彼女の後悔が、哀悼の意がそうさせたものだったのか。 答える者は、在りはしなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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