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●seven colors●

 耳を劈く様な絶叫が響いた。ついで空気を震わす地鳴りにも似た足音を聞きながら、『ルミナスエッジ』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は傍らで眼鏡を押し上げた『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)に視線を向けた。
「2人で任務って珍しいですよね。狩生さん、よろしくお願いします」
「此方こそ。頼りにしています」
 端的に返された声に目を細める。会話らしい会話をした事は無いけれど、セラフィーナの中での狩生はクールで格好良い人だった。
 自分もあんな風な戦闘を行えたら、何て思いながら、その華奢な手が引き抜く夜明けの刃。
 対峙する敵は強大。それを二人で相手取るならば、取るべき作戦はひとつだった。真白い2枚羽根がその身を宙へと舞い上げる。
 滅多に出来ない空中戦に僅かに覚えた高揚を飲み込んだ彼女の鼓膜を揺らしたのは、紫電の爆ぜる音だった。
 ふわり、と風も無いのに舞い上がる髪。己が身を色付ける雷光はその身体のほんの一部に送る電気信号さえ完全にその手中に収めた証だ。ただ只管に、極限まで高められた反応速度。
 足場など無い、不安定な上空でも飛んで来た岩の礫を軽やかにかわして見せる彼女の足元でふわりと広がったのは、光さえ弾かぬ漆黒の鉄線。
 音も立てずに近寄った敵へと叩き込んだ不意打ちの狭間、銀月がセラフィーナを見上げた。
 隙を作ります、と。短く動いた唇に頷いた。目前に迫る巨大な手を掻い潜って、構えた刃が帯びたのは鮮やかすぎる七色の煌めき。
 鈍重な敵では到底追う事等出来ぬ速度で近付いて、振り下ろした刃が隆々とした肩を抉った。
 舞い散る、血と光の飛沫。痛みに暴れる巨体を蹴って離脱してみせる姿は妖精の如く。舞い上がりかけた、『影使い』のマントをそっと押さえた。
「負けないよ、全部守るって決めてるんだから」
 切って、抉って、削いで。圧倒的な速力と軽やかさを武器にした剣技は、大好きな姉に手ほどきを受けたものだ。
 今はもう、見て貰う事は出来ないけれど。追い続けた後姿に自分は少しは近づけたのだろうか。
 もう幾度目かの剣戟で、敵の肉を削ぐ。反撃とばかりに振るわれた手はけれど、避ける必要はないと此方に向いた銀月が言っていた。
「当たらないよっ、狩生さん、お願いします!」
「――残念だ、彼女を捉えるには君の手はあまりに遅い」
 思う存分戦えるように、分け与えられた力を感じて、刃を握り直す。不思議と、負ける気はこれっぽっちもしなかった。

 美しい白い羽根が宙を舞う。軽やかな動きで気を引き、敵を傷付け続けたセラフィーナの刃から、未だ鮮やかな鮮血が滴り落ちる。
 決定打が無かった。強大で頑強なそれの弱点に攻撃を叩き込みたくとも、それが容易くはないからこそ強敵なのだ。
 著しく消耗した敵はけれど、それでも向かってくるものを叩き落さんと手を振るう。
 けれど、もう終わりだ。言葉を交わさずとも、セラフィーナにはそれが分かっていた。
 只管に、足元だけを狙い続けた狩生が、あと一手、と微かに笑った。伸びる指先と、叩き付けられる圧倒的思考の奔流。物理的な爆発力を持ったそれが、遂に巨体の膝を折る。
 バランスを崩し傾ぐそれごしに。セラフィーナを見上げた銀月は、最後の手を示す様にその指先を己の頭へと向けた。
「強大な敵程、足元と言うものは存外脆い。そして――どんな生物でも、頭を潰されれば大人しくなります」
 チェックメイトは君のものだ。薄く笑った唇を視界に収めて、一気に舞い上がったセラフィーナの刃が空気を裂く。
 急降下と共に幾重にも空間を抉った刃の周囲で聞こえる、空気の凍てつき軋む音。
「これで、終わりだよ……っ!」
 ふわり、と金の髪を揺らす濃密な氷霧が巻き起こる。狙うのは一点。晒された無防備な後頭部へと。もう幾度も脅威を屠った夜明けの刃が、突き立てられた。

 ――優しい甘さを伴う、良い香りが鼻を擽る。品の良い真白い皿一杯に盛られた焼き菓子の前に、そっと置かれる同じ色のティーカップ。
 足りなければお砂糖とミルクもあります、と表情を緩めた狩生が椅子に腰かけたのを確認して、セラフィーナは小さく頂きます、とそのカップに口を付けた。
 香りはよく、程良く甘いそれ。思わず表情を緩めれば、お気に召しましたか、と目の前の銀月が微かに細められた。謎が多い。その一言が相応しい相手を見遣る。
「戦闘もできるし、紅茶を入れるのも上手いし……狩生さんって何でもできますよね。アークに来る前はどんなことをしてたんですか?」
 美味しい、と告げてからかけた問いに、狩生は驚いた様にその瞳を幾度か瞬かせた。面と向かって聞かれた事等無かったのだろう、迷う様に、その指先が唇へと運ばれて。
 そうですね、と傾く首。
「謎が多い、と言うのはある意味で魅力的ではないでしょうか――と、何時もなら言わせて頂く所ですが」
 折角だから一つだけ。くすり、と笑った彼の手が、セラフィーナの金の髪をそっと撫でる。全力を尽くしてくれた礼の代わりになるかは、分からないけれど。
「人とは一人でも生きていけるものなのだ、と。思って生きていましたね」
 人とは変わるものですね、と笑う顔に、笑みを返して。セラフィーナはまた一口、仄かに甘い紅茶を飲み込む。優しい休息は、穏やかに続きそうだった。