「お疲れさん」 沙織の台詞はブリーフィングのリベリスタ達が改めて聞いた現状への評価である。 最大の戦いから幾ばくかの時間が過ぎた。暫しの平穏の時間を各リベリスタ達は一時の静養の時間に充てていただろうか。 激変、激動を繰り返した神秘世界の地殻変動は、『塔の魔女』アシュレイの事件以来――凪の時間を迎えていた事は間違い無い。 「お疲れさんって事は――諸々は一先ず片付いた、と思っていいのかねえ」 「ああ、取り敢えず当面の問題だけは、ね」 「当面以外の問題は兎も角か」 晦 烏(BNE002858)の言葉に沙織は苦笑交じりに頷いた。 アシュレイの主導したこの世界の滅亡計画は彼女の執念――『閉じない穴』の消滅と共に頓挫した。危急的状況を余儀なくされていた日本エリアの崩界状況は、破滅的結末を回避し、アークをはじめとした各国のリベリスタ達も一安心をした所である。 「本当に今回はハラハラしたからな」 「全くだぜ。ま、終わり良ければ全て良し! 本日も快晴也って訳だ!」 霧島 俊介(BNE000082)が「ふー」と大きく息を吐き出すと、その肩を焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)がバンと叩く。 「我々は『勝利』出来たのでしょうか」 ミリィ・トムソン(BNE003772)の問い掛けは微妙なニュアンスを含んでいた。 「バロックナイツは中核的戦力を失った訳だし――彼等がこれ以上、日本をターゲットにする事は無いと考えられる」 「彼等との抗争は――事実上、終わったのでしょうね」 戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の脳裏にアークに謝辞を述べた白騎士、黒騎士の姿が蘇る。 ツァインの犠牲もあり、盟主の遺体を奪還した彼女等にはこの上、アークへの害意は無いだろう。 「バロックナイツだけじゃない。 各国のリベリスタとも強く結んだ今のアークは盤石だ。 ……実際の所、政治的な部分を考えれば単純じゃないが、国内のフィクサードも先の戦いを同席した関係で…… ま、少なくとも逆凪を中心とする主流派とはある程度の妥結点を見出せるかも知れない。 必要悪って言葉が正義の味方に適切かどうかは分かりかねるがね」 沙織の歯切れの悪い言葉にリベリスタ達は苦笑する。 「少なくとも全てを台無しにする連中はお前等が片付けてくれてたからな」 「――あんな付き合いはもうしたくないよね」 「全くだ。勘弁願いたい」 チラリと視線を向けて意味ありげに言った沙織に御厨・夏栖斗(BNE000004)、楠神 風斗(BNE001434)が応じた。 「アンナに宜しく」とからかわれた風斗の顔が面白いものになったのはさて置いて。 彼等があの黄泉ヶ辻京介を仕留めた事も『今後』には大きな影響を与えている。 逆凪一派における混乱要素だった凪聖四郎事件の解決も又然りであろう。 アークはこれまでの歩みで、この世界を安定させられるだけの状況を作り出してきた。 それは完全なものではない。砂上の楼閣に過ぎないかも知れない。だが、決して無価値なものではない。 「例えば、宮部乃宮なら『気に入らねぇ連中が減っただけだ』って言うかな。 ミュゼーヌなら『又、悪さを始めたら喜んで始末してあげるわ』かな。 ランディなら『敵ならぶっ潰せばいいだけだ』。シエルならどっかボケボケしながら何とかするだろうし、その横の光介なら生真面目な顔をしてそれを助けるんだろうな。 雑賀夫妻は、相変わらずで…… ……智親にも言ってやらねぇと。いい加減、綺沙羅 を研究室に入れてやれってな」 「これからはサラリーマン生活を満喫、ですかね。『専務』」 「長くそうなる事を期待してるよ、平社員。守護神なんて引っ張り出さなくて済む試合展開が一番いい」 新田・快(BNE000439)は「サッカーなら。でも野球派でしょう?」と嘯いた。 「……ええと、兎に角、室長もお疲れ様なのだ!」 何となく合点した朱鷺島・雷音(BNE000003)が頷いた。 リベリスタ稼業が無事ならばゆくゆく二人には『次のステップの話』も見えてくる事だろう。 口の減らない快辺りに言わせれば「年貢の納め時は貴方の方がより近い」なのかも知れないが――ややこしい沙織の方は兎も角、『日本最強を殺した男』と『守護神』の矛盾対決は中々の見物になろう。 「……そうか。『平和』になったのか」 「ああ」 「『平和』か」 不動峰 杏樹(BNE000062)は自身の言葉の意味を噛み締めていた。 「しかし、長かった。失われたものも少なくは無い」 冗句めいた沙織の一方で重く言った新城・拓真(BNE000644)に寄り添う風宮 悠月(BNE001450)が頷いた。 「本当に……長かった」 アークを、世界を害し得る当面の敵は消えたが…… 何とも難しい表情を作った拓真や悠月の言葉は殆ど全員の共通認識だった。 時間にすれば四年程度。妄執に満ちたアシュレイの七百年には及ぶまいが、煮詰められた時間はその実際以上に――何倍にも、或いは何十倍にも感じられたのは確かだった。その癖、酷く短くも感じられたのだから――人間の感覚とは、あてにならないものなのだろう。 『居なくなった』者は少なくない。大きな代償を払った者も…… 「……ま、『本当に封じられた力』ってのも中々お洒落じゃないか?」 「私は竜一と同じなら、それはそれで良いのだがな」 「そういう訳で俺達――普通の男の子に戻ります!」 「私は最初から普通の少女だ」 ……それはアークでも有数の力を持ちながら、あの戦いで革醒者としての能力を喪失した結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)やユーヌ・プロメース(BNE001086)の現状も含んでいる。「本当に……でも、良かった」と『当時』を思い出して涙ぐんだ アリステア・ショーゼット(BNE000313)の奇跡が無ければ、槍(ロンギヌス)に喰われた二人も『居なくなっていた』のだから、それは幸いを言える事なのだろうが。 「沙織さん、前にも言ったけど……」 「ああ」 少しだけ申し訳無さそうに切り出した設楽 悠里(BNE001610)に沙織は最後までを言わせなかった。一連の事件が落ち着いたら、彼はアークを離脱するという考えを沙織に告げていた。それが何時になるかは分からないが――近付いたのは確かだろう。 「ま、これからも色々頼る事はあるかも知れないが……お前達が何処に居ても、さ」 「それは勿論」と応じた悠里は――リベリスタ達は沙織の言葉が全て『一先ず』である事を承知している。 バロックナイツは壊滅状態に陥ったが、サンジェルマン伯爵が告げた「歪夜は始まりではなく、終わりでもない」という言葉は事実だ。 結局姿を見せなかった『第九位』にしても同じ事。『ヴァチカン』でいよいよ権勢を増す『次期TOP殿』の出方も分からない。 国内のフィクサード達も永遠に大人しくしている保証は無いし、何より。 「……ラトニャが居るからなぁ。それに、天乃を追いかけていきでもしない限り、毎年恒例『九月十日』も続行だろ」 先送りにされた問題が何年後の宿題になるかは知れないが、少なくともあの悪意のミラーミスを次は実力で撃退せねばならない。そういう意味ではリベリスタ達が一層の力を身に着けるのは必須だし、戦いで力をすり減らした各国のリベリスタとも一層緊密な連携をしていかなければならないのは間違いないのである。 笑顔で再戦を約束して去ったキースは今頃必死にレベルを上げているだろうし…… 尤も彼についてはアークにも嫌っていない者は多い。せおりは言うに及ばず、影継は「歓迎だぜ」とでも言いそうな所だし、アンジェリカも彼の歌を作りたがっていた。 「だが、終わりは終わりだ」 強引に話をそう纏めた沙織にリベリスタ達は懸念事項を一旦内心に仕舞い込んだ。 暗澹たる未来を何もこの瞬間、頭に思い描く必要は無い。 リベリスタ達は歴史と世界に確かに運命に楔を打ち込んで――歪夜の王が称した『最後の審判』を乗り越えたのだから。 「すいません」 「どうした」 「どうしても聞きたくて――言葉にして貰ってね、聞きたくて」 独特の三白眼が気のせいか泣き笑いのような複雑な色を帯びていた。 沙織の見つめた犬束・うさぎ(BNE000189)のその顔は、相変わらずその真意を探らせ難いものであったけれど。 「『私達は、本当に何かを出来たのでしょうか』」 「保証するよ。お前達が居なけりゃ俺は生きてねぇし、世界は十回は滅んでた」 「……」 「『あの女』も歯ぎしりしてるだろうさ。それで、いいじゃねえの」 頭にポン、と手を置いた沙織とうさぎを見て風斗が何処か心配そうな顔をしている。 「この結末に、祈りを」 ――願わくばここに居ない誰にも届くように。 瞑目したアラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が最大に祈りを捧げたのが誰に対してなのかは敢えて言うまい。 ともあれ、全ては終わったのだ。 だが、未来はこれからも紡がれていく。 あばたは色々な意味でこれからも諸々を諦めまい。 桐の周りには女の子が沢山だろうし、エルヴィンはナンパ――社交に余念が無いだろう。 福松はきっとスク水で、義衛郎は市役所の窓口で微笑んでいるだろう。 櫻霞と櫻子は今こそ新婚全開で、怪人・九十九は今日も公園に出没するだろう。 司馬鷲佑は、宿敵(パスクァーレ)ある所には必ずその速さを見せつける事だろう。 この先にも危機はあるだろうが――リベリスタ達がある限り、人は運命には呑まれまい! 『俺達の戦いはこれからだ!』。 ※一連の戦いにより崩界度が89→20に変化しました! リベリスタ達の戦いはこれからも続いていきます! ……が、今だけは、お疲れ様でした! |