●Second 多分、そのうめき声は誰かの名前だった。 男は身体を傾がせ空を仰ぎ見たまま立ち上がった。 最早彼は普通ではない。痛覚は正しく機能しない。 だからまだ赤く色づく体内を吹きさらしにしようが彼の歩みは淀まない。 待っているのだと、僅かに残った記憶が促すまま彼は行く――誰がとも、何がとも解らずに。 「ごめんな、はるか、ほんとうにごめんな、ゆるしてくれ」 溢れる呻きが言葉を成していようと、それは反芻のようなもので当人には認識されない。 「ほら、もういちどおとうさんとつくろう、そしてそしそしてそ」 「おかあさんに」 軋ます音の中に、感情は、ない。 ●And so the song flows 「先に言っておくよ。皆が現場にたどり着く頃には『彼』はもうとっくに死んでるし、助けられない。 だから事態はとってもシンプルだよ。 『彼』が一般人を傷つける前に葬ってあげて欲しい、ただそれだけ」 そう告げる『歯車』浅葱・志延(nBNE000210)の声は普段と変わらない。 これまた普段通りに端末に手をやり、表示させるのは今回の相手と舞台となる町の地図。 「そういうわけで皆に頼みたいのはエリューション4体の討伐。E・アンデッドを中心に、人魂の形をしたE・フォースが3体いるよ。 彼らは山の中腹、事故現場からまっすぐ街中に向かい、繁華街の裏通りを通って住宅地の端にあるアパートに向かう。 歩みは決して早くない。急げば山の麓に到達するよりも先に接触できると思う」 画像を切り替え、 「そうそう、彼らは4体だけど1体のようなものなんだ、それなりに連携プレイをしてくるから気をつけて。 弱れば集中攻撃、くらいは普通にするよ」 淡々と説明を重ね、 「このエリューション達、目覚めたばかりにしてはフェーズがもう2だ……進行が妙に早いんだよね、個体差かな? ここまで早いと今回倒しそこねれば次にあうときはフェーズ3以上の可能性も大いにあると思うんだ。必ず倒して欲しい」 よろしくねと告げ、表示していた情報のコピーを配布する。 「……『それだけ』ですか?」 そんな志延の様子をずっと眺めていたリベリスタが尋ねて初めて、彼は動きを止めて深い息を吐いた。 「『それだけ』だよ。作戦をたてるのに必要だと思う情報はね」 一度躊躇うように視線を巡らせてから、端末の電源を落として瞼を閉じる。 「だから今から口にするのはプラスアルファ。BGMにすぎないから変に流されないでね」 さすれば奏でられる――それは不幸な物語。 男の名前は小瀬・博信。しがない会社員であり、妻の『智恵』と娘の『春香』がいる。 ただし妻は難病で入院中、博信もその入院費を賄うために遅くまで働いており娘は一人でいることが多い。 当日は久々の仕事休みだったから博信と娘はお見舞いにでかける――筈、だった。 娘が母にあげる予定で作った小さな置物を、博信が手を滑らせて落とし、壊してしまうまでは。 まだ彼女は小学生だ、自制も甘い。それに連日の寂しさの鬱憤も一緒に爆発してしまったのだろう。 博信に派手な罵倒を浴びせかけ、部屋に閉じこもってしまった。 博信はどうしようもなくて、せめてと思い手芸店に材料を買い直しにいき、 「そして事故にあった。」 カーブでもう一台と接触した博信の車は崖から転落した。 「彼はそのまま死亡、エリューションとして覚醒して、……あとは皆の知ってる通り。 皆が未来を変えれば娘や他の一般人は助かる。いや、この場合は違うのかな? むしろ『未来を元に戻す』って言ったほうがきっといいよね。 博信さんは亡くなったっていう、本来あるべきだった流れに戻るだけなんだ」 ●Be the Answer ――『誰が悪かったんだろう?』 誰かの零した問いが宙に浮いたままになっている。 「僕には答えはわからないよ」 早速話し合いを始めるリベリスタ達の様子をみつめながら、志延は二度目の吐息と共に呟いた。 「ただ、どうしようもなく『運』が悪かっただけで――きっと誰も悪くないと思いたいね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:忠臣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月22日(火)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Their Answers Within 時は夕刻。 次第に増える町の明かりを背に、剣を抜きながら『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511) は短く息を吐いた。 これから相まみえる相手についてフォーチュナから伝え聞いた情報を薄闇に浮かべて巡らせば、『誰が悪かったのか』と問うた声を思い出す。 ――『誰も悪くなかった』と彼女も思う。 『こう』ならなければリベリスタが関わることはなかっただろうから、彼女たちが今ここにいる事が厳密に幸か不幸かは解らない。 だが、確かに今ここにいて、状況が予見されたとおりである以上できる事はただ一つだ。 ふと我に返って見やれば、冷気に晒され白くなる吐息の向こう、木々の影ががぼんやりと明るくなっていた。 次第に強くなる光はエリューション・フォースのものだろう。 元より人気のない山の中、加えて仲間が巡らせた結界がある。一般人に目撃される心配はない。 だが早く事を成せるに越したことはないとリベリスタ達は事前に立てた作戦通りに動き始めた。 木々の合間に、空気を切る鋭い音と緊張が走ったのは、それから程なくしてだった。 圧倒的なスピードで、誰よりも早く切り込んだのは『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)だ。 自らの中にあるアクセルを踏む感覚で己の加速度を更に増し―――『踏みぬいて』間を空ける事ない、一閃。 鮮やかかつ圧倒的な初撃は、敵襲など想定していなかったであろうエリューション達を戸惑わせるには十分すぎた。 後ろは振り向かず、自らも顧みず、敵の陣形に真正面から突っ込んで『切り離す』。 背後では『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船 ルカ(BNE002998)とアゼル ランカード(BNE001806)、二人の癒し手がその回復力をより強力なものとするためにマナの循環力を高めているのを知っている。 この一撃を叩きこめば、すぐ後ろからリセリアや『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556) が追い打つために跳躍している瞬間なのを知っている。 『顧みる必要はないと知っているからこその迷いなき一手』。 「死にたくない、誰か助けて」 弱々しい声を発して震える人魂に、激突しかねない勢いで迫りながら、心の中で首をもたげかける何かに目を細めた。 誰も悪くない、と脳裏で反響する言葉に同意しながらも、『その先』を理解するからこその割り切れない思い。 ――『それでも人は自分に原因を求める』のだと彼は思う。 それはある種希望の裏返しかもしれない。 何かはっきりした原因があるなら『何かをどうにかできていた可能性』が生まれるからだ。 だが希望は結局現実ではないから、可能性は大きさの分だけ落差となって思い描く人を苛む。 この男性――小瀬博信の娘が自分を責め、生涯背負い続ける姿を、『同じ』凍夜はありありと思い浮かべられた。 だから、それを少しでも軽く、と願いを抱いて刃を振り下ろす。 直撃を受けた淡き炎が、軋んだ悲鳴と光をほとばしらせた。 「仲間は傷つけさせません!」 暫しの間とはいえ、強敵の足止めを一手に引き受ける事を引き受けた『不屈』神谷 要(BNE002861)の声がする。 視界の隅では闇に埋もれるが如き黒いローブが揺れる――『背任者』駒井・淳(BNE002912) も人魂の一つに無事に相対したようだった。 この分断戦では、分断そのものが楽にいった分、鍵となるのは『抑えがいかに持ちこたえるか』だ。 個々の努力と工夫も勿論必要ではあるが一番手っ取り早く確実なのは、『主力がなるべく早く目的を達すること』。 その為にも、と『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は拳を固く握った。 滑らすように足を後ろへ回し、追うように流す勢いで半身を引き絞る。 今、要が抑え込んでいるのだろう男は不幸だった。 彼を失うことになる少女と妻の未来もきっと不幸だ。 しかしこれ以上彼が進めば、待っているのは更に大きな不幸だ。 場合によっては他者さえ巻き込む、不幸と、悲しみと、理不尽の連鎖だ。 夏栖斗は、リベリスタは、『知っている』。 ――『だから、』と彼は思う。 ――『だから、』と彼らは思う。 「止める!」 夏栖斗が一喝と共に放った拳の衝撃を受け、人魂が内側から爆ぜて消えた。 戻らない。 『死にたくない』と嘆いた願いが、程度は違えど一つの意志の前に敗れ、真っ先に消滅したのだ。 阻まれ、残ったエリューションたちが苛立ったように一斉に吠えた。 ●One and All リベリスタたちの猛攻で一気に回復手を落としたものの、相手側もも黙ってされるがままの筈もない。 特に敵の一角を引き受けようとしていた淳の状態はままならないものになっていた。 低い攻撃力に助けられ傷を受けたとて大したものにはならないから、それだけ見れば苦戦とは言えない。 だが、『攻撃を引き付ける』という目的は式符の鴉を何度向かわせようと達成されないままだった。 異変を引き起こすにはただ当てるだけでは無意味だ。攻撃がしっかり通らなければ付与はされない。 仲間達が時間をかけることなく最優先対象の撃破に成功し駆けつけてきたのに助けられ、結果的に被害は少なかったものの――異変をおまけと考えず、目的そのものとするのであれば何かしら工夫が必要だったといえよう。 「回復は……足りている、みたいですね」 今主力が相手している人魂と、要が全力を持って抑えているアンデッド。 二つの戦場に視線を流してひとりごち、ルカは詠唱を攻撃用のものに変える。 彼の言うとおり、それより暫し、リベリスタ側の被害はほぼ常にカバーできる範囲以下にとどまっていた。 癒しの術を操りながら戦局を外縁から見渡し、必要時に注意喚起を促すに努めたアゼルや、分断に頼りきる事なく連携阻止を重視し自ら行動したセルマの判断があったからこそである。 連携をさせるならば、この場ではリベリスタ達のほうがずっと上手だ。 ――然程間を空けることもなく、暗き『絶望』も姿を消した。 しかし、二度目の勝利と初めての窮地はほぼ同時。 それまでの戦いの中で聞いたことのない異音に誰もが耳を奪われ、一瞬だけ目をそらす。 視線達の先で、今までずっと博信の攻撃を一手に引き受け続けていた要の身体が傾いていた。 要は常に博信に対しての壁として立ちふさがっていた。 身を守る術を重ね、攻撃は僅かな隙を縫っての反撃に止めて回避と防御に専念し続ける。 その戦法は十分効果を発揮し、殆どの受け流しに成功していたのだ。 『だからそんな彼女に攻撃が通る時があるとしたら、それは避けようもなく、防ぎようもなく重い一撃の時である』。 「っつ……!」 辛うじて悲鳴と嘔吐を飲み込み、振り払うような反撃を入れてから要はそのまま飛び退る。 折れそうになる膝に力を込めて倒れることだけは回避するも、衝撃の余韻と激痛で脂汗がどっと吹き出た。 何をされたのかとっさには理解できず、しかし『ただ潜りこまれて思い切り胴を殴られた結果』だと把握して冷や汗も混じらせる。 体力の抜きん出た彼女だったから立っていられたのかもしれない。他だったら、どうなっていただろうか。 だからこそ、まだ、と彼女は落としかけた剣を握り直す。 いつトドメがきてもおかしくない、また身を守る事を選ばねば『間に合わない』。 まだ立っていられるのなら、己の責務を全うせねばならないと顔を上げ―― 目の前、拳を振りかぶる敵と要との間に、黒髪を揺らして少年が立ちはだかっているのを、みる。 それが誰なのかを把握するよりも先に、一陣の風。 背に受けると同時にふっと身体を苛む痛みが軽くなる。後方から、アゼルが治癒の魔法を飛ばしたのだ。 漸く咳き込むようにして呼吸をする。 呼吸を止めていたと、その時気づいた。 「まだです、ルカさん!」 「うん」 アゼルの声に小さく頷き、入れ替わるようにして、戦火の中にルカが飛び込んでくる。 風が、幾重にも重ねて吹く。 「此処までです。今の貴方では、娘さんの待つ家には帰れません」 その風の一つは、穏やかな声と微笑をもった女性の姿をしていた。 先程要が立てた音よりも数倍鈍く生々しい音で、セルマが膝を博信の肩口にめり込ませて地に『叩き落す』。 そして、起き上がりかけた身体に、対が如き斬撃。 「…壊れた物は元には戻らねえ。戻っちゃ、いけねえんだ」 「最悪の結末だけは起こさせはしません」 放った二人の剣士が、言葉をなげかけながら共に並び、構えた。 残った『謝罪の念』を開放し終えた仲間が合流を果たしたのだ。 一同揃い揃って同じ相手に武器を向けている。 それを見ていた要の背を押すように、最後の癒しの風が吹く――今度はしっかりと、剣と盾を握った。 並び、囲み、前へ、前へ。 いくら相手の攻撃力が高かろうと、全ての火力や技巧を集中し、またお互いフォローし合うリベリスタたちに負ける要素は最早無い。 抗い、言葉にならない言葉で喚き、力を振り回し続けた『死体』は一時の抵抗のあと、ついに崩れ落ちた。 「最後に何か……誰かに、伝えたい事はありませんか」 伏した男に、終始向き合い続けた少女が問う。 しかし男の虚ろな瞳も唇も、彼女に意識を向けはしない。 エリューションとして蘇った時点で、もう思考回路など焼き切れていたのかも知れなかった。 「はる……かはるかおかあさんにおとうさんと」 次第に空白の多くなる声で、それでもこびりついた名前を呼び、謝罪を重ね、 「さんにんで」 それが、博信の最後の言葉になった。 ●"Ordinary Misfortune" 「あれ、何処にいってたんです?」 「うん、ちょっとな、探し物」 戦いは終わり、夕暮れは夜へと姿を変える。 静けさを取り戻した山中、ふらりと何処かへ消えた夏栖斗がその手に持って返ってきたのは小さな買い物袋だった。 中には博信が買ってきたのだろう手芸用品と、子供用のお菓子が数点入っている。 場合によっては彼の買おうとしたものを自ら買い揃えるつもりだったアゼルは、僅かに安堵してそれを眺めた。 「これぐらいしか……これ以外、何も無かったけど」 「……着の身着のまま、だったんですかね」 それでも――地面に転がった所為で汚れていたし、高価なものは一つもなかったけれど、それは確かに博信が娘に渡したかった大切なものだ。 呟き続けていた言葉が、込められた思いに違いない。せめてそれだけは届けようとリベリスタ達は決めた。 それは彼らに残された、数少ない『できること』の一つ。 流石に事故現場まで『片付けて』帰るには色々なものが不足しすぎていたし、アークとして処理できる『怪異』はもうない。 『本来の世界の流れの通り』、事故は発見されるだろう。『何かがあった事』は必ず、きっと明日にでも家族に伝わる。 遺品を郵送する事に決めた時点で、何かがあった時に第三者がいた事も解ってしまうかもしれない。 何かが、誰かが疑われることになる。 けれど、『真実』に辿り着くまでの時間は少しでも稼げたほうが良いとした凍夜に、意を唱えるものは誰もいなかった。 場合によってはもって数日だろうか。逆に言えば、上手くいきさえすれば行方不明のままだ。 その可能性にかけて、凍夜は遺体を埋葬する。 「ごめんな。できればアンタの娘が大人になるまで、もう少しだけ、待っててくれよ」 きっと帰りたかっただろう博信の、今や穏やかな顔に、花の代わりにそれだけ手向けて土をかぶせる。 小さな祈りの言葉と意識が、背後から時折混じり、ともに埋もれた。 ――彼らが関われるのはそこまでだった。 すべてが終わって仲間たちが徐々に帰路へとつき始める中、リセリアは一人吐息の弧を描きつつ振り返る。 そこにはリベリスタ達が背負い、小瀬博信という一人の父親が戻れなかった場所があった。 欠片を失いつつもまるで微動だにせず――普段通りの夜を迎える町が妙に眩しくて、剣をしまう仕草で目をそらした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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