其れはすでに役目を終えているはずだった。 地面に身体を横たえ。 欠けた我が身を探すことも許されず。 そのまま朽ちていくはずだった。 しかし其れは立ち上がった。 自ら命の火を灯し。 愛しき主人の身を重ね。 道なき道を走り出す。 其れに宿るはただ一つの感情。 ――復讐スルハ我ニアリ。 「復讐――それがこのエリューションの行動原理ね」 正面のモニタに敵の詳細なデータが映し出される。 外見は一般的なアメリカンタイプのバイクである。ヘッドライトが割れ、ボディの塗装が剥がれ、マフラーがへこみ、スタンドがへし折れているなど、見るも無残な状態であった。 だが集まったリスベスタたちが注目したのはバイクそのものではなかった。バイクの上に乗っている、人型に寄り集まった機械部品の数々に目を奪われていた。頭の部分にはご丁寧にヘルメットが被せられ、右手には重量級の鈍器が握られている。 「敵はエリューションゴーレム。フェーズ2の戦士級。知性は感じられないわね。行動原理に沿って行動する、まさに機械的な相手よ。行動するのは夜中だけど、壊れたヘッドライトが点きっぱなしになってるから見失う心配はまずないわ」 そこまで説明して、ようやく真白イヴは集まった面々に向き直る。 「攻撃方法は単純。バイクによる突進と、人型による鈍器での殴打。特殊な攻撃は持ってないみたい。純粋にスピードとパワーで攻めてくるタイプよ。ただ一つだけ。停止状態からの急発進。力を溜めたこの一撃は一発で重傷になりかねない破壊力を秘めてるわ。この攻撃そのものは直線的だから、発動のタイミングを見定められれば回避するのはそれほど難しくないはず。攻撃の前に行われる、大きく二度アクセルを回す音。これを絶対に聞き逃さないで」 一通りの説明を終えたイヴは気をつけてねとリスベスタたちを送り出す。一人、また一人とブリーフィングルームを出て行く中、残った数人がイヴに疑問を投げかけた。 「……任務に関係の無いことだから、あえて話さなかったんだけど」 リスベスタたちから背を向け、操作端末の前で頬杖をつく。わずかに持ち上がった瞳は何処か遠くを見ているかのようだった。 「復讐の相手は事故を起こしたトラックの運転手。バイクの持ち主は夜の山道を走行中にトラックと接触して谷底に落ち、そこで命を失ったの。相手は警察に連絡もせずに逃げたまま。遺族は失踪届けを出して彼の行方を捜してるわ」 イヴが予測したとおり、リスベスタたちの怒りの一部がエリューションではなく運転手に向いた。心情的には理解できなくも無いが、人の罪は人の法で裁くべきである。復讐などという行為を、エリューションによる殺害を肯定する理由にはなりえない。 「この件が片付いたら、彼の遺体のある場所を警察に知らせるわ。大丈夫。日本の警察は優秀だから、必ず犯人を捕まえてくれる。私たちは私たちのやるべきことをやろう?」 言葉と共に振り返ったイヴの小さなほほ笑みに答え、今度こそリスベスタたちは事件解決のために動き出した。 ![]() |
■シナリオの詳細■ | ||||||||||||||||||
■ストーリーテラー:霧ヶ峰 | ||||||||||||||||||
■難易度:NORMAL | ■シナリオタイプ:通常 | ■シナリオ納品日:2011年2月8日 | ||||||||||||||||
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■参加人数8人 | ||||||||||||||||||
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■プレイング | ||||||||||||||||||
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■リプレイ | ||||||||||||||||||
●無垢なる進撃 草木も眠る午前二時。人里離れた深夜の公道を一台のバイクが驀進していた。 ボディ全体が痛々しく傷ついたアメリカンタイプのバイクは割れたヘッドライトを煌々と照らし、背中に乗せた主人を目的地へと運んでいる。ガラクタの寄り集まったジャンクライダーは右手と一体化した金槌を地面に触れさせ、周囲に火花を飛び散らせた。それは祭りを盛り上げる花火のようだった。 ヘッドライトに照らされて道路の中心に人の姿が浮かび上がる。エリューションとなったバイクは自らの意思で急ブレーキをかけ、騒音と共に停止した。 ジャンクライダーが右手の金槌を横に払う。道を空けろとのジェスチャーに人影は微動だにしない。 痺れを切らしたエリューションはヘッドライトをハイビームに切り替える。立ちはだかる障害物に対し、大きくエンジンを吹かして威嚇を行った。 「ずいぶんと威勢がいいのぅ。だが、このわらわを捕らえられるかの」 二度目のエンジン音が鳴り響く。『有翼の暗殺者』アルカナ・ネーティア(BNE001393)は咥えていたポッキーを一かじりして飛び上がる。エリューションが急発進したのはその直後だった。 それが合図となって他のリスベスタたちが左右に散開する。最後列の二人を追い越したところで大きくターンし、最も間近にいる『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)に狙いを定めた。 前衛と中衛が即座に走り出すが、間に合わない。悠月が回避行動を取る中、冷静に弓を引いたのは早瀬 直樹(BNE000116)だった。 小さなコインをも正確に貫く一撃が前輪に突き刺さる。わずかにタイヤの向きが逸れたことで攻撃の軌道が変わり、ジャンクライダーの金槌は空を切った。 「よし。実践でも、やれる」 気が付くと止まっていた呼吸を整え、悠月に目配せする。 「確かに。直撃を受けたらただでは済みませんね」 悠月も視線を返し、膝を払って立ち上がった。 ガードレール際で方向転換したエリューションは時間を空けずにタイヤを走らせる。『悪夢の忘れ物』ランディ・益母(BNE001403)と『インフィ二ティビート』桔梗・エルム・十文字(BNE001542)がその前に立ちはだかった。 「わたしの義手が、キミを砕く」 「合わせてやる。行くぜ!」 左からランディ。右から桔梗。全身の力を乗せた二本のグレートソードが左右のミラーを目印にして叩き込まれた。 耳を劈くようなゴムの音を響かせながら車体が背後に押しやられる。ジャンクライダーが金槌をアスファルトに押し付けることで勢いを殺し、ガードレールへの衝突を回避した。 「その足、止められるかどうか――いきます!」 悠月を中心にいくつもの魔方陣が浮かび上がる。ゴルフボールほどの魔力弾が飛び出し、体勢を持ち直す前の前輪に命中した。しかしエリューションはわずかに身をよろけさせただけで、すぐにジャンクライダーの後押しを受けて走り出した。 「そら、お前の相手はこっちだ」 悠月の攻撃に紛れて近づいていた『IT系人類ネコ科ライオン属』英 正宗(BNE000423)が側面からジャンクライダーを斬り付ける。ブロードソードに引っ張られて胴体部分から錆びた鎖が抜け出し、バイクのボディに垂れ下がった。 「思ったほど手ごたえはないな。本体はあくまでバイクのほうか」 鎖を体内に戻したジャンクライダーはヘルメットの前面を正宗に向ける。防御の構えを取る正宗をあざ笑うようにその周囲を一回りし、背面に金槌を振り下ろした。 咄嗟にシールドを突き出して受け止める。衝撃を殺し切ることができずにシールドが弾き飛ばされた。追撃はランディと桔梗が阻止に入ったことで免れた。 再び吹き飛ばされたエリューションの真上にアルカナが位置取る。暗闇を利用してブラックコードを伸ばし、バイクの後輪を縛り付けた。 「ぬしら、今がチャンス――のわっ!」 絡めたコードごと身体を引っ張られ、慌てて手を離す。細いコードではバイクを拘束するまでには至らず、タイヤの回転によって外れてしまった。 「こいつが執念の力か。だがまだだ。もっと魅せてみな。未練も後悔もなにもかもブッ飛んじまうくらいになぁ!」 ランディが渾身の一撃をタイヤに叩き込む。直前に前輪を浮かせたエリューションは後輪を軸に一回転し、前足を高々と上げた馬のような格好で元の向きに戻った。 その体勢からジャンクライダーの金槌が繰り出される。標的となった桔梗は義手を胸に当てて攻撃を受け止めた。 直撃の瞬間は表情を歪めたものの、顔を上げた時には何事もなかったかのように無表情を保っていた。 「効いてないね。この程度なんだ?」 伸びたままになっているジャンクライダーの腕に正宗がブロードソードを突き刺す。いくつかのガラクタが散らばると、エリューションはタイヤを地に着けて後退した。 「ヒャッハァー! 仏サマの偉大な力を見せてやるぜェ!」 クロスを構えた『癒し系?で僧職系なモヒカン』大道 仁義(BNE000616)の祈りに答えるようにして桔梗を目掛けて風が吹き抜ける。髪が揺れたかと思うと、金槌による傷が瞬時に癒えた。 「仏サマの加護があるとはいえよォ、あんま無茶すんじゃねぇぜェ」 「心配には及ばない。わたしは唯一無二の壁。だれもわたしを砕けない」 「粋な奴も居たもんだねぇ。だがヤベェと思ったらすぐに下がれよ。怪我人を庇いながら戦えるほど余裕にある奴はいねぇんだからよ」 四人が同調してエリューションに詰め寄って行く。アルカナが攻撃を引き付け、ランディと桔梗がバイクを狙う中、正宗が相手にしたのはあくまでジャンクライダーだった。 正宗の刃が頭部に命中する。自身へのダメージには鈍感なエリューションも、背に乗せた主人の人形には敏感で、身を翻してリスベスタたちから距離を置いた。 「こいつが傷つけばバイクは庇う動きを見せる。俺の狙いはやっぱりこっちだ」 戦線離脱を許さず四人でバイクを取り囲む。徐々に激しくなる攻防を冷静に見つめる視線があった。 「直樹で一、悠月で二、それにランディで三か。あれだけ攻撃を重ねてもほぼ無傷。さすがにタイヤというわかりやすい弱点は対応済みか」 『ウィクトーリア』老神・綾香(BNE000022)の目が敵の分析を進める。タイヤ以外の弱点を探るため、戦いの合間を縫ってアルカナに近づいた。 「確か明かりを持っていたな。あいつの車体を照らせるか」 「どうかのぅ。試してはみるが、あまり期待は出来んぞ」 仲間たちに声をかけて懐中電灯を点ける。ヘッドライトの部分以外は輪郭しか見えないバイクの全体像があらわになった。 照らされた時間は一瞬だったが、その中で綾香は傷ついたボディに着目した。 「もう一つ頼む。私が接近する隙をつくってくれ」 「そういうことならお安い御用じゃ。いくら素早くとも逃げに回ったわらわは捕らえられん」 フライエンジェの羽を羽ばたかせてエリューションの背後に浮かび上がる。振り上げた金槌ごとジャンクライダーを絡め取り、コードを引っ張った。拘束するまでには至らなかったが、アルカナに注意を引き付けるには充分だった。 隙を見せたエリューションに綾香が急接近し、目をつけた箇所をパワースタッフで殴り付ける。ボディの一部が欠けたかと思うと、車体が大きく傾いた。 ジャンクライダーが自らの右足を犠牲にして体勢を持ち直す。確かな手ごたえを感じた綾香は小さく笑いながら直樹と悠月の居る後衛まで下がった。 「奴のボディ、見えるか」 「大体の位置は把握出来ます。そこが弱点なのですか」 「事故の時に損傷したのかもしれませんね。なるほど。あの機動力も夜の闇も弱点を隠す為のロジックか」 目を凝らしてヘッドライトの光を追う。確実に当てられる位置で弓を引き、脆くなったボディを打ち抜いた。 タイヤが取られたかのように重量級の車体が左右に揺れる。ジャンクライダーの操縦によって転倒は防がれたものの、他のリスベスタたちに弱点を知らしめることには成功した。 「当たりですね。このまま狙い撃ちます」 「手数よりも箇所が重要のようですね。どれだけ当てられるかはわかりませんが」 二人が構えると同時にエリューションは爆音を響かせ、一気に後衛との距離を詰める。スピードを乗せた突撃に唯一対応出来た仁義は加速するバイクの前に身を滑り込ませた。 モヒカン頭がバイクの直撃を受けて宙を舞う。ヒャッハァーと叫びながら血を吐く仁義は衝突した場所から二メートルほど離れた地点に落下し、アスファルトの人型のへこみをつくった。 「ク、ククッ……この長く伸ばしたモヒカンがクッションになって助かったぜェ」 普通の人間と比べて明らかに面積の少ない頭を撫でながら仁義がぼやく。自分で怪我の治療はしたものの、戦闘に復帰することまでは望めなかった。 仁義によって勢いを殺されたエリューションに直樹の弓と悠月の魔力弾が放たれる。後衛からの攻撃を避けることが出来ず、ボディの片面が剥がれ落ちた。 「絶好のチャンス。絶対に逃がさない」 メタルフレーム特有の無限機関によってまで余力を残している桔梗がむき出しになった内部に斬り掛かる。寸前でジャンクライダーによるカットが入るが、弾かれた金槌がそのままボディを強打した。 接続部が砕け、プラグコードが本体から外れる。エリューションは悲鳴にも似たクラクションを鳴らしながらUターンし、その場から逃れた。 不規則な振動を起こしたバイクはリスベスタたちと真正面から向き合う。ジャンクライダーが金槌でアスファルトを打つのに合わせ、アクセルを二度回した。ランディがそれに答えるように対峙する。 「最後の執念か――来い!」 エリューションが失踪する。ランディが武器を振り上げる。二つの点が一つに交わり、反発するように離れ離れになった。 ガードレールまで吹き飛ばされたランディは座り込んだまま自分の胸を押さえる。もはや身体を動かすこともできない。生きているのが不思議なほどの痛みが全身を駆け巡っていた。 「つぅ……効いたぜテメェ。だがテメェも効いたはずだ」 視線の向こうではアメリカンバイクが横転していた。エリューションが力を失ったことで身体の維持が難しくなったジャンクライダーは、自らの身を削られながらも必死にバイクを起こそうと奮闘していた。 「悪いが、それはさせられんのぅ」 舞い降りたアルカナが両輪にコードを通してバイクを縛り付ける。 無防備な身体に振り上げられた金槌を、正宗が腕の付け根から切り落とした。 「お前の無念は俺たちが晴らす。だから、これで眠ってくれ!」 ブロードソードを両手で握り締め、ジャンクライダーの頭部から叩き付ける。重なり合ったガラクタが四散し、人としての姿を失った。 同時にバイクのエンジン音が止まる。ヘッドライトが消えたことが戦いの終焉を物語っていた。 「ヒャッ、ハァー。迷わず成仏するんだぜェ。仏説摩訶般若波羅蜜多心経、行くぜェ」 仰向けに倒れながら唱えられるお経を聞きながら、リスベスタたちはそれぞれにバイクとライダーの冥福を祈った。 |
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■シナリオの結果 | ||||||||||||||||||
結果:成功 重傷:なし 死亡:なし |
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■あとがき | ||||||||||||||||||
なし |
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■プレイング評価 | ||||||||||||||||||
今回のエリューションが事故によって損傷したバイクであるという点を上手く突いたプレイングでした。『アデプトアクション』による弱点看破と『ピンポイント』による狙い撃ちでエリューションの撃破に大きく貢献しています。全体的に隙のないプレイングに仕上がっている思います。 |