とある三尋木所有ビルの大会議室でのこと。 「先に三尋木とアークによる第一合同作戦が完了しましたよね。顛末を?」 そう問われて、三尋木凛子は顎を上げて催促した。 「手短かにね。グチャグチャした話はごめんだよ」 「承知しています」 白京地は眼鏡を中指で押し上げながら、会議室の大型ディスプレイに資料を表示させた。 「先の合同作戦に参加したアークリベリスタの反応は、大きく分けて二つ。 関心があるかないかです。これでほぼ半数に分かれました。関心が無い参加者の意見は『協力するなら別に構わない』『攻撃してくるなら容赦しない』『政治に興味がない』『カレーたべたい』といったものです」 「なんやその最後のは」 「そりゃうちのだったな……」 椅子に寄りかかってぼやく鶴日部の隣で、継木が複雑な顔をした。 慣れない敬語のために咳払いをする。 「えー、横須賀麗華はアークと迎合。リベリスタ化の傾向もみられます。彼女は『賢者の石』を獲得してきた実績もありますし、固定のファンも多い。どうします」 「どうって、好きにさせたげなよ。 無理に三尋木(ウチ)に引き留めたって得になんないだろう?」 凛子は部下に封筒をもたせ、それを継木に渡した。 キセルをくわえたまま、ため息のように煙を吐く。 「支度金だ。他にアークへ移りたいってヤツがいたら、同じようにしてやんな。うちであげた功績に応じて現金支払い。逆にうちで獲得した利益は置いていってもらいな。横須賀の例で言うならうちの融資で出した店舗のすべてだね」 「よろしいんですか?」 「逆凪だの恐山だのに利用されるよかずっと安全だろう?」 「……そうおっしゃるなら」 一旦区切りをつけてから、凛子はディスプレイを見やった。 「それで、残り半分の『関心あるご意見』ってのはどんなもんなんだい」 「大半が友好的でしたよ。割合が五対一って所ですかね。敵対的な意見も個人的なものか、シマ争いと仮定して考えた場合での意見でした。 この協力体制自体に異議を唱えるものは少なかったようですね」 何か言いたそうにしながら資料をめくる梓。 隣に座っていた加古がニヤニヤ笑いで梓を小突いた。 「ほら言っちゃいなってー。オトモダチがアークにしょっぴかれて気になるってさー」 「余計なことを言うな」 にらみつける梓に、加古は笑って両手を挙げた。 「はいはーい、凛子さま! こいつが言いたいことあるってさ!」 「おい!」 軽く取っ組み合いが始まりかけたが、凛子は目もくれずに返答した。 「知ってるよ。壱藤たちのことだろう? 本人の意志を確認してから、ネタや捕虜と交換してきな。アークが嫌って連中についちゃあ、切り離した部署で働かせればいいさ。木崎たちも、こっちに帰りたがってるならそうしてやればいい。 鷲見たちには労をねぎらって、ボーナスでもくれてやんな」 そこまで言って、凛子は心底つかれたような顔をした。 「まったくアンタたちは、すぐ殴り合いで解決しようとするんだからねぇ。 何のために人間が喋れるようになったと思ってるんだい」 三尋木が今回アークに対して行なったのは、いわば攻撃的な逃げである。 隣にぴったりとくっつき、尚且つ協力関係にあれば攻撃はしずらい。協力者への攻撃という倫理的な嫌悪感は勿論のこと、有用な能力をもった組織を手放したくないと考えるからだ。 凛子は随分と前から、アークのそんな『打算的な正義感』に着目していた。 それに、こうして協力体制をとってしまえば力ずくで捕虜にされた人員を取り返しやすいという利点もある。 アークを利用し、逆に利用されもする。 そんな利害関係が一番正常で、なおかつ安全なのだ。 「今後、三尋木連合は拠点を中国に移す。世界間ネットワークはそのままに、三尋木に対して大きな害にならない情報に限りアークへ提供してやりな。その際三尋木に対して危害を加えてきたなら相応の損害賠償を請求。 逆にアークに危害を加えたらそいつに罰金だ。それでいいね」 問いかけるような言い方だが、むしろこれは命令に近い。 その場の全員が、凛子に対してイエスと答えた。 三尋木は、三尋木凛子が自分のために作った王国だ。このようにできている。 そんな光景を眺めながら、凛子は小声でつぶやいた。 「本当に完璧だったじゃないか」 情報の集積には時間が掛かったが、結果は余りにも上々だ。 三尋木は依然として勢力を保ったまま安全に国外に出れたし、しのぎも出来る。 何より、日本に今度暴れているのは『黒い太陽』らしいじゃないか。 逆凪もアークも貧乏籤だ。間違いなく。 「しかし、心配なのはアーク本体だねぇ。ま、連中が倒れてもあたしらは困りゃしないが、折角組んだ協定だ。精々あたしの役に立って貰わなくちゃならないのにね。 ……さて、どうなるかは知らないけど、ああ、そうだ。 こういうのを対岸の火事って言うんだろうねぇ」 だって、傍から見ているならこんなもの愉快としか言いようが無い。 |