三高平の街を臨む海岸。穏やかな夜の海は風もなく、うち寄せる波が僅かに水の音をたてている。遠くに三高平港の灯りがぼんやりと映る。空気澄んだ冬の空には満天の星が宝石の様に散りばめられ、ほんのりと白く天の川さえ見える。 けれど異変はもう始まっていた。あり得ない程急速に周囲の温度が低下していたのだ。けれど、立ち寄る者さえない真夜中の海岸でその異変を感知する者はいない。 パシャっと軽い水音がして小さな魚が跳ねた。それを契機に音をたてて海が凍る。凍結する海水がドンドン周囲に広がっていく。真円の形に青白く凍り付いた海面は妖しくまたたく冷たい炎に煌々と照らされていた。 将門伸暁(まさかど・のぶあき)は夜の間にだけ起こる局地的な海面凍結現象をエリューションエレメントが原因だと告げた。 「今のところ現象は真夜中だけなんだが、やっぱりエリューションが関わってるだけあってちょっとずつ現象が拡大してきてやがる。時間的にも範囲的にもな」 フェーズは2だが、いい加減この辺りで手を打っておかないとならない。放置すれば大規模な異常に発展してしまうだろう。 「深夜2時、海岸にいれば海が凍る。凍った海面を歩いていけば中心にエリューションエレメントが存在するからぶっ潰す。簡単だろう?」 伸暁は歌でも唄うかのように気軽に言う。言うや易しというやつだ。 「現象から想像出来る事だが、エリューションエレメントは氷や氷結、低温、分子間の振動運動の低下を司る。北極星の様にでかくて綺麗な見た目に騙されて、油断するとカチンコチンに凍らされてthe endだぜ」 伸暁は笑う。逆に高温や衝撃にはもろいという弱点もある。そこを衝けば勝機を見いだせる筈だ。 立ち去りかけた伸暁が足を止めて振り返り、 「あ、言い忘れていたがエリューションエレメントが消滅すると徐々に海面温度が上昇する。真冬の海で溺れたくなかったら氷が溶ける前に岸に戻ってくる事だな」 と、言って笑った。 ![]() |
■シナリオの詳細■ | ||||||||||||||||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||||||||||||||||
■難易度:NORMAL | ■シナリオタイプ:通常 | ■シナリオ納品日:2011年2月8日 | ||||||||||||||||
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■参加人数8人 | ||||||||||||||||||
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■プレイング | ||||||||||||||||||
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■リプレイ | ||||||||||||||||||
●凍てつく世界 今夜も美しい星達が暗い夜空に無数のダイヤモンドの様に輝きを放っていた。幸いにも風はなく波の音もごく僅かで静かな夜だ。 けれどこれがかりそめの平和である事は疑いようもない。事実、午前2時にはまだ猶予があるというのに、周囲の温度は急速に低下してきている。 こんな真夜中、極寒の海辺には不思議な事に幾人かの人影があった。 「夜の間だけ凍る海面か。まだ見てないけど、きっとこれはこれで綺麗な光景やと思う。けど、あんま寒いの、俺好きやないんよ。はよ、元通りにしてしまおうか」 長身を丸めるようにして小さく足踏みをしながら『ラプター』壬生 匡隆(BNE000295)は言う。 「今日もいつもの位置に北極星。ん、星はいいわねっと」 さすがに今夜の『風のように』雁行 風香(BNE000451)は普段よりも1枚余計にジャケットを羽織っている。それでも風香の服装は寒そうに見えるが反面動きやすそうな格好でもある。 「本当は皆さんの活躍を高みの見物……いえいえ、なんでもありません。私のモットーは清く『自分に』正しくですから、細かい事はどうでもいいんです」 人畜無害そうな微笑みを浮かべながら、『疾風少女』風歌院 文音(BNE000683) は割とギリギリなトークをかます。 両耳から流れる音楽が身体をひたひたと満たしていく。音に感応し音に埋め尽くされ音に支配され感情さえも変わっていく。今、『百に一、足りぬ愚者』九十九 白(BNE000625)の身体は煌々と冴え渡る月の光に照らされていた。怜悧で無慈悲な月の様に表情のない顔でレイピアの手入れをしている。 「流石に真冬の、しかも真夜中の海はエリューションが出なくても寒いな。戦ってりゃ少しはあったかくなるか……」 『灼焉の紅嵐』神狩 煌(BNE001300) はぶっきらぼうな口調で言った。素肌を晒している脚はとても寒そうだが、口で言うほど難儀している風でもない。 「エリューションの阿呆! 冬の海の阿呆ぅ! 将門ちゃんのどあほー!!」 煌よりは海に向かって盛大にわめき散らす『唄歌いのマイゼル』ユーレティッド・ユール・レイビット(BNE000749)の方がよほど寒さが応えている様だ。防寒対策は完璧だが、頬は真っ白で唇は夜目にもうす紫色に見える。 少し離れた場所で煙草に火をつけながら『黒腕』付喪 モノマ(BNE001658)もぶつぶつとつぶやいていた。 「さみぃな……もっと厚着してくりゃよかったかねぇ……」 ぼんやりと辺りを見ているようでいて、モノマはしっかりと目印になりそうな灯台は街の灯りを探している。 「万が一にも誰か普通の人が通りがかったら困るよね。待っている間に『結界』を使っておこうか」 穏やかな雰囲気を持つ『漆蒼の現』舞苑 立華(BNE000012)は印象通り、ゆったりとした口調で提案する。絶対不可視の領域とはならないが、この寒さにこの時間である。うろつく者などまず居ないはずだ。 ようやく皆が待ちわびた瞬間が来た。冴え渡る月光の下、再び海面はメリメリと軋むような音をたてて青白く凍り付き始めたのだ。氷の領域はすぐに拡大し、岸にうち寄せる波さえも時間が止まってしまったかのように動きを止める。 「それじゃあ行こうか。どんな敵がお出ましかしらね」 吹き渡る風の様に、真っ先に凍った海面へと足を踏み出したのは風香だった。続いて皆が最初はゆっくりと、氷の強度を確認し大胆に沖へと向かって歩き出す。 「しかし凍った海の上を歩くなんて不思議な感じだな♪」 心なしか煌は楽しそうで足取りも軽い。文音、国隆そしてユーレティッドの3人は勿論強度に不安のある氷の上を歩くことなく自前の翼で飛んでいる。 「何や変なのおったで。敵サンのおでましや」 上空から歩く者達へと照明係りとなっていたユーレティッドがその光を消し、ふわりと海面に足をつける。 氷結の中心はすぐにわかった。海面から2メートルぐらいの場所に大きな氷のオブジェの様な物体が浮かんでいたのだ。それは巨大なダイヤモンドの様にキラキラと光り輝きながら、淡く瞬く星くずの様な白い霧をまき散らしている。空気中の水蒸気が絶えず氷結しダイヤモンドダスト状になっているのだ。それが今回の元凶、エリューションエレメントだ。 「さて、開幕だね。油断せず行こ!」 立華は自分を包む森羅万象から根元的な『力』を借りる。その優しくも力強い『力』は少しずつ立華へと注ぎ続けられる。 「さぁて、いっちょ暴れてやるかっ!」 モノマだけが真っ直ぐに敵へと向かうことなく、別のルートをとって走る。 「あれが今回の敵ね……しっかり破壊させてもらうわよ」 風香は『ハイスピード』の力を使い全身の反応速度を高める。 「さあっ、はじめようか!! 否、おわらせてやるぜっ……だろ?」 音楽を切り替えた白は別人の様に仕草も口調も変わる。やはり初手に使うのは『ハイスピード』だ。 「凍らされちゃたまんねえから、その前に溶かしてやるぜ!」 煌が輝くエリューションエレメンタルへとと走る。燃えさかる炎のパンチが炸裂した。キーンと金属が打ち鳴らされた様な音がして、エリューションエレメンタルの表面が煌めきながらハラハラと砕けていく。 「ではではこれより戦いを始めましょう」 文音の足下に落ちた影の一部がぐにゃりと伸び上がり、意志を持つ影となって文音の力を増強する。 「この辺りなら敵サンの攻撃も届かへんやろ」 ユーレティッドは体内の魔力を活性化させ強力に循環させる。 「好きやないって嘘やった。俺、寒いのごっつう嫌いやった」 文句を言いつつも匡隆は手早く印を結び、仲間全体へと防御結界を展開する。 エリューションエレメンタルがギラギラと輝き、コンペイトウの様な身体の一部を変形させて氷の盾を作る。更に筒状の吹き出し口を作り、そこから氷混じりの強風が吹き付けられる。風と氷の刃を受けた者達の身体が凍えて『凍結』状態となってしまう。 「氷の盾ってロープレかよっ!! わるくはないぜっ」 白がせせら笑う。 冷たい炎を燃え上がらせている巨大なダイアモンドの様に、エリューションエレメンタルは輝きながら敵対する者達を排除しようとする。その行動に理性や知性はなく、どこか反射的な行動であった。それでもこの冷たい氷のつぶてが混じった極寒の強風はあなどれるものではない。風をモロに受けた部分は感覚が無くなるほどの痺れを感じ、ジンジンするような鈍い痛みと、自分のものではない様な身体に戦う動きが滞る。だが動けなくなるわけではない。 「逃がさない、食らいつけ!」 破壊的な黒いオーラが立華から立ち上る。それは真っ直ぐにぎらつくエリューションエレメンタルへと向かい、尖端部分を強打した。またキララと破片が風に散る。 「ぶちぬけぇぇぇぇ!!」 敵の側背へと回り込んだモノマには寒風のダメージはない。鋭い視線の先に巨大な敵の姿がある。走る勢いそのままに放った燃えさかる炎の拳が炸裂した。エリューションエレメンタルの表面にピシッと亀裂が走り音が響く。 「私のこの剣先、見極められるかしら?」 風香の幻影が翻弄するように敵の眼前に出現し、その背後から本物の風香が躍り出る。華麗なる技は華麗なる攻撃を生みレイピアの切っ先が亀裂の走るエリューションエレメンタルを深くえぐる。 「追いつけるか、俺の動きに!」 凍った海面の僅かな隆起を利用し、それを足場に高速で飛び回る白の攻撃はどこから来るのかわからない。横切る様に飛び着地した後から氷の破片が砂の様にサラサラと落ちていく。 「こんなむずがゆい攻撃程度じゃ俺の動きは止められない!」 言葉通りガントレットを装備した拳に燃える炎はいささかの衰えもない。その炎の力ごと煌は拳をいれる。 「そちらが私達に残虐非道なしもやけ攻撃をするというのですから、私も対抗手段をとらせていただきます」 文音の身体から糸が放たれる。自在に動く糸は巨大な氷の様なエリューションエレメンタルにからみつき、ギリギリと締め上げていく。ピシッピシッと亀裂の音が更に増える。 「見た目できつそうなんから回復していくけど、言うでくれたら優先的に癒してもかまへんよ……別料金がかかるかもしれへんけどな」 一瞬だけニヤリと笑ったユーレティッドは真顔に戻り言葉を紡ぐ。聖なる祈りが力となり、文音の赤黒く変色した両手の痛みが薄らいでいく。 「危ないなぁ。心臓まで冷えきってしまいそうや」 匡隆が放った癒しの符が煌の赤くなった足の痛みを癒してゆく。 攻撃に晒され原型から大きく崩れ始めたエリューションエレメンタルは明滅を繰り返す。弱点を突かれ弱ってきているのか。 「何か様子が変ですね」 「そこや! えっと匡隆ちゃんと立華ちゃんの足下注意や!」 文音が言い続けてユーレティッドが警告を発する。このために覚えた名前と顔だ。その次の瞬間、匡隆と立華の間ぐらいの海面がニョキッと上にせり出し見る間に太い円柱状にそびえ立つ。匡隆は飛び立ち立華は身を翻して難を逃れる。 「こんな攻撃、フライエンジェには効かへんなぁ」 「隙を衝く事はあっても逆はないよ」 空を飛ぶ匡隆と綺麗な着地を決めた立華が言う。攻撃をかわされてかエリューションエレメンタルの明滅は更に強く早く繰り返される。 「一気に倒してしまおう」 「こっちもぶちぬけぇぇぇぇ!!」 再び立華から黒いオーラが飛び、逆側からはモノマの燃える拳が激しく亀裂の走る場所へとパンチが炸裂し、拳の形に穴が穿たれる。 「煌く星空のような私の攻撃に耐えられるかしら?」 風香の流れるような連続攻撃がエリューションエレメンタルの下半分を粉々に砕いていく。 「レディファーストだ、おもいっきりぶちかませっ!!」 気持ちは高揚していても冷静沈着に思考する部分は確実に残っている。白は武器を止め、敵を仕留めるのを譲る。 「いい気持ちにさせてもらうぜ」 「ではでは」 煌の炎のパンチと文音の糸がほぼ同時に別々の方向からエリューションエレメンタルを攻撃する。炎に焼かれ糸に砕かれ……巨大な氷の塊は幾つにも砕かれ、更にそこからまた小さな破片になり散らばっていく。 「……やった、みたいやな」 モノマの背後からこそっと首だけ出したユーレティッドが確認するように言う。 「なんとか戦闘の余波で氷が溶け出す前に終いに出来たようやな」 飛び上がっていた匡隆もすっと高度を下げてきた。 ●温む刻 最後の塊も鏡が砕けるような音の後粉みじんになり、輝く巨大な氷だったものが海面に降り注ぐ。エリューションエレメンタルは完全に破壊されたのだ。もうこの海を異常低温と氷結の異変が襲う事はない。 「帰りましょうか?」 選曲を変えたのか、先ほどとは全く違う雰囲気になった白がぽつりと言う。ヘッドフォンから流れる曲は聞こえないが、きっと何かの葬送曲だろう。 「みんなお疲れ様。今後はさらに厳しい実戦でしょうけど、縁があればまたよろしくねっ!」 風香は黒髪を揺らしニコッと笑う。 「お疲れ様~……ってゆっくり休みたいけど、そうもいかないねっ」 振り返った立華は遠い岸へと視線を向ける。すぐに目印となる街の灯りが目に入って、安堵のためか小さなため息をつく。 「うっし、長居は無用だ。とっとと帰って一服しようぜ」 早くもモノマは駆け足で岸へと向かって移動し始めている。戦闘の後の一服は彼には至福の時間なのだろう。 「俺も俺も。溺れるだけはゴメンだぜ!」 煌もモノマと競争するかのように岸へと向かう。頭上には満天の星が輝いているが、まだ夜空を見上げる余裕はなさそうだ。 「海に落ちたら助けたるけど別料金やで。それが嫌なら星眺めるのは無事海岸についてかでー」 優雅に空を舞いながらユーレティッドが言う。がめついのか親切なのか、真意を測りかねるが、それも全部ひっくるめてユーレティッドという存在なのだろう。 「私は皆さんが走る様を見学させていただきます。あ、ほらそこ、氷薄そうですよ気をつけてくださいね」 同じく飛びながら岸を目指す文音も、走る者達を楽しんでいるのか心配しているのか、今ひとつ掴みきれない。 岸のすぐ近くまで飛んで戻った匡隆はひらりと舞い降り翼をたたむ。ここまでくれば海岸はあと僅かだ。ようやく見上げた夜空にはびっくりするほどの星が瞬いていた。 「……冬の特権、ってやつなんやろか。今度は、これを見に来るっちゅうのもえぇかもしれんな」 匡隆は笑った。 三々五々、皆も海岸に戻ってくる。凍った海はゆっくりと溶け始めていた。 |
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■シナリオの結果 | ||||||||||||||||||
結果:成功 重傷:なし 死亡:なし |
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■あとがき | ||||||||||||||||||
β版凍える漁り火に参加してくださった皆さん、ありがとうございました。 登場する方々を8名に絞るのはとても辛い作業でした。倍の16人ぐらいだったらいいのにと何度思った事か。 寒くて熱い戦いとなっていたら嬉しいです。またお会いできる事を楽しみにしています。 |
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■プレイング評価 | ||||||||||||||||||
キャラクターの個性がプレイングから溢れているのは魅力的です。移動中や戦闘中にも細やかな配慮があり、行動を有利にすると思います。多少厳しい行動でも、書いてあると何がしたいのか方向性が判りました。なによりゲームですから少し無理めな行動で、ちょっと斜め上の成功を狙っていくのはアグレッシブで良いのではないかと思いました。 |