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●うさぎがり●


 跳ねる、弾む、飛び回る。
 人が入らぬように立入禁止となった公園内を、実に自由にぴょんぴょんばいんばいん弾む姿は、一見ただまん丸の、薄ピンク色をしたふわふわしたボールだ。
 ただし――。
「成る程、この兎を捕まえれば良いんだな」
 『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)が弾むボールを観察しながら、至極冷静に口にした。
「昔親父に山奥に放り出されて、強制サバイバルをさせられた時に捕まえた事はあるが……」
「なんだ、君、結構野性的じゃあないか」
「強制だと言っただろう」
 感心した口振りの『直情型好奇心』伊柄木・リオ・五月女(nBNE000273)に言い返して、禅次郎がボール……の、上に生えた一対の長い耳を見る。
 アザーバイドの方は二人を敵だと認識していないのか、それとも最初から舐めてかかっているのか、実に気軽な様子ですぐ傍まで弾んできては周囲を一回りして、再び好き勝手な方向に跳ねていった。
「しかし、何故俺たちだけしかいないんだ? 俺も暇じゃ無いんだぞ」
 実際は思い切り暇だったものの、そんな内心は綺麗に隠した善次郎が、改めて五月女を振り返る。
 近付いてくるところに手を伸ばして捕まえようとしては、からかうように逃げ出す兎に眉を寄せた早乙女が、不満そうに溜息を吐く。
「仕方ないだろう、アークもそこまで暇じゃない。次から次へと神秘は生じて事件は起こるし、慢性的な人手不足なんだ。そうでなければ私のようなフォーチュナまで駆り出される筈がないだろう? 私だって忙しいってのに……」
 途中からすっかりと愚痴になり代わり、フォーチュナなんてインドアが仕事だぞ、と大層不服そうに大息を吐く五月女に、禅次郎は少しばかり首を傾げる。
「仕事の最中に駆り出されたのか? それは災難――」
「全くだ! 今日は折角街角のエクレアが手に入って、休憩時間を楽しみにしてたのに!」
「………………」
 味わう前にほっぽり出された、と憤るフォーチュナに、禅次郎がなんとも言えない顔をして黙り込む。
 そのまま視線を公園内へと廻らせれば、
「……だから駆り出されたんじゃないか……?」
 ぼそっと呟いた。
「何を言う、乙女のスイーツタイムは何にも勝る重要イベントだ」
「いや、暇だっただろう、絶対」
「放っておいたら売り切れ必死の行列店だぞ!?」
 見当違いに声を荒げる五月女を余所に溜息を零して、禅次郎が能天気に弾むアザーバイドの方角へと一歩踏み出す。
「取り敢えず単純に追いかけてみよう」
「ふむ……確かに眺めているだけでは埒が明かないものな」
 見る限り、弾んでいるのは何の危機感も与えない形状だ。
 五月女の言葉を聞きながら、禅次郎が跳ね回る兎もどきを見詰めたままで頷いた。



「うん、無理」
 数度に渡るトライに失敗してから、試みを止めた禅次郎がさっくりとした結論を出した。
 振り返って園内のベンチに腰掛けたまま、傍観の態度を崩さない五月女に声をかける。
「と言うか伊柄木、お前も見てないで手伝え。次は二人掛かりで挟み撃ちだ」
「む、か弱い研究員に肉体労働をさせる気かい?」
 さも無体な、と言わんばかりの態度で持参の菓子を齧る五月女に、禅次郎が少しだけ眉を寄せる。
「お前、さっき走り回ってなかったか……?」
「しまった。ばれたか」
 あっさりと認めた五月女が飄々と立ち上がる様子に溜息を吐いたものの、すぐに思考を切り替えるようにして、禅次郎は何の変哲もない公園を見回す。
「伊柄木はそっちから回り込んでくれ」
「よし、任せろ」
 気軽に言ってのけた五月女が、遠回りにアザーバイドを避けて回る。
 同じように反対側へと回った禅次郎が視線を交わし、互いに頷いてから一気に兎もどきへと駆け寄った。
 ――が、
「あっ、ちょこまかするなっ!」
「おい、急に方向を――」
 突如向きを変えて足元を擦り抜けた兎を追い掛けて、五月女が方向を急転換する。
 足元に目をやっていた所為で間近に迫り焦る禅次郎に気付きもせず、その結果。

 ――ごつん、と。良い音が鳴った。

「…………ッ!」
「い、……ったぁあああ……!!」
 派手にぶつけた頭を押さえる二人を嘲笑うように、手を伸ばせば届きそうな場所で丸いボールが跳ね回る。
 ボタンのような円らな目を涙目のように潤ませて、小さな口からはけたけたという小うるさい笑い声を立てていた。


 そして、暫しの末。
「兎は種類にもよるが時速60から80kmで逃げるらしい」
 遊具の所為で小回りも利かない公園だ。
 バイクでの追跡も失敗して、禅次郎は唐突にそんな言葉を口にした。
「兎……あれは本当に兎なのかな……」
 少し遠い目をした五月女が、からかうように周囲を飛び跳ねる長耳付きボールを見詰める。
 そこらのマスコット人形さながらにつぶらな瞳とくるんとした口を強調するアザーバイドから視線を剥がして、禅次郎は考え込むように公園内へと視線を滑らせた。
「正攻法では無理か……」
 公園の地形とアザーバイドの速度、これまでの行動を思い返して考えを廻らせながら、ふと思い付いたように五月女を見下ろす。
「そう言えば伊柄木。プレイボーイのキャラクターは何故兎か知っているか?」
「ぷ、ぷれいぼーい?」
 突然の言葉に鸚鵡返しになった五月女に、禅次郎が頷いた。
 いかにも真面目な表情のまま、無邪気なのか憎たらしいのか分からないがともかく、弾み続けるアザーバイドを眺める。
「兎は繁殖力が強く、性欲が旺盛だかららしい。言わば兎は性欲のメタファー」
「う、うん……?」
 唐突な話題についていけずに、きょとんとして首を傾げる五月女に対し、禅次郎は実にあっさりとその言葉を言ってのけた。
「つまりだ。お前の色仕掛によってホイホイ近寄って来たところを捕まえるというのはどうだろう」
「…………はぁ!?」
 素っ頓狂な声を上げる五月女に、禅次郎は眉の一つも動かさない。
「名案だろう?」
「ま、待て待て待て、落ち着け若人! 確かにあたしは美しいがそれは流石に……!」
 すっかり普段とは違う一人称で焦る五月女とは対照的に、相変わらずぶれないまま、寧ろ真剣さすら宿した眼で禅次郎が頷く。
「大丈夫だ。お前の魅力なら種族さえも超える」
「しゅ、種族さえ? ――いや待て、そもそもアザーバイドということは、普通の奴らとは美的感覚も違う筈で」
「そうとも限らないだろう。それに、他に妙案でもあるのか?」
「う……!」
 単純に追い詰められている所為かも知れないが、言葉を詰まらせるフォーチュナをじっと見詰めた。
 そんな禅次郎の策が当たった、とでも言うべきか。
「ふ……そ、そこまで言うのなら。このあたしの実力、見せてやろうじゃないか!」
 やがて開き直った五月女が、挑むように声を上げた。
 元々緩んでいたネクタイを更に緩め、胸元のボタンを一つ余分に開いてアザーバイドを挑戦的に睨み付ける。
 当然ながら、背後で笑いを堪える禅次郎にはてんで気付かないままだ。


 …………して、数分後。
「……当然の結果だよな」
 半笑いで頷く禅次郎とは対照的に、五月女はがっくりと項垂れて滑り台の下で膝を抱えていた。
 簡単に予測出来た言葉を放つ禅次郎へと、飴玉やらチョコレートやら、白衣のポケットに詰め込まれた菓子が飛礫となって飛んでくる。
 それをあっさりと交わしながら、禅次郎は改めて跳ねる兎に向き直った。
「そろそろか」
「何がそろそろだ!」
「伊柄木。お前はこの網を持って、彼処の滑り台の上で待機していてくれ。俺がそこに追い込む」
 禅次郎は半泣きで喚く五月女など気にも留めずに、網を投げながら滑り台の上を指差す。
「奴の行動パターンの分析は完了した」
「へ? 行動パターン?」
「ああ、逃走ルートのシュミレートをしていたからな」
 正確にはこれまでの状況を全て録画すると同時に、電子の妖精によりスパコンへと転送。
 そこから分析して逃走ルートを割り出し、手元のノートパソコンに送っていたのだ。
「いつの間にそんな手を……いや、実に用意周到だな」
 禅次郎の説明に感心したように頷いていた五月女だったが、ふと表情を強張らせた。
「……あ、あれ? まさかとは思うが、さっきの――」
「色仕掛けか? しっかり録画済みだ」
「うわああああああ!!!」
 飛び上るように立ち上がった五月女をやはり気にした様子もなく、禅次郎は相変わらずの冷静さでアザーバイドを振り返る。
「兎は確かに視野が広いが、上への注意には弱い。追い込んだら、上から飛び込んで捕獲しろ」
「その程度か、その程度の扱いなのか!?」
「あまり大声を出すな、奴が逃げる」
「あの馬鹿笑いしてるボールが、今更そんな可愛げを見せるもんか!!」
 心なしか腹を折り曲げるように、けたけたと奇妙な笑い声をあげる耳付きボールを指差して五月女が声を荒げる。
 そんな態度は意にも介さず、平然とした態度を崩さないまま、禅次郎は今度こそ兎もどきのアザーバイドを捕獲するべく行動を開始したのだった。



「まぁ、いい運動にはなったな」
 広さに限度のある公園内のこと、シュミレートの通りに運んだ捕獲計画は、思いの外あっさりと片付いてしまった。
 網の中で不満げに膨らんで跳ね暴れる兎を見下ろして、禅次郎が満足げに口端を持ち上げる。
「伊柄木の面白い姿も見れたし、たまにはこんな任務もいいかもな」
「あたしは良くない、全くもって良くない……! こうなったらやけ食いだ、さっさと送還して菓子買いに行くぞ!!」
「何で俺まで……」
 関係ない、と言おうとした口先を封じるように、五月女がびしっと人差し指を突き付ける。
「あたしに恥をかかせた罪、この程度で償えると思うなよ……!」
「……やれやれ、仕方ないな」
 諦めたような呆れたような溜息を吐いて、禅次郎は足元に視線を下ろす。
 ことの元凶となったボール状のアザーバイドは、そんなやり取りなど知らぬげに網に齧り付こうとしていたのだった。