● アーク本部でたまたま鉢合わせた世恋が「今日、夕飯一人なんだけどオススメの場所はない?(意訳)」などと『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)に言ったのは丁度、昼休みだ。 パッと見て中学生にしか見えないがきちんと成人している世恋が快に聞いたのは彼がアークの守護……否、酒娯神というやけにイカした通名を持っているからだろう。あとは暇だったから適当に遊び相手が欲しかった、とも言える。 「カフェとかはもう全部行っちゃって……エスターテさんとかに聞いたら快さんが詳しいっていうから」 「ああ、それなら」 ――という訳で、何故だか快の中で始まったのは『世恋さんを大人扱いしようキャンペーン』だ。 幾つかの案はある。大人扱いならば――酒か。 この外見では「世恋もお酒呑む><。」「はいはい、またね」「お姉様のばか><。」なんて寸劇が行われていても可笑しくない。いや、周囲の人間からすればそう言う風にしか思えない。 「世恋さんはお酒呑める方……あー」 「う、うん、7月にお会いした時にあまり口にした事無いって言ってから……その、レベルアップしてないわ」 子供だった。薄めの衣でお腹に溜まり難く、一品ずつ上げてくれる揚げ物屋。揚げ物と共に酒を飲むのは或る意味、『大人のたしなみ』だ。如何だろう、と問いかける快にフォーチュナが全力で「おとな」と目を輝かせたのは言わずとも判る。 「あ、そのお店の近くって、あのお店が……ねえ、快さん! ついでに私のお買い物に付き合って?」 「荷物持ちなら引きうけるよ」 やったー、と両手をあげて跳ね上がる月鍵世恋(24)……(笑)。 ● ええと、と小さく漏らした声に快が最初に感じた違和感を彼女も感じたのだと笑った。 訪れる事にしたのは「わかもと」という名前のてんぷら屋。以前、エスターテを連れて快達が訪れた天ぷら屋さんだ。笑顔が素敵な若本さんと言う年の若い店主が経営する此処は揚げ物屋特有のべたつく空気を感じさせなかった。 程良く落とされた照明とジャズの音色は想定していた『揚げ物屋』の様子とは違い世恋が口をぽかんとあけたまま入口に突っ立っている。 「世恋さん、こっちこっち。あ、若本さん、お久しぶりです。きちゃいました」 「きちゃいましたか。そっちの方は――」 お幾つと聞く前に快がこっそりとアーク職員、24歳と店主へと告げる。 そう、これは『世恋さんを大人扱いしようキャンペーン』だ。椅子に座り、周囲を見回す様子等、子供その物なのだがコレでも立派な大人なのだと言うから驚いてしまう。 優しい店主の笑顔を見つめながら、今日は快さんにお任せするわねと笑った世恋に快は小さく頷いた。 「それじゃ、エスコートさせて貰うね。日本酒も季節の物が揃ってるから――」 どうぞ、と快の言葉と共に提供されたのは海老の足揚げや才巻き海老。その二つから始まったコースは無論、『春』を独り占めする。 美味しい美味しいと目を輝かせる幼女――失礼、大人のレディ(笑)に快がうんうんと頷いた。 串に三つ並べられたそらまめだ。薄い衣から透ける翠の美しいそらまめが春らしさを感じらさせてくれる一品を口に含めば、香りが広がり、その新鮮さゆえに甘さも口に広がった。 「……あ、美味しい」 呟かれた言葉に頷いて、用意された酒は薄にごり。うっすらと白い濁りがあるソレは名前の通りである。そろそろと口に運ぶソレは呑み易いものを、と選ばれたものであるからか、自然に咽喉へと落ちて行った。 店主の優しげな笑みが深まる。アレ、いきましょうか、と掛けられる声に快があるんですか、と店主へと視線を向けた。首を傾げる世恋を余所に店主と快のテンションが何処か上がった気がする。 出された皿の上でその身を晒しているのはホタテだ。レアな一品です、と快が告げる言葉に瞳を輝かせ、貝類ね!と世恋が手を打ち合わせた。 「まるで刺身見たいに思えると思うよ。世恋さんは『\魚類/』とかは結構食べるんだっけ?」 「え、ん、んー……水族館で見るわ」 日本語も通じないのか、この女。 ……それは兎も角、揚げ物であるというのにそう感じさせない絶品なホタテ。軽く揚げられた白い身を舌に感じておお、と声を漏らす。天ぷらにはキレのいい酒があうと快は一気に咽喉に流し込んだ。 春の味を堪能する快が注文したのは山形からの産地直送。蕗の薹である。春らしい一品は蛸を象る様に足を開きこれは強めに揚げられている。 口にした時に舌先に感じる苦みに世恋が実感した。 ――お、大人の味だ……! 「これは別に突然革醒して虐殺をしないブロッコリーだよ」 エスターテさんは本当に不思議な予知をするなあ、と実感する世恋。快も懐かしさに浸り始める。 強めに上げられたブロッコリーは側面から見れば鮮やかな緑色をしているが衣に包まれカラッと揚げられている。こくり、と生唾を飲みゆっくりと口へ含めばその香ばしさが咥内に広がった。 お酒と一緒に快がセレクトするのは春を味わう以外にもオススメのお好みものだ。 茹でずに生をじっくりと時間をかけて上げた筍などは甘く柔らかい。それと同時に揚げ物らしい香ばしさを感じることができた。熊本産の新筍は灰汁抜きなしで『素材そのもの』の味がする。 咽喉を焼く様に通る酒の味と共に口の中に広がる揚げ物に快は頷きながら口にした。 料理番組のレポートの如く感想を抱きながらも世恋はわくわく気分で次の料理を待っている。普段は少食であってもこういう機会はめったにない。思う存分御馳走になろうではないか! だがしかし、彼女の足は地面についていない! 腰かけた椅子は大人向けである。 (……子供だ) 周囲の客も同じ感想を抱いた事だろう。残念ながら24歳だった。 そんな子供――否、フォーチュナに快がお好みで選んだカワハギは肝も天ぷらにした一品だ。瞬いて、じ、と見詰めるフォーチュナからすると何とも珍しい。皿に盛られた側面から覗く白い身は非常に食欲をそそるものだ。 「身と肝なんだけど、世恋さんはカワハギは食べたことある?」 「い、いえ、世間知らずで……、お、美味しい?」 勿論、と頷いて。中々食べる事が出来な一品だと勧められゆっくりと口に含む。世恋の睫毛が揺れ、初体験の味を噛み締めている事が判った。 そんな世恋を見ながら快は「あ」と声を漏らす。店主が他の客と雑談していた一品に目を光らせたのだ。 「――これは、頼むしかない!」 「え、ええ、良く分からないけど、頼むしかないわ!」 笑みを浮かべる店主が出した逸品は国産牛フィレ肉の天ぷらだ。世恋が瞬いた。 側面から覗く肉はレア。快はこれを最低原因して最大効果の火の通し方と称していた。くい、と喉に滑らせる酒の味にも慣れた世恋は頬を紅潮させ「牛だ!」とはしゃぐ。 (……うん、やっぱり、お子様だ) 誰も口にしないが、『大人扱いしようキャンペーン』はある意味で子供らしさをこんにちはさせている様なものではないか。 一口含めば肉の旨みが広がった。きゃっきゃとはしゃぐ世恋と旨味を噛み締める快。 果たしてこの二人が同級生だと誰が思うのだろうか。 更に言えば世恋の方が数カ月は快よりお姉さんである等と誰が思うであろうか! 此処にいるのがあの黒羽のフォーチュナや包帯の教師であれば違和感はなかったのだろうが、幼女だった。だが、同い年だ。 「世恋さん、次何か食べる?」 「んー……」 どうしましょ、と首を傾げる世恋にじゃあ、そろそろ天茶をにしようか、と快は促した。 こくこくと頷く様子等、もはや唯の幼女ではないか……。 ● 「ふあー、美味しかった! 御馳走様でした!」 「はい、御馳走様でした」 天茶を口に含みながら両手をあげて伸びをする御満悦の24歳フォーチュナを眺めながら一つ、想う。 大人扱いをしようキャンペーンと銘打って見たものの……。 ――お酒を飲んでるけど、やっぱり傍から見れば親戚の子を食事に連れてきた見たいに見えるなあ。 余談ではあるが、通りかかった常連客に「兄ちゃん、姪っ子に酒飲ませちゃいけないよ」と声を掛けられたことは此処だけの秘密である。 |