● 「別に着いて来なくても一人でできるのよ」 「まあ、そう仰らず。二人の方がきっと早くできますよ」 『クレイジーマリア』マリア・ベルーシュ(nBNE000608)は身体を宙に浮かせつつ、膨れた頬で風宮 悠月(BNE001450)の顔を覗きこんだ。 笑みを作ってマリアの頬の空気をつついて潰しつつ、悠月は思う。確かにマリアの実力ならば一人でも任務は熟せるのだろう、其処は非常に頼もしい。しかし悠月の女性としての母性が疼くのか、小さな心配が心に圧し掛かるのだ。 そんな悠月の事を察してか察してないかは不明だが、マリアは「心配し過ぎよね、貴女も他も」なんて言いながらフイっとそっぽを向いたのであった。 「あ」 「あら?」 そっぽ向いた先、複数の影。侵入者がどうだとか、女だから生かして捕えろだの言っているが悠月とマリアに其れが恐怖としては響かない。 「男のフィクサードってあんなのばっかりよね」 「ええ、本当に」 そう。此処は既にフィクサードのアジトである。 夕焼けの赤い光が差し込む、此の闇の世界。居着いていたのは、力を使って至福を肥やす下衆の集団だ。今にも後にも此れ以上の被害は見逃せない――受けた依頼はフィクサードの全滅だ。 いやはや、因果応報か。悠月はマリアを背に置き、足下からふわりと魔力を練り上げた神秘のベールを纏った。 「――私が前に立ちます」 なに、其のベールは物理を通さない強堅。 悠月の凛々しい背中にマリアは開いた口から言葉が出ない。いつもなら不満を曝け出しつつ全部私が殺せますと自己主張するのだが。 「マリア、存分に暴れてください。期待しています」 先手を取られてそんな事を言われたら――遅延が過ぎたエゴイズムを、知られていた事にマリアの顔は紅潮した。 「何よ! ちょっと見ない間に逞しくなっちゃって! 生意気よ、生意気っ!」 けれどやはり言葉で抵抗せずにいられない年頃であった。 見た目の話をすれば大人と子供、どちらが強いかと言われれば圧倒的にマリアよりも悠月だ。前衛に立っていた事も上手く転んで攻撃は悠月へと集中した。 相手は四人。数としては此方の倍ではあるが、さして問題になる程でも無い。というのも―― 「――攻撃が通らない!?」 「デュランダルに覇界闘士ですか……残念ですが其方は相性最悪ですね」 ナイフが悠月の顔面目掛けて飛んできた。しかし彼女の瞳から数ミリの手前で刃先は止まり、逆にナイフは弾かれる。男から流れ落ちた冷や汗でさえ悠月のベールは弾いた、そして。 「では、此方の番です」 指で描いた魔法陣。召喚された冷然たる、冷酷たる、絶対零度の翼の舞。凍傷に体を焦がすフィクサード達だが、其れを見ていてマリアの歯ぎしりが大きくなっていく。 遂に悠月の神秘を剥がそうとデュランダルの大剣が振り落される――しかし。 「あんまり悠月いじめないで頂戴!!」 漆黒色の閃光――赤い夕焼けに混じった悪意が放たれた。剣は悠月の頭上直前で止まり、他の三人も痛みを感じている表情で石となり止まった。 「いえ、私は――」 いじめられている訳ではありません、と続くはずだったのだが。 「いじめていいのはマリアだけなのよ! 誰の許可を得てマグメイガスに火力あててきてるのよ!!」 と、地団駄を空中で踏みながら葬送曲を練り上げている姿に小さく苦笑した。どうやらマリアの視点からでは四人の男に嬲られていると見えた様だ。 気づいた悠月。もしかして、マリアは――人のために頑張れる子なのでは無いかと。身体を盾に人を守れるとはお世辞にも言えないが、攻勢することによって敵を潰して守る姿こそ、マリアなのだと再び確信したであろう。 さあ、仕上げと行こう。 組みあがる葬送曲に合わせ、悠月は手の平に込める魔力。 「キャハハハハハハ!! 皆、塵になってしまえばいいのよお! 歌いなさい、必死に生を欲する断末魔を!!」 マリアは両手を後ろに振りかぶり、それを前へと押し出した瞬間―――空中を迸っていく赤黒い鎖の群。綺麗に悠月だけを避けて、石となったフィクサードの胸や頭を突いて吹き飛ばして壁に当たっては壁さえ粉砕していく。 「では、御機嫌よう」 崩れゆくアジトで、悠月は先程のデュランダルの前に立った。 「ま、ままま、待ってくれ!! 話せば、わかる!! 悪かった、俺達がああああ!!」 「身の程の知りなさい」 非常に殺傷能力のある人差し指か。ボタンでも押すように男の額に触れた瞬間だった――頭部が風船のように弾けたのであった。悠月の後ろでは、悪魔のような天使が楽しそうに笑っていた。 ● 「痛いところはありませんか?」 「無いわよー、大丈夫よう」 崩れたコンクリートの上で、悠月はマリアについた血をハンカチで拭っていた。血を拭って初めて見えた、葬送曲の反動で切れた頬の傷に悠月の眉間にしわが寄った。 「別につばでも着けとけば治るわよ」 「傷が残ったらいけませんよ」 優しさで包む、傷痕。少しずつ癒えていく傷は、まるでマリアが負った心の傷を少しずつ癒していく様だ。 そういえば、と。悠月は思い出したようにマリアに問いかけた。其の時、マリアは自分の平たい胸と悠月の豊満な胸を比べていたのだが。 「ベルというのは愛称なのですか? 何人かマリアをそう呼んでいたので気になっていました」 「うん。ベルって響きが好きよ。ベルーシュのベルだわ」 ふむ、と一息ついてから悠月はマリアの小さくて柔らかい手を握った。 「マリアさえ良ければ、私もベルと呼んでも……?」 「いいわよ」 どうやら帰りの輸送車が到着したようだ。アークの処理班の人々とすれ違いつつ車へ飛んでいくマリアへ。 親愛を込め笑顔で、悠月は。 「――ベル」 呼ばれたかと、振り向いたマリア。 「なぁに、悠月」 彼女も笑顔で返してくれた。 |