●子殺しの笛吹き その日、歩《あゆむ》はとても不思議な体験をした。 親戚へのあいさつ回りは午前中でつつがなく終了し、暖かくなった懐を元手に地元の百貨店で楽しい買い物を堪能した帰り道のことである。 「――ちゃん……? 歩――ちゃんッ?」 傍らにいるはずの母の呼び声が段々と遠くなっていく。 歩は、この理解しがたい現象に思わず目を丸くした。 自分は母と手をつないで一緒に歩いていたはずだ。今も母のぬくもりが、左手を通して伝わってくる。だというのに、この『一人知らない何処かへ迷い込んでしまったような感覚』は一体なんなのだろうか? ごしごしと念入りに両目をこすってみるも、身につきまとう違和感をぬぐいきることはできない。 ピントのぼやけた風景に、原形をとどめぬほどに歪んだ母の姿かたち。 すぐそばにあるはずの全てが自分とは別の世界にあるような気がした。 「お母さん……?」 心細くなって母に呼びかけるも、それに気づいたようなそぶりは見られない。 自分を助けてくれる誰かはいないのか――歩は必死に、そして切実に自分と同じような『仲間はずれ』を探そうと辺りを見回した。 「あれ……?」 『仲間はずれ』は案外すぐそばで見つかった。 交差点をわたった先に、少年が立っている。彼も歩と同様に、このおぼろげな世界の真っ只中にありながら、その姿をはっきりと保ち続けていた。 怖い顔をしている。少年は何かを凝視していた。 「ねえ、ちょっとーっ! なにやってるのーっ?」 「ん、あれ……」 歩の声に、はっと我を取り戻した少年が言葉少なに指を差す。 示された先に視線を滑らせ、そして歩は声を失った。 少女たちからそう遠くない所に建物が見える。それはとても賑やかで、人を引き寄せる魅力を備えた甘美な音色を辺りに鳴り響かせていた。 優美に飾られたメリーゴーラウンドはガタンゴトンと回り続けており、高々とそびえたつ観覧車は客の入りを待ちかねているかのようにドアを開いている。中では動物をかたちどったマスコットキャラクターたちが、「こちらへおいでよ」と優しく手招きをしていた。 間違いない。それは歩にとって馴染みの深い『遊園地』そのものであった。 「遊園地……?」 驚きの声を上げると共に、歩はほっと胸を撫で下ろした。 遊園地には何度も連れて行ってもらったことがある。甘い記憶が、ふと歩みの脳裏をよぎった。 何かもかもがあやふやになってしまったはずの世界において、こうして現実の残り香が未だあり続けるというのは、何ともみょうちくりんな話ではあったが、それと同時に何とも嬉しいことだった。 だが―― 「なんで灰色なの……?」 眼前の遊園地には何故か色がついていなかった。そんなことは現実ではありえることではない。 「ねぇ……行かない?」 歩が気味悪がって逡巡していると、少年がじれったそうにこちらを見ながらせっついてきた。 どうやら少年は、この不確かな空間と『遊園地』を天秤にかけ、後者を選択したようだ。 歩は首を縦に振る。 色がないくらい、形がないよりもずっとマシだ。とにかく、この不気味な場所から一刻も早く抜け出したい――そう思って、歩は慌てて口を開いた。 「あ、私も行くっ!」 少年が走り出す。 歩もそれに続こうと駆け出した瞬間――急に左手を誰かに引っ張られた。 形を失っていた世界が急速に復元され、遠くなっていた現実世界の音が耳を通して伝わってくるようになる。 「歩ちゃんっ! ぼーっとしちゃってどうしたのッ?」 「あれ、お母さん……」 母の声に、きょとんとしながら辺りを窺う。 年始の静かな町並みに、ひんやりとした空気が心地よい。 歩は確かに現実世界へと戻ってきていた。 「お母さん! 今ねっ……」 「……話は後で聞くから。早く家に帰りましょう? 置いていくわよ」 「あ、待ってっ」 言葉を遮られ、歩は不満そうに口をつぐむも、今起こった体験を母に説明したところで信じてくれそうも無かった。 もういいや、夢だと思って忘れてしまおう。歩は母に付き従って渋々と足を動かし始める。 (でも、やっぱ気になるや。何だったんだろう……) 彼女を襲った不可思議な体験は、疑念のしこりを頭の中に残していった。足を動かしながらも、歩は周りのことなど何処か上の空で頭を捻り続ける。 彼女の自問は、額に感じるコツンとした感触に思わず顔を上げるまで続いた。 「どうしたの? お母さん」 「……事故かしら。最近多いわねぇ」 ふと立ち止まり、母がそんなようなことを呟いた。 「何のこと?」 口を尖らせながら、ちらりと母の顔を見上げる。 すると、母は何かを恐れるように表情を歪めていた。 母の視線を辿る。 けたたましい救急車のサイレンが鳴り響いている。大きな人だかりの中では、悲痛そうな声があちらこちらから滲み出していた。 「うわ……酷い……」 「まだ、子供じゃないか……可哀想に……」 次々に上がる同情の言葉に、母の顔色が見る間に青ざめていく。 しかし、まだ背の低い歩には人だかりの向こうに何があるのか、良く見えなかった。 「歩ちゃん、早く帰るわよ」 「あ、お母さんっ」 母は上擦った声でそう言うが早いか、歩の手を取って早足でその場から立ち去ろうとした。 腕を強く引っ張られる痛みに、たまらず涙が零れ落ちそうになる。 「痛い、痛いよ。お母さんっ」 結局、歩は痛みに耐えることに精一杯で、人だかりの向こうにある『それ』が何だったのか見ることができなかった。 ●リベリスタ始動 「皆、仕事だよ」 まだ幼さの残るハイトーンの声が、淡々と紡がれていく。 ここ、三高平市内にあるアーク本部では、年齢も性別も様々な者たちが思い思いの風体のままに集っていた。そのいずれも、常人には到底出せないような凄みを放っている。 彼らはリベリスタ。 この世界で起こりえるはずの無い怪異が、不幸にも起こってしまった時、それを秘密裏に鎮めるために組織された戦士達である。 「ちぇっ、もうちょっと正月を堪能していたかった所なんだがなあ」 「ちょっといい加減気持ち切り替えなさいよ……それで、イヴちゃん。今回の仕事は?」 イヴと呼ばれた少女が、リベリスタの問いかけにこくりと頷く。 透き通った銀髪をはさりとたなびかせ、色素の薄い唇がぽそりと動いた。 「山形県内で不可解な事故が多発している。万華鏡《カレイド・システム》に聞いたところ、どうもエリューションが関わっていることが判明したわ。既に次の予知も出ている」 色違いの瞳に、ほんの少しの感情がちらついては消えていく。 彼女の変化は極々微量なものであり、容易く他人に見抜かれるようなものではなかった。それでも幾人かのリベリスタが、敏感に読み取ることができたのは、彼ら自身も同様に内心思うところがあったからに他ならない。 ――そもそも、リベリスタたちと怪異との縁は決して浅いものではない。 ここにいるほとんどのリベリスタが、人生の大きな局面において様々な怪異と遭遇し、その人生を大きく変革させているのだ。 普段感情を素直に表そうとしないイヴとて、それは例外ではなかった。 リベリスタの一人がしばし熟考した後、重々しそうに口を開く。 「山形、か。万華による演算が済んでいると言うことは、既に敵に関する情報も一通り揃っておると言うことだな?」 「ええ、揃っている。今回のエリューションは、ノーフェイス。笛吹きの一種ね」 「笛吹き?」 若いリベリスタがオウム返しに問いかける。 「そう。ハーメルンの笛吹きを知ってる? 古くから西洋に伝わる怪異の一つ。子供たちに幻覚を見せ、多くの場合はそのまま殺してしまうことが多いと聞いていたけれど、何の因果かそれが海を越えて渡ってきたみたいね」 「成る程、昨今は国際化の波が押し寄せてきているからな」 「ちょっと冗談は慎んでよ」 むきになって噛み付く女性に対し、相変わらず軽口を叩く男はつまらなそうに肩をすくめる。 そして表情を一変させると、男は感情を絞り出すように呟いた。 「……まあ、気にいらねえな」 「ええ、全く」 一同が同意の声を上げる。 被害者への同情、幼い子供を狙う卑劣さへの憤り、轟々と燃え上がった使命感――リベリスタたちの胸の内は様々であったが、敵を打倒しなければならないという一点においては共通しているようであった。 「フェーズは?」 「フェーズは1」 「ならば、力自体はさほどでもないってことか」 「そうね。戦闘能力自体は高くない。笛吹きは、任意の対象に幻覚を見せるだけが取り柄のエリューションだから。その幻覚にしたって耐性のある貴方たちリベリスタに深刻な効果はもたらさない。幻視を見せるくらいが精々といったところ。こと戦闘において、貴方たちが引けをとるとは思わない。けど……」 イヴの心中を察したかのように、女性のリベリスタが笑いかける。 「能力を持たない人たちにはそれだけでも脅威ということね。分かった」 「ま、仕方ねえなっ。放っておいても面白いことにゃなりそうにねえし……いっちょ、やりますかっ!」 イヴは深く頷いた。 理解力も優れている。必要以上に怯えることもない。そして何より、彼らは自身に課せられた使命を重々承知しているようであった。 彼らならば安心だろう――内心胸を撫で下ろしたイヴは、笑顔を浮かべる彼らに対してささやかな祈りをささげた。 「貴方たちは運命に抗うことができる。それだけの力を持っているわ。ならば、その力をどう使う? 何に使う? その答えを……私に見せて」 ![]() |
■シナリオの詳細■ | ||||||||||||||||||
■ストーリーテラー:三郎 | ||||||||||||||||||
■難易度:EASY | ■シナリオタイプ:通常 | ■シナリオ納品日:2011年2月8日 | ||||||||||||||||
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■参加人数8人 | ||||||||||||||||||
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■プレイング | ||||||||||||||||||
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■リプレイ | ||||||||||||||||||
●対峙 雑踏の中、迷子の男の子が親を求めて泣きじゃくっていた。 心細そうにしている彼を不憫に思って壮年の女性が、優しく語りかけている。 と、その時、『笛吹き』の奏でる独奏が、新春の風に乗って人ごみの中を通り抜けていった。 男の子の鳴き声が突然止まる。 高らかに鳴り響くその音色に耳を傾ける彼の瞳に光は宿っていなかった。 男の子は熱にうかされたように何事かを呟くと、おぼつかない足取りで何処かを目指し始める。 彼は明らかに正気を保っていると思えなかったが、その様子をいぶかしむ者は誰もいなかった。 先ほどまで、語りかけていた女性ですら、彼に対する興味を一切失ったように、人ごみの中へと戻っていく。 そう、大人たちはまるで「端からそこにいないもの」として彼を扱っていた。 小さな足が向かう先は、市内でも交通量の多いとされる交差点である。 歩行者用の信号には、赤信号が灯っていた。 男の子の足が、迷うことなく車道へと踏み出していく。 このまま進んでいけば、頻発する交通事故の新たな犠牲者になってしまうことは明白であった。 今まさに大人たちのあずかり知らぬところで、罪もない子供の血が流れようとしている、その瞬間―― 「気をつけて」 『オオカミおばあちゃん』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)の優しげな声が、彼を決死の罠から救い出した。 男の子は、まるで障害物にでも当たったかのように、身体をびくんと硬直させると、はっと我に返って辺りをきょろきょろとし始める。 まるで狐にでもつままれたような表情である。 (私は、狼だけれど) 玖子は心中でそう呟くと、合点のいったような表情で細長い指を頬にひたりと当てた。 「やはりこれは、誘蛾灯のようなもの。これならば、対処できる」 視線を交差点へとやる。ガードレールには、事故で亡くなった幼い犠牲者を追悼するために、多くの花束が供えられていた。 今の状況から判断するに、『笛吹き』の手口とは子供たちを幻覚で惑わし、不慮の事故へと誘うといったものなのであろう。原因がよくわからないとされていたのは、幻覚によって大人たちの意識をもそらしていたためらしい。 「笛の音の幻覚は、上書きできることはわかった。うん、頑張ろう」 玖子は、任務達成への意気込みを新たにすると、他に幻惑に囚われた子供たちがいないか探し始めた。 ◇ 「何て嫌な音色……」 百貨店の屋上より地上を見下ろす『まどろみの蝶』斬風糾華(BNE000390)の唇が、忌々しげにきゅっと切り結ばれた。 その表情は、街に踏み入れてからずっと険しいままである。ゆるやかなウェーブを描く白髪が、彼女の心を表すかのようにざわりと舞い上がった。 「そんな怖い顔しないしなーいっ、笑顔笑顔。ね? 大切だよ?」 と、傍らからケイティ・ノース・ノース(BNE001640)の妙に上擦った声が上がる。 ピエロのような派手な衣装で身を固めている彼女は、先ほどから愛嬌のある笑顔で糾華をなだめていた。 「そう簡単に割り切れるものではないわ。こんな音を延々と聞かされていたら、ね」 両手の人差し指で口の端を持ち上げて見せるケイティを横目で見ながら糾華は嘆息し、物憂げに視線をそらした。 彼女の言う笛の音は、辺り一帯をやんわりと包み込むように漂っている。 『笛吹き』の奏でる軽快な曲は、リベリスタたちの耳にこびりついて離れようとしてくれない。 「この音色……今までに何人の命をうばってきたのでしょうね」 過去に失った家族の姿と犠牲者を重ね合わせたのであろうか。糾華の瞳が静かな怒りにゆらりと揺れる。 「三時の方向……そう、銀行手前のあの子供だ。たった今幻覚に囚われた。頼んだぞ。俺は今から別方向へと向かう」 携帯電話を片手に発せられた『機械の心』ライアット・キル・ハイム(BNE000409)の一言に、屋上に待機していたリベリスタたちの表情が引き締まり、言われた方角へと注目が集まる。 ――いた。女の子が銀行手前の通りを夢遊病者のようにふらりふらりと歩いている。 一同の間に緊張が走った。 ◇ 「こらこらっ、ぼけっとしていちゃ危ないぞっ?」 「えっ……あれ……遊園地は……?」 銀行手前の女の子は、『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)によって無事に救出されることとなった。 幻覚が解けて困惑する彼女に向け、疾風は力いっぱいの笑顔を送ってやる。 「はは、夢でも見ていたんじゃないのか?」 見る者を明るくさせてくれる笑顔であった。女の子は疾風の優しげな声にほっと安堵の吐息をつくと、改めて疾風の顔を見て頬を紅潮させた。 「うわ、お兄ちゃんかっこいいね。げーのーじん……?」 「うん? まあ、そんなようなものかな?」 「この町にはさつえーにきたの?」 「うんやっ」 疾風は鍛え上げられた腕を掲げてガッツポーズを作ると、再び人好きのする笑顔を子供に向けた。 「お兄ちゃんは、ちょっと悪を退治にやってきたんだ」 ◇ 「器用なものだ。ああいった手合いにはまさに適任と言えよう。私がやってはああはいくまい」 疾風と女の子のやり取りを遠めで見ていた『ブラッドレイの吸血猟犬』フィクト・ブラッドレイ(BNE001726)は、思わず感嘆の声を漏らした。 彼のような眼帯姿の人間が高圧的に声をかけてくれば、当然子供は怯えてしまうだろう。 他に役割を十全に果たせる者がいるのならば、その方が効率的というものであった。 「これで私も、余計な心配をせずに『適役』に就けるというものだ」 と、にやりとわずかに口の端を持ち上げる。 それと同時に、彼を中心として張り詰められた空間が広がっていった。 「祭雅たちが避難誘導をし、私が再び入ってこぬように結界を張る。後は今『鼠』を探し回っている他の仲間たちの連絡を待つばかりだが……はてさて、どこにいるやら」 まるで狩りでも楽しむかのように愉悦の表情を浮かべる彼の胸元で携帯のバイブレーションが、待ちわびた連絡の到来を告げる。 「――私だ。ふむ、分かった。すぐにそちらへと急行する。決して無茶をしてくれるなよ?」 ◇ 市街地の中央部、割と大きめの緑地に『笛吹き』はいた。 彼はブラウンの髪色をした碧眼の青年の姿をとっており、一見した限りではただの旅行客と判別のつきようがなかった。 だが、彼の瞳の奥底にくすぶる暗い闇の気配は、到底隠しとおせるような類のものではない。 「随分と悠長にしているのね? これだけ私たちがおおっぴらに動き回っていると言うのに、逃げ出すそぶりも見せなかった。強者の驕り? それともただの愚か者かしら?」 言葉を投げかける『天眼の魔女』柩木アヤ(BNE001225)の声色は、何処かこの状況を楽しんでいる風にも聞こえる。 気ままに空を眺めていた『笛吹き』は、彼女の声に振り返ると穏やかな微笑を浮かべた。 「ここは故郷に良く似ているんだ。とても気分良く笛を吹ける」 事も無げに言う彼の表情は、嬉しそうに趣味を語る者のそれを思わせる。だが、この表情は今まで幾人もの骸を積み上げてきた者がするべきものではない。 「……許せないな」 『偽悪守護者』雪城紗夜(BNE001622)が、フェイスマスク越しに『笛吹き』を睨み付ける。 彼女にとって、この男の笑顔は到底許せるものではなかった。 自分と同じ人間の姿をしていることに、嫌悪感さえ催す。 この男は今ここで確実に未来を奪っておかなければならない。紗夜の拳が握り固められた。 「そこまでだ、笛吹きノーフェイスッ!」 更に連絡を受けた仲間たちがアヤたちの元にたどり着く。 今、ここにリベリスタたちは全員集結した。 後は諸悪の根源たる『笛吹き』を討伐するのみである。 「君たちは?」 『笛吹き』の問いかけに、紗夜と疾風が一歩前に進み出る。 「言うなれば、君にとっての悪魔さ。君の過去も未来も全て私たちが叩き潰す」 「悪を穿つ一筋の流星ッ、正義のヒーロー・リベリスタだ!」 台詞がかぶってしまったために、二人は互いを見合って不満げに口を尖らせる。 『笛吹き』は、彼らの口上を聞いて一瞬目を丸くした後、すぐに納得したようににっこりと笑った。 「新曲を披露するよ。きいておくれ、子供たち」 『笛吹き』の姿が、エリューションのそれへと変わっていく。 身体を覆う衣服は禍々しい道化服へと変わっていき、辺りに死臭が充満した。 「何の、こちらもッ……変、身ッ!」 疾風の言葉を皮切りに、リベリスタたちの持つ幻想纏い《アクセス・ファンタズム》が主人の呼び声に応えるべく、思い思いの装備品を現出させる。 改めてエリューションとしての正体を現した『笛吹き』と対峙するリベリスタたち。 戦闘の口火が今、切って落とされようとしていた。 ●いざ、戦闘開始! 緑地の草木がざわりと揺れる。 リベリスタたちは『笛吹き』を油断無く見据えて、機を窺っていた。 両者の間を流れる肌寒いはずの風が、熱気をはらんで膨れ上がる。 ――瞬間、紗夜と玖子が敵に向かって大地を蹴った。 尋常でない瘴気を撒き散らす『笛吹き』に向かって、果敢に駆け出す彼女らの姿からは、既に初陣の気負いは見られない。二人は剣を片手に、炎色と灰色のつむじ風と化して、瞬時に敵との間合いを詰めていった。 銀色の殺意が交錯する。金属質の轟音が、複数回重ねられた。 ほんの二、三合のやり取りであると言うのに、二人の得物が大きく歪む。常人ならば全身が痺れてしまうほどに凄まじい衝撃だ。 「……強い」 玖子の形の良い眉が八の字に歪む。 恐るべきはエリューションの実力である。 リベリスタたちの膂力は常人を遥かに上回る。それにも拘らず、「戦闘能力の高くない」とされていた『笛吹き』でさえ、二人の猛撃を捌くという芸当を事も無げに披露しているのだ。 『笛吹き』の絶えない微笑からは、焦燥といった類の感情は全く読み取れそうになかった。 玖子の警戒をあざ笑うかのように、『笛吹き』は得物を横薙ぎに振り回す。 巨大な処刑斧が風を叩き潰しながら彼女たちに迫っていき、寸での所をかすめていった。 その破壊力は、一見しただけで必殺のものだと判別できる。 『笛吹き』は邪悪な笑顔を更に深めると、攻撃を継続すべく、処刑斧を大上段に振りかぶった。 「させないッ!」 その瞬間、待ちかねたと言わんばかりに紗夜が叫び、渾身の力を込めた振り下ろしの一撃が、斧ごと敵の身体を押し込んでいった。 後の先を取った絶妙な攻撃に、『笛吹き』の動きが一瞬封じ込まれる。 その隙を逃す手はない。ライアットと疾風は、紗夜の好手を最大限に活用するため、左右より追撃をかけていった。 闘気と炎を纏った追撃が『笛吹き』の身体を大きく抉っていく。 「わぁ、すごいなぁ。でもこれはどうだい?」 身体から吹き出す血など気にも留めていないといった風に、相変わらずの声が続けられる。 『笛吹き』は斧を角笛へと持ち替えると、再び笛の音を奏で始めた。先刻まで街を覆っていたあの音色が、今度は明確な指向性を持って追撃の二人へ襲い掛かる。 「ぐっ……前が……!」 幻惑に囚われたライアットと疾風の動きが止まった。 無防備な彼らを狙い、処刑斧が振り上げられる。 このまま座して待っていれば、瞬く間に彼ら二人が斬り伏せられてしまうことは必定であった。 「はい、そんな顔しないしなーいっ。さあさあ、スッキリしてねー」 だが、ケイティの放つ目映い光が、彼らを幻惑の常闇から救い出す。 正気を取り戻した二人は脊髄反射的に距離を取って、必殺の一撃を回避することに成功した。 「すみませんッ」 「いえいえ」 「仲が良いんだね? ならば、僕も友達を紹介するよ」 リベリスタたちの短いやり取りを聞き、『笛吹き』の奏でる音色が雄々しい行進曲へと変化する。 すると、緑地の各地に配置された排水溝の蓋ががたがたと揺れ始め、中から大量のネズミが飛び出してきた。 大地を埋め尽くすほどのネズミの群れが、窮地を脱したリベリスタたちへと向かっていく。 「くぅっ……!」 身体に噛り付いてくるネズミたちを振り払いながら、リベリスタたちは苦悶の声を上げた。 ただのネズミとは言え、数が多すぎる。 一体一体が致死の威力を持っているわけではなかったが、絶え間のない攻撃は十分脅威に値する。さらに、彼らの存在はそのまま強固な防壁にもなり得るのだ。 事実、リベリスタたちはネズミたちに阻まれて、今までどおりの接近ができずにいた。 「はははっ、お友達と仲良くしてねッ!」 『笛吹き』は声を出して高笑いすると、リベリスタたちから距離を取る。 奏でる笛の音が、先ほどのものへと変化した。再び彼らを幻惑に捕らえてしまおうという心算だろう。 絶対なる勝利の確信。 『笛吹き』の笑みが黒く染まり、止めを刺そうと音色に力が込められようとしたその時――彼の角笛を持つ手に、白銀の矢が深々と突き刺さった。 「ようやく隙を見せてくれたな。待ちわびたぞ」 フィクトは安堵するようにそう呟くと、追撃の手を緩めることなく次の矢を番えた。 乱戦への間接攻撃は、同士討ちの危険性も高い。 彼は戦力の投下時期を見定めるため、戦いの趨勢を辛抱強く観察し続けていたのだ。 そして、それは彼だけではなかった。 「何ておぞましい戦い方……でもこれで品切れのようね?」 『笛吹き』の上方、ケヤキの細い枝の先から、糾華は嘲るような言葉を投げかけた。 緑地の木々を伝って『笛吹き』へ接近する――言葉にするのは容易いが、実際にやってのけるのは至難の業である。まさに人並みはずれた平衡感覚を持った彼女にのみ許される芸当であった。 無数の糸が宙を閃く。 糾華は、自らと同じ姿かたちをした影を生み出すと、鋼の糸で『笛吹き』の身体を切り刻むと同時に、固く縛りつけた。 「退屈しのぎにはなったわね」 四肢の自由を奪われた『笛吹き』に対して、アヤは漆黒の翼を羽ばたかせながら、冷酷に言い放った。 長い髪の一本一本にまで力が宿り、少女趣味に彩られた傘の先には膨大な熱量が集束していく。 「最後は劫火に灼かれ、消えなさい」 死の宣告とともに、巨大な光球が放たれる。 灼熱の一撃は狙いたがわず『笛吹き』に命中すると、彼の身を跡形も無く焼き尽くした。 「色の無い世界に明かりは灯った。灰色の貴方はお話の世界に帰りなさいな」 灰燼と化した『笛吹き』の残骸が風に巻き上げられていく。 アヤは灰が身体にかからぬように、傘を開いて優雅に背を向けた。 ●戦いを終えて 戦いを終え、リベリスタたちの意識が達成感と共に遠のいていく。 再び目覚めた時、彼らはいつもの見慣れたアーク本部へと無事に帰還していた。 「そういえば、これヴァーチャルだったね。……ネトゲとかに活用できないかな」 ネットゲーマーである紗夜が感動を素直に声に出す。 それを聞いた糾華は共感を覚えたのか、かなり真剣に悩んだ後にこう呟いた。 「そうね、500円までなら入り浸ってもいいわ」 |
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■シナリオの結果 | ||||||||||||||||||
結果:成功 重傷:なし 死亡:なし |
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■あとがき | ||||||||||||||||||
どうも、三郎です。 この度は、βシナリオ「子殺しの笛吹き」にご参加いただき、まことにありがとうございました。 実は今回のリプレイ、インフルエンザという思わぬ問題に悩まされまして、割と難産だったりします。ハイ。 その分愛情がこもっていると思いますので、お楽しみいただけたら幸いです。 「ハァハァ……プレイングが、巨大なプレイングが……」 絶賛発熱中の一言です。 皆さんのプレイングが何よりのタミフルとなり、僕を夢の世界へと誘ってくれたのでしょう。 それほどに、皆さんのプレイングは非常に個性的で、甲乙つけがたいものがありました。正直選別したくなかったです。 みんな違ってみんな良い。 これは僕のモットーです。 だから、楽しんで書いてもらえるのが一番うれしいとです。 それでは、本番で皆さんと再び会える日を楽しみにしています。 ありがとうございました。 |
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■プレイング評価 | ||||||||||||||||||
三郎ピックアップです。 正直、皆さんとても良かったのでクオリティでの選別はしてません。 手持ちにあったサイコロ使って、ころころと決めてみました。 と言うわけで、今回取り上げるのは、サイコロで一番に決まったクールガイ。正義のヒーロー・祭雅疾風さん(BNE001656)のプレイングです。 まず、動機・心情が明示されている所がありがたいです。これがあると、事件に対するキャラクターのスタンスが固まるので、描写しやすくなります。 また、今回は子供を狙う敵を倒すと言うシナリオのため、正義のヒーローを目指す彼のキャラクターはとても動かしやすかったです。 更に、連絡と連携についての記述も輝いていました。多分他に戦闘前の連絡について言及していた人はいなかったんじゃないかしら。 今回は相談が必要と言うわけではなかったのですが、基本的にエリューションはリベリスタよりも強力な存在です。 最善を尽くすために、チームワークを重視するという提案には、非常に好感を覚えました。 戦闘は、的確な状況で的確なスキルを使用していると思います。皆さんすっごく上手いですよね。 こんなところかなあ。 以上、参考になれば幸いです。 |