●いちめんのちゃいろ 始めにことわっておくが、『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は十九歳の若き女である。 エスニック系の服装に身を固め、ぼーっとした紫の瞳を眼鏡に隠し、ぷりぷりの尻から生えた長い尻尾をふりふりさせている、青毛のポニーテール娘だ。 特徴、めんどくさがりのカレー好き。以上。潔いというか、もうちょっとなんか無いんかというか。 ともかく、小梢は女である。 女である。はずだった。 「うーん?」 はじめに感じたのは鼻腔をくすぐるスパイスの香り。これはまさしく嗅ぎ慣れたカレーのにほひではないか。 小梢は目を開いた。 「……おひるでしたっけ?」 気分はまさに、ばーさん、飯は未だかいのぅ。 時間を確認しようと、小梢があたりを探ったところ。 ……ぬちゃり。 「え?」 手を見る。 茶色い。 ……え? 漏らした? 「違います違います違います!!!」 ぶんぶん首を振る小梢。 うら若き乙女がまさかのメルトとか、絶対ダメです、色んな意味で! 「カレーです!」 手についていたのは味噌ではなくカレーである。 ちょっと懐かしい感じの給食カレーに近い、ゆるーいカレーだ。 見回すとそこは、一面のカレーだった。 煮えて柔らかな角切りじゃがいもや、乱切り人参、溶けかけた櫛切り玉ねぎに、少し薄い直方体のポーク。 「ポークカレー!」 これには絶対白いごはんである。だが、ご飯が見当たらない。 「炊かなければ!」 カレー大好き小梢は、カレーに一家言ある女である。 ご飯がなければ炊けばいいじゃない。 とばかりに立ち上がりかけて……にゅるんっと転んだ。 「……え??」 足首に、カレーが巻き付いていた。 「え?」 状況がわかるとなおさらの疑問符が浮かぶ。 カレーが巻き付くなんて、物理学的におかしくないか。むしろカレーが生き物のように動いたという状況こそ、おかしい。 カレーは飲み物であっても、生き物ではないのである! この間にもカレーはどんどん動いてきて、まるでイソギンチャクのように触手めいた細長い液体の塊を幾条も作り、うようよと小梢へ向かってきた。 己の常識が崩れ去る光景に、小梢がボー然としていると、 「え、ちょ?!」 にゅるんにゅうるんと触手は小梢の両の足首を捕らえ、ぐいっとばかりに股を開こうとする。 「ちょ、ちょっと!!」 あわてて広げられようとする場所を隠そうと反射的に手をやると……。 「……………………は?」 小梢は! デリケートな場所に! あるはずのない! 質量を感じた!!!! 「は!? え!? ちょ!?」 もはや言葉になっていないが小梢は、己の違和感を感じる場所を確認し――愕然とした。 「おとこになってる……」 意味がわからない。 小梢がスレイプニルだからって、こんなところまで馬じゃなくていいのに。 よく見たら、普段より胸も軽い。触ったらぺったんこというか、ちょっと固かった。 肩幅も広くなっている気がする。 小梢は何故こんなことになってしまったのか、何か悪いものでも食べたのか、よく考えたが、昨日も別にいつもどおりカレー食ったので、原因が分からなかった。 考えたが、考えても答えが出るわけがないので、小梢は考えるのをやめた。 ●まえおきはもうええがな これまでのおはなし。 ゆるーい馬娘、春津見・小梢はなぜか、ゆるーい馬並男になっていた。 そして小梢の大好きなカレーが触手になって、小梢を襲った。 本望? いや、カレーって食べ物じゃん。巻き物じゃないじゃん。 そんな混乱の隙に、カレー触手は小梢(男)をまきまきしていた。 「ひっ」 ぬるぬるしたカレー。いや、本来は小麦粉のグルテンでとろみがついているだけの普通のカレーなのだが、粘度の高さが今は仇となっている。 極太ミミズのような形状に盛り上がり、小梢のゆったりとしたエスニック風の服装の隙間から素肌を撫で回そうとしてくる。 「カレーのシミは取れにくいのです……!」 押し潰したら、カレー臭い服になってしまうことを考えると、少し躊躇してしまった。 どれだけ好きでも体に常に食べ物の匂いがしているのは勘弁してほしいものだ。 だがその躊躇はイコール隙である。 にゅるんとカレーが、小梢の豊満で柔らかだったはずなのに硬くて平べったい肌を撫でていく。 肌の弱い部分が少しピリリと痛む。スパイスが効いているらしい。 弱いところがどこかって? 上半身で色づいて皮膚の薄いところといえば、そう胸の飾りしかない。 CHI☆KU☆BIである。倫理を考え、あえてのポップ感をかもしだしてみた。 が、まぁ今は男だから描写しても公序良俗違反にはならないだろう。男のそれが公序良俗違反だと、男子水泳競技や相撲が放映できない。モザイクとかボカシが入ると……逆にえろい! ふしぎ!! 違う。そういう話ではなかった。 「あ、うぅっ」 ニュルニュルとカレーは、小梢の上下半身へと二手に分かれて、アメーバの捕食活動よろしく進んでいく。 「だ、だめえっ。うぶうっ。うまー!」 口の中に押し込まれるカレー! 美味しい! 違う! 口はいいのだ。口は。普段からお迎えしている代物だから、さほど問題ない。確かに、これ以上押し込まれたり、上の穴二つにまでコンニチハされると、カレーで溺死という、非常に面白い死因になるが。小梢的には本望なのだろうか……いや、いくら好物でも……でもプリンが好物の人はプリンプールで溺れたら幸せなのかな。 問題は、下半身だった。 「だっ、だめ! そっちは出口であって入り口じゃ……ひひいいんっ」 小梢はいなないた。伊達に馬系の幻獣やってるんじゃない。 青いウェーブがかった尻尾に、黄土色の触手が絡む。 「し、しっぽよわいのぉお……」 カレーで知りたくはなかったが、どうも小梢の尻尾は敏感なようだ。 続いてカレーに太ももや内股を這い回られると、なんだか別の方向で下品な光景に……。主に男子小学生が喜びそうな方面で。 「ひゃっ、ほんとに、だめっ。そっちもこっちもだめですーっ」 下半身の穴はどっちも粘膜である。そんなところに刺激物たるスパイスの結晶とも言うべきカレーが入ってしまったら、エロとか言っている場合ではなくなる。 七転八倒の拷問である。 「いや、いやーーーー!!!!」 小梢は絶叫した。 「はっ!」 次に飛び込んできたのは、見知った天井だった。 「……」 絨毯の感覚と、タオルケットの感覚に挟まれて、耳はくつくつ煮える鍋の音をとらえている。鼻では引き続きスパイスの香りを感じていた。 「……ゆ、ゆめ」 晩飯のためにカレーを煮込むべく、とろ火にかけてから昼寝をしていたのだった。 「はぁ……夢オチ……ですか」 やっぱりね! そりゃそうだよね! |