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少女遊戯

●一人遊び
「巡り合わせが悪いな、厄日か」
 壁を背に息を整えながら、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は呟いた。
 呟きながらも彼女の呼吸は乱れる事なく、落ち着きを少しずつ取り戻してゆく。
 呼吸の仕方が独特なのは、いつからだったか?
 多少の乱れがあっても根幹が変化しないのは、自然と付いた癖のようなものだった。
 一呼吸毎に練り上げられた気が、消耗した力が、再び自身の内に満ちてゆく。
 その間も落ち着いたままだった心は、冷静に周囲の状況を確認していた。
 彼女がいるのは、使われなくなり傷み始めた廃ビルの一画だった。
 幸いというべきか一般人は内部におらず、迷い込んでくるような心配もない。
 唯、ひとつの事に専念できる。

 戦いに、だ。

 勝利という唯ひとつの目的に対し、ユーヌは思考をフル回転させていた。
 建物内には複数……いや、多数の敵が存在している。
 その敵は今のところ、隠密行動を行おうなどという意識は持っていないようだった。
 移動する際のものと思われる音が複数、彼女の耳へと響いてくる。
 最も近い者は、おそらく一息で間合いに入れる程に……そう判断した直後、通路の角から『それ』は姿を現わした。
 靄や霧のような何かを人型にしたような姿をした存在が数体、剣と盾をそれぞれの手に構えユーヌへと距離を詰めてくる。
「いやはや、子供は玩具で遊ぶものだが」
(ガラクタ勧められては立つ瀬がないな)
「安く見られてるようでな?」
 先頭の1体へと一撃を見舞って距離を取りながら……彼女はいつもと同じように、表情を変える事なく呟いた。
 もっとも、そう口にはしてもユーヌの内には侮りなどカケラも存在していない。
 目前の幻像のような兵士たちは、対処に専念しても油断できないだけの力を持っているのだ。
 個々の戦闘能力が、という訳ではない。
 1体1体をユ-ヌと比べれば、その能力は大きく劣っていた。
 問題は数の方である。
 加えて、その数を活かした戦い方だ。
 個々では劣っている戦力を、兵士たちは集団である事を活かし連携する事で補っていた。
 全てを倒そうとすれば、おそらく力尽きるのは自分だろう。
 もっとも、そうならない為の、させない為の手段は既に判明している。
 この幻影兵士たちの、リーダーを倒すことだ。
 無論リーダーへと辿り着くまでの行程は容易ならざるものと推測できたが……全ての兵士を倒す事に比べれば、困難の度合いは大きく違う。
「英雄や自殺志願者ではないからな」
 自分に言い聞かせでもするかのようにユーヌは呟いた。
(普通の私は端役程度)
 一人では高が知れている。
 その自分の実力で……果たしてこの兵士たちの主を倒せるのか?
 考えた所で、結論が出る筈もない。
 情報を基に何とかなると判断した以上、そのまま進むだけだ。
「鬼さんこちら手のなる方へ?」
 何気なく呼びかけながら相手の反応を窺い、目の前の兵士に言葉を投げかける。
 剣と盾を構えた幻影の兵士たちは、ユーヌの言葉に反応するかのように距離を詰めてきた。
 移動しながらユーヌはその動きを観察する。
 兵士たちは感情的なものは持ち合わせていないようだったが、彼女の言葉には反応を示した。
 判断力を持っているが故に、惑わされ態勢を崩す可能性も有している、という所だろうか?
 相手の様子を窺っていたユーヌは、その隙を見逃さず素早く動いた。

●針穴通し
 一気に、踊るように、少女は一体の兵士の懐へと踏み込んでゆく。
 幻影の兵士は盾を構えながら剣を振りかぶりはしたものの、ユーヌの動きは明らかにその速度を上回っていた。
 冷気を纏わせた拳で、軽く触れる。
 大振りな動きは必要ない。
 必要なのは精確な、十全足る効果を発揮する一撃だ。
 掌に生み出された冷気は瞬時に兵士へと纏わりつき、その動きを封じ込めた。
 それを盾にするように、他の兵士たちの障害にするように、少女は動く。
 別の接近してきた兵士を氷結させ、支点にするように向きを変え、突き飛ばしながら反対の方角へ飛ぶ。
 それでも近付いて来ようとする兵たちの先頭の一人の動きを、印を結び呪縛によって封じ込める。
 後続を断ち切り階段を目指そうとした所で、別の廊下から兵士たちが現れた。
 その兵士たちに向かって、ユーヌは躊躇いなく踏み込んでゆく。
 振り被られた剣の、更に内側へ。
 刃の下をすり抜け突き進む事に、迷いも恐れも……カケラも、無い。
 後方の足止めは長くは持たない。
 寧ろ、数十、いや十数秒程度のものかも知れないのだ。
 だが、それは留まりさえしなければ、駆けることを緩めねば容易には追い付かれない時であり距離でもある。
 淡々と。
 やるべき事を、やるために。
 不要な事は行わず。
 最低限、最小限の動きの為になら……多少の傷など、意にも介さない。
 死地も平時も変わる事なく。
 ……いや、そうではないのかもしれない。
(命を粗末にする気は無いが)
 後生大事に抱えるものでも無い。
「いやはや楽しいな?」
 淡々と口にしながら、何かを感じながら。
 少女は次の階へと駆け抜けた。

 冷静に……数の暴力を避ける為に建物の構造を利用し、敵を分断するように動き周りながらも……それらの思考とは異なる何かがユーヌをこの場所へと留まらせ、駆けさせる。
 全力では無く、常に戦いを意識して足を止めずに動き回る。
 兵士たちが階段付近を固めようとしたのを確認すると、彼女は壊れた窓から外へと飛び出した。
 壁を蹴り翼を羽ばたかせ、自身の平衡感覚を最大限に生かし、上の階へと、ビル内へと飛び込んでゆく。
 少女の耳は下の階だけでなく、同じ階のすぐ近くにも兵士たちが存在する事を確認していた。
 同時に、兵士たちとは異なる何かが立てる物音も確認する。
 兵士たち以外でビル内に存在する『何か』
 それが何なのか?
 ユーヌには容易に推測できた。
 自分のような存在であれば、確実に戦いが起こっている事だろう。
 もしも潜伏しているというのであれば、自分が知覚できる音など立てる筈もない。
 とすれば、思い当たるものは唯ひとつ。
 自分の探していたもの、この集団の『核』だけである。
 少女の向かおうとする先に、再び兵士たちが姿を現す。
 それが数を増やす前に、ユーヌは流れるような動きで距離を詰めた。
 技量と、速度頼みの綱渡り。
 隙を突くように1体へと踏み込み冷気によって動きを封じ、それを利用して突破する。
 そのまま彼女は廊下を進み、ドアの壊れた部屋の1つへと歩を進めた。

●少女遊戯
 そこに、彼女の探していた者が存在していた。
 集団の長たる幻影兵士。
 以前報告書で聞いた、百人隊長に似ているだろうか?
 派手さはないが、質実剛健という武装と空気を漂わせた相手に、ユーヌは歩を緩めず距離を詰めた。
「さて、お終いだ」
 玩具の兵士は玩具箱へ。
 変わらぬ口調で呟きながら印を結ぶ。
 先刻までの兵士たちとは違う。
 だが、一気に方を付けようとは考えなかった。
 容易に片付けられる相手では無い。
 神秘の力で運を削るように占い、不吉の影で覆い尽くす。
 もちろん、それとて簡単にはいかない。
 反撃として振るわれた刃が少女を傷付け、血を流させる。
 それでも直撃は許さない。
 敵の動きを見極めながら、ユーヌは再び印を結んだ。
 その間に、廊下の兵士たちが部屋へと飛び込んでくる。
 もっとも入口は狭く、一度に入れる数は1人だった。
 部屋の中も決して広くはない。
 入るだけなら十人程度は可能かもしれないが、中で武器を振るうとなれば恐らくその半数以下がやっとだろう。
 加えて兵士たちの動きは、ボスである隊長に比べれば拙かった。
 無理に攻めず動きを封じる事を重視して、ユーヌは印を結ぶ。
 不運の影は確実に幻影兵士たちの隊長を包んでいた。
 兵士たちには効果は無かったが、主となった事で精神的な何かを持ったのかも知れない。
 兵士たちの連携は、個々のそれだではなかったのだろうから。
 エリューションというのも結局は全てが分かった存在では無いのだ。
 ……それらの事を、ユーヌは深く特別には考えなかった。
 少なくとも今は必要ない事だ。
 素早く印を結べば、長を包んだ不幸に反応した呪の力が、幻の身体を蝕む。

 その力はやがて……全てを覆い尽くしたようだった。
 剣と盾を構え、鎧を纏い兜を被っていた兵士たちの長が……動きを止める。
 そして……煙が薄まるように、掻き散らされる様にして姿を消した。
 続くように、周囲を囲んでいた兵士たちも次々と消滅し始める。
「遊び相手としてはそれなりか?」
 特に感慨も漂わせず、ユーヌは変わらぬ口調で呟いた。
 それに応える者はない。
 もっとも、存在していた兵士たちも彼女の言葉には反応は見せても何ら返答はしなかったが。
「まぁ、1人遊びが上手くなっても仕方ないか」
 先刻までの喧騒が消え静寂が支配した廃ビルの中に……ユーヌの声が、小さく響く。

 軽く埃を払うような仕草をすると、彼女は階段へと足を向けた。
 窓が壊れている以上、翼を羽ばたかせて降りるのが最も簡単で時間の短縮になる手段なのかも知れない。
 そう思いはしたが、彼女はそうしなかった。

 自分は『普通の少女』なのだから。