● 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は夜の公園の中で祈るように銃を構える。 その身を包むのは法衣。それは信仰の証。 その手に握られるのは二丁の拳銃。それぞれ祈りと裁きの証。 信仰も祈りも彼女が戦いに赴く際の武器であり、身を守る鎧そのものだ。 幼さを残した顔立ちには、似合わぬ研ぎ澄まされた覚悟が浮かんでいた。 「ギギッ」 リリを取り囲む醜いけだもの達が威嚇するかのように声を立てる。小猿のような印象を与えるが、その体は禍々しく歪み、この歪んだ夜の洗礼を浴びた魔物だということは明らかだ。いずれも、日本フィクサード主流七派が一、『六道』の作り出した狂気のエリューションだ。 そして、彼らは赤い目を輝かせ、その柔らかな肉体を引き裂こうと様子を伺っている。 存分に血を啜りたいと、猛っている。 その時、戦場を風が吹き抜けた。 「ギャーッ!」 エリューション達は叫び声を上げると、一斉に襲い掛かる。 しかし、リリは目を閉じたまま、反応しようともしない。魔物に囲まれた恐怖故であろうか? そのまま、彼女の五体は哀れ引き裂かれてしまうかに見えた。 その時だった。 たんっ 軽くステップを踏むと、リリは身を翻した。 緩やかに銃口がエリューション達へと向けられる。そして、流れるような動きで引き金を引いた。 放たれる弾丸。 エリューションの頭が派手に飛び散る。 そう、リリは敵に対して恐怖を感じていたのではない。敵との距離を測るために、あえて目に頼らず、風の音を聞いていたのだ。 仲間が殺された姿にエリューションは後ずさりをする。しかし、手遅れだ。神の魔弾を名乗る少女は、戦いを始めてしまった。断罪の時間だ。 「さあ、『お祈り』を始めましょう。両の手に教義を、この手に信仰を。私の為すべき事を」 ● リリ・シュヴァイヤーという少女がフェイトを得たのは偶然ではある。しかし、彼女が生まれた家にとって、その「奇跡」を授かったという事実は紛れも無い祝福だった。家族の皆が称賛の言葉をくれた。素晴らしい娘だと褒めてもくれた。 ただ、兄が哀しげな瞳をしていたことも、リリの記憶にははっきりと残っている。 そして、それから「組織」の中で戦いが始まった。神に選ばれた「戦士」としての戦いが。 「組織」はリリに戦いを教え込んだ。崩界をもたらす者達と戦う術と……その在り方を。 リリ、決して世界を傷付ける悪を赦してはいけません リリ、あなたは神の加護を受け、選ばれた存在なのです 「世界を傷付ける敵と戦う」、そのこと自体は決して悪とは言えない。しかし、「組織」が教えたやり方はあまりに独善的過ぎた。洗脳を行ったと言っても良いだろう。 彼らに言わせれば、世界を傷付ける敵と戦う行いこそが祈り。そして、そのために傷付くことは、恥などでは無く、むしろ誇りである。 その教えを信じてリリは戦った。 教えを信じて、常識から考えればあり得ない過酷な戦いにも身を投じた。 その中で、「組織」の言う神の加護――フェイト――を失うような目に合ったことは、二度や三度ではきかない。 それでも、リリは井戸の中から世界を覗くことしか出来なかった。「組織」の与えた世界観でしか世界を見ることが出来ないのだ。だから、どれ程傷ついても、辛いなどと感じたことは無い。むしろ誇らしかった。「祈り」の中で死ぬことが出来るのならば、それは彼女にとってはこの上なく本望なのだから。 この鳥籠の中の小鳥は、幸福である。 自分の死に満足して逝くことが出来るのなら、彼女は幸せなのかも知れない。 しかし、それが歪められた世界の中で起きていること自体は正しいのだろうか? また、彼女の世界が歪められていることを知らしめるのは――彼女から幸福を奪うことは、本当に正しいのだろうか? その答えを知らないまま、いや問い掛けすらもなく、小鳥は今日も籠の中でさえずり続ける。 自ら歌う祈りが、自分の身すら苛んでいることに気付きもしないで。 ● リリは息を荒げる。 予想以上に敵のタフネスは高い。 当初は優勢に戦いを進めていたものの、数の上での不利もあった。 しかし、彼女の瞳に悲壮感は無い。引き金を絞ると、蒼の魔弾が放たれて、また1体エリューションは倒れる。 これは祈りだ。 リリは自分の心を、神への祈りに、正義と言う言葉に酔わせる。 それならば、戦い続けることが出来る。相手が強く苦戦すればする程、自分が信じる正義のために奉仕しているのだと、充実感を得ることが出来る。 ニンゲンとしての心が、何かを叫んでいる。 しかし、それすら祈りに塗り込めて。 「この身は邪悪を滅する神の魔弾。全ての敵を攻め滅ぼすまで、決して止まる事はありません」 リリは聖別された二丁拳銃を天へと掲げる。 空に輝くのは赤い月。崩界を告げる魔性の月だ。 「何度でも立ち上がりましょう。傷付く事など恐れません。この身は御心と共に」 リリが引き金を引くと、戦場へ炎が降り注ぐ。 悪しきものを焼き尽くす神の炎。 一切の罪を赦さない断罪の火だ。 「ギャアァァァァァァァッァァァぁ!」 炎の中で、エリューション達は苦しみの声を上げて燃え尽きて行く。 その姿を見て、ようやくリリは膝を付く。ここに存在した悪は潰えた。 しかし、これもほんのわずかな休息に過ぎない。 また明日には新たな敵との戦いが始まるのだろう。そうすれば、再び戦場へと旅立つのだ。 カミと言う名の宿命が命じるままに。 |