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●『坂本ミカサの優雅な一日』●

 ――良い朝だ。
 いつもの朝。朝日を浴びて起床して、自室から出て居間へと続く階段を下りる。
「おや! おはようございますぞミカサ様。朝食ならできとりますぞ~」
「うん、おはよう。食べる」
 母(メルクリィ)のそんな言葉に適当に相槌を打ちながら、如何にもな『良き日本の朝食』が並んだ卓袱台の定位置に着席。正面には新聞を広げた父(蝮原咬兵)の姿が見える。
「野球でも気になるの」
「あ? ……天気」
「今日は晴れるみたいだね」
 他愛も無い軽い会話。特に目を合わせるとか積極的コミュニケーションは無い。紙面に視線を落としたままの厳つい顔をした父は、今も危ない仕事をしているんだろうか。ミカサは知っている。深夜、母が台所で「ですぞですぞ」と顔を覆ったメカハンドを涙で濡らしているのを。
 そんなしんみり思考の瞬間。
「スタンリー! スタンリィイーー! アタクシのプリン食べたでしょぉおお!!」
「奪わなければ――奪われるのですよ、シアァアアアン!」
 ドガシャーンとけたたましい音が鼓膜を劈いたのは、今朝もまた妹(紫杏)と弟(スタンリー)が殺s……喧嘩をしているからだ。妹もそうだが、弟のブチ切れ具合も中々。ぎゃいぎゃい罵り合いながら周りを鑑みずドタバタやるのには困ったものだ。ご近所迷惑でしょ。
「あぁもう、喧嘩しないで……!」
「だってだってスタンリーが!」
「私はもう道具ではなァい!」
 オロオロする母、気にしないで新聞を捲る父、ヒートアップする兄妹喧嘩。けれどそんな妹はこの間まで大企業の御曹司の話ばかりしていたのに、最近は年配の男性に入れあげているとか。心配だけれど、まぁ、今は喧嘩に巻き込まれない事を考えよう。と思った瞬間にスコーンとプリンの空き容器が頭に命中する。やれやれ。溜息を吐いて、ミカサは言った。母へお茶碗を差し出しながら。
「ご飯おかわり」
「たんとお食べなさい」


 朝食後のペットの世話は、自分のいつもの日課である。
 うちには可愛いペットが二匹いる。
「死ね。殺す。世界の全てを己自身を裏切り殺し崩し壊し死に果てるが良い。死ね」
「相変わらず殺意が高いね。なにより」
 鳥(アンドラス)の言葉にうんうんと頷く。ペットショップ『ソロモン』からやって来た、赤くてロックなデカい鳥。口癖は「死ね」「殺す」。禍々しい言葉を聞きながらとは言え、地獄チックな鳥籠の中の悪魔的な玉座に鎮座した鳥がご飯(フライドチキン)をバリムシャアしているのを眺めるのは心が洗われる。
 美味しいかい、と少しだけ目を細め。
「動物は良いものだ」
「死ね」

 さて次は。

「Sieg oder tot! 負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ!」
「はいよしよし殺意高いな」
 庭に出るなり目にも留まらぬ猛速で飛び掛ってきた犬(ブレーメ)のタックルにかっ飛ばされる。いつも全力で寄ってくるから全力で防御するんだけど。ドイツ語で何かワンワン吼えながら的確に首を狙って噛んでこようとするのを「ステイステイ」と言いつつ首輪を掴んで抑えながら、お散歩へゴー。
 ガッシリした見かけによらず兎に角素早い犬に半ば引っ張られつつ、行く先はいつも決まっている。
「おはようございます、おじさま」
「Guten Morgen,ミカサ」
 近所に住む顎の割れたドイツ人のおじさまは、超じゃれついてくる犬をもふもふしながらいつもの様に挨拶を返してくる。因みに彼の職業はスナイパー。「少尉少尉ー」と尻尾をぶんぶん前足でばふばふ鼻でふんふんしている犬はこの顎おじさまが大好きらしく、「なんだね曹長」と満更でもなさそうに返しているおじさま自体も犬が好きなようで。
「それじゃあ今日も犬をよろしくお願いします」
「仕方ないな。まぁ近所のよしみだ」
 それは日常。いつも半日程時間を使う故、こうして犬をおじさまに預けている。「いってきたまえ」「帰ってくんじゃねえ」と手を振るおじさまと牙を剥く犬に見送られ。
 さぁ今日も一日頑張ろう。ゆっくりで良い。下手に「早く帰るよ」と言えばナイフを出してくるし、おじさまも何とも言えない顔をするし……そうそう、犬をおじさまの所に預けるようになってから犬の体重がムッチリ増えた。でも今日も、「あんまりうちの犬にえさをあげすぎないようにして下さいね」と言いそびれてしまった。
「……重い」
「うおおおやめろお! 俺はもっと少尉の所に居たいんだよう!」
「また明日ね」
「てめえ! 離せ! 離せえええ! うぉあああああ」
「……重い、あとちょっとうるさい、ステイ」
「ジョンブル語なんざ分かるか、ドイツ語で言え!」
「わんわん」
 夕刻、夕日の中で名残惜しそうにワンワンしている犬を引き摺っての、帰路。ちょっと名残惜しそうな顎おじさまに手を振られ。また明日。


 太陽は沈んで、夕飯時。
 いつもの我が家。
「おかえりなさい! 今日のお夕飯は味噌煮込みうどんですぞ」
「スタンリィイーーー! アタクシの杏仁豆腐食べたでしょおお!」
「ふん、知らんなぁ! 何の事でしょうかねぇ!!」
「っしゃあやれやれー派手なのはいいな大好きだ、ぎゃはははは!」
「殺せ、殺せ、殺し合え愚かで愚図な人の子共よ! 殺す」
 父の姿が無いのはいつもの事。
 ニコヤカにしつつも母が悲しい目をしているのが解って辛いのも、いつもの事。
 ド派手に喧嘩をする妹と弟に、野次を飛ばして煽る鳥と犬がやかましいのもいつもの事。
 みんな元気だね。元気なのは良い事だよ。うん。そう、呟いて。
「でも、ねえ」
 一つだけ言ってもいいかな。
 喧騒の中でミカサは一人、菩薩の様なアルカイックスマイルを浮かべて天井を見詰めた。味噌煮込みうどんの香りにつつまれながら。

「なんだこれ」


「……という所で目が覚めたけれど」
 そこはアーク本部、廊下の長椅子に腰掛けて。ミカサはメルクリィの方を見遣り、訊ねた。
「俺は疲れているんでしょうか名古屋さん」
「……取り敢えず今日は、早く寝た方が良いでしょうな……」
「そうするよ。ありがとう、」
 母さん。と言いかけて危なかったのはここだけの話。



『了』