下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






無題


 ――規則的に、床を叩く音。
 使い込まれたリノリウムの床は、それでも褪せることなく、三人分の足音を、広い廊下に行き渡らせてくれています。
 資料を捲りながら、歩く三名の先頭には、私、天原和泉が。
 その後ろには、このたび『面接』を受けて下さるリベリスタ……椎名真さんと、その付き添いに、ルーメリア・ブラン・リュミエールさんのお二人がついてきてくれています。
 偶に、それとなく後ろを見れば、緊張している椎名さんの姿を見て、私は少しだけ、笑みを隠すことが出来ません。


「『面接』を、してみませんか?」


 きっかけは、およそ何日か前。
 ふとした切欠でお話をする機会を得た彼に対して、私は唐突に、そう話を持ちかけました。
 既にアークに加入して、幾らかのお仕事もこなしている椎名さんに対して、それは今更にも過ぎたお話です。
 それは、私にも解っていました。
 けれど――いえ、だからこそ、私はそれを聞いてみたのです。
 アークへの加入当時、リベリスタとなるにあたって、抱いていた気持ち。
 そして、今。リベリスタとしての死線と、神秘が見せるセカイに幾度と触れた今の気持ち。
 其処に差異は在るのか。
 あるとすれば、それはどのような変化なのか。
 決意をより強固にしたり、或いは夢を諦めたり。若しくは、また新たな『志望動機』を抱いていたり。
 あくまでフォーチュナとして、惨劇を、或いは愉快な夢を見るばかりの私には、そうした前線に立ち続ける人の気持ちが、いまいち掴めないときが有ります。
 だからこそ、それを直接、本人から聞いてみたい。
 その提案を、彼は快く承諾して下さって、そして今日、私たちは、その『面接』に臨みます。
 ……規則正しく進む廊下。
 面接会場たる小さな会議室はもうすぐ先です。
 扉の前に立ったら、其処でくるんと振り向いて、私は二人に微笑みます。
「それでは、合図が有ったら、ノックをして入ってきてください」
 まるで、本物の面接のように。
 はい、と、小さく頷く彼の面持ちを見て、私は再度、意地悪な自分を押さえ込む事に必死でした。

 * * *

 部屋に入って、少し。
 私が声を掛けた後に、続いて入ってきた二人は、所作に滞りなく、用意された席に座りました。
 最も、面接と言っても、それは言葉だけのもの。
 さほど狭くない会議室の中には、三つの椅子と、其れに座る人たちしか居ません。
 服装も、皆がまちまちの私服。私自身、今日は堅苦しくないよう、アークの制服を着替えてきました。
 それでも、形だけはしっかり、と。私は気持ちを引き締め、最初の質問を始めました。
「……元々、争いは嫌いでした」
 『志望動機』。
 それを問うて、答える椎名さんは、いつもの眠たげな瞳を少しだけ開いて、小さく、それでもハッキリとした声で、語り始めます。
「誰かの悲しむ顔を見ると自分のことのように悲しい気持ちになる」
 椎名さんは話します。
 元より、平和主義者として確立されていた自身の存在。
 優しすぎると、甘いと、幾度となく言われた言葉に、彼自身も、それを是と容認していたこと。
 そして、其れに続く、「だから」。
「アークに加入を望んだ理由は『ただ革醒したから』ではないんです」
 彼が拳を握ったのは、その時の心象を思い出して、なのでしょうか。
 只革醒した。力を得た。そうやってアークに入る人は、勿論少なくありません。
 それでも……それまでの話を聞いて、椎名さんがそう言う人では無いことを、私もまた、理解できていました。
 その切欠は、友人――いえ、彼の親友が、椎名さん共々、リベリスタとフィクサードの戦いに巻き込まれ、そして死亡してしまった事に起因していました。
 そうして、運命に愛されず、死んだ親友を、
 運命に愛され、生き延びた当人が、見て、
「そして決めたんです。この力は、誰かを守るために使おうと」
 ……嗚呼。
 握りしめた拳は、きっと、自らの力の象徴だったのでしょう。
 俯きながらもそれを見て、吃と呟くその顔は、何処までも、必死で。
「怖いとは、思わなかったんですか?」
 それを、
 揺るがすように、私は問いました。
「亡くなったお友達を見て、こうなりたくないと思ったことは、一度も?」
「いえ、今でも、物凄く、怖いです」
 それに、繕うでもなく、あっさりとした返答を頂きました。
「何者かの命を奪わなくてはいけないときもあるだろうし、自分の命の保障もない。
 今も怖いですけど、最初の頃は、今以上に怖かった」
 それでも。
 何もせず、只震えて、親友の死を無為にするより、
 小さくても良い。出来ることだけでも、少しずつ、誰かのために動いていこうと、そう思って。
「……それが、最初に抱いた、動機です」
 ――沈黙は、数秒か、数十秒か。
 有難う御座いますと告げて、私は、次の――ただ二つだけの内、最後の質問を始めました。

 * * *

 それでは、今は?
 聞くと同時に、何処か困ったような苦笑を、椎名さんは浮かべます。
「……敵を撃つことには、多少、慣れてきました」
 けれど、逆に言えば、それだけ。
 『敵』は撃てても、『人』は討てない。
 気持ちは未だ未だ未発達で、先にも言った通り、恐怖は未だ、其の身から、心から、濯ぎ落とす事は出来ていない。
「けれど、変わったことは、確かにあります」
 そう言って、彼は懐から、何かを取り出しました。
 それは、アークのロゴを象ったエンブレム。
 鈍くも金色に光る其れを手に、訥々と、少し恥ずかしそうに、椎名さんは言葉を続けます。
「昔と今で、一番大きな変化は、『アークに居る理由』、かな」
 他人行儀なそれから、素の口調で。
 この場の空気に慣れてきたのか、それとも心境の変化があったのか。
 エンブレムを手の中で弄びながら、彼は誇るような声で、言い放ちました。
「アークに入ってからできた友達や先輩 皆大好きなんだ、本当に心の底から。誰1人として手放したくない」
 『アークの皆を守りたい』。
 見知らぬ誰かを守る気持ちはそのままに。
 新たに、心に刻めた人々への想いを、より貪欲に、より渇望して。
「皆俺なんかより、ずっと強いけど それでも俺は、皆を守るために、強くなる。
 皆のこの笑顔を、守るために。 そう心に決めたんだ」
 ――相変わらず甘いかな。
 そう言った彼に、私はかぶりを振りました。
 唯、神秘の守り人足らんと言うなら、それは普通のリベリスタにも出来ること。
 それがどれほど青くても。
 理想を求めて、願いを秘めて、
 幾度折れようとしても、決して諦めることはない。
 人々の希望の終着点、アークへの――それは、何よりも素敵な、志望動機でしたから。
 二度目の、「有難う御座います」を言って、そうして私の視線が向かったのは、その隣。
 きょとんとした顔の女の子に、宜しければ、と前置きして。
「リュミエールさんの志望動機は、何ですか?」
 質問を、予期していなかったのだろう。
 少しだけ狼狽して、それも直ぐに収まって、ちょっとだけ、細い指先を顎に添えながら、小さく唸って。
「ルメは、今も昔も、変わらないかな」
 屈託のない笑顔で、ぽつぽつと。
「ルメのパパは凄いリベリスタで、世界中を回っててね。
 『日本はお前に任せた』なんて言って、帰ってこないから」
 ほんの少しでも、忙しい父親の手助けになるために。
 或いは、約束を守れている自分を、父に誇るために。
「……うん、それと、もう一つは」
 此の日の本を守り続けることで、
 今なお世界を駆ける父に、自分の無事と健闘を、知らせるために。
 はにかみながら語るその顔は、遙か年上の私が、眩しいと、そう思えるほどで。
 年下とか、力の有無とか。
 そんなものなど、本当に些細に思うのだろう彼らが、私は、少しばかり羨ましくて。
「……それでは、面接を終了します。
 それと、これは個人的な質問なのですが」
「?」と疑問を浮かべる二人に、最後の意地悪な声で。
「お二人は、付き合ってらっしゃるんですか?」

 ――冷静に否定する椎名さんと、唐突な誤解を慌てて否定するリュミエールさん。
 それに、くすくすと笑みを浮かべながら、私たちは揃って、会議室を出て行きました。
 暖かな、二つの想い。
 その軌跡を、仄かに残したまま。