● 三高平にあるパティスリー。新作ケーキを発売すると聞いて『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は目を輝かせていた。 誰かと行こう。 大好きなお姉さまは太陽光が苦手だからお土産に買って行こう。 可愛い友人や楽しい同僚達も仕事中だろう。 アーク本部の廊下をうろうろとしていた所に以前『すげぇ悪い葱』だとか何だとかで顔を合わせた事のある忍者が歩いていた。 「え、えと、あの、に、忍者さん!」 呼びとめられた忍者こと『ニンジャウォーリアー』ジョニー・オートン(BNE003528)はブリーフィングルーム以外ではあまり見かけない小さなフォーチュナの登場に(鍛え上げたニンジャマッソォを持っても)驚きを隠せなかった。 「あの、私と一緒にケーキを食べに行って欲しいの!」 破天荒な物言いにWhatだとか返し掛けるが、其れは『すげぇ悪い葱』だとか何だとか言いだした時点で分かって居た様なものなのでスルーした。 如何しても、お願いお願い。お金は気にしなくて良いから、ささっ! 幼女(外見は14歳)にお願いと頼まれてしまっては元が良い人である正義の忍者は断れない。 『お金は気にしないで良い』だなんて言われたが、幼い少女に払わすわけには、とジョニーは戸惑った。 実際は世恋の方が年上なんですけどね。 「……まあ、ご縁でゴザル」 「ええ、そうね、とても縁ね。ずずいと行きましょう、さぁ、さぁ!」 \甘い物の所へ!/ 女という生物は甘味は別腹だとか、目の前にすると目の色が変わるとか言うが、正に其れなのだろうか。 普段は(まだ多少)ぽやんとした雰囲気でどこぞのコウモリのお嬢さんに言わせれば『女子力が高い』であろうフォーチュナはジョニーの手を取りパティスリーへと引きずって行った。 ● 注文したケーキと紅茶。新作のケーキは林檎を使用したものらしい。 アップルケーキ。心の片隅にあったものがふわり、と浮き上がる。 「月鍵殿。こうしてケーキを食べるのも何かの縁でござる」 「……何かしら?」 ストローの振動でアイスティーの氷がからん、と揺れる。 「一つ、拙者の話しを聞いてもらえるでゴザルか?」 その言葉にきょとん、とした後、世恋は頷いた。廊下でばったり会ったのも今日が新作ケーキの発売日だからと共にお茶に来たのも何かの縁。 静かな店内に流れるのはゆったりとした音楽。 「拙者には、それはそれは大切な師がいたで御座る」 「まあ、素敵ね」 フォークを片手に持ちながら世恋はジョニーの横顔を見つめる。 鍛えられた筋肉の忍者と、アークの制服を着た幼い外見のフォーチュナ。かなり異質な組み合わせだったが、それすらも忘れさせるかのようなしっとりとした話し。 「今はもう会えぬ身だが、師匠の奥さんが焼いてくれたアップルケーキは今でもしっかり覚えているでゴザル」 視線を落とした先にはアップルケーキ。 大切な師がいた、といっても実はその師は生きている。しかも、会えないのは飛行機の運賃がないからだという事情をジョニーは省いた。 世恋からすると亡くなってしまった師との思い出を語ってくれているのだ――偶々、注文された林檎のケーキで思い出した事を話してくれていると。 「嗚呼、それは――……」 お辛いわね、と紡ぎかけてやめる。 外国から来た彼に、何故、日本へ来たのかと世恋は慌てて聞いた。 「拙者はニンジャとして強くなるために、ここ日本に来た」 「修行、ってことね」 「うむ、それによって、拙者は拙者が弱い事を知った。皆が命をかけて戦っているのにもかかわらず、拙者は役に立てない事に、正直焦りを感じているでゴザル」 「そんなこと」 ないわ、と言いかけて、世恋の知っているジョニーが葱の姿勢を正して、美味しく頂きますしている所のみだった事を思い出す。 彼女の様子に彼は笑いながらほんのり咥内に広まる林檎を楽しんだ。 「こうやって食べていたら、師匠が言い残してくれた言葉をふと思い出したのでゴザル」 ――遺言か、何かかしら? 首を傾げた物の、実はこれは只の口癖であるとかそう言うのはまた世恋は知らない。 「あの、聞いても、いいのかしら?」 「『辛い時こそ笑え』、と」 素敵な言葉ね、とふわりとフォーチュナは微笑んだ。溶け始めた氷。紅茶の注がれたグラスは汗をかいている。 きっと、この話をする事も彼の心を苦しめていたのだろう。目線をうろつかせ、ジョニーさんと呼んだ。 「辛い時こそ、笑え……よね?」 「そ、そうでゴザルよな! 忍者が落ち込んでいたらダメでゴザルよな!?」 「ええ、忍者さんは元気な方が素敵だと思うわ」 がたん、と立ち上がる。周囲の客が彼女らの様子をうかがったが、それも気にせずに世恋も手をつきあげて同意した。 何という光景。こんな奴らと一緒にお茶などは楽しみたくない(外見からしてアンバランスだ)。 「拙者には拙者しか出来ぬ事があるはず! 散っていった者の為! 師匠の為! そして、悪に苦しむ弱きものの為!」 その言葉に世恋の胸がツキン、と痛んだ。嗚呼、師匠。とても大切な人なのだと、感情が浮かび上がる。 彼へ遺した言葉に込められた想いはどんなものだったのか。 世恋は微笑む。 「そうね、貴方は正義の忍者さんだものね」 「ニンジャは立ち止ってる場合ではないのでゴザル!」 その言葉に頷く。 ふと、目線を下ろした先、ジョニーが食べていたはずのケーキ等は全てきれいに平らげられていた。 何時の間にとも想いはしたがそんなことに気も向けずジョニーは世恋の肩をぽん、と叩きその歯を輝かせる。 「月鍵殿! お付き合い感謝するでゴザルよ! おかげで何かを掴めたような気がするでゴザル!」 「え、ええ……」 何だろう、私何かしたっけ? あ、話しは聞いたかな? それともお代の話し? ぐるぐる、思考がごちゃごちゃとする。 ――取り敢えず、役には立ったのよね? え、えへへ。やったあ。 だなんて、一人で目を回していたフォーチュの肩から手を離し彼は去っていく。 「こうしてはおれぬ! ニンジャの助けを呼ぶ声がするでゴザル!」 「!?」 「では、さらばだー!!!」 颯爽と去っていった忍者の背中を見て、今聞こえたのは、多分馬の鳴き声なんだけど、馬が助けを呼んだのかしら? だなんて首を傾げた世恋は食べきっていない林檎のケーキを口に含んだ。 嗚呼、幸せの味。 ♪~~ 「あ、ああ、もしもし、あのね。凄く切ない話を聞いて―― え?」 ――師が生きている事などをしった世恋はジョニーを葱で殴ろうとそう決めたのだった。 生きてた事に安堵したものの、哀しい話だなって思ってしまった自分が何だか悔しい。 「助けを呼べば来てくれるんでしょ?」 取り敢えず、ケーキをお持ち帰りしてから葱を買いに行こう。固いのにしよう、そうしよう。 何葱がよかったかしら? 静かな休日は、幕を閉じた。 |
●あとがき 大阪公認オフお疲れさまでした。STの椿です。 景品――という事でSSでございました。何だかこうやって書かせていただけるのもドキドキしますね。 これからの貴方様の未来が輝いております様に。 お気に召しますよう。有難うございました。 |