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●無題●


 ふわりとアルパイン・ブルーの空から吹いた風が木蓮のホワイト・レドの髪を攫っていく。雫が滴る角を糧に覆うオイルグリーンの葉は、太陽の光に照らされて揚々とその身を広げていた。
 彼女の手の中には自身が営む「モル屋」の商品の材料。試作品を作るために手芸品を求めた帰り道。
 クローム・イエローの並木道が木蓮の視界を覆った。
 寒さが服の間から侵入してくるこの季節に銀杏の葉も落ちる前の一瞬の色彩を広げている。
 少しだけ寄り道してもいいかな、と。並木道を歩いて見つけたのは小さなカフェテラス。
 そこだけ別世界の様に切り取られた秋の風景を閉じ込めたヴィネットがあった。小さなテーブルと椅子に並んだ恋人の姿を思い浮かべる。普段であれば絶対に一人で来ないであろう彼の姿はとても微笑ましい。
 このクローム・イエローの中に銀狼の色彩を閉じ込めればそれはとても絵になるであろう。
 よし。と、拳を握りしめて木蓮はにんまりと笑う。――――二人で此処に来るぞ!
 そうと決まれば少しだけお洒落もしたいと思うのが乙女心であろう。並木道に彼女の趣味に合う服屋があるのは先ほど歩いてきた時にチェック済みである。女子の嗅覚は伊達ではない。
 ついでに恋人の服も見ておきたいところだ。木蓮は颯爽とその場を立ち去り銀杏の黄色に消えていった。

「なぁ、なぁ。行こうぜぇ」
「……」
 恋人の触り心地の良いふとももに頭を預けて、上から降ってくる甘い声を龍治は聞いていた。
 この位置からだと、彼女の豊満な胸と表情のどちらもが堪能出来てとても心地よいのだと彼は思っていたのだろうか。男であればそう思うのが普通である。
 木蓮はフロスティ・シルヴァの龍治の髪をすっと撫でた。優しく嫋やかな指先は暖かい。
「本当に良い場所なんだって、一緒に行こうぜぇ…………だめか?」
 しょぼんと耳を下げた彼女の表情は何とも愛らしい。だが、その半面とても悪いことをしてしまった様な感覚に陥るのがネックである。
「……はぁ」
 しばしの沈黙の後、根負けした龍治が小さなため息をついた。と、同時に木蓮のクリケット・グリーンの瞳がぱぁっと明るく成って行く。
「分かった」
「やったぁー!!! 龍治、大好きだぜ! 愛してるぅ!!!」
 喜びの表情と共に龍治の頭が包まれるのは木蓮の腕と大きな胸である。ぎゅうぎゅうと押し付けられる感触は柔らかくて最高だ。と彼は思ったのかもしれない、思わなかったのかもしれない。否、男であれば――。
 ともあれ、木蓮に連れられる形でカフェテラスへの切符を切った龍治であった。

「こっちが良いかな? いや、こっちか?」
 うんうんと唸りながら鏡とクローゼットの間に龍治を立たせて、せわしなく行き来する木蓮。
 昨日の約束通り、龍治を連れて銀杏のカフェテラス行きの準備をしている真っ最中である。
 手に持っているのは、ワインレッドとアッシュモスのシャツだ。ジャケットは濃い色なので、同じトーンで合わせるか明るめの色で引き締めるか迷うところである。
 普段はアッシュ系統の多い彼の色彩に秋らしいワインを落としてもいいかもしれない。
「こっちにしよう!」
 鏡の前に立つ彼に木蓮は服を押し付けて、うんうんと頷いた。彼の服が決まれば今度は自分の番である。
 先日、服屋に寄った時に選んだのは数種類。今日はどれを着て行こう。
「俺はどうしようかなぁ……」
 襟元に控えめなフリルがついたリボン付のブラウスと緩めのサロペット、秋色のキャロットに縦ニットのワンピース。順番に身体に合わせて龍治の表情を伺う。気乗りしない不服さを全面に押し出している彼。
 大体無表情の彼が耳をピクリと動かしたのは縦ニットのワンピースだった。
「よし、これにしよう!!!」
 ガサゴソと準備をする彼女をハニーゴールドの瞳で見つめる龍治。嬉しげな表情が溢れる木蓮を見ていられるなら、おしゃれなカフェテラスも悪くはないのだろう。
 だがしかし、自分がそこに居る違和感が凄まじい気がしてならないのだ。今ならまだ別の場所にする事もできるはずだ。
「木蓮、やはり……」
「よし! 準備出来たぞ! 龍治行こう!!!」
 木蓮のクリケット・グリーンの瞳が笑顔の煌きを解き放つ。恋人の超絶な笑顔を退けてまで龍治は足掻くことが出来なかった。
「ああ、行こうか」
 腕を組んで歩く二人は秋の色彩の中へ出発する。


 案内されたのはクローム・イエローの景色が見やすい様にガラス張りにされた大きな窓があるテラス席。
 円形のドーム一面をガラスで覆われた場所だ。ここなら、銀杏の並木道も舞い落ちる葉っぱもよく見える。
 部屋の真ん中には薪ストーブが置かれ、長い鉄串に刺したマシュマロを焼いている人も居た。
 一番景色の良い窓側の席に二人は腰を下ろして、ハンドメイドのメニューを開く。
 店長が自作したというメニュー表はどことなくいびつであったが、それ故にカントリー調のカフェテラスにはよく似合っていた。店内の色調も生成りとダークブラウンのアースカラーに統一されている。

 ティーコージーを外す前に、冷えたミルクを先にカップに注ぐ。その様子を龍治のハニーゴールドの瞳がじっと見つめていた。中々に手際が良い。この時の為に頑張って勉強をしてきたのだろう。
「ミルクは暖かいのは使わないんだぜ」
 カップに満たされて往くのはダージリンのオータムナル。秋摘み故か少々水色が濃く、シャンパンのように軽やかな印象は受けない。
 特有のマスカテルフレーバーは峻烈さを潜め、ほど良い程度に落ち着いてはいるが、夏のセカンドフラッシュにはない深みが垣間見える。
 夏はストレートで飲む方が美味しいダージリンだが、秋はミルクティ向けの深い香りになるのだ。
「はい! どうぞ」
「ああ」
 何時もと違った本格的な紅茶に龍治は少しばかりの緊張を持ちながらティーカップを受け取った。
 普段であれば、インスタントのコーヒーか冷えたビールしか受け取らない手が、ボーンチャイナの白を手に乗せている。不慣れでぎこちない彼の動作に木蓮の緑の瞳が細くなった。
 ティーカップの中で揺らめくのは蕩けるようなダイヤーズブルーム。太陽の光に照らされて一層の薄い黄緑を帯びている。
 一口、飲んで感じる感覚に龍治は少しだけ驚いた。
 舌と鼻腔をくすぐるエスプリはフランス流。秋摘みともなれば特有の渋みは重厚さを増し、ミルクの柔らかな甘みとの相性も抜群だ。
 こくりこくりと嚥下する紅茶。
 その秋の木漏れ日の中で銀狼の短い髪が薄く光っている様に木蓮には見えたのだ。
 光を良く通すフロスティ・シルヴァ。紅茶に注がれるハニー・ゴールドの瞳。
 彼女にとって至福の時間であった。いつもとは違った恋人の姿に心が擽られる。
 クローム・イエローの銀杏が彩るカフェテラスで紅茶を嗜む様子は木蓮の思った通りにとても良く似合っていた。だから、自然と笑顔になる。
 最初からの居心地の悪さは、木蓮の声と紅茶の美味しさでかき消されて行った。
 何よりも、彼女が嬉しそうに笑うから。龍治の気持ちも穏やかなものに変わっていく。
「なぁ、龍治。たまにはこういうのも悪くないだろ?」
「……そうだな」
 少しばかりの笑顔を見せれば、彼女が満足気に大きく尻尾を揺らし始めた。
 こういうおしゃれな場所で紅茶を飲みながら、ふにゃりと笑う彼女の表情は――――。
「悪くない」

 店を出ればテラスから見えていた景色が冷たさと共に広がった。それを埋めるように龍治の腕に絡みついた木蓮は揚々とクローム・イエローの並木道を彼と共に歩いて行く。
 今日の龍治の姿を忘れないように心に焼き付けて。
 日常という名の幸せを共に生きたいから。この瞬間の記憶を大切にしたい。
 銀杏の黄色の間から見える空はアルパイン・ブルーの透き通る大空。雲ひとつ無い晴天。
 紅茶の香りが仄かに残るのはどちらからか。
 お互いの暖かさを感じながらゆっくりとクローム・イエローの葉が舞い散る通りに消えていった。