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●無題●

●戦場はどこにでもある
 その日、『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)はアーク本部へは行かず、三高平の街をぷらぷらと歩いていた。なんとなく憂鬱な気分なのは、返却されたテストの出来が悪かったばかりではないが……それがトリガーとなったのだろう。家にまっすぐ帰る気にもならずアーク本部にも行く気分でもない。
「でも、ここじゃ誰かに会っちゃうかな?」
 そうつぶやいた瞬間に聞いた事のある声がした。
「そこにいるのはシビルさんかしら? お久しぶりなのです。何かお探しなのです?」
「えっと……モコちゃんじゃなくて、シビックちゃんじゃなくて、タントちゃんじゃなくて……」
「そららですよ~シビルさん」
 どんな系統でシビルが名前を間違えたのかわかっていたが、自分の名前が出るまでにどれほど時間がかかるかと『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は早々に解答を披露した。
「あ、そうだった。ごめんね、そあらちゃん」
 シビルは本当に申し訳なさそうに謝る。随分と年上だと記憶していたけれど、全然おばさん臭くないし、可愛い感じだし、優しそうだし、抱きついたらお日様の匂いがしそうだし、いい人そうに思えて名前をちゃんと憶えていなかった事に強い罪悪感を感じてしまう。
「いいのです。でも、シビルさんは何をしているのですか? あ、あたしはオフなのでお買い物に来たのです。これから色々とイベントがたっぷり待っているですからね。新しいお洋服でも買うのです」
 そあらがニコニコしながら言うので、シビルにはそあらの予定がすごく楽しい事のように感じられた。少なくとも、これから家に帰ったり、アーク本部でお仕事をするよりもずっとずっと楽しそうだ。そんなシビルの様子を感じ取ったのか、そあらはもう一度にっこりとシビルに笑いかけた。
「もしよかったら、あたしと一緒にお買物しませんか?」
「うんと、えっと、はい。ボク、そあらちゃんとご一緒したい……かな?」
「はい、喜んで!」
 端切れの悪いシビルの返答にもそあらは嫌な顔を見せず、即答した。
「じゃ、早速行動開始するです。時間は有限、お店は無限なのです~」
「え、ええぇぇえ!?」
 シビルの手をギュッと握ると、そあらは目当ての店を目がけて走り出した。

「最初はここです。さ、シビルさん。まずはこれと、これと、これと、これも試着です」
「えええぇ! いきなり? ボク、まだ全然お店の中とか見てないよ」
「大丈夫です。シビルさん大人びて見えるですからこういう感じのはステキだと思うです。あ、でもこっちのフェミニンなワンピースもかわいいかもです」
 次々に商品がラックからそあらの手に移動してゆく。
「でもでも、さすがにこれは大人の女の人が着る服なんじゃ……」
「大丈夫です。ほら、バイカラーのショートブーツと合わせると大人っぽくなるし、カジュアルなファッションも似合うですねぇ。やっぱり女の子はガーリーじゃないと」
 そあらはちらりとハンガーに掛かったままの服をシビルにあてがい、思った通りだと数回うなずく。
「とにかく試着です。お洋服はね、こうやって見た時と着た時とで感じが随分変わるのです。似合うかどうかは着てみないとわからないのです。あ、ここいいですか?」
 そあらはカーテンが開いたままで誰も使っていない試着室を指さし、店員に許可を取る。
「そ、そあらちゃん?」
「きっとお似合いですよ。試着、頑張ってください!」
 他人の為にこんないい笑顔をする人の期待を裏切れるものだろうか……いや、出来ない。
「うん、ボク頑張るよ、そあらちゃん」
 そあらのまぶしい程の笑顔にシビルは大量の服を受け取り、両手の拳をギュッと握った。
「あ、こっちのタータンチェックのスカートすっごくかわいいのです。今年はチェックが流行ですし、これも追加です」
 一度閉じられたカーテンを一瞬開いて、そららはだめ押しのスカートを衣類の海に溺れそうなシビルにはいっと手渡した。

 女の子にとって日常生活の至る所に戦場がある……といっても過言ではない。愛しい人との逢瀬も、ムカツク女性と笑顔の下でやり合う戦いも、ほんの僅かな布石を置く人間関係も、そして自分の一番似合う服を世界中から探し出す発掘作業も戦いである。そあらとシビルの戦いもそれは壮絶なものであった。一番似合う物を探すには一番だと確認しなければならない。ゆえに、見て回れる全ての店舗を制覇して2人は最初に訪れた店に戻り、タータンチェックのスカートを買ったのだ。満足して買い物をする為にかかった時間は……ともかくあたりはすっかり陽も暮れようとしていた。
「あたし姉妹とかいないですから年下の女の子に服を見立ててあげるのは楽しいのです。でも、一方的にキャッキャ騒いで迷惑じゃなかったです?」
 コーヒーショップでようやく休憩をしたそあらは心配そうにシビルに言った。
「そんなことはないよ。そあらちゃんと一緒で楽しかったけど……けど、疲れちゃった」
 シビルはでろ~んとテーブルの上に突っ伏す。
「でもしょうがないのです。シビルさん何でも似合うから色々着せてみたくなるのです。あっ!」
「どうしたの?」
 突っ伏していたシビルはそあらの悲鳴に跳ね起きた。
「……シビルさんのお洋服ばっかりみて自分のをすっかり忘れていたのです」
「えぇええ! どうしよう。ボク、さすがにもう見て回れないよ」
「いいのです」
 情けない声を出してギブアップするシビルにそあらはニコッと笑った。
「あたしのは今度さおりんと一緒にショッピングにいくのです。デートの口実にするのです。あたし、頭いいです」
「男性側が拒否する可能性も考慮したほうがいいと思うよ」
「ううっ……そんなぁ~」
 少しいぢわるなシビルの言葉にそあらは不意に悲しそうな顔になる。まったく大人の女の人なのにそあらは不思議だとシビルは思う。一瞬で雰囲気や関心、思考が変化して万華鏡の様にキラキラでまぶしくて、とらえどころがない。
「そういえばシビルさんって気になる男の子とかいないのです?」
 さっそく思ってもない質問でそあらはシビルの度肝を抜く。
「え? い、いないよ! もう、そあらちゃんったらビックリするじゃないか!」
「あ・や・しぃ~です」
「怪しくない!」
 初めて飲んだキャラメル味の珈琲は甘くて少し苦いとシビルは思った。