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【七罪】憤怒≒煉獄

●その絶望は、昏い昏い煉獄の深淵
 無限に黒をぶちまける。
 感情は、混ぜ込んだ塗料のようなものだ。
 喜悦は一線を越えることで怒号に成り代わり、泣き声はやがて焼け果て灼熱に溶融していく。
 激しく、激しい。燃えさかり燃え尽きはてるそれは極度の猛暑をもって澱み滴り、如いてはそれだけとなる。
 壊れた耳鳴と、凍てついた耳朶を貫くのはいつだって同じものだ。悪意。悪徳。悪罪。
 業火の外側に揺らめく赤銅が一瞬も離さず嘔吐感を引き出してゆく。
 廃雑物を吐き散らしたい渇望が、圧迫感が何時だって何時だって何時だって何時だって私を蝕んでいる。
 蝕まれている。それは悪臭に似ていた。神経痛は、直接脊椎に針を通されるのと何ら変わりはない。
 泥人形の気分だ。馬鹿馬鹿しい。憎むならばここのそこに叩きつけてしまえば良いのだ。
 気管が逆流したような錯覚を覚える。血の気が漏れ続けているに違いない
 全身を外側から根こそぎににされている。されている。積もり積もった永劫の妄執。
 定められることなく、思考することなく、必然とそれだけが口をついた。

 なんて、腹立たしい。

 腹立たしい。腹立たしい。腹立たしいことこの上ない。許せぬ。許さぬ。許すことが出来ぬ。
 死ね。死んでしまえ。そうだ死んでしまえばいい。爪先から頭頂まで、寸刻みに刻んで潰して削って
 燃やして殺し尽くしてやる。声の限りを絞らせて、許されぬことに懺悔しながら後悔しながら
 謝罪しながら死ぬがいい。生きることは許さぬ。狂うことも許さぬ。楽になることも許さぬ。
 素っ首並べて陳列し、ただただ苦痛に頭蓋を染められて余生を過ごすがいい。
 死滅しろ消滅しろ絶滅しろ戮滅しろ。何を許せぬかなど最早知らぬ。何を望んだかなど最早知らぬ。
 腹立たしい。腹立たしい。お前達の全てが腹立たしい。お前たちの合財が我慢ならない。
 何もかも、何もかも根絶やしにされてしまえ。それでなお気の済むものか。許されるものか。
 永遠に悲鳴をあげろ。激痛に捩れながら、心の拠に裏切られ、後先の無い窮地に陥りながら、
 自分の罪だけ泣き叫んで泣き叫んで泣き叫んで泣き叫んで泣き叫べ。
 潰れてしまえ。崩れてしまえ。奪われてしまえ。滅びてしまえ。死ね。死ね。死ね。
 死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死ね。何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も―――そう、何度も。何度でも。

 終わらない。怒りは収まらない。収まることがない。
 煉獄の扉を啓いて、耳を澄まして見るがいい。罰を欲し、血肉を露出した妄執の妄執。
 屍肉の山。湧き出て羽ばたく蛆の産声。ぐじぐじと。ぐじぐじと。地に這いずり。のたうって。
 堕胎したような。悲鳴を上げたような。それは何もかもが乱れて外れた逸脱しきった声だった。
 
 溢れ出す絶望と灼け堕ちる激情。この地に既に幕は無く、開いた以上続きも無い。
 終わりを始めよう。終わりを始めよう――終わりの悪夢の始まりを――終えよう。

●虚数運命黙示録
 そして彼らは取り返しの付かない犠牲の上に運命を繋いだ。

「――先遣隊として送ったチームが壊走した」
 集められたリベリスタ達がブリーフィングルームで告げられたのは冷然とした残酷なまでの事実。
 周囲を見回した『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がモニターを操作する。
 黒い。黒い。余りにも黒い地底。その一部は残存しており地表へ紅蓮の舌を伸ばしている。
 その大地は正に劫炎。紅く、朱く、ただ只管に赤い空間。
「あと1体。だと思ってた。万華鏡もそう告げていた」
 七つの大罪を模したエリューション。既に六罪を討って残りは後1体。
 そうだと思っていた。彼女も、他の誰もが。けれど――そうではなかった。
 もしも百獣の王の名を持つ少女が記憶を保持し続けていたなら、
 その可能性を示唆出来たかもしれない。だが、そうではなかった。だからこれはそれからの話。
「敵は2体。地上と、地下。元は大きな1体が分裂したみたい。
 識別名『煉獄』と『奈落』瞠目する位の速度で今もフェーズを伸ばしてる」
 かつて、暴欲と名付けられたイレギュラーが発生した事が有る。
 それは敗戦の結果ではあったが、今回対峙するそれは前振りも無く、前触れも無く。
 けれど同等以上の脅威として、既に其処に在ると言う。

 いや――前振りなど、前触れなど、当に終わっていたと言うべきか。
 誰も気付かなかった。何も気付けなかった。猶予は有ったのだ、たっぷりと。12年分も。
 であるなら、それが発生以来異端と言える程までに多くの災禍を生み出し、
 異常と言えるほどまでに迅速な変貌を遂げた所で、遅過ぎると言う事は有っても
 早過ぎると言う事は無い。悪夢の崩落。ナイトメアダウン。その果ての果て。
 彼の最悪に喰われ、呑み込まれ、失墜させられた全ての人々が見た、夢の終わり。
 其は絶望を煮詰め、希望を射殺し、妬心に狂い、貪欲に悶え、傲慢に喚き、
 暴食に餓え、姦淫に爛れ、怠惰に放棄した人の罪の罪。原罪の坩堝から生み出された負の結晶。
 ミラーミス、アールタイプと称された異界の魔王が置き去りにした地獄の種。
 それは世界の怒りを喰い、人々の失意を喰い、原罪の仔すらも喰い散らかし、
 憤怒の化身として生まれ落ちた。胎児は既に産声を上げた。世界は運命は彼を祝福しなかった。
 であれば、血戦以外に道など無い。人が生きるか、罪が生きるか、両者は決して並立しない。
「今までの、七罪のエリューションとの戦いのセオリーは一旦忘れて挑んで。
 憤怒は、強いよ。どちらも、単体のエリューションとしては常軌を逸してる」

 幾多の戦いを見送った万華鏡の申し子、イヴをしてそう言わせ得る敵。
 けれど求められるのはあくまで勝利である。
 勝たなければ、生き残れない。悪夢の種は既に萌芽している。
 このまま育ったならどういう結末を迎えるか、想像するだに難くは無い。
「……でも、生きて帰って来てね」
 けれどそんな彼らに彼女は更に無理を押し付けるのである。それを無理難題と知りながら。
 ならばこの戦いは、負けられない。負けられないに決まっている。
 少女は万華鏡の予知ではなく、彼らの拓く未来に賭けたのだから。

 さあ、悪夢を祓う時が来た。
 小さな勝利の女神に背を押され――七罪最後の戦いが、始まる。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年11月22日(火)23:32
 42度目まして。シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 本作はyakigoteSTとの連動依頼となっております。余計は申しません粛々と参ります。
 此方は『憤怒』アウトサイド『煉獄』のエリューション。以下詳細となります。

●依頼成功条件
 E・アンデッド『煉獄』の討伐

●煉獄
 かつて、ナイトメアダウンで死亡し誰にも顧みられなかった人々の成れの果て。
 罪業に燃え滾り燃え尽きるも、死して尚焼かれ続ける灼熱のE・アンデッド。
 非実体であり、対峙する人間が最も強く脳裏に描く死者の姿に見える死せる炎の幻想。
 その数は無数にして無尽蔵。けれどその力は無限では無く倒せば倒すほど減少する。
 リベリスタが戦闘中の自分の番に取れる主な戦闘行動は全て使用可能。

・非実体:ブロック不能

・EX七罪・貪欲≒憤怒:灼熱の渦で対象を飲み込み、力を吸い取ります。
 A・神近複、ダメージ中、命中大【状態異常】[致命][業炎]【追加効果】H/E回復大

・EX七罪・憤怒≒煉獄:『煉獄』の半径5m以内に踏み込んだ瞬間自動発動。
 A・神単、固定ダメージ大、命中中【追加効果】Mアタック特大
 
●戦闘予定地点
 三高平市郊外の廃墟。時刻は夕方。人目は無く、光源は不要。
 足場は非常に不安定。障害物は老朽化して割れ落ちたコンクリート壁等、多数。
 周囲は常時発火しており戦闘が継続すればするほど酸素が薄くなって行きます。
 この為10ターンが経過する度に命中と回避に累加ペナルティが掛けられます。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
マグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
マグメイガス
雲野 杏(BNE000582)
ソードミラージュ
富永・喜平(BNE000939)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
デュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
プロアデプト
★MVP
ウルザ・イース(BNE002218)
マグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)

●其は絶望より来り-The Smoldering Wrath-
 只管の絶望に引き摺りこまれ、果てる。誰しもが納得出来る訳もなし……
 怨むよな何がとか関係なく。俺だって、もしかしたら。
 安全靴の感覚を確かめ直し、『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が愛銃を顕現する。
 無数、無尽蔵とすら見紛う蜃気楼。それら全てが生者への、世界への怨嗟を紡ぎ合う。
 何を未練に留まってるのかなんてどうでもいいわ。死人に口無しとはよく言ったものよね。
 見渡す限りの紅蓮の大地。其は何所までも赤い灼熱の地獄。焼尽に踊る凶念の群。
『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)が咥えたタバコが、何をするでもなく焼け落ちた。
 あの地獄に、未だ囚われている人たちがいるのなら、何としてでも開放してやりたい。
 白銀の剣身に引かれた赤のラインは己へ課した覚悟の証。大剣を両手で握り締める。
『赤光の暴風』楠神 風斗(BNE001434)の力が限界を超えて体躯へと奔り抜ける。 
 崩界を食い止める事が私の使命、私の総て――貴方を倒せないようでは私は目的を果たせない。
 冴え冴えとした青の双眸に燃え盛る赤を映して『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)が翼を広げる。
 異世界に干渉されない未来を得る為運命に抗い続ける魔女が、その身命を賭して挑む。
「全て、私の糧となれ」

 眼前に広がるのは七罪と称されるエリューション。その群の一端にして深奥。
 憤怒に狂う熱波の怨霊。業火を撒き散らす屍人の幻影。死を映す鏡にして死を誘う誘蛾灯。
 その内には無数に見えては隠れる、かつて彼らが見送った者達。死に近い者程に屍人は嗤い掛ける。
「――はっ」
 漏れた呼気は隠し切れない情念を孕む。笑えるだろう、いや、笑うしかない。
 遠い過去に求め、得られなかった物。縋りたくても縋れなかった人。
 孤独の果てに切り捨てた残影が地獄の焔の向こうに見えた。目の錯覚では無いだろう。
 実像がどうであれ関係無い。虚像であれど見えてしまった。それだけ在れば十分だ。
『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)が糸を手繰る。
 気糸と呼ばれる其は、今この瞬間だけは正しくあるまい。彼が手繰るのは或いはそう。
 得られなかった絆と言う糸。赤い赤い、系譜の糸。

 怒りが力になる事は認めるけれど、怒りで心を曇らせては自滅するだけ。
 視界に映り、視界から消える、今尚忘れ得ぬ家族の肖像。幻像と知るそれを呑み下す。
 臓腑に今も燃え続ける悔恨と憎悪。『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)が十字を握る。
 境界は何所にあったのか。分岐点は何所だったのか。幾度と考えようと答えは出ない。
 或いは彼我が真逆の未来もあったかも知れない。けれど其は既に解の出てしまった問である。
『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)が火縄銃を構えて見遣るは煉獄。決して目を逸らさない。
 心にちらつくのは、死者への恐怖か生者の後ろめたさか。或いは己が殺めた者への感傷か。
 知らなきゃならねぇ。だから、負けられねぇ。墓標の名を持つ戦斧を握る、男の論理は明快である。
『悪夢の残滓』ランディ・益母は地獄の中で生まれ落ちた。そして七罪たる彼らも、また。
 その境は正しく紙一重。彼は祝福の内に生き残り、彼らは否定の果てに死に絶えた。
 であればしなくてはならない事が有る。力を求める彼が飲み干さねばならない終端が、此処に在る。
「俺は負けるのが死ぬほど大ッ嫌いなんでな」 
 
 燃える、燃えて、燃え盛り、体躯をチリチリと焦がし、発火させていく終わりの悪夢。
 罪は満ちたり、業火は来たり、浄化の炎は此処に解き放たれた。其は世界を焼き尽くす劫炎である。
 故に止めなくてはならない。止めなくてはならないと、信じた者達が此処に居る。
 遅過ぎた兆しにそれでも気付き、崩界の始まりを終わらせに来た者達が、此処に居る。
 誰にも顧みられなかった想い、願い、祈り、希望より芽吹いた絶望に、原罪の大地に終止符を。
「どのような敵であれ、アークの障害となるなら排除する迄」
「さっさとお友達の所へ送ってあげましょう」
 杏がギターに手を添える。恵梨香の小さな体躯を魔力が満たす。
 終わらせに来た者達が、終わらせようとする断末魔の炎獄を散開、包囲する。
「一切合切、微塵残さず……この終極を粉砕する」
 喜平の放った兆弾による多角射撃が、即ち開戦の号砲。
 愛惜の想いに昏い喜びを滲ませて、鷹の眼の少年が寂しく微笑んだ。
 手繰った糸は鋭く、違わず、赤い大地を貫いて――彼の求め続けた虚像へと突き刺さる。

「――オレだけを見てよ、母さん」

●故に煉獄へと変じ-Nightmere Reverse-
「これ以上、死者を冒涜させはせん!」
 風斗が振り被った一撃が、燃え盛る死人を斬り捨てる。
 その度に吹き付ける熱風が、彼の視界に幾つもの死相を映し出す。望むと望まざるとに関わらず。
 否、望むまいと思えばこそ、其処に映されるのは涙が毀れるほど懐かしい、忘れ始めた家族の表情。
 だが、それに手を伸ばせば風斗もまた炎の屍へ変ずる事になる。傷みと恐怖が精神を蝕む。
「嫌だ、オレは死なない! 死にたくない! 絶対に生き続けてやる!!」
 頭を振る。幼い頃の友人が近付いて来る。その幼顔を一刃で斬り捨てる。心が軋む音が、聞こえる。
「こうなった以上仕方あるまい」
 己を銃と定義し、龍治が憤怒へ射線を向ける。星明かりの様な鮮烈な掃射が赤い影を幾条も貫く。
 射抜いた者の視線が龍治を向く。其は彼が殺して来た人間の姿をして怨嗟の眼を向け続ける。
 けれど龍治は視線を外さない。自らの意思で武器を執り、殺めた者の責を負う。
「させんよ、この“ボーダーライン”は、越えさせん!」
 響く銃声、硝煙の香りすら熱の内に掠れて果てる。冷える事の無い汗が頬を伝い、滴る。
 その身を境界線と定めた者の誇りを胸に、錆びた銃が死線を穿つ。

「――っ、ウルザ、無理すんなよ!!」
「嫌だ、誰にも邪魔させるもんかっ!」
 意図は別に有った筈である。ウルザは煉獄の内に踏み入ったまま動かない。
 彼我の接線を割った瞬間体躯を焼いた炎は尋常の其ではなく、全身は今も業火に包まれている。
 だが彼の口元に浮かぶのは笑みである。間近に彼が追い続けた幻像が見える。
 彼女は微笑んでいた。彼が求めた通りに。己の体が焦げ付く気配すら気にならない。
「母さんの事、ずっと独り占めしたかったんだ……」
 滲む涙すら熱に奪われる。放った神威の閃光は既に2度。その度に灼熱の渦に包まれている。
 熱を奪われ膝が震える。そう長くは持たない事など彼自身が一番良く分かっている。
 けれどそれならせめて。
 胸に抱いた憧憬の影を眼に焼き付けながらと願うのは、それほどいけない事だろうか。
「そこ! 甘えてんじゃないわよ!」
 けれどそんな、自身の命と運命の加護すらも削った悲愛をも雷纏う爆音の姫は許さない。
 杏が奏でる電撃の鎖は、四方八方へ放たれ、轟き、赤熱の世界に光条を残す。
「さっさとやられないでよね、後こっちへ来るのも禁止! おっかないから!!」
 自分に素直過ぎるその軽口に、少年が苦く笑む。嗚呼、全く生きるのは大変だ。
 一人は寂しい。孤独は恐い。それなのに、こんなに御人好しのお節介達が居るのでは――

 炎の渦が立ち上る。火傷だらけの体、一緒に意識をも刈り取られそうになる。
 ランディも、風斗も、全力を尽くして防衛線を築いていた。だがノックバックは確実ではない。
 前衛を超えて来た一部の炎の亡者達が、恵梨香の側へ浸透して来る。その動きは思う以上に速い。
 差し詰め燎原の火か。地を這う炎の舌が身を覆う。
「理不尽に傷つけられ、家族を失った怒り」
 けれど、それが火であるならば、其は恵梨香の隣人である。怒りと共に歩いて来た。
 始原を同じくする以上憤怒に焼かれ身を崩す等、認めない。認められる筈が無い。
「――そう、貴女達なの」
 目の当たりにした氷璃の瞳に、僅か懐かしむ様な郷愁の色が過ぎる。
 彼女の側へも抜けて来た業火の屍人は、何所か彼女と似た雰囲気を纏っていた。
 在る者は諦観であり、在る者は厭世である。在る者は絶望であり、在る者は――そう、憤怒である。
 だが見守る氷璃の眼差しは常ならず、彼女らは誰一人としてただ運命に屈しはしなかった。
 だから彼女は此処に居る、だから彼女はこの悪夢を祓わなくてはならない。
 魔陣が巡り四色の魔曲が奏でられる。魔力を紡ぐその視線こそ緩やかに、極寒の声音を響かせる。
「私の大切な姉妹達。その姿を模した罪は、重いわ」
 対岸、恵梨香が魔炎を放つ。煉獄を烈火で焼き尽くさんとする暴挙。ネメシスの熾火は潰えない。
「その怒りの火が消える時まで――アタシは戦う!」
 少女らが猛る。貴く、強く、尚気高く。紅蓮の灼光が赤い悪夢を、抉り取る。

 しかし、彼らの戦いは余りにも前のめりである。魂を燃やす様な一方通行。
 癒し手が居ない以上被害の拡大は免れない。グレイブディガーを振り下ろしたランディが膝を付く。
 燃え盛る死者を吹き飛ばす度に、篝火の様に残される煉獄が彼の体躯を等しく焼いて行く。
 心身を焦がし倒れるその前に、墓標の斧が突き刺さる。死ねない。まだ死ねない。こんな所で。
 勝ち続けなければ犠牲が出る。この地獄は何所まで燃え広がるだろう。
 幾度、何人、あの少女が死ぬだろう。犠牲者達が彼を手招きしている。だから、笑む。
 死ぬほど? いいや駄目だ。そんなもんじゃ駄目だ。自らの言葉に自ら被せる。
「俺は、死んでも負けられねえんだよ――!」
 運命は彼の呆れる程の意固地を見守り続ける。加護を削り、男は倒れない。
「退路は要らん、このまま押し切る!」
 それは同様に戦線を築く風斗もまた。限界を超える肉体の酷使。吐いた血反吐は赤く、赤く。
 苦痛と共に襲い来る恐慌、唯の子供である自分が顔を出す。
 迫って来る死人が恐い。両親が恐い。旧友が恐い。其を恐いと感じる自分への嫌悪感が意志を焼く。
 身体の痛みには慣れた筈だ、それなのに手が震える。愛剣を、デュランダルを取り落とす。
「いや……だ、嫌だ! 嫌だ!!」
 漏れた言葉は、抱いてしまった感情の発露。犠牲者の憤怒は生き残った少年には重過ぎる。
「お前らのようには絶対にならん! 消えろ、悪夢の残滓!!」
 拾い上げた剣を握る。祝福を噛み潰し狂乱寸前の思考を嚥下する。

 死にたく無い――その一心で彼は恐怖を踏破する。
 懐かしい影を、思い出の残響を、夢の欠片を斬り捨てて、少年は鏡写しの地獄を駆ける。

●以って灰燼に帰す-Burn Down The Grudge-
 焼かれた酸素がその意義を無くす。人は呼吸をして生きる物なのだと実感として悟る。
 けれど彼にだけはそんな事情は関係無かった。運命を従えその寵愛を噛み締めて。
 立ち続けた鷹の眼の少年が膝を折る。薄れた視界に見えるのは、愛しいその人の幻。
 声が聞こえる。周囲は赤い世界。誰の声かも分からない。けれどウルザはそれを、そうだと信じた。
「――大好きだよ」
 きっと夢が醒めたら落胆するのだろう。そんな確信をしながらも。
 仲間の勝利を信じ少年は眼を閉じる。もう指一本、動かせない。抱く炎は何所か暖かく。
「ああっもうこれだから餓鬼は嫌なのよ!」
 杏の側へ雪崩れ込んできた煉獄の屍に、叫んだ声が届かなかったのは幸か不幸か。
 取り出した酸素ボンベを口元に当てる。しかしこれは諸刃の剣である。
 熱波の直撃を受ければ酸素等と言うのは途端に燃料に変わる。自身も炎を扱うが故に杏には分かる。
 此処は護るところじゃない。攻める所だ。そして何より――
「あれだけやられて負けましたたじゃ、アタシがあんまりにも格好悪いじゃない」
 口元を歪ませ対峙する。迫る赤い悪夢の残滓に、電撃の姫は決して退かない。
 幾度焼かれ、幾度焦がされようと演奏は止まない。運命すらが其を認めたのだから。

「俺が得た力はこういう時の為にあるんだろうね」
 囮が墜ち、前衛もまた瓦解寸前。けれどその激戦の結果は明らかである。
 狂える火勢が落ちている。空気の熱こそ増しているも、遠目に見ている喜平には明らかだ。
 元々一般人上がりの彼に、死線飛び交う戦場何て物は無縁の代物。
 彼は決して特別ではない。全てを救いどんな危険にも敢然と挑む英雄等では決して無い。
 けれどだからこそ。
「唯の人間と侮るか。ならばその身を以て知れ、それは過ちだと」
 愛銃を構え、非情なまでにストイックに龍治は銃口を向ける。其は正に精密機械の如く。
 煉獄とは死者の群、故に生者を憎む。至極当然の摂理。
 被害者が加害者に化ける等、古今東西枚挙に暇が無い。であれば男は躊躇わない。
 彼は護る為に殺すと決めた者だ。何もかもを護れないから、彼は其処にボーダーラインを引いた。
 けれどそう――だからこそ。
「遅過ぎたかも知れないが」「此処がお前達の終点だ」
 前衛を突破した灼熱の渦が迫り来る。貪欲な炎に包まれて、けれどその目は逸らさない。
 迷う男と定めた男、何れも退かない。何れも躊躇わない。全身を焼かれて尚銃口は揺るがない。
 奇しくも二挺の銃が憤怒の中央へと射線を通した。
「……遅れて悪いね……『助けに』、来た」
 
 その言葉を、きっと、ずっと、待っていた。

「何だ――あれ」
 それに最初に気付いたのは、最前線に立つ風斗だった。赤い赤い大地、煉獄の中央。
 徐々に勢いを失って来た火焔の獄中に在って一際煌々と燃える紅い炎。朱い影。
 揺れる髪はあたかも幼い少女の様。其は他の幻影より遥かに実像としての存在感を以って在り。
「あれが、核か」
 暴欲と称される罪と対した経験からランディが直感する。だが彼我の距離は余りに遠い。
 間を阻むは憤怒の情炎。無数の死を見てきた彼にはそのどれもに見覚えが在る。
 その手で殺した者が居て、救えなかった者が居た。誰もが彼へ呪詛を投げる。何故お前は其処に居る。
 踏破出来るのか、この悪夢の坩堝を。今にも命を削り取られそうな焼き果てた体躯で。
 一瞬の逡巡。その両者の間を――四色の魔奏が、真紅の猛火が奔り抜ける。
「さっさと行きなさい、迷う時間は無いわ」
「全ての障害は排除します。この哀しいだけの妄執に、終わりを」
 氷の魔女と熾火の娘が道を繋ぐ。其は偶然か、其は幸運か。問うならば否。
「行くぞ風斗、死ぬ気で付いて来い!」
「――――応!!」

 血染めの修羅が灼熱を辿る。赤光の暴風が駆け抜ける。一歩踏む度に死が近付く。
 大気は既に焔、呼吸など当に意味を持たない。視界を覆い尽くすは血と熱と命と憎悪の死期彩。
 世界全てが悪意に染まる。存在を許さぬと怒りに狂う。胎児を殺そうと突き刺し抉る。
 浄罪の火が運命を喰らう。噛み引き千切り奪い尽くす。プロメテウスの原罪。其は暴力の象徴であり。
「ぶ ち ぬ け ええええええええ――!」
 雷の女帝が恥も外聞も無く枯れた声で尚叫ぶ。尽きた魔力を手繰り炎を炎で相殺する。
 その声に、失った意識を引き戻される。指一本すら動かせないと言っているのに――全く。
 甘い幻想にすら生き、足掻きたくなる。鷹の眼が紡ぐ一条の気糸。貫いたのは最後の炎壁。
「これで最期だ――兄弟よ!!」
 穿つ赤光は二条。振り抜いた墓標の戦斧が頭を絶ち。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!!」
 少年の焼刃が憤怒を貫く。もっと、もっとだ、柄まで届けと。

 ――音が聞こえた

 ――――パキ、と。赤い地獄が罅割れる

 ――――――パキリ、パキリと。赤い赤い悪夢が砕けて行く

 ――――――――カシャンと。其はまるで硝子が砕ける様に

 ――――――――――――――――嗚呼、貴方達を待っていた

 悪夢の終わりは突然に。砕けた赤が大気に溶ける。
「――さようなら、母さん」
 風が吹く。憤怒の先に空が見えた。眼を焼く様な――赤い、赤い、夕暮れの、赤。

●夢の終わりに餞を-After Before Memorys-
 その欠片に手を触れた。

 視界が暗転する。知覚が反転する。世界が逆転する。裏返る。
 赤い世界に黒い巨躯。其は序曲の夢。砕けた世界の境界線。失墜のナイトメア。
 数え切れない程死んだ。計り切れない程殺された。けれどその最初の一人を殺したのは人間だった。
 転んだ少女を狂乱した人々が踏んで行った。誰も助けてはくれなかった。誰も救ってはくれなかった。
 訳も分からないまま世界は地獄へ転じた。悪夢など必要無かった。彼女は世界その物を憎んだ。
 憎んだまま喰われて逝った。呑み込まれ、蝕まれ、まず十度殺された。
 百度も掻き混ぜられ、千度も磨り潰され、万度も創り変えられ、億度も陵辱され続け、放り出された。

 ――運命は彼女に微笑まなかった。
 
 けれど、もしも彼女に運命が味方していたならば。
 仮定は無意味だとして、その無意味な仮定を為した者が居たとしたら。
 悪夢に呑まれ造り換えられて尚、祝福を得た者が居たとしたら。それは――
 取り替えられた子供。魂の双生児。合わせ鏡の少女は何も語らず静かに微笑む。
 壊れ行く地獄のその終わり。揺らめく蜃気楼に溶け逝く欠片。
 片目から流れる水滴を焼き尽くす炎は、もう、無い。

 墓標の斧を突き立てたまま、静かに滲む黄昏の――赤。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
ハードシナリオ『【七罪】憤怒≒煉獄』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

蛇足は申しません。見事なプレイングでした。
癒し手が無く、限られた手札の中で死力を尽くして頂けた事、冥利に尽きます。
その熱意に報いられる様、私も全力でお返しさせて頂いた心算です。
MVPは個人の尽力で全滅を阻んだと言う意味でウルザ・イースさんに贈らせて頂きます。

これにてシリーズ【七罪】は一応の完結を迎えます。
これまでの参加して頂けた皆様に心より感謝を、また別のお話でお逢い致しましょう。




でも、もうちょっとだけ続くんじゃ