「ハアッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……畜生、あの野郎……!」 『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)は、己の不幸を呪いたかった。が、そんな暇すら許されないのが現実だったりするので、本当にままならない。 切欠は些細なもので、彼が『テラーナイト・コックローチ』と名乗り巷間を騒がせるフィクサードの情報を得たのが数日前。チームを汲んで潜入するはずが、彼一人を除き放り出され、隔離されたのが数時間前。 まあつまるところが罠だったのだが、これがどこまでも巧妙だった。 先ず、現在居るのは閉鎖された製薬会社のビルであるが、神秘の手が深く入っている為か、千里眼も物質透過も通じない特別製。彼の十八番であろう幻想殺しも、「仕掛けを見抜く」だけで干渉出来るわけではないので無意味だ。 次に、現在位置。何故か下水道に居る。そこそこ水が流れており音も籠る。そして…… 「うぉぉぉぉぁぁぁぁァ!?」 そんな中でも一際目立つがさついた音へ向け、『俄成金』などと呼ばれる銃から吐き出された弾丸が命中していく。穿たれた穴は都合五発、犠牲となった……その、まあ『それ』も同数。 彼の銃口は僅かに震えている。当然と言えば当然か。不衛生の化身とも言われる『それ』を、大きさとしては通常サイズを遥かに超える状態で自分に襲いかかってくるのだ。驚き、怯えるなというのは無理な話である。 一応、噂半分に聞いたことのあるそれが自分に襲い掛かってくるのもだが、やっぱり生理的にきついというのもある。 『ハァーハハハ、楽しんで貰ってるよォで何よりだぜ! ここは俺なりの「おもてなし」ってヤツだ、楽しめよォ!』 「楽しめるかアホがァ!」 何処からとも無く響いた声に、福松は絶叫する。声の主は誰あろう下手人のもので、絶叫と共に放たれた銃弾は自分を観察していたカメラのひとつを粉砕する。 怒り心頭、というのはこのことなのだろう。つくづく人の神経を逆撫でするのが得手な男である。 『あァそうそう、お前そういうジメジメしたところ嫌いじゃねえんだろ? とっておきの「恋人」がそっち向かってるぜェ?』 「……は?」 テラーナイトの声に、思わず福松の声のトーンが下がる。恋人。ヤツが提示する恋人とは害虫だ。彼の害虫達がさんざ見せられたわけだから…… 「好き隙素敵巣的綺麗キ礼残、酷、ナ……」 「……うぉぁぁぁあぁあああ!?」 地下水道を這いずるのは、黒いアレではない。百足だ。だが、足の部分が人の頭。胴部は人の手を延々繋いだような極端な細身。頭部は複眼の人の生首。これを一人で倒せというのか。NORMALボス級じゃないのかこいつ。 だが、福松は気付いてしまった。何か無駄に複雑な水路の構造を逃げまわっていた時に見つけた複数のスイッチ。もしかしたらあれを使えば或いはなんとかなるのでは無いか……と。 「畜生いつかアイツぶん殴ってやるぁぁぁァ!」 涙と唾液でスーツをしとどに濡らしながら、振り返らずに福松は走る。スイッチ全部押して出てきたオブジェクトを使ってなんかライトで照らして怯ませたりして逃げ切る迄……! 福松はビルのエントランスに辿り着いていた。 地下水道みたいなとんでもクリーチャーをあるときは吊り天井で、ある時は「たまたま」あった消火器を五本消費したりしてなんとか退けまくって、でも『あれ』は絶え間なく湧いて出てメンタルは結構ゴリゴリ削られて。 それでも彼は戦って戦った。テラーナイトの煽りを何度も受けていたけど、そのたびまんべんなくカメラも壊して……いやホントね。彼大変だよねっていう、ね。 『よくそこまで辿り着いたじゃねえの! 褒めてやるついでに盛大なプレゼントをくれてやるぜ!』 「もう要らねえよ! 何なんだよお前本当に!」 ここに来るまで、出会いと別れとかあったらよかったんですけど神秘な建物に一般人とか軍人がたまたま居合わせることはありませんでした。もったいねえ。 そして、テラーナイトがプレゼントといったらもちろん『アレ』しかなく……サイズが、エントランスホール半分を覆うようなとんでも体躯でして……。 あからさまに『SHOOT撃つ↑』みたいなどこのメガロシティで生き延びる外人の罠だよみたいなウィークポイント記載があったりするわけでしてね。プレゼントだね。最高だね。 「畜生……!」 ムタンガな時ですらこんな屈辱は受けていなかったと思う。 で、何かかんか仕掛けを突破しつつラスボスめいたそいつを倒したらご丁寧に鍵までドロップしてるんですよ。これもうテラーナイトとご対面? みたいなやつ。システムルームのやつね。 そりゃ半死半生(メンタル的に)な福松でも思わず奮い立つわけです。立ち上がって、駆け抜けて、鍵を開けるのも惜しいとばかりに銃口をドアに叩きつけ…… 「お前の、しわざ、だったのか……」 そこに居たのは、合成音声をタイプする犬のエリューションでした。 完。 完ったら完。 |