● 夢か現か。嘘か真か。 公園にて彼女――『白雪夢』ロッテ・バックハウス(BNE002454)は待っていた。 本来なればこの様な形で会う事は無い相手を。己が招待した、待ちし相手はたった一人。 いや。“一人”というのは単位が違うか。なぜならば、 「ふむ――卿か? 余をこの地に呼びし、奇特な人間は」 それは“一柱”と言った方が正しい者。 ソロモン72柱の一角。バアル。その者なのだから。 「あ、バアル様! こんにちはなのですぅ! 今日はただ一緒にあしょびたくて、お誘いしたのですぅ!」 「ふむ……卿は余と戯れたいと? 成程。余を前にしてその様な言の葉を放てるなどそれだけで感嘆物だが――」 言う。威圧と共に、 「卿。恐れは無いのか」 目の前にいるのは魔神なのだぞ、と。恐怖は無いのかと。 問いかける。故に、 「私は“プリンセス”なのですぅ!」 ロッテは即答した。己はプリンセス。姫なれば、 「プリンセスがキングを恐れるなんてないですぅ!」 恐れない。恐れがあっても見せはしない。 啖呵を切る訳ではなく、ただ在りのままに。ロッテは偽り無き己を見せる。 プリンセスとして、堂々たる挨拶を。さすれば。 「ほう……フフフ、面白い。これは余の方が失礼したな小さき姫よ。 闘争でも無い場に威圧の気など、これ以上無き不要なモノであった。許せ。卿を軽んじた」 敵意など無粋であると。バアルは悟る。 己を姫と称した相手に礼を欠いていたと。故に少々上からではあるが、謝罪の言葉を伝えて、 「ウフフ良いのですよバアル様! それよりバアル様は公園で遊んだことってありますか?」 「フッ。余を舐めるなよ。公園とはつまり“開けた場所にいくらかの遊戯道具”が有る地の事だろう? 遊んだ事などあるわ――大体血生臭い関連でだが」 「わぉ過激ですぅ――!! 遊ぶの意味が違うですぅ! もうちょっと平和的! 平和的な日本のあしょび方ってのを一緒にするですぅ!」 言えばロッテは王の手を引き、公園の中へと足を踏み入れて。 「わたし流お・も・て・な・し……じっくりと味わって下さいですぅ!」 ● 金属音が鳴り響く。 間延びして、一度鳴り止み再びと。その音の正体は、 「バアル様どうですか――」 ロッテが言う。 「これが公園におけるポピュラー遊具の一つッ! 俗に言う“ブランコ”なのですぅッ!! 片方が椅子に座り、もう片方が背中から押す……! これがブランコのマナーにして絶対のルール! 交代で押し合うのが特にミソなのですぅ!」 「なんと――つまりブランコとは伝統と規律ありし半円遊具と言う事か。奥が深いなッ!」 そう言う事になった。割と間違っていないから困る。いや、別に困ることは無いがともかく。伝統と規律ありし半円遊具に王が揺れられて。 「成程これがブランコの遊び方か……ならば役割を交互する事も必要だろう。 さぁ、卿も座るが良い。余が卿の背を押してやろう」 「ウフフ! 有難うございますなのですぅ!」 まるでカップルみたいですぅ! という言葉は心の中で。王がロッテの背を片手で軽く。 押して押されて、揺られ揺らされ。 しかしまだだ。この程度で公園のお・も・て・な・しが終わる筈が無い。 「バアル様! ブランコも良いですけれど……公園にはお互いを見つめ合い、愛を囁きつつギッタンバッコンする遊具があるのはご存知ですか?!」 「卿。卿。何やら妙な意味合いの言葉に聞こえるが、それは知っているぞ。詰まる所、アレだろう?」 王が指差す先。あるのは所謂“シーソー”だ。 木製の、若干年季が入っている。しかし使うには問題ないであろうソレは、 「そうなのですぅ! 端っこに向かい合って座って、ギッコンバッタンするのですぅ! ギッタンバッコンでも大丈夫ですが、ギッコンバッタンが正しいと思うのですぅ!」 「なんと――かような使い方をするのが正しい理なのか。 余は闘争の最中に地より抜き上げて使う、公園設置型セルフ投擲用武具かと思っていたが」 「わぉやっぱり過激ですぅ――! 違うですぅ! 武具じゃなくて遊具ですぅ!」 ハハハ冗談だ。と王は言うが、実際にそんな感じで使った事があるのかどうなのか。 まぁともかく、とばかりにロッテは王と共にシーソーへ向かう。公園と名の付く地にはありふれた遊具の一つだ。特に難しくは無い。お互いが端に座って体重移動の原理で浮かんで沈めば良い。 ただ。互いが向かい合う遊具、というのは存外少ない。ブランコは隣り合って遊ぶ物であるし、シーソーを除けば向かい合う遊具は果たしてどれだけあるか。故に、 「バアル様……なんて素敵な笑顔……微笑みの貴公子ですぅ!」 「ハハハ。小さき姫よ。かく言う卿も、常に微笑みを消さぬではないか。この遊具は鏡の性質でも持っているのかな?」 互いの表情について言及出来る。 ギッタンバッコンギッタンバッコン。擬音で表すならその様な音だろうか。シーソーの傾きが特徴的な音を醸し出して、二人だけの世界を作り出す。 さりとて時は止まらず進むモノ。遊び遊べば太陽は進んで、人の身なれば腹は空く。つまり、 「バアル様! バアル様! 見て下さい――私の作ったお弁当なのですぅ!」 昼時である。 ● ロッテが取り出すは一つのお弁当。この時の為に用意したお手製である。 「これが卵焼き……これはほうれん草のおひたしなのですぅ! 一杯作りました! どうぞ食べて下さいなのですぅ!」 「ほう、色取り取りであるな。これは良い。頂こう」 一口。黄色の、色良き卵焼きを軽く摘まむ様に手にとって、王が食す。 柔らかい。その上で厚みのある卵を奥歯で噛み締め、喉の奥へと運んで往けば、 「これぞザ・日本のお弁当! ……あの、どうですか? おいしいですか?」 「うむ。この国の弁当とやらは初めて食すが――あぁ。これは美味だ。労が掛ったろう……真、大義である」 「それは良かったのですぅ!」 和気藹々。木の下で、軽く会話をしながら食事をする。 卵におひたしその他諸々。さすれば途中。ロッテが少し緊張気味、あるいは照れくさそうに――王へと一つ問い掛けを投げる。それは、 「ええと、つかぬ事をお聞きしますが……その、右おっぱいの猫さんは喋るのですか……? あと、揉ん……揉ん……撫でてもいいでしょうか……?」 視線の先はバアルの右胸。猫の顔がある箇所である。 果たして猫は喋るのか。反応するのか。そもそも撫でていいのか。 悩むが、ロッテは己が興味と好奇心を抑えきれずに王に問う――撫でて良いかと。ある意味斬首物だ、が。 「ほう。興味が有るのか? ならば良い。許そう。気が済むまで揉みしだくが良い。運が良ければ鳴くかもしれんぞ」 斬首どころか恩赦が出た。それも中々にあっさりと。 で、あるならば。許可が出たと眼を輝かせて揉むロッテ。左胸のカエルが、 ――こっちには絡まないのか貴様あああああ! 的な敗北者目線を向けている気がしないでもないがカエルだしどうせ気のせいだろうそうだろう。うん! 「おぉお! なにやら柔らか、ああ! 猫さんが! 猫さんの表情もどことなく柔らかく! 鳴くですか!? 鳴くですか?! ふぉぉぉお、猫さ――んッ!」 思わずテンションが上がる。王の猫を撫でるなど今まで果たして何人出来たか知らないし分からないが、凄まじい貴重な体験をしているのは想像に難くない。猫もビックリだよ! ともあれ、食事が終わればまたもう少しばかり遊びの時間だ。次は、言うなれば泥遊び。 袖を巻くって本気を出して。光り輝くと見間違う、至上の泥団子を創造すべく。姫は先陣切って泥団子を作り始めて。 王も参戦。水を僅かに土に垂らして泥を生成。掬って円を作ろうとすれば……おぉ、中々上手く出来たのではなかろうか。 そして存分に、王と姫は遊びに遊んで。 ――気付けば。カラスの鳴き声が聞こえた。 日が暮れる。夕刻時。時を忘れるかのように遊んだ一時は終わりを迎える。 「うっ? バアル様、帰ってしまわれるのですか?」 「あぁ否、否。帰る、と言うよりも終わる、と断じようか。残念ながらな。ここまでだ」 夢は終わる。嘘は続かない。 「余からすれば刹那の彼方に過ぎぬ時間だったが――同時。至高の時であったのも確かだ。ロッテ・バックハウスよ」 ロッテの視界に亀裂が走る。 痛みも何もありはしない。ただ、目の前に映る、王の姿を隠す様に走る亀裂は広がり。そして、 「あぁ。良い……一抹の、夢であった」 「楽しんでもらえたのなら何よりですぅ! ――さようなら、ですぅ!」 目の前の光景が一瞬、砕け散る。刹那の後の残るはただの公園。ただの夕暮れ時。 あれが現であったのか。夢であったのか。正しく認識できるモノはどこにもいなくて。 全ては砂欠片の如くに流れて消える。 「えへへ……!」 それでも。彼女は。小さき姫は。 「とっても、とーっても! 楽しかったのですぅ!」 己が心。確かに残った記憶を思い巡らせ。 真の思い出として残り継ぐ。 これにて一連幕と成せば。 王と姫の――夢なる邂逅であった。 |