● 小鳥達が鳴いている。 咲き始めた山茶花を凛と冷えた朝の大気が包む――霜月の終わり。 「ん……」 小さな呻きは艶やかな色彩を帯び、妙齢の色香を十二分に引き出している。 まぶたに染み込む弱々しい朝日に彼女は背を向けた。 外は寒いと言えど、こうして寝具に包まれているならばそこは楽園のようでもある。 時折木枯らしが吹き荒ぶ外の気配は、寝起きの本能には少々手厳しいものがある。だが片目を開けて時計を睨めば、予定より少し早いがそろそろ起きてもいい時間になっていた。 それにしても眠い。『怪力乱神』霧島・神那(BNE000009)はしどけない寝姿のまま両手を大きく伸ばす。乱れた寝具がずれ落ち、垣間見える肢体からはたわわな胸が零れ―― 「んん~起きたのね~ん」 まぶたをこすりながら、どうにかのそのそとベッドから這い出す。まだいかにも眠そうな様子は性格故か、それともこんな季節のなせる業だろうか。 あくび一つ。寝ぼけ眼のまま神那はバスルームの戸を開ける。足元から流れ込むひんやりとした空気に彼女はしなやかな身を震わせた。 「今日もアークに行かないといけないのね~ん」 未だ寝具が恋しい季節ではあるが、そうも言ってはいられない。 冷え切ったバスルームにどうにか身を滑り込ませてバルブを捻れば、辺りは程なく真っ白な湯気に包まれた。 暖かな湯を全身に隈なく当てる。褐色の艶やかな肌が湯を弾く。そしてもう一捻り。水圧を強めれば熱めの湯に肌が上気し、全身が目覚め始めるのを感じる。 「ん~、しゃっきりしてきたのね~ん」 大きなタオルに身を包み、バスルームを後にした彼女にはまだやることがあった。 時間はまだ大丈夫。手に取るドライヤーの風を浴びながら、長く美しい緑髪をくるくると巻いて行く。完成したのは神那を神那たらしめる印象的なスパイラルヘアー。これで漸くいつもの彼女の登場だ。 さて。アークに足を踏み入れてみれば、まだ少々時間があるようだ。 家から歩いてすっかり目覚めた身体と頭脳は、何かをしなければ持て余してしまう。有り体に表現すれば神那は今、ひどく暇なのである。 「ムッハハハ!」 ならば早速。リノニウムの床を踏みしめて神那は突き進む。まだ用のないブリーフィングルームをそのまま通りすぎ、廊下の角を適当に曲がってみた。 往くあてなんてありはしないまま、好奇心の赴くままにとにかく歩いてみる。ここがどこかなんて知った事ではない。 長い廊下をもう一度曲がれば、そこから先にはまだ行った事がなかった。司令室でもなければ食堂等でもない。アークに来てからずいぶん長い月日が経ったが、そこにはいったい何があるというのだろうか。 そう思えば胸が高鳴ってきた。暇であるからにはやってみたい事だってある。そう。探検だ。 「此処には何があるのかな~?」 はてさて。長い廊下を二度程曲がった彼女の眼前にあるのは突き当たり。なんだかよくわからない扉がある。 「こっそり見ちゃうぜぇ!」 LED蛍光灯の冷たい光に照らされたドアノブを掴み取り――バァーン! 躊躇なんてしない。気合一発。正々堂々。神那は力強く扉を開け放つ。 ――突如シグナルランプが明滅し、サイレンが鳴り響いた。 ● あれから色々と大変な目にあったものだ。 なんだかアークのスタッフや時村綜合警備保障の方が何名か来てしまったり、その人達に少し叱られてみたり。 面倒なことはケロっと忘れて依頼に呼び出されれ見れば、ブリーフィングに遅刻しそうになったりした。折角早起きしたというのに無体な話である。 それからそれから。気を取り直しての出発進行。仕事は突然無人島リゾートに行くものだったり、敵からはなぜか攻撃を受けなかったりしてきたものだ。今度の手合いはどちらかと言えば彼女のような妙齢の美女が無慈悲に蹂躪されたほうが幸せになる人間は多いと思うし、しっかりとした動画もとれたと思う。 けれどそうはならなかった。兎も角そういう敵だったのだ。知っていたとは言え残念無念ひとしおである。誰にとってとは言わないが残念である。繰り返すが残念である。いやその、無事でよかった。 それはそうと成功の報告をしっかりと済ませれば。いざ、宵の帰路である。 「お腹が空いたのね~ん……」 吐き出す吐息が白い。縦横無尽の活躍をしたならば腹だって減ってくる頃合だ。第一、朝から何も食べていない。 商店街の石畳を歩けばショーウィンドウから光が零れている。いつの間にかハロウィンを過ぎ、街にはイルミネーションも増えてきた。もうじきアドベントを迎えるアーリークリスマスの空気がどこか眩しい。 横目で眺めればずいぶん大胆な服も並んでいたりして興味もそそられるが、今の神那が探さねばならないものは食べ物だった。 横目に映るのはイタリアンか、中華か、それとも焼肉か。結局そうこうしているうちにファッション多目のストリートを端まで歩いてしまった。体力は残っているが、そろそろ胃袋の方は我慢の限界が近いらしい。 ふらりと横道に逸れればそんな今の彼女に訴えかけて来る店がある。それはブラックボードに手ごろなメニューを掲げた小さな洋食屋さんであった。 まずは水を一口。ウェイトレスにお願いしたのはグラタンにハンバーグに、それから―― 結局彼女はオムライスとカツレツまで注文してしまった。 じわじわと音を立て、縁をほんのり狐色に染めた熱々のグラタンは濃厚なミルクの香りとタマネギの甘み、鶏肉の旨みが溜まらない。 ナイフを入れれば肉汁があふれ出すハンバーグをデミグラスソースを乗せて一口。牛肉とキノコの風味が口いっぱいに広がる。 お次はオムライスだ。トマトソースの酸味が絡んだオムレツの中はトロトロで、パラリとコンソメが効いたチキンライスと合わせれば舌鼓も響こうというものだ。 からりとしたカツレツから香るパセリとバターの風味に、レモンがさっぱりと絡み合う。ほんのりとしたパルメザンチーズがいい味だ。 最後に残りのコンソメスープの一滴まで飲み干したならお会計。ここまでカロリーを合算すれば相当なものだが、こうでもしなければ身体と胸が保てる気がしない。リベリスタ『怪力乱神』は伊達ではないのである。 そんなこんなで家までたどり着けば結構な時間になっていた。歩いてお腹もこなれたならばベッドだって恋しくなってくる。けれども先ずは疲れ切った身体を肩まで湯船に沈めなければなるまい。 「ぶっはぁー!」 どっぷりと湯船につかり大きく息を吐き出す。豪放磊落な態度だが、それも彼女の持ち味の一つであろう。 冷えた指先までじわりと暖かくなれば、まぶたも重くなってくる。 「今日も一日楽しかったのね~ん」 一日良く働いたのだ。 「お休みなさ~い……」 そっと一人ごち、滑り込むようにベッドにもぐれば。お休み三秒ぐーすかぴー。 今日も一日、お疲れ様でした。 |