● 静岡南部の温暖さをなめてはいけない。 近隣の名産品、熟れたみかんは太陽の象徴だ。 『虚実之車輪(おっぱいてんし)』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)は、行き倒れを発見した。 「――太陽なんか沈んでしまえばいいぃ――」 哲学っぽく聞えるが実際は紫外線がつらいだけの、黒い髪をかろうじてポニーテイルにしている日本人の女だ。 「何処かで見たような……?」 とりあえずここでしなれると夢身が悪い。良識はどうかわからないがとりあえずアーク本部に問い合わせしてみる。 「めがねかけて、おっぱいでっかいなら曽田さんです」 後にこの職員はデコに恥ずかしい写真を貼られることになるのだが、実際でっかい。シルフィアの魅惑の谷間に勝るとも劣らぬでかさだ。やるな。ではない。とりあえず起こさないと――。 ぺちぺち頬を叩くと目を開いた。 「うっわ、すっごいながめ」 目が覚めたら魅惑のデコルテ。豊満なお胸に美しい曲線を描く鎖骨。ミルク色の肌はどこまでもすべらかで頬ずりしたくなる。ほんのりと紅茶の香りがする。青少年だったら即死だぜ。 「あなた、曽田七緒でしょ? 何で行き倒れているの?」 シルフィアの差す日傘の恩恵にあずかろうと頭が動かそうかどうしようか悩んだようだが、めんどくさいに行き着いたらしい。いや、死ぬから。 「カメラつけてたら、急に日が出てきた」 「カメラ?」 「カメラ」 曽田七緒が三高平市内のあちこちに隠しカメラを設置し、リモコンで写真を撮っているのはあまり知られていない。 写真展に来たら、シルフィアも「いつの間に!」と叫ぶことになるだろう。三高平市民に肖像権は無い。 「おなか減ってるって訳じゃないのね?」 「おなかは大丈夫ぅ。昨日、打ち上げでいっぱい食べたしぃ」 「太陽のせいって、――ヴァンパイア?」 ヴァンパイアは日光は平気だ。 「打ち上げ楽しかったからそのまま現像しててぇ、気がついたら朝でぇ、新しいカメラをばら撒きたくなったからばら撒いてたらぁ、こんな感じぃ?」 睡眠不足と熱中症だ。放置はまずい。死ぬ。 「立って。アークまで送っていってあげるわ。まだ死にたくないわよね?」 「戦死もやだけどねぇ」 「――歩けるの?」 「まあ、なんとか?」 ● 実際のところ、肩を貸し、日傘を差しかけてやり、日陰を伝いながら向かうので非効率この上ない。こういうときに限ってタクシー一台通らない。 「大変そうだね、車出そうか?」 三高平で普通にナンパを働くのは、観光客に他ならない。 市民はナンパに危険は感じてもロマンなど欠片も感じない。 「あら」 シルフィア的にはまんざらでもないが、七緒的には好みじゃないらしい。 「シルフィアだっけ? あんた、男足りてる?」 足りていれば、クリスマスに女だけでチキン貪り食ってたりはしない。というか、姉の方が大事だ。 「ここまで助かったわぁ、あと、あっちだっけぇ? 武運を祈る。そんじゃね~」 するっと腕を抜き、日傘の影から出た七緒はうおぅとうめいてよたよた歩き始めた。 「あ、待ちなさい。あなた、ごめんなさいね、またの機会に」 「せっかく彼女が気を利かせてくれたんだからお茶でもどう?」 ナンパ男、意外に粘る。粘りたくなる胸元。 「そうね。それでは向こうでお話しましょうか?」 薄暗い路地。ナンパ男は生唾を飲みつつ頷く。 2ターン後、シルフィアは何事もなく出て来た。ナイフをホルダーにしまいこむ。 路地裏には、腰を抜かした男だけが残った。 「――よく会うねぇ」 「追ってきたのよ。感謝しなさい」 電信柱に寄りかかっていた七緒に再び日傘を差しかけ、シルフィアは歩き出す。 フィジカル底辺の二人がアークにたどり着いた頃には、二人ともしっかり熱中症で、そのまま厚生課に担ぎ込まれることになるのだが、それはまた別のお話である。 |