● 「うふふ。分かっていたの。シンヤちゃんは、最後にはきっとママを頼ってくれるって」 ママは、優しげな笑みを浮かべて、たおやかな装飾を施した受話器のコードを指に巻きつけた。 コードレス電話などという無粋なものは、ママの趣味に合わない。 切なく影を落とす銀の燭台。 きらきらと光をこぼすシャンデリア。 さりげなく品よい調度品。 そういう、丁寧に扱わないと壊れてしまう、美しいものが、ママの好みだ。 「ママ、シンヤちゃんのためなら多少の無理は聞いてあげるわ。何をしてほしいの? ママに聞かせて頂戴」 ここしばらくふさぎがちだったママの久しぶりに楽しそうな声に、常連客や店の「可愛い子」達は、ほんのり暖かな気分になる。 ああ、ママが幸せそうでよかった。 「シンヤとか言う野郎。ここに顔出したら、表に転がして、みんなでボコボコにするのにな」 「ママ、俺達じゃあんな笑顔見せてくれないしな」 「都合にいいお願いするときばっかり電話してくるってか」 常連客のやっかみ半分に、 「そんな風に言わないで。ママは、ほんとに息子みたいにシンヤが可愛いんだから」 チイママが、そっっと言った。 「シンヤちゃんも、ママに心配かけたくないから、ほんとに困るまでは自分で頑張るいい子なのよ」 ママの横顔を見る目はあくまで優しい。 「……まあ、シンヤちゃん。ママに会いにきてくれるの? どうしましょう。ママ、はりきっちゃうわ……」 幸せな電話はまだまだ終りそうになかった。 ● 「『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は、みんなも知ってるでしょ。彼女の持ち帰った情報から、アシュレイ達の目的が、大規模儀式。目的は次元に大穴こじ開けるためって所までは推測がかなり精度の高いレベルにまで到達している」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターに子供の頭大の赤い石を映し出した。 「賢者の石。魔法使いに解説するのは釈迦に説法だから、割愛する。アザーバイドにしてアーティファクト。それ自体が崩界要因とはならないけど、周囲に影響を及ぼす属性がある。周りのものがエリューション化したりはするってこと。魔道技術の進歩や躍進に貢献してきた代物で、この世界との親和性が高い。どう使うのかは分からないけど、アシュレイの儀式にも役に立つ。これだけ強力だと」 モニターに日本地図。 「先日如月ユミに対処したチームの持ち帰った現物を調査した」 あちこちに光点が映し出される。 多い。 とっさにいくつと数えられない。 「その波長と反応のパターンを割り出して万華鏡にフィードした結果、反応があったのは以下のとおり」 そのうちの一つにズームアップ。 「恐山会から状況提供があった。後宮派が動いている。連中が平和利用なんてある訳がない。アークで確保するのが望ましい」 だけど、世の中、そんなに甘くない。と、イヴは自ら言い放つ。 「みんなに行ってもらうのは、ここ」 都心の繁華街。 ちょっと特殊なことで有名な。 「『ママ・マドンナ』本名不詳。通称ママ。『マドンナ』という……高級ニューハーフクラブのママ」 モニターに、すごい美人。 金色の巻き毛、ぽってりとした赤い唇の横にセクシーなほくろ。潤んだ瞳、上を向いたまつげ。肉付きのいいグラマラスバディ。 そして、写真を見ただけで分かる、溢れる母性。 「彼女が、賢者の石の所有者。正確に言うと、調達した。シンヤのために」 どういうことだと首をかしげるリベリスタに、 「もともと所有者はとある財界人。なんたら言う怪しい像の台座になってたって。時村ルートで金にものを言わせようと交渉中だったんだけど、電話一本で譲渡されてしまった」 持ち主が、ママの大ファンらしい。 時村の意向を無視してでも、ママのためにできることは何でもしてあげたい。 ファンとはそういうものらしい。 「戦闘能力もあるけど、問題はカリスマ。彼女のためなら命もいらない忠義者がたくさん。今、賢者の石は店にある。シンヤが取りに来るのを待ってる状態。残念だけど、金でダメならもう暴力しかない」 「説得は?」 「彼女はとても善人。フィクサードというのもはばかられる。ただ、シンヤにたいする溺愛具合が玉に瑕。シンヤが悪さしてるのも分かってるんだろうけどね。ママは坊やを裏切らない」 シンヤが坊やって言われていることが、どうにもなんだかなという感じだ。 「ママが店を持った頃、まだ不良少年だったシンヤは、この辺りにパシリさせられてたみたい。その辺りはたいしたことではない。二人の問題」 イヴは、店の見取り図を出した。 「店内は広いけど、椅子やテーブル、パーティーションで区切られていて、お世辞にも戦いやすい空間じゃない。動けるのは通路のみ。横並び二人以上で戦うのは無理。従業員の黒服のごっついのが三人、ばらばらに通路に仁王立ちしている。ブロックされれば横すり抜けるのは無理」 通路に、『細い、すり抜け不可』と手書きキャプション。 「それからお店の『かわい子ちゃん』達が、カウンターやひっくり返したテーブルの影から仕掛けてくる。四方八方から撃たれると思って。遮蔽物が多いから、こちらの射撃攻撃はかなりロスがある。向こうは、シンヤが来るまで持ちこたえられればいいと思ってる。篭城の構え」 前もって言っておくけれど。と、イヴは居住まいを正した。 「今回は同時作戦。リベリスタは各地に飛んでいる。増援を送るのは無理。さらに、今回各勢力がそれぞれ『賢者の石』獲得に向けて動いている。不可侵条約を結んでいるけれど、隙あらば出し抜こうと手ぐすね引いてる。そんな中で、戦力の消耗は避けたい。シンヤが来る前に『賢者の石』を手に入れなければ、作戦中止。即時撤退」 リベリスタから不満の声が漏れた。 「いかに戦闘能力が高く、攻めにくい状況とはいえ、時間内にママを落とせないチームで、シンヤとその取巻きに連戦して勝てると思えない。その場合、ママも加勢に加わるのを忘れないで」 イヴは辛らつに言い放った。 「もちろん、『賢者の石』が手に入ったときは速やかに撤収。せっかく取った石をシンヤに取り返されたんじゃ、元も子もない。シンヤをどうこうするのは次の機会と心得て」 イヴは、無表情。 「今回、突入、事前準備、撤退などの準備後始末等々から割り出して、純粋に戦闘に割り振れる時間は1分。事前にかけられる魔法や加護は使っておくのを推奨。時間切れになる前に全部終わらせていなければ失敗」 考え事も感傷も感情の発露も、突入前にすませておいてと、イヴ。 「1分間を石獲得のためだけに使ってくれるリベリスタ。私は、この作戦にそういうリベリスタを望んでいる」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 夜はこれから。 普段なら『Club・マドンナ』の看板に灯がともり、店内も上品な色合いのスポットライトがほの暗く店内を照らしている頃合だ。 「みんな、巻き込んじゃってごめんなさいね?」 VIPルームのカーテンの裏から、ママがほんの少しだけ顔を出す。 「ほんのちょっとしのぐだけですもの、たいした事ないわ。でも、ママが怪我したら大変だから、隠れていて」 「私、治したりもできるのよ?」 「怪我したら、お願いね?」 「可愛い子」達は、高価なドレスの膝を破いて、大理石のテーブルをひっくり返してバリケードを築いている。 「ママが元気なら、私達の勝ちなの。だから、ママは自分の身の安全の事だけ考えてね」 「可愛い子」達は余裕綽々だ。 「その部屋なら安全よ。対革醒者用パニックルームも兼ねてるのだもの」 店内にこれだけ革醒者が揃っているのは、敵対勢力が勝ち込んできても顧客を守るため。 敵対勢力のフィクサードにおびえ、安心して酔う事もできない顧客達のために。 プロアデプトのママが、革醒者の能力を考慮して設計した、ママの優しさが形になった店だった。 「後の子達は、パウダールームにいるわ。鍵もかけられるし、大丈夫。ママは安心していてちょうだい」 ● 「入れなくはないで御座るが……一分でたどり着くことはできても、ママをどうにかするのは難しいで御座るな」 『無影絶刃』黒部 幸成(BNE002032) は、透視して店内の様子を確かめた。 店は、ビルのワンフロアを占めた贅沢なつくりだ。 「VIPルームまで、店の外から、更衣室っぽい部屋が三つもあるでござるよ。そして、きれいな人たちがいっぱいいるで御座る。店側から行くしかないようで御座るな」 お店の、革醒者ではない「可愛い子」と「黒服」たちだ。 危険なので、避難させられているのだろう。 物質透過では、生物を透過できない。 部屋に到達するたびに透過を試みなくてはならないとすると、物質透過で直接乗り込む策は、ロスが大きい。 「そちらの人達は、おびえているだけですね。店側には……覚悟を決めた人たちが、六人。VIPルームにその人達を心配している人が一人……」 『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)は、壁越しに中にいる人間の感情の流れを把握していた。 「いた仕方御座らん。拙者も皆さんと一緒に突入するで御座るよ。店内からならば幾分楽で御座ろう」 「うむ、それでもきちんと先導するから安心するのだ!」 『素兎』天月・光(BNE000490)は、水着の上からワックスを塗っている。 もしもの時に、黒服が捕まえにくいように。 数秒でも稼ぎたい光の覚悟の現れだ。 潜入後、前衛とは別ルート、天井を伝ってVIPルームに向かう。 物質透過して障害を回避する幸成と連携の予定だ。 『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)は、正攻法で通路を進む前衛たち、『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(BNE000072)、『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)、『ハッピーエンド』 鴉魔・終(BNE00228)の三人に自己回復の守護を授けた。 『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)の思考速度は、通常の状態から戦闘思考に切り替わった。 (場合によっては手荒な真似はせずとも済んだかもしれません。しかし後宮シンヤの到着まで猶予はありません。問答無用で『目標』を奪い取るだけですな) 別働班が、後宮の移動状況を絶えずモニタリングしている。 「可及的速やかに」こちらに向かっているようだ。 作戦時間を延長できる様子は微塵も感じられない。 (障害は排除するのみ) 突入まで、岩のような大男の静かな集中が続いた。 癒し手達は、魔力の泉を喚起している。 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は、今回は攻撃手と言ってよかった。 闇に落ちた店内を、遍く神の威光で満たすのだ。 (……私がトドメさせれば、そう大きい怪我はしないはずだし) 神の威光は、慈悲深き御技。 ぽんと叩いた導師服のポケットの中。 紙の感触を確かめてうなずいた。 先にしたためておいた手紙は、ちゃんと入っている。 『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は、前衛たちに見えざる鎧を着せている。 脳裏に描く、電撃戦成功の瞬間のママ。 (……ふふ、持ち堪えられずに絶望する顔が見れるかしら。楽しみだわ) 斬乃の体から闘気があふれ出し、壱也は自分の命を刃に乗せた。 「賢者の石は渡さない。本気で行くよ」 いつも少女らしく華やいだ壱也の声が、静かに引き締まっていた。 (悪いけど、賢者の石はわたしたちアークが頂いていくよ。ママにも、ましてやシンヤにも、渡しちゃいけないんだ) 「勝つわよ…みんな、往きましょう!」 由利子の声が、全体を鼓舞する。 十字の光で一瞬白く染め上げられた。 戦いに赴く戦士を祝福する十字の加護。 リベリスタ達は扉を蹴破った。 彼らに許された時間は60秒。 ● 誰よりも早く駆け込んでいく。 斬乃のチェーンソーの回転に伴い、火花が飛び散る。 鬨の声と共に叩き込まれる回転する無数の刃が、黒服の胴に叩き込まれる。 「ここを守るのが、俺の仕事でな……。わりいが、嬢ちゃん。引いてもらうぜ!?」 黒服の底光りする眼光が、斬乃の頭の中を見据えるように真正面から放たれた。 「……なっ!?」 覚悟の差というよりは、そこにいる『ママ』を守りたいという具体性の差。 チェーンソーを操る指先がぶれたのを見て、黒服は片方に笑みを浮かべる。 「神楽坂さん、しゃがんでっ!」 背後からの声に反射的に姿勢を低くする斬乃のサイドテールを掠めるように、壱也のはなった剣風が黒服の肩口をバックリと割る。 壱也の腕の表皮は、負荷のかかる能力増幅のため、一面紫色に内出血している。 しかし、その甲斐はあった。 その普段にはない膂力が、先ほど斬乃がつけた傷を更に深く抉るというありえない幸運を生み出したのだから。 小柄な壱也の脇をすり抜けて、終が速度を刃に乗せる。 「わりいな、にいちゃん。俺は、単細胞だから、麻痺するほど上等な神経持ち合わせちゃいねえんだ」 ナイフを腕でとめる黒服に、いやな空気が瞬間流れた。 正道の気糸が黒服の死角に巧みな罠を編み込む。 誰かの動きにつられて、身じろぎしただけで。 「ぐぶ……っ」 罠の毒が回り、黒服は喉を詰まらせる。 それでも黒服は、笑みを浮かべた。 まだいける。まだ、倒れはしないと。 ● 光はパーテーションを足がかりに天井へ飛び上がり、次の瞬間、天井は光にとっての床になる。 これで、通路いっぱいに立ちふさがっている黒服も、障害にはなりえない。 先に入ったアンナが発する二種類の光で、シャンデリアがきらきら光る。 ティアリアが呼んだ福音の妙なる調べをかき消す勢いで、銃声が店内に響き渡る。 通路を中心に床から天井から満遍なく。 全てを蜂の巣にする弾丸の雨。 眼下では仲間が血にまみれながらも更なる吶喊を試みている。 仲間を楽にするためにも、一瞬でも早くVIPルームにたどり着くのが光の責務だった。 シャンデリアは、大小いり混ぜて、天井のあちこちにあって、一気に店内を縦断する事はできない。 事前に、空中戦闘は無理と言われていたのがよく分かる。 触れれば落ちる、鋭い断面を持ったガラスの木は、そのまま突っ込んでいくにはあまりにも危険だ。 自分も無事ではすまないし、眼下の仲間を損なう可能性があった。 うまくやれば、敵の上だけに落とすことも可能かもしれない。誰かが気づいてくれれば。 全速力で必要最低限のシャンデリアを回避していく光の頭部を、二発の銃弾が襲った。 頭からだらだら血を流れ、眼鏡のレンズを赤く汚す。 「黒部くんっ、そこからカウンター乗り越えるのだ! VIPルームの方に通路みたいのがあるのだ!」 それでも光の足は止まらない。 弾幕を避け切った忍者は一つ頷くと、カウンターを飛び越えた。 「ごめんなさいね。みんな、後ちょっとだからがんばって……!」 奥のカーテンの陰。 ほんの少しだけまくられた向こう。 きれいに塗られたルージュの唇だけがリベリスタ達からちらりと見えた。 ハスキーで柔らかな声。 詠唱される福音召喚。 上位存在に、下層存在の利害など関係ない。 等しく訪れる福音に、ママの大事な子達の傷は癒された。 ● 黒服への攻撃は苛烈を極めた。 手足の痺れを克服した斬乃と終の連撃で一人目の黒服が沈む。 壱也が声を上げる前に二人は身を翻した。 その間を縫うように、二人目の懐へ剣風が叩き込まれる。 小さな手に不似合いの無骨な刃から繰り出された一撃は、黒服の白いシャツを真っ赤に染め上げた。 先ほど皆を蜂の巣にし、光を狙撃した「可愛い子」達を巻き込めるよう、アンナは立ち位置を修正した。 「待ち伏せてるっていうなら、そのまま制圧するだけよ。頭上げられると思うな!」 アンナの放つ威光の前に、黒服たちの動きがわずかに鈍る。 「素晴らしく回る口ですね、お嬢さん!」 シャツを赤く染めた黒服は、前衛目掛けて突っ込んでくる。 「その口、それ以上回らないようにして差し上げる!」 黒服の両手にはめられたフィンガーバレットが唸る。 前にいたものの半分は、黒服の大蛇が暴れ回るような無数のパンチをたっぷりお見舞いされる事になった。 もしも、その場にいたのが経験が浅いリベリスタだったなら、そのまま床に沈んだだろう。 体に傷を負いながらも、由利子は通路から黒服を誘う出すため、十字光で黒服を黒服に叩き込んだ。 黒服は、真っ赤に血走った目を由利子に向けた。 「ふふっ、こっちのママにも甘えたい?」 由利子は、挑発するための台詞を舌に乗せ、通路からパーテーションの中に一歩退いた。 そちらに黒服をおびき寄せる事ができれば仲間が容易に通路を通れる。 その由利子の背を、致命の銃弾が貫いた。 先ほど受けた傷と合わせて、体の限界を超えた。 それでも、由利子は立っていた。 (母性で負けるわけには行かないわ……! 気合入れなきゃね!) ● 緊急用の通路だろう。 厳重に鍵がかかっていた扉を透過すると、そこには更に扉があった。 幸成は、落胆しない。している暇はない。 忍者である以上、このくらいの事でいちいちおたついていては差し支える。 散々見て、頭に叩き込んだ見取り図から行けば、この扉が最後の扉に違いなかった。 やはり、厳重に鍵がかかっている。 ひたりと手を押し当てる。 ママにたどり着くまで、後十秒。 ● 銃弾が、盾代わりにしたシャンデリアごと、光の体を貫通していく。 口から血があふれたが、命取りになるような部位じゃない。まだ体は動く。 天井から、通路に降り立つ。 優雅なドレープが寄せられたカーテンの向こう。 VIPルーム。 そのベールをめくれば、中に賢者の石がある。 天井から飛び降りざま、仲間の攻撃の妨げとなる帳を切り裂いた光の前に立ちはだかる黒い影。 三人目の黒服が走り込み、光の行く手をさえぎった。 「ここを通りたければ、俺を倒してからいけ」 光の体重の三倍はありそうな。 「お前が、最後か。最後だな。なら、倒す!」 ● 柔らかな金髪を緩やかにまとめ、いつもの体の線に沿ったロングドレス。 いつもなら晴れやかな笑顔を浮かべている口元は、今日は愁いを帯びているが、それもまた美しい。 包み込んでくれる優しさの中に、こちらが守って上げたい庇護欲を掻き立てる。 「『マドンナ・ママ』で御座るな」 ドアからつきぬけて現れた幸成に、ちょっと目を大きくして「忍者なの?」と呟く様子もチャーミングだ。 部屋の隅により、体の陰にトランクを隠すように立つ。 手には、明らかに握りなれていないのであろうクロスが握られていた。 「お手間かけさせちゃって、ごめんなさいね? でも、私、シンヤちゃんに頼まれるといやと言えないの」 (ママとシンヤ、二人の間にどのような想いがあったものか……思いを馳せる事は不要。ただ冷徹に、己が忍務をこなすのみ) 黒装束の隙間から溢れる気糸が、ママを縛りつけようと放たれる。 捕らえきれない。 「見逃してもらう訳には、行かないのかしら……」 ママは甘く切ない声で福音を召喚した。 黒服達に笑みが浮かぶ。 「ママ、待っててね! 今行くわ!」 「可愛い子」達が、テーブルを乗り越え、弾幕を撒きながら、VIPルームに駆けてくる。 黒服が光をブロックしている隙に、「可愛い子」達はVIPルームに二人転がり込んだ。 ● 怒りで目を真っ赤にした黒服が、歯をぎりぎりとかみ締めている。 その足が通路外に踏み出され、由利子に向かっていくまで、前衛達には千秋に感じられた。 「後は任せたわ……!」 由利子の声を背に受けつつ、前衛達は最後の黒服に吶喊する。 「あたしの、あたし達の勢いを止められると思うな!」 「止めはせん。流すだけだ。時間は俺達の味方だからな! ここで俺が倒れなければ、俺達の勝ちだ!」 今すぐにでも中に入り込んだ奴を殴り飛ばしたい。 しかし、ここで自分がVIPルームの中に入れば、こいつらの進入も許すことになる。 ならば、この入り口を死守する。 黒服の心は固まった。 たとえここで倒れても、自分の体がこいつらの障害になるだろう。 死中に活を見出した黒服に、怒涛のごときリベリスタの斬撃が見舞う。 手応えはある。手応えはあるのだ。 時間が過ぎる。 だが、黒服は倒れない。 前衛達の放つ激しい斬撃の陰に隠れてひっそりと放たれていた正道の気糸に絡めとられている事に黒服が気づいたのは、黒服が勝利を確信した刹那の事。 「道を、開けてもらいますぞ」 リベリスタ、推して参る。 撤退開始時刻まで、残り二十秒。 突入前にかけられたさまざまな加護や賦活呪文とティアリアの福音召喚で、ぎりぎり命を保っている。 ● VIPルームに入ったリベリスタが見たのは、多数の銃弾を浴びて血を流す幸成と、悲しげな表情で隅に立つママ。 ママの前に立ちはだかる、二人の「可愛い子」。 「ママに怪我させるなんて。……たかが石の一個や二個で……」 革醒者なら、うすうす感じている。 その石が、「まともな存在」ではないことなど。 でも、ママがシンヤに渡したいというのなら。 それが、マドンナにいる革醒者の共通認識だった。 不可視の爆弾が、ママの紫色のドレスの肩口で爆ぜさせていた。 白い腕を伝う血もすでに乾いている。 時間がない。 「終わりにしてあげる、あんたの撒き散らす無自覚な悪徳もね!」 ただひたすらに。 (ママを斬り伏せて奪うのみ) 斬乃の雷撃を宿した刃が、赤いドレスを裂いた。 ママの前に躍り出た「可愛い子」が、斬乃の目をみて、してやったりと目を見開き、にっと笑う。 「やらせない。ママは、とても大切な人なの。シンヤは悪い奴よ。だけど、ママには大事な奴なんだ」 「可愛い子」の隙をつく、アクロバティックな動き。 壁を蹴り、天井を蹴り、光が急降下するようにママに向かって落ちざまに刃をひらめかせる。 「ママ!」 幸成が爆破した肩が更に大きく抉れた。 「みんな、ごめんなさいね。きっとシンヤちゃん、本当に悪い事をしようとしているのね」 それを叱りもしないのだから、怠惰の罪に問われても仕方ないわね。と、ママは言う。 「でも、シンヤちゃんは裏切れないわ」 朗々と響く福音召喚。 ママの肩が、ママをかばった「可愛い子」の傷が。 開かれたVIPルームの向こう。 由利子を倒し、VIPルームに駆け込んでこようとしている最後の黒服と「可愛い子」の傷が癒される。 「だって、漢の中の漢になるって、侠の世界に入ったのに、革醒して、精神のバランスをこうなる事でしかとれなかった、だめな私を勇気付けてくれたんですもの」 ごめんなさいね。 ママの唇が動く。 「だから、シンヤちゃんが困ったときは助けるの。それが、男としてした最後の約束で、女としてした最初の約束なのよ」 残り10秒。 ● 終と星龍がVIPルームになだれ込んでこようとする二人を押しとどめる。 リベリスタ達は、最後の瞬間まで諦めなかった。 皆が、ママに向かって己の技を浴びせかけた。 電撃が、闘気が、速度が、爆弾が。気糸が、威光が、魔弾が。 リベリスタが操れる事象の全てがママに牙を剥いた。 響き渡る福音召喚。 最後の十秒が経過した。 別働班によって、撤退用の煙幕弾が投げ込まれた。 ● 「ごめんなさい。ごめんなさい」 白い煙の中、しっかりとトランクをかき抱いた聖母がかすんで行く。 だけど、私は、私だけはあの子を裏切ってはいけないの。 いけないと思うの。 「可愛い子」達も、ママをかばい、まだ立っている。 まだ戦える。 あとほんの少し時間があれば、勝つのはリベリスタだ。 だが、時間が許さない。 更に殴りつけたい衝動を理性で押さえつけ、リベリスタ達は撤退する。 イヴは、それができるリベリスタを集めた。 去り際、アンナは、客には見えない、目立たない所に手紙を置いた。 『シンヤはもう後戻りが出来ないギリギリの所に来てる。もしその気があるんだったら、何とか引き留めて上げて』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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